第127話 災厄の始まり
大変遅くなり申し訳ございません。
そして今回短いですが、また定期的に投稿予定です。よろしくお願いいたします。
今までの流れ
ミィエルが大氾濫の兆候を見つけたよ
とある冒険者パーティーがエルフに遭遇して全滅したよ
氾濫の兆候が確定したよ←いまここ
……どうやら、仕入れた情報通りの状況のようね。
あたしが冒険者ギルドの一室――大氾濫対策本部へと顔を出せば、中は通信水晶から齎される情報で混乱の様相を呈していた。
あたしは気配を殺しながら飛び交う情報を整理しつつ、この大氾濫の総指揮を執る領主代行――スタニスラスへと視線を向ける。
「スタニスラス様。予兆が見られたグリィディア迷宮で“大氾濫”発生! 周辺約1km内に多数の出口が出現。現地冒険者も撤退の後、街での迎撃に入ります!」
「グリィディア……“紅蓮の壊王”が向かった迷宮か。彼らは?」
「現在出口の1つで交戦中。魔物を間引きしつつ、街へ撤退するようです」
「ペネロテ遺跡からも“大氾濫”が発生し、ゼーガへの進行を開始! 調査に繰り出したパーティーは負傷。後退を急いでいます!」
「……2カ所同時とは――」
「……いや、恐らくその程度ではすまないかと」
頭を抱えて呻くスタニスラスにロンネスが苦い顔をして首を振る。
「どういうことだロンネス?」
「……先程試験会場でパーティー1つが消息を絶ちました。それもAランクへの昇格が見込まれたパーティーが、です」
「……それ程の実力者が消息を絶つ元凶が居る、という事か」
「消息を絶つ」なんて言っているけれど、実際は「全滅」でしょうね。確かザード・ロゥ近辺の調査に赴いていたのは確か……ミィエルが悲しむわね。冒険者をしている以上、仕方のない事なのだけれど。
「はい。報告では冒険者ギルドが知り得ぬ地下への通路を発見し、調査に赴き消息を絶った模様。現在は連絡係についていたパーティーが罠を仕掛けつつ撤退中です」
「待てロンネス。確かアニオスラ遺跡は60年以上も前から冒険者ギルドの管轄にあったはずだが?」
「はい。Lv8のシーフで隈なく探索し、現在も定期的に調査。今に至っております」
「結果、大氾濫なんて起こった上に優秀なパーティーを失ったってわけね」
「っ!? アーリア!?」
「魔女殿!!」
スタニスラスが飼い主を見つけた子犬のようにあたしに駆け寄ろうとするのを、ロンネスを壁とすることで防ぎつつ、「状況は悪そうね」と先を促す。
「悪いなんてものではないぞ、魔女殿! 過去を振り返っても2カ所同時なうえ――」
「1パーティーが全滅をしたそうね。つまりいるって事よね?」
「残念ながらアーリアの言う通りであろうな」
「……迷宮主、であるか」
大氾濫が起こる原因は突き詰めれば2つ。1つは迷宮の許容量を超えた魔物を内包した場合。そしてもう1つが迷宮核を取り込めるほどの魔物――迷宮主が現れた場合。
迷宮主が現れた場合、迷宮核が持つ性質である「領土の拡大」を本能的に望む行動を引き起こす。当然今までの迷宮の規模では望めない以上、最も効率の良い方法として迷宮外への侵略を行うのよね。
「“暁天”の実力からいって、その可能性が一番高いでしょうね。何もできずに全滅なら……少なくともレベル「13」以上って所かしら?」
しかも魔神将の残党と言える“名持ちのダブル”とは別で存在すると考えて良いでしょう。現状でもCランク迷宮の大氾濫。加えてこのままDランク迷宮も全て大氾濫が発生するとなると……笑えないわね。天災と言っても差支えがないわ。いえ――
……この事態を引き起こすことができる程の力をもつ魔神将の配下こそ、厄災と言えばいいかしら。
「たかだか魔神一柱でこれほどの災厄を齎すのか……」
「平和ボケするのも大概にしなさい坊や。たかだかなんて言える相手じゃないわよ」
