第129話 捉え方の違い
気づいたら2か月経ってましたが、私は失踪しておりません。生きております!
話は進んでおりませんので、あらすじは2話前の前書きをお読みください。
「”大氾濫”が確認されたわ。それも最悪の4カ所同時よ」
“火薬の芳香”で銃の調達を行った次の日。夜明け前から宿を出ていたアーリアが戻り、口にしたのは想定した中でも最悪の部類だった。
「4カ所同時……」
「あはは~。本当に~、前代未聞~ですね~」
状況に思わず喉をならずウルコット。朝食の準備中だったエプロン姿のミィエルも、この知らせには表情を硬くしている。
「アーリアさん、4カ所全ての“大氾濫”が此処――ザード・ロゥに攻めてくるのかしら?」
「違うわ。少し遠方となるCランクの迷宮は位置的に見ても近隣の街に向かうと予想できるわ。だから直近で此処を襲撃する迷宮はDランクの2カ所となるのよ。ただし、こちらには“迷宮主”が出現しているから、状況は他の街よりも悪いわね」
「“迷宮主”……昨日聞いた力ある魔物の事よね。傾向として知能も高く、魔物を指揮してくる場合もある――だったかしら」
「よく勉強しているわね、リル。その通りよ」
テーブルに地図を広げて説明するアーリアに、リルは殊の外冷静に状況を確認していく。
「現状“迷宮主”は機鋼翼獣と呼ばれる兵器群、その中の機鋼指揮官を想定しているわ」
「さいばてぃっく、こまんだぁ、ですか?」
アーリアの言葉に引っ掛かりを覚えながらも、意識は可愛らしく首を傾げるセツナに向く。試すように視線を向ければ、同様にリルもウルコットも解らず首を振る。ミィエルも……こりゃ解析判定に失敗してるな? サイバティック・コマンダーって確か――
「――大戦時に製造されていた機械兵器だな。指揮官ってことはレベル「14」ぐらいだったか」
解析判定、をするまでもなく、俺は思い出したことを口にした。
確か俺がプレイヤーとして参加した前々回のシナリオの中ボスとして起用された魔物――正確には機械兵器だが――で、多数の厄介な能力を持っていたっけ。
1つは同じ機鋼翼獣シリーズを広範囲で強化する能力。次に自身への攻撃対象を範囲内にいる他機鋼翼獣へ転嫁する能力。さらに自身のメインアクションを犠牲にする代わりに、最大5体の自身以外の機鋼翼獣にメインアクションを2回取らせることができる能力。そして最後、極めつけは――
「主様はご存じなのですね?」
「あぁ。取り巻きが居ればいる程厄介な相手でな。何より一番厄介なのが――指定対象攻撃指令を保有していることかな」
「っ! それはとても面倒ね。それが“迷宮主”になるなんて、規模も大きいうえに質も悪いじゃない?」
「まぁな。前衛に守られるだけの後衛ならやべぇだろうな」
なんせ盾役が敵愾心をいくら集めようとも、効率良く敵を排除する指令を出すことができる特殊能力を保有するため、ヘイト値を無視して後衛を集中攻撃されることもままあるのだ。おかげでGMとしては大変使い勝手が良い魔物であり、脳筋プレイヤーを苦戦させることが適う良い魔物でもあるのだが。
「主様でも難しいのですか?」
「俺が盾役をした場合ってことか? 期待されているとこ悪いんだが、編成と数次第じゃ後衛に1体も通さないってのは不可能だな。数の暴力ってのは、それだけで脅威と言えるからな」
「でも~、カイルくんが~単身で殲滅~することは~、可能なんじゃ~ないですか~?」
「……まぁコマンダー自体の戦闘能力がレベルの割に低いからな。可能か? と言われれば……俺が知る力量の相手なら可能だとは思う」
ただ“迷宮主”となっているから、それがどれ程個体を強化しているのかが解らない。それ次第では不可能と言うことになる。
俺の記憶範囲内であれば、少なくとも“機鋼指揮官”よりレベルの低い機鋼翼獣が何体居て強化されようが、ダメージを食らうことはないだろうから、殲滅は可能となるだろうけど。なんせ相手は魔法もない物理型だ。回避特化の俺とは相性が良すぎる。俺が致命的失敗をするか、または相手が決定的成功でも連発しない限り、負けはないんじゃないかな。
「カイル、あんたが迷宮主討伐に乗り出た方が確実じゃない?」
「いやいやいやいや。公的に俺はレベル「9」とは言え、新人冒険者ってことになってるんだぜ? 普通に考えて名乗り出たところで、『じゃあ任せよう』とはならんだろう?」
「即日で~Bランクになった~、大型新人~ですけどね~?」
「俺はEから始めたかったと申したはずだが?」
「二桁レベルとの決闘でも余裕で勝っちゃったわよねぇ? 剣ではなく拳で」
「それを画策したのは俺ではなくそこの幼女だが?」
「……過程はドウであれ、実行したウエで拳で戦ったのはお前の意思ダろう? 実力者を素手で圧倒シタお前ならラ、と任されテモ不思議ではなイと思う」
