第128話 避けられぬ理由
定期的に更新すると言いましたが、できませんでした! お盆休み返して!
「ギルドが保有する【転移門の宝珠】での避難はされないのですか?」
緊張した面持ちのギルド職員が口にしたのは、“大氾濫”からの避難だった。それも【転移門の宝珠】と言う〈ソーサラー〉系の高レベル――Lv12の魔法技能職がようやっと扱える〈ディメンジョン・ゲート〉が封じられたマジックアイテムによるもの。
「君はこの街を『捨てて逃げろ』と言うのかね?」
「僭越ながら、現状の戦力で2つの“大氾濫”を受け止めるのは難しいかと思われます。過去の規模から考えても、迷宮1カ所につき最低4000は下らないでしょう。それが2つ――さらに迷宮主がいるとなれば、万は超えてもおかしくはありません。現状の兵力では厳しいかと思われます」
「つまり君はこの街の外壁を駆使した籠城戦でも、数の暴力に屈する可能性が高いと言いたいのだね?」
「はい」と頷く職員に対し、「遠慮はいらぬ。理由を述べよ」とスタニスラスが先を促す。
「現在ザード・ロゥで戦力としてカウントできるものは、街に所属する衛兵、騎士、冒険者、そして駐屯して下さっている蒼炎騎士団の皆さんとなります。この中で新人等を除くとすれば、数の差は優に5倍以上となるでしょう。喩え籠城にて迎え撃つにしても全ての門を護ることは難しかと存じます。であれば、態勢を整えてから奪還するのが最低かと愚考します」
ギルド職員の発言は間違いではないでしょうね。
低く見積もっても、数的差はギルド職員の言う通り5倍以上なのは間違いないでしょう。そのうえ魔神が関わり、迷宮主が魔物の群れを統率し始めれば数以上の脅威となるわね。最悪を想定するのであれば、ギルド職員の言う通り避難が一時の最善策に見えるでしょうね。でもね――
「人が居れば街や国はいくらでも立て直せます。現状の戦力では厳しい以上、非難し、態勢を整えてから対処すべきかと愚考致します」
「……確かに、君の言う通り領民の命こそ優先すべきであろうな。その意味では避難こそが最善に見えよう。だが果たして未来を見据えた場合、最善と言えるのかね?」
「今、命を繋がねば未来も訪れないかと」
「と言う事だが、君の意見はどうかねロンネス?」
「……残念ですが、悪手としか言えぬでしょうな」
ギルド職員の言を問われたギルドマスターが首を振って否定する。
「何故かね?」
「一番の理由は迷宮主が現れたことにあります。迷宮主を倒さぬ限り、迷宮は領域の拡大をし続けるでしょう。そうなれば現れる魔物の数は増え続け、迷宮のランクも上がり続けます。結果我々が避難し、奪還の準備を終える頃には手が付けられぬ存在になりえていないとも限りません。結果領土を失うだけでなく――」
「より多くの被害を被る可能性があると言う事かね」
「――仰る通りでございます」
そう――ロンネスの言う通りになるのよね。
ただ魔物が溢れ出るだけであれば、職員の言う避難でも問題もなかったのよ。
でも迷宮主がいる以上、迷宮は成長を続けてしまう。であるならば、解決するために私達がとるべき手段は、始めから1つしかないのよね。
「ですが!」
「確かに難しいことであろう。だが冒険者の街とも言える此処では、むしろ守りよりも攻めに転じた方が得意なのではないかね? そうであろう? ヒース・エイリスフォード」
「えぇ。迷宮主が現れた場合、確かに危険度は上がります。ですが、それさえ倒してしまえば大氾濫は収まりますから。特に私のパーティーは、護衛よりも殲滅の方が好みですし」
スタニスラスの言葉に同意する、自信に満ちた声が響く。室内にいる人間全てが声の下へと視線を向ければ、灰銀の髪に銀の瞳が特徴の長身の男と、中背ながらも鍛え上げられた筋肉の塊のような男が、背後にダルタニアを伴って入室した。
「で、あるか」
「はい。少なくとも滞在されている蒼炎騎士団よりも、討伐が得意と言えますよ」
「頼もしい限りだな」
「どうやら無事に着いたようだな、“黒の一閃”よ」
「到着が遅くなり大変申し訳ありません、ギルドマスター」
「これでも全速力で戻ってきたんですがね、ぎりぎりになっちまいやした」
「構わん」
”赤雷亭”が誇る最強の冒険者パーティー――“黒の一閃”。そのリーダーが灰銀の髪をしたこの男――ヒース・エイリスフォード。そして彼に続くように現れた筋肉の男がマイディ=ヨルモナキア。うちのミィエルに付き纏い、カイル君に返り討ちに合ったガウディ=ヨルモナキアの弟。
「しっかしなんか俺らが離れている間に随分楽しいことになってんじゃないですか、スタン様?」
「楽しいものか。良い具合に『くそったれ』と暴言を吐きたいぐらいさ」
「坊ちゃま。坊ちゃまの品位が疑われるような発言は控えていただきたく――」
「セバスよ。この場で最初に口にする言葉がそれか?」
「――と思いましたが、そもそも持ち合わせておりませんでしたので、問題ございませんね」
セバスの軽口による主人弄りに「相も変わらずお二方とも仲がよろしいようですね」とヒースはすました顔で笑う。
「状況は此処に来るまでにお聞きしております。迷宮主の出現――どのような魔物なのか、情報はございますか?」
ヒースの問いに、ロンネスは先程まで避難を口にしていたギルド職員を下げ、別の職員から最新の情報を問い合わせる。するとタイミングよく受付嬢であるラナーが顔を出し、「“新緑の風”が持ち帰った情報を纏めてあります」と新たな羊皮紙を私たちの前に広げた。
「“暁天”の最後の通信により、判明していることは以下の通りです。今回の件に関わっている『魔神』の名は“魔神将”に仕えている魔神“ダウスィー”。そして『天使を模した兵器』が彼らを全滅させたようです」
「『天使を模した』? それはどのようなものだね、ラナー嬢?」
「申し訳ありません、スタニスラス様。こちらに関しては現在調査中でございます」
「『もどき野郎』と言う言葉から、“ダウスィー”は“ダブル”の名持ちで間違いなかろう。この場に居る者で、『天使を模した兵器』に心当たりは?」
……天使を模した兵器?
