第132話 迎撃開始
師走なんて嫌いだ・・・・・・
年末年始、書けなかった分頑張る所存です。
風に運ばれて来る音は、今はまだ小さいが普段は絶対に耳にすることではないだろう、地鳴りのような踏破音。
双眼鏡がなくとも立ち上がる土煙で、“それ”がもうすぐそこまで近づいていることは明らかだった。
振り返って目に入るは、普段は商人の馬車や迷宮を目指して意気軒昂と歩を進める冒険者が行きかうはずの東門。しかしその門は今や平時とは似ても似つかぬ姿へと変容しており、街中へと開け放たれている門への道は、今や土や岩によって造られた大小様々な壁で遮られている。
外壁上部では訓練された衛兵が大型弩砲や大砲の照準を合わせ、出番を今か今かと待っている。
TRPG時代でも高い固定ダメージを叩き出せる武器だ。今回の“大氾濫”にも大層活躍してくれることだろう。間違って味方に当たらないようにしてもらいたい。俺なら2発で死ねる固定値だからな。
視線を前へと戻せば、射撃部隊がバリケード越しに様々な武器を構えて隊列を組んでおり、その中にはリルとセツナは勿論、〈シューター〉の心得があるウルコットも入っている。前衛が居ない状態であれば〈ターゲッティング〉の〈アビリティ〉がなくとも誤射の心配はないからだ。
当然魔法も同じことが言えるのだが、生憎魔法は強力な分射程が短く、より引き付けてからでなければ出番はない。ファンタジー映画の魔法部隊のように雨あられの如く降り注ぐ魔法攻撃――なんてものは、TRPGのLOFと同様のこの世界では難しいのだ。
ナップ曰く、戦術すら左右する大魔法などは王宮魔術師が十数人以上で行う儀式で発動できるらしいのだが、当然のように冒険者にそのような知識はない。一応TPRGとしてLOFの世界観を読んでいた俺だが、残念ながらルールブックやサプリメントにもそれらの記述があった記憶はない。あったとしても、一PCでしかない俺にはどうしようもないのだけれど。
まもなく敵先行部隊が視界に入る旨、ナップの指示が飛ぶ中。「すまない、すぐ戻る」と伝え、俺は自分がいる前衛部隊から少しだけ離れる。
途中俺の姿を見つけたセツナと目が合い、ちょこちょこっと手を振る姿に思わず頬が緩む。明らかに緊張しているはずの前線で、セツナがいる周りだけがほんわかとした雰囲気を放つ。本当、どんなところに居てもうちのセツナは可愛いね。
そう思っているのは俺だけではないらしく、先程軍議にて挨拶した銀の髪に褐色の肌をした耳の長い『暗森人』の女性――ティティラインも、セツナの傍で柔らかな表情を浮かべていた。
セツナは最大戦力として彼女の傍で指示を受ける形となっている。軽く会釈だけ交わし、急ぎ目的の人物の下へ。
「ふぅ……」
「随分と緊張してるな、リル」
「……当たり前よ。冒険者になって最初の大仕事が“大氾濫”よ? 私だって緊張ぐらいするわよ」
胸に右手を当てて深呼吸をすることで落ち着こうとするリルは、俺の言葉に不満げに答える。しかしリルの表情に見え隠れしているのは、恐怖による不安よりも高揚感を抑えるのに必死と言った風に感じる。
「緊張はあっても恐怖心はない、か?」
「……怖くないわけじゃないわよ? ただ初依頼は狩りの延長線上みたいなところだったけれど、今は――不謹慎だけれど、“大氾濫”に立ち向かうことに、冒険しているって実感があるの。気持ちも昂るわ」
口にして意識してしまったからだろうか。リルの口角が上がる。もしや極度の緊張から興奮状態にあるのでは、とも思ったが――真偽判定:成功――そんなことはないようだ。
「それならいい。無茶だけはするなよ?」
「解っているわ。次に繋げる為にも、学べるものは全部学んで、絶対に生き残ってみせるわ!」
そう自信の笑みを浮かべるリル。
ったく、全くもって頼もしい限りだ。確かにリルにとっても学べるものが多い事だろう。戦闘にしろ指揮の仕方にしろ、な。
「わかった、期待させてもらう。だからリルは後顧の憂いなく臨んでくれ」
「ありがとう。正直自身で手一杯な所だから――」
弟をお願い、と込められた瞳に「任せろ」と頷き返した。
ちらりとリルの傍に侍らせている“アーミー・ドール”に視線を飛ばせば、心得ていると首を垂れる。だから頼むぞ、とこちらも頷き、最後に一言。
「それと必要だと思ったらそれを迷わず使えよ、リル。勿体ないなんて思うなよ?」
「わかっているわ」
頷くリルに頷き返して別れ、ついぞ聞こえてきた爆発音に時間がないことを知らされ、急ぎもう1人の目的の人物の方を叩く。
「っ!?」
『いけるかウルコット?』
『カイルか……すまない。情けない話だが、身体の震えが止まらないんだ』