ミィエルとリルは悪戯心が浮かぶ笑みを浮かべ、ウルコットは納得気に口にする。当然セツナは「主様ですから当然です!」といつも通り肯定的だ。と言うか何で君らはそんなに俺と迷宮主を戦わせたいんだ? いや、ぶっちゃけ戦えるなら戦いたいけどさ。経験値的に。
「まぁ何にしろ、そう言うのはこの街の筆頭冒険者パーティーとかが担うもんだろ?」
「そうね。“迷宮主”討伐任務はザード・ロゥ筆頭パーティーである“黒の一閃”といくつかのサポートメンバーで行うことになっているわ」
「ですよね」
「ちなみにそのパーティーメンバーから、あんたを臨時メンバーとして誘えないか、と打診があったわよ?」
「連携も何もわからん新人に、ですか?」
「筆頭の中にあんたが伸したガウディの弟がいるのよ」
へぇ……。兄貴をボコった相手を誘う、ねぇ。
「ちなみに筆頭って言うと実力はどれ程なんですか?」
「正規メンバー7名の内、4名がレベル「10」を超えているパーティーよ。他3名も最低でもレベル「8」。後衛も育ってきてバランスの取れたパーティーになっているわね」
「その1人である~、マイディ~が~、ガウディ~の弟~です~」
「へぇ」
何でも初期メンバーであり、リーダーであるヒース・エイリスフォードがレベル「11」の〈マスターアーチャー〉。〈モンク〉マイディ=ヨルモナキア、〈ナイト〉イセラ・クラッチス、〈ハイプリースト〉ダビットソン・ハングマンの3名がレベル「10」なんだとか。
しっかし兄弟揃って冒険者なうえレベル「10」とは、ヨルモナキア家は優秀な家系なのかな? 興味はないけどさ。それよりも、
「筆頭が動くのはまぁいいとして、騎士団は動かないんですか? 確か蒼炎騎士団の方々とかいましたよね?」
「蒼炎騎士団は攻めよりも守りを得意としている部隊なのよ。それに【魔神将の宝玉】もあるから、彼らは街の護りに主軸を置いてもらうのよ」
「あー……この状況でまだ置き土産を保持してるんですか。二兎を追う者は一兎をも得ずってわからないんですかね?」
「二兎を追って二兎を得るつもりなのよ。結果として【アレ】に保有されている魔力は有効活用させてもらっているけれど」
なんでも規模の大きな魔法や、創造魔法を扱える冒険者達のMP源として、保有されていた「300」点のMPを枯渇する勢いで使用しているらしい。勿論事情を知る人物達で情報が漏れないようにしながら、だそうだ。
「その辺りは領主代行が選抜した少数精鋭で当たるから、こちらは気にしなくてもいいわ」
「そ~ですね~。それで~、ミィエル達は~ど~する感じ~です~?」
「さっきも言ったように、ザード・ロゥが迎えるべき “大氾濫”は迷宮2箇所分になるわ。おかげで希望者はランクに関係なく前線に当たれるようになるわ」
今回の“大氾濫”の規模からいって、人手が足りないと判断した上層部は希望者であればランクに関係なく事に当たれるようになっているとのこと。ただできうる限り単独で当たらず、徒党を組むようには言われているようだ。
そのうえで俺達“瑠璃の庭園”は、東門に展開する冒険者を主体とした大規模部隊へ参加することになるそうだ。
「“妖精の護り手”も同じ場所に配属になるわ」
「と言うことは~、ナップくんが~?」
「えぇ。あの子がここの総指揮官になるわ」
「随分信頼されてるんだな」
「〈ウォーリーダー〉であり、系統レベルもあんたと同じ「7」。そのうえで此処での活動が長いもの。他冒険者達もあの子の指示には従うわ」
「それは頼もしい」
「何他人事みたいに言ってんのよ? あんたは前衛部隊の指揮官よ」
「……What’s?」
「高レベルな〈ウォーリーダー〉を遊ばせておくわけがないでしょう? 嫌ならナップに直談判して頂戴」
「いえ、まぁ別に構いませんよ」
周りが俺の指示に従うかは微妙なところだけど、それならそれでやりようはあるしね。
「カイル君は前衛指揮官、ウルコットは近接攻撃部隊、セツナちゃんとリルは後衛射撃部隊に所属となるわ。ミィエルは臨機応変に魔法部隊と近接攻撃部隊を兼用よ」
「は~い」
「あたしは中央司令部になるわ。それとカイル君。あたしに連絡用の“バトルドール”を1人つけてくれないかしら? 最悪使い捨ててしまうのだけれど」
「構いませんよ。元々1体は付けるつもりでしたから。“アーミー”になりますけど」
「助かるわ」
アーリアの申し出はなんてことはない。後2体はリルとウルコットの護衛だ。“ゴーレム”も考えたが、運用方法として前線に送らねばならなくなるため諦めたのだ。防御能力だけで言えば圧倒的にゴーレムなんだけど、こればかりは仕方ない。
その後も細かい情報共有が続き、
「――さて、共有すべき点はこのぐらいかしらね?」
「ですね」
「なら、“大氾濫”第一陣とまみえるまで後数時間。今から力みすぎても仕方がないことだし――」
「朝ごはんに~しましょ~!」
