第12話 ウェルビー実験戦
魔獣使いとはサブ技能職である騎乗術士技能から派生する上位職である。
元々サブ技能職は習得してもそれ単体では戦闘を行うことができないとされる職業であり、習得するための経験値テーブルがメイン技能職よりも低く設定されている。
ただしサブ技能でも上位職となると多少話が変わってくる。
〈ライダー〉は騎獣となる動物や幻獣と心を通わせることで自分の身体の一部の様に操作することが可能な技能だ。基本的にはメイン技能職である戦士などの長物を扱うプレイヤーの足りない部分を補ったり、攻撃力を強化したり、手数を増やすためのオプション技能的な役割になる。レベルの低い内は馬など戦闘面では強力とは言えない騎獣がメインとなるが、技能レベルが上がるにつれてドラゴンなどを使役することも可能となる。竜騎士ってだけでカッコいいよね。
これが〈ライダー〉の基本的な扱い方になるが、亜種として騎獣をプレイヤーを強化するためのオプションではなく、別キャラクターとして強化することで騎獣で戦うスタイルも存在する。
〈テイマー〉はそのスタイルを突き詰めた技能職と言える。
これにより、LOFで騎獣と定義された動物や幻獣以外にも使役――使役獣とできるようになる上、取得するスキルやアビリティによっては戦闘中に使役できる数を増やすこともできる。つまりプレイヤー1人で3キャラクター操作し、数の不利を覆すことができる珍しい技能職なのだ。
ただ、TRPG時代だと真価を発揮するまでの道のりが長く、また使役獣を維持するのにも金が莫大にかかるため、なかなか楽しめるところまで辿り着けない不遇技能職だったりもする。ぶっちゃけ長期キャンペーンでもない限り何もできずに終わる技能職だ。
俺個人的な趣味で言えば〈テイマー〉は物凄く好みの技能職だ。ゲームでトークンとか操れるキャラクターは大好物だし、1人でパーティを結成できるユニットを操作するとかもうたまらなく大好きだ。恐らく、カイル・ランツェーベルが参加していたキャンペーンがここまで長期になると知っていたならば間違いなくそっちの成長にしていたと断言できる。いや、まぁ回避盾ビルドも今やものすごく気に入っていますけども。
おっと気持ちが逸れた。さて、〈テイマー〉はスキル次第では最大4体までの使役獣を操作することができる。Lv9だと最上位職手前だからよくて3体だったはず。また使役獣は自身のレベルよりも低くなければ使役できなかったはずだから、ツーファング・ジャガーはLv9より下と言うことになる。記憶だと7ぐらいだった気がするんだよなぁ。解析――お、成功。
名:ツーファング・ジャガー 種族:動物 Lv7 使役者:ウェルビー・シュトナック
HIT:12(+2) ATK:12(+2) DEF:10(+2) AVD:11(+2) HP:65(+10) MP:14(+5)
MOV:25(+5) LRES:12(+1) RES:10(+1)
行動:命令による 知覚:五感 弱点:炎属性ダメージ+2
【特殊能力】
〈ツーファング〉:ダメージ判定を2回行い、ダメージが大きい方を対象に与える。
【特殊行動】
〈噛み砕く〉:ATKに+5の修正。AVDに-2の修正。
『鋭く強靭な二本の牙で獲物を狩る大型のジャガー。その牙は岩もを貫くと言われる』
ステータス表記は魔物表記に準拠するのもTRPGの時と変わらないな。括弧内の表記はウェルビーによる強化値だろうな。いいなぁ。俺も〈テイマー〉今から目指そうかなぁ。
既に開始されている戦闘を尻目に余計なことを考える俺に、召喚されたツーファング・ジャガーは左右から挟み込むように襲い掛かる。ちなみに先制判定は意図的に放棄した。相手よりレベルが低い偽装なのに先手を取るわけにもいかないし、何より試したいことが多い。
装備もレベル相応よりも低い装備にわざわざ変更しているし、装飾品もある程度外してある。さぁ、実験の時間だ。
「よろしくお願いします」
「泣き叫びながら許しを請える程度に食い千切れ!」
性格悪いなおい! 俺は心の中で突っ込みつつ左から首目掛けて飛び掛かってくるジャガーAへと踏み込み、上体を仰け反らせることで爪と牙を躱し、すれ違いざまに腰の回転を利用して〈魔力攻撃Ⅰ〉を込めた右アッパーをジャガーの下顎に叩き込む。クリティカルの手応え。