視線は前方に釘付けで、周りを見ようともしないウルコット。見るからにテンパっている様子だ。その為、落ち着かせる意味を込めてエルフ語で話しかければ、自虐をはらんだ笑みが返る。
『臆病者と笑ってくれ』
『馬鹿を言え。誰が笑うかよ。落ち着いて周りを見てみろ』
俺がもう一度肩を叩いて周りを見るように促せば、ようやっとウルコットの視界にも周囲の冒険者が映る。
『どうだ? 改めて臆病者だと笑うか?』
『……いや』
首を横に振るウルコットに、なら背を伸ばせと背中を叩く。
『俺だって怖れはある。だがそれに飲み込まれるな』
『俺の半分も生きていない人間に、それだけ堂々とされて「怖れはある」と言われてもな……』
『踏んできた場数が違うからな。それにお前だって経験してるだろ? 大氾濫よりも恐ろしいモノをさ』
斥候からの情報によれば、ザード・ロゥに向かってきている第一陣は“ゴブリン”やら“ウルフ”、“オーク”といったレベル「2」~「4」の集団である。比べてウルコットが遭遇した相手は、レベルで言えば倍以上の『魔神』共だ。そんな相手に対峙し、生き残った上で村人をも救い出せている。そう思えば――
『この程度――大したことじゃない。だろ?』
『……そうだな。カイルの言う通りだ』
緊張で硬かったウルコットの表情が、多少の緩みを見せ、震えも止まる。事実、俺でも同じ感想だ。
まぁ“大氾濫”と“魔神将”では、個人的にも恐怖の質も違うと思うんだけど、そこは触れない方向で。
『それにあの時とは状況も違う。お前もいるし、先生もいる』
『そう言う事だ。後はリルと同じように、自分の成長の糧にしてしまえ』
『……さすが姉さんだ。心臓に剛毛が生えていやがる』
『お前さんにも同じ血が流れてると思うが?』
『ならば魂そのものが毛皮並みに分厚いのだろう』
実の姉にそこまで言うか。まぁこれぐらい軽口が叩けるなら問題ないだろう。
「全員配置へ! 来るぞ!!」
断続的に響く爆発音が徐々に近づき、ナップの声が陣地を通る。
俺は最後にリルにも行ったことをウルコットにも念押しをし、急ぎ自分の配置へと戻る。
「ギリギリまでお喋りとは、随分と余裕だねぇ?」
「悪いなアンジー。俺共々新人なんだ。多少のフォローは許してほしい」
「ははは! 確かにあんたはともかく、あの姉弟は新人だねぇ!」
そう笑うアンジーに、俺はこの世界からして新人なんだが? と言いたい。まぁレベルからして誰にも認められないだろうけど。
「……さて、無駄口はそろそろ終いだな」
俺が向けた視線の先。果たして“大氾濫”の先行隊が姿を現した。
さらに強く走る緊張の中、そいやミィエルを見てないな、と思うも、まぁあの娘なら大丈夫だろうと思考の外へ追いやった。
★ ★ ★
俺達が守護する東門は、街に近い街道部分は切り開かれて平野となっているものの、1kmもしない内に森が隣接するようになる。おかげで土煙と地鳴りのみで相手の姿が見えなかったのだが、終に木々に隠れていた姿が俺達の視界に現れる。
始めに見えたのは数十匹に及ぶだろう、四つ足の獣である“ウルフ(レベル2)”、それに二足歩行で走る爬虫類である“ラプトル(レベル4)”だろうか。
この地鳴りの中だと言うのに、誰の物とも言えない唾を嚥下する音が聞こえるかのような錯覚。それ程の緊張感が周りを支配する――精神抵抗判定:成功。
現状この場に及ぼしている影響は軽微。恐らく“大氾濫”を視覚情報として認知したことにより、フィールド全体に対恐慌判定が行われ、失敗した冒険者や衛兵は精神属性による能力低下を受けていることだろう。現に俺の視界の範囲で数名の冒険者が抵抗できずに影響を受けている。まぁこの程度ならば今は問題もないだろう。
……そう冷静に判断できている俺も、日本に居た頃では考えられないけどな。本当、精神抵抗値の基準が高くて助かるよ。
「ってぇええええ!」
背後から腹の内側を震わせるような、大きな破裂音と共に無数の砲弾と太矢が空を翔ける。大型弩砲と大砲による攻撃だ。確かバリスタや大砲の有効射程は凡そ300m。TRPGでも次弾装填に1ターンを費やすが、威力は固定値にして最低でも「60」点は出るはずだ。
果たして着弾した砲弾や太矢は、範囲内の魔物を蹴散らした。
それでも魔物達の勢いは衰えるどころか増していく。足を止めるものはなく、同族の死体を踏み散らし狂気の如くがむしゃらに前へ。
次弾装填に手間取っている間に奴らは門まで200m地点を踏破。だがこちらとて迎撃手段はこれだけではない。
「“ゴーレム”にて迎撃! バリスタは前線を! 大砲は巻き込まぬ後方を撃滅せよ!」