「アーリアの言う通り、“ダブル”の時点で脅威度はランクS。“ネームド”ともなればそれ以上。確かにスタニスラス様が口にするほど易い相手ではありませんな」
それに大氾濫に関わっているのは間違いないにしても、この規模は魔神だけの仕業――とは考えにくいのよね。果たしてマイルラート神殿のみが関わっているのかしら? 寧ろ――
あたしが詮無い事を考えていると、「緊急伝達!」と叫ぶ声が室内に響き渡る。
「たった今Dランク迷宮で大氾濫が発生! まだ状況は迷宮内に留まっているものの、時を待たずして外部へと門が開かれる模様! 調査に赴いたパーティーは脱出しましたが負傷を負い、サポートパーティーと共に撤退中!」
「3カ所同時、だと……っ!?」
さすがに冷静ではいられなかったスタニスラスが机を叩いて立ち上がる。ロンネスも最悪の予想が当たってしまったことに、苦渋の表情を浮かべている。
「神々は我々に滅びろとでも言うのか……」
震える声が絶望の度合いを表すように、対策本部内を暗い影が覆う。
気持ちはわからなくもないし、スタニスラスが口にしたように『混沌』の神々はあたし達に「滅びろ」と言っていることは間違いないでしょう。だけれど、今すべき思考は絶望や失意ではない。確かに理不尽な天災的事象ではあるけれど、対応できない程ではないのだから。
「……ふふっ」
「アーリア?」
あたしはつい彼の言葉を思い出し、笑みが零れてしまう。気づいたロンネスはそんなあたしに怪訝そうに見てくるのだけれど、今やるべきはそんなことではないでしょうに。わざとらしくため息を吐き、手を叩いてあたしは注目を集める。
「はいはい、悲嘆にくれるのは満足できたかしら? ならとっととできる状況の把握、次点で対策を立てていくわよ」
「魔女、殿?」
「坊やも次期領主としてそこそこに優秀なのだから、この程度のピンチなんて踏み台にして成長して見せなさい」
「……魔女殿はこの前代未聞の、3カ所同時“大氾濫”を、この程度と申すか?」
「えぇ。それと坊や、間違えているわよ?」
「? 何を――」
「“大氾濫”は3カ所ではなく、4カ所同時よ」
「――っ」
「……残念ながらアーリアの言う通りです。まだ本前兆が目に見えていませんが、迷宮主がいる時点で確定かと」
「現実逃避しても意味はないわ。あんたがすべきことは、状況を正確に把握し、最善を尽くして乗り切ることよ」
「……相変わらず魔女殿は厳しいですな」
「それだけ我々も貴方様に期待しているのですよ」
「……で、あるか」
ロンネスの言葉に表情を和らげたスタニスラス。これならもう大丈夫でしょう。
「なれば襟を正していかんとな。それと魔女殿。私もかれこれ28になった故、『坊や』は止めていただきたいのだが――」
「それでロンネス。バルバラとダルタニアはどうしたのかしら?」
スタニスラスの言葉は無視し、続けて「蒼炎の連中もよ」と問えば、ロンネスは一度だけスタニスラスへと視線を向けた後、「ダルタニアは自身の宿に迎えに行っている」と続ける。
「バルバラは中堅以下の冒険者達――特にパーティーを組んでいない者達の纏めを行っているはずだ。直にこちらに顔を出すだろう」
「あの娘なら適任ね。この街の冒険者で彼女の世話にならなかった者の方が少ないでしょうし」
冒険者の育成に力を注いでいたものね、バルバラは。所属問わずに助言を与える様は、まるで女神のよう――なんて言われていたこともあったかしら。本人は恥ずかしそうにしていたけれど。
「ゼルジュは各部隊長へと指示を飛ばし終え次第こちらに来るだろう。ロンネス、それまでに情報を纏めたものを」
「既に手配しております」
ロンネスが目配せをすれば、ギルド職員が最新情報を書き込んだ羊皮紙をあたし達の目の前に置いていく。そして現在の情報を並べ終えたうえで「ギルドマスター」と職員が緊張した面持ちで問いかける。
「何かね?」
「ギルドが保有する【転移門の宝珠】での避難はされないのですか?」