突然の反撃に体勢を崩すジャガーAを見送りつつ、低い姿勢で迫るジャガーBの突進を殴った反動で引き戻し地面についた右手を支点に側転することで躱す。
今回まず知りたいのは素手での戦闘における技能修正。それと解析判定に成功した対象のステータスの随時確認が可能かどうか。
LOFは近接戦闘技能職であれば、素手での戦闘も可能なようにできているが、最も恩恵に与るのは当然〈グラップラー〉系統の技能職になる。無論、他の技能職は受けられる修正値が〈グラップラー〉より低くなるように設定されている。これが今の世界ではどのように反映されるのかをまず知りたい。
ゲーム時代ならば捕縛されたりでもしない限りは装備を取り上げられることなく戦闘を行うことができる。イベント的にそう言うギミックを入れることはあっても、基本的にGMもプレイヤーには最大限の力を発揮して楽しく戦って勝ってほしいのだから、わざわざ全力を出せないような戦闘を入れることはない。
しかしLOFが現実となってしまった今では、不測の事態は当然のようにあるはずだ。世界はGMの様に甘くない。だから〈フェンサー〉系統の俺が素手でどの程度の力を発揮できるのかを確かめておきたいのだ。
俺は体勢を立て直すと同時に突進の勢いを殺しつつ反転したジャガーBへ距離を詰め、鼻っ面に〈魔力攻撃Ⅰ〉付き左中段突きを叩き込む。召喚された時に挙げた声とは思えない可愛らしい悲鳴が響く。
次に確認したいのは敵ステータス――主にHPとMP、状態異常をどこまで把握できるのかの確認だ。GMは解析判定に成功したプレイヤーには配置した敵ユニットのステータスをリアルタイムで公開していた。その方が作戦も立てやすいし、効率よく戦闘を終結まで持っていけるからだ。むしろ判定に成功して公開されないと困るぐらいだった。判定が失敗したときの処理の面倒さはGMあるあるの一つと言えるだろう。ギミックボスで判定ミスった日にはもう天を仰ぐしかない。
俺はすぐさまジャガーBのステータスをHPと状態に絞って確認する。
名:ツーファング・ジャガー HP:47/65 MP:14/14 状態:怯み(小)
よし、把握できる。ゲーム時代に『怯み(小)』なんて状態異常は存在しなかった。この辺りの種類も是非把握したい。
俺は怯むジャガーBに追撃の蹴り上げを顎へプレゼント。手応えは再びクリティカル。『HP:-2』『状態:気絶』となって崩れ落ちるジャガーBを尻目にジャガーAへ。頭を振りながら立ち上がるジャガーAへ跳ねるように近づき、ジャンピング踵落とし――シザース・キックを脳天に叩き込む。クリティカルの手応えはなし。だが『HP:12/65 状態:気絶』と表示され、白目を剥いてジャガーAは崩れ落ちる。
生き物である以上脳みそを揺さぶられれば気絶もあり得ると思ったら案の定。HPを0にしなくても相手を気絶させることは可能だと判明した。うん、上々だ。
何やら言いたそうなアーリアを黙殺しつつターゲットを驚愕のあまり動けないでいるウェルビーに変更。
彼我の距離は10m程。低い姿勢で一気に距離を詰める。
「ぐっ」
接近を嫌うウェルビーが一歩引きながら鞭での迎撃を選択。唸る鞭の尖端を最小限の動作で躱し、さらに前へ。剣の間合いから拳の間合いへ。折角だ、悪ノリしてみよう。
鞭の有効射程を失ったウェルビーに俺は笑顔で告げる。
「泣き叫びながら許しを請う準備はオーケー?」
「おごぁっ!」
〈魔力攻撃Ⅰ〉を切り、左拳を水月――鳩尾へ。すかさず下がった側頭部へ右掌底で殴打。
一瞬意識が飛んだかとかと思ったが、腐っても高レベル。眼光に光を宿し拳を俺へ振りかぶる。俺は止まったように遅いパンチをぎりぎりで躱し、無防備な顎に左フックを被せ、ウェルビーは足元へと崩れ落ちた。
ウェルビーのステータスは見抜けていなかったため、念のため生死を確認するため首筋に手を当てる。よし、生きてる。
HPがマイナス領域に行ったツーファング・ジャガーを死なせるわけにはいかないため、ウェルビーと合わせて〈アース・ヒール〉でHPを回復させておく。ふぅ……これで問題はないだろう。
一仕事終えてアーリアに振り返れば黙殺したときと同じ表情のままだった。
「一応確認するけど、あんた剣士よね?」
わざわざ初期技能職で聞いてくる辺り、諸々のことを考慮してのことだとはわかるけど、なぜに今更?