「ではすぐにご用意いたします」
いつもより少し早めではあるが、普段通りに美味しい朝食を摂る。少し緊張気味なリルとウルコットを励ますように。そして、内心少しの不安と高揚を抱える俺自身の気持ちを静めるように。
★ ★ ★
屋外にテントを張られる形で設えた中央司令部。
慌ただしく情報と職員が行きかう中、他者の目から切り離された一室で、難しい表情で卓を囲むスタニスラスとロンネスに、ラナーは苦笑いを浮かべながら熱いコーヒーを差し出した。
「今から眉間に皺を造り続けたら、10年は早くロンネス様みたいになられてしまいますよ?」
「っ。それは困るね」
「……ラナー君。それはどういうことかね?」
「貫禄が早く出ることになる、と言う事でしょうか?」
「ははははは! それでは私に貫禄がないと言っているようなものではないかね?」
「残念ながら、スタニスラス様から感じますのは、『貫禄』ではなく『不安』だけでございますから」
「くくく、そうかね。さすがはラナー嬢だ。魔女殿の弟子は皆、私に厳しいね」
「いつ何時でも所構わず、アーリアに色目を使うからでしょうな」
「よく言うなロンネス。君とてセツナにデレデレしっぱなしではないか」
「私は彼女の後見人ですからな」
「理由になっておりませんよ、ギルドマスター。ギルドマスターとして、どの冒険者にも平等に接してくださいませ」
「ならばいい加減私の補佐――副ギルド長に回ってもらいたいのだがね、ラナー君」
「高々受付嬢にそのお役目は荷が勝ちすぎて居ります故、お断り申し上げます♪」
「……君程向いている人間はいないと思うがね」
溜息を吐くロンネスは気分を切り替えるようにコーヒーを口に含む。つられる様にスタニスラスも口にし、気持ちを落ち着かせたうえで呟いた。
「万全とは言えぬが対策はたった。やれることはやったと言えよう。後はこれ以上の〝不幸〟が起こらぬことを祈るばかりだ」
スタニスラスの言葉にコーヒーカップを置いたロンネスが苦笑いを浮かべながら「違うそうです」と前置く。
「何?」
「前代未聞の自体に立ち会えたことは、〝不幸〟ではなく〝幸運〟だ、と。そう、アーリアは笑っておりました」
そう。あろうことかこの前代未聞の災厄。4カ所同時の“大氾濫”と言う異常事態に対し、アーリアは含むように笑ったのだ。その時のことが気になり、ロンネスが問うたところ、彼女は笑みを浮かべてこう口にしたのだ。
――〝幸運〟よね、と。
「魔女殿が……しかしそれは魔女殿だからこそ言えるのではないかね? 長き時を生きる彼女だからこそ、別の視点で言えるのではないかね?」
「いえ。アーリアもある冒険者に言われたそうです。『幸運ですね』と」
『あたしも言われてはっとしたわ』と本当に愉快そうに続けたのだ。
『狙っても立ち会えない事態に出会えたのだもの。幸運と言わずしてなんていうのかしら? ふふ、冒険者であれば、確かに不運だなんて思わないわよね?』
日常では味わえぬ〝未知〟を体験できるからこその冒険者である、と。であれば、この“大氾濫”は確かに〝未知〟に見えた幸運と言えなくもないだろう。
ロンネスも冒険者だったから解る。だからこそロンネスはアーリアが言った言葉をスタニスラスに告げる。
「『坊やも幸運よね。だって前代未聞の事態を退けた領主として箔が付くのだから』だそうです」
「…………ふ。ふはっ、あはははは! であるか! 成程! まさに厄災こそ幸運と申すか魔女殿は!! この事態に、私に向かって! 言うてくれるではないか!!」
まるで失敗など始めから考えていない。この程度は退けられると言う不遜な物言いに、スタニスラスは数秒の沈黙の後に声を上げて笑うのだった。
「ギルドマスター、もしかしてその冒険者とは――」
ラナーの脳裏にも浮かんだ1人の冒険者像。ロンネスは肯定である頷きを返す。
魔神将の復活を阻止し、Sランクパーティーのメンバーを決闘で下し。さらには“大氾濫”と言う事態に遭遇し、あまつさえ「幸運」とする数奇な天運を持つ男。
「戻りました坊ちゃま。そろそろガサツに見えて繊細な精神がヤられて泣きが入っている頃かと思ったのですが……大変ご機嫌がよろしい様ですが?」
「……思いを寄せる女性からの言伝で、テンションが上がっているだけかと思われます」
「……左様でございますか」
高笑いをする主人に呆けた声を上げた従者。対応する冷静なラナーの声色に、ロンネスはただ苦笑いを返す。
「まぁ、女々しく泣かれるよりマシでございますね」
辛辣な従者の言葉で場が落ち着けば、職員からほぼ準備が整ったと言う朗報が告げられたのだった。
前代未聞の“大氾濫”との会合まで、後――3時間。
いつもお読みいただきありがとうございます!
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