あたしがその単語から連想できるものは、機鋼翼獣と呼ばれる兵器群。その中でも人型を模した機鋼指揮官(Lv14)または機鋼戦騎兵(Lv12)かしら。どちらも『天人族』を模して製造されているため、腰のあたりに翼型の飛行ユニットを背につけているのよね。
あたしが対象に思い当たるとほぼ同じくして、ヒースが「……恐らくですが」と前置きをし、
「大戦末期に製造されていた機鋼翼獣――機鋼戦騎兵、あたりでしょうか? 最悪、機鋼指揮官の可能性もありますが……」
「あー、あの機械で出来た戦闘人形か! 前に遺跡で戦ったことがあったよな、リーダー?」
「えぇ。翼を模した飛行ユニットを持っておりましたから可能性は高いかと。アーリアさんはどう思われますか?」
「……あたしも現状同意見よ。ただこの情報だけでは判断しかねるのだけれど、ラナー? 映像や写真はないのかしら?」
「申し訳ございません。音声通信のみでしたので」
「そう。やはり目撃したパーティーが全滅したのは痛いわね」
「そこは憂いても仕方あるまい。今は迷宮主を機鋼指揮官と想定できるだけでも重畳であろう」
ロンネスの言う通り、迷宮主が想定できるだけでも悪い事ではないのよね。
何故なら、ただ許容量を超えたことによる大氾濫と違い、迷宮主が現れた場合は現れる魔物が迷宮主の種族に影響を受ける傾向にある。故に何も情報がないよりも対抗策を講じることが可能となるのよね。
「ってことは物理防御力が高いタイプが多くなるってことかリーダー?」
「そうなりますね。ただ全てが全て機鋼翼獣ではないと思いますが、敵主力はほぼ間違いないかと。ですので魔法攻撃部隊で当たるのが望ましいでしょう」
ヒースの言葉に機鋼翼獣を知らないスタニスラスが、「どういったものがいるのだね?」と疑問を呈せば、ラナーが「こちらになります」と早速用意した資料を提示し、流れるように解答を口にする。
「機鋼翼獣は対蛮族に製造されていた機械兵器群を指します。最も弱いものでもレベル「4」、最大で「14」となります。どのタイプでも魔法攻撃を備える物はありませんが、遠距離攻撃手段として重火器を用いることが多く、遠近共に物理面では攻撃・防御ともに優れております。反面、全体を通して魔法攻撃への耐性が低いのが特徴と言えます」
「対蛮族兵器が人族に牙をむく、か」
「製造施設等が迷宮化した場合、命令系統が書き換えられてしまいますから致し方ないかと存じます」
「上位の機鋼翼獣が大量生産される恐れはないのかね?」
「可能性はゼロと言えません。ですが製造には相応の上位資材が必要となりますし、アニオスラ遺跡の核となる迷宮核のランクから言って可能性は低いと思われます」
「ラナー君の言う通り、過去機械製造施設が迷宮化されたとしても、ランクの低い迷宮核では応じたレベルの物しか製造できていないことが解っております。高位の『魔神』が助力しているとはいえ、元々アニオスラ遺跡の迷宮核から機械タイプは排出されておりませんから、今回の”大氾濫”のために急遽用意されたものとみて良いでしょう。よってレベル「10」を超えるような機鋼翼獣を多く生産する力はないかと」
「それでも迷宮主を機鋼指揮官とするなら、数機近衛で控えていることでしょう」
「指揮官がいるのは厄介だが、“黒の一閃”の敵じゃねぇわなぁ、リーダー?」
「えぇ、マイディの言う問題ないでしょう」
「ふむ。では“黒の一閃”に依頼するとしよう。当初の魔神討伐任務に変わり、大氾濫の原因である迷宮主を撃滅せよ」
「仰せのままに」
「任せとけってスタン様!」
自信を持って頷く“黒の一閃”の2人にスタニスラスも頷く。
彼らの自信と力強い言葉に室内の絶望感が払しょくされ、雰囲気も上向きになる。と同時、
「遅くなりましたわ」
「状況はどうなっておりますか?」
中堅冒険者を中心に指示を飛ばしていたバルバラと、同様に騎士への指示を終えたゼルジュ副団長が顔を出す。他衛士長や部隊長も揃い2人を追うように揃う。
並んだ顔ぶれに頷いたスタニスラスは、改めて気持ちを鼓舞するように声を張り上げた。
「では諸君! 前代未聞の災厄に抗う最終確認をするとしよう!」
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