「そうですよ。拳闘士ではないですよ」
「その割には堂に入った拳闘術だったわね」
「あー、パーティーメンバーに居たんで身体の動かし方は多少わかるんですよ。剣士と言えど素手転で戦う時もありますし、ソードスパイクは一応剣として扱えますから」
〈フェンサー〉だって拳で戦えないわけじゃない。〈グラップラー〉の様に高い修正を得られないだけで。
俺の言葉に一応の納得を見せたのか、「まぁいいわ」と頷くアーリア。むしろそんなことより気になることがあるわけで。
「今更ながらこれ本当に試験だったんですか?」
「違うわよ、恐らく」
「あー、ですよね」
だよねぇ! なんか流れで叩きのめしちゃったけど、ウェルビーは正規の試験官じゃないよねぇ! 後悔はしてないけど。
「でもまぁ、いい仕事だったわ」
「ありがとうございます」
「何が良い仕事だ!? 馬鹿者が!」
俺たちが入ってきた入り口から低い男の声が響く。アーリアは声の主を当然知っているのか「誰がバカよロンネス!」と不服な表情を浮かべる。拗ねた小学生にしか見えな――いえ、何でもないです。
視線をアーリアから声の主へと向ければ、身なりの良い中老程の男が苦虫を嚙み締めた表情でアーリア、俺、ウェルビーの順番で視線を送っていた。
「約束の時間に来てみれば何をしているのだアーリア」
「あたしの所為にしないで頂戴。これはあんたの体たらくが招いたもんでしょうが。ちゃんとクソガキの手綱を握っときなさいよ。ギルドマスター」
「ウェルビーが君のところのミィエル君に迷惑をかけているのはわかっているよ」
「言葉じゃなく態度で示してほしいわね。あんたもクソガキだったんだからクソガキの考えることはよくわかるでしょう?」
「…………アーリア、公の場であることを踏まえて発言しなさい」
眉根を寄せてより苦い表情を作るこの人はどうやらギルドマスターらしい。と言うか中老のギルドマスターをクソガキ扱いする小学生って何歳だ? 気にはなるけど、今はいいか。
このままじゃ話が進まなそうなので俺は一歩前に出てギルドマスター――ロンネスへと向き合う。
「初めましてギルドマスター。俺はカイル・ランツェーベル。“歌い踊る賑やかな妖精亭”の冒険者であり、昇級試験を受験しに来たました」
「あぁ、話は聞いている。私はここのギルドマスター、ロンネス・ファミランド」
鋭い視線がアーリアから俺に向く。
「悪いがカイル・ランツェーベル。アーリアから授けられた魔法を解いてもらおうか。ステータスを偽装するような輩に昇級試験を受けさせるわけにはいかないのでね」
「わかりました」
俺は頷き、重ねていた魔法を解く。
「成程。Lv9か。ウェルビーを圧倒する程の手腕は確かなようだな」
「この子は申告した通り、ソロでバジリスクを討伐できる実力の持ち主よ。流したデータはちゃんと確認してるんでしょう?」
「勿論確認している。君が珍しく動いた冒険者だからな」
「なら時間が勿体ないからさっさと試験を始めて頂戴」
本当に面倒そうに言うアーリアにロンネスは難しい顔で腕を組む。んー? これはウェルビーノしちゃったのが不味かったかなぁやっぱり。
「なに? 不服なの?」
「いや、彼の実力は十分だ。ウェルビーを倒した時点で試験など改めてやる必要はない」
いいのかよ!? ってことはあとは手続きで終わり――
「だが、何を企んでいるのかは詳しく聞かせてもらうぞアーリア」
――じゃないのね。と言うかちょっと動くだけで何かを企んでるって思われるアーリア。あんた一体普段何してんだよ?
兎にも角にも、俺は無事ビェーラリア大陸で冒険者ランクBに認定された。