最前線となるバリケードがある俺達から、距離にして凡そ100m前方に数十体にも及ぶ様々な“ゴーレム”による防壁が出来上がる。平均して最も多いのは“マッドゴーレム(レベル3)”程度ではあるが、装甲とタフネスから早々倒れることはないだろう。それに仕掛けはそれだけではない。太矢と砲撃による攻撃を掻い潜り、立ちはだかるゴーレムの壁へと至るその刹那――
「おぉ! ものの見事に嵌ったな!」
魔物の群れは続いているはずの地面の中へ――落ちていった。
土属性の《妖精魔法》――《トンネル》。それと《操霊魔法》――《イリュージョン》だ。
《トンネル》はとても単純な魔法で、地面や壁に直径2m、高さ10mの穴を掘ることが出来る魔法だ。ただし生き物が接触している状態では発動できないため対象を落とすことができず、また落とせたとしても魔法が解除されれば穴にいる対象を押し出すように排出するため埋めることも出来ない。故にTRPG時代では攻撃に転用するのは難しく――なんせ戦闘が始まる時は凡そ彼我との距離20m前後が多いため罠として使えないうえ、直径2mでは落ちない体格も多かったため――死蔵されがちな魔法だった。
《イリュージョン》も同様で、幻覚を見せると言う視覚情報だけを誤認させる魔法だ。当然温度や匂いはないため、五感の優れた生物には効果がないうえ、動作のない映像を見せるだけ。シティーアドベンチャーなどで潜伏する際などには使えるが、当然戦闘面では無意味だった。
しかし現実となった今ではどちらも有用なものであることは眼前の光景が証明している。おかげでこっちは内心、こりゃ色々見直さないと! と大興奮だ。思えば《イリュージョン》だって武器を対象とすれば、間合いを見誤らせることだってできる。何事もTRPGの感覚で思考すれば、多くの見落としをしてしまう事だろう。全く――
「――『使える』のと『使いこなす』のは違うって奴だな」
前方では用意された罠が十全に力を発揮している。
後続の魔物も落とし穴に気づけずに落下し、先に落ちた魔物は後続に踏み潰される形で命を失っていく。それだけではなく、いくつかの落とし穴には爆薬が仕掛けられており、落下すると同時に爆音が上がり魔物の数を削り取っていく。しかしそれでも数の暴力には抗えない。
“ゴーレム”達も文字通り身体を張って迎撃するも、徐々にその数を減らし――ついに突破する魔物が現れた。
「射撃部隊攻撃用意! 支援部隊は〈ファナティシズム〉と〈アタックオブフューリー〉を!」
号令と共に待機していた射撃部隊に向けて一気に支援魔法が掛けられる。命中力を強化する〈ファナティシズム〉と物理ダメージを底上げする〈アタックオブヒューリー〉。そして射程に入った魔物に向け――鋼鉄の弾丸と矢が雨の様に放たれた。
絶叫と共に地に伏す魔物たち。同時に俺はステータス画面を開いて経験点の入手具合を確認する。
……経験点は少ないながら増加しているな。恐らくパーティーメンバーが討伐を行ったからだろうけど、この際可能な限り入手条件を解明しておきたいところだな。
一撃与えるだけでも配分されるのか。止めを刺せばなのか。レイド故の貢献度なのか。できれば後方でじっくりと画面を見ながら確認したいところだが、状況がそれを許してはくれない。
始めは“ゴーレム”と罠を突破できた個体が少ないため、60mラインを越えられる魔物は皆無だった。しかし、
「“ラプトル”増加! さらに敵影に“グレートウルフ”複数! それに……“ライダー”も来るぞぉお!!」
比較的HPの高い“ラプトル”の数が増え、さらに目視できる後方には“グレートウルフ(レベル3)”や、“オーク(レベル3)”や“ゴブリンライダー(レベル4)”も視認され始める。そして迎撃を行っていた“ゴーレム” が次々に力尽き、包囲が決壊。街を食い荒らそうとする濁流がその勢いを加速度的に増加させた。
「〈タゲ〉なしは後退せよ! 前衛部隊――構えっ!!“」
味方を誤射する可能性がある〈ターゲティング〉無所持は後退し、代わりに近接戦闘部隊がバリケードの前へと身を乗り出す。当然俺も指揮官としてその最前線へと躍り出て、抜剣と共に命令を下す。
「どちらが獲物なのか、身をもってわからせるぞ野郎共っ! 突撃だッ! 食い散らかせぇええええッッ!!」
地鳴りをも超える雄叫びと共に前へ。そして彼我の距離が0となった刹那。景気づけとばかりに俺は“ラプトル”の首を【ブロードソード】一振りにて撥ね飛ばした。
いつもお読みいただきありがとうございます!
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