第123話 対策本部 後編
「現在“大氾濫”が起こりうる可能性のある迷宮4カ所の内、此処ザード・ロゥより遠方の2カ所の調査を開始。直近で踏破されましたが、現状でも『魔物』の数は平均より多く、どちらも可能性ありと現状判断しております」
「既に気分が悪くなる報告であるな」
「踏破後に活性化が来た場合、補充される『魔物』は多くなります。故に予兆と判断するには早いとも言えましょうが……」
「だと良いのだがな、ダルタニアよ。しかし人的被害が出てからでは遅いのだ。疑いがある時点で近隣住人は即時避難させねばならぬ。村や町の施設が壊れようと、民さえいれば復興は叶うのだからな。近隣に村が6箇所、町が2箇所あったはずだ。状況はどうなっておる?」
ゼルジュ副団長が述べ、ダルダルが冒険者としての見解を補足します。それでもスタン様は「起こる」ことを想定し、話を進めていきます。
「近隣の村に関しては“緑水”と連携を図り、半数が避難を開始しております。ですがもう半数は収穫時期であることもあり、避難が送れており――」
「大事に育てた作物が気になるのは解る。だが命あっての物種だ。補償は行うと告げて避難を急げ。町の状況は?」
「衛兵と連携を取り、“蒼炎”と“緑水”、さらに冒険者の登用にて防衛力を強化しております。過去の規模で考えれば、籠城するうえでは問題ないかと」
「ふむ……それは現在調査中の2カ所共に起こったとしても問題ないか?」
「各迷宮がそれぞれに別の方向へ向かう分には問題ないかと。ただ過去に例がないとはいえ、もし合流し1つの町を目指された場合は――」
「……であろうな。“蒼炎”と“緑水”が滞在してくれていたことが救いと言えよう」
厳しい表情を浮かべる一同。実際、迷宮同士は割と離れた位置に存在しますし、そもそも過去一度としてこの周辺では同時に複数の迷宮から“大氾濫”が起こるような記録はありませんでした。だからこそ防御拠点となる町には、過去の規模で問題ない程の備えしかないのです。
「ディアン副団長、他の騎士団に応援を頼めないのかしら?」
「……難しいと言うのが現状だ。要請を出すにしても王都の守護を任されている部隊はどうあっても動かせぬし、王都が誇る5色は我々同様、各地に散っている。時間的にも伯爵傘下の騎士と我々だけで対処するしかないだろう」
「応援に駆け付けたくとも、この近辺の調査はまだなのよね? そちらはどうなっているのかしら、ギルドマスター?」
「調査に向かわせる者たちの選出は終わっている。明日にでも開始する予定だ」
「『魔神』騒ぎで即座に動ける者がいなかったってのが痛かったな」
「あんたんところなら数抱えているのだからもう少し何とかなったんじゃないの?」
「馬鹿を言え。“大氾濫”の予兆が現れた迷宮なんざ、難度が数段上がるってぇのはバルバラも解ってるだろうが」
「だからうちは筆頭パーティーを出したじゃない」
「こちらもCランクに2位と3位を向かわせてんだよ。むしろ文句は俺に言わずに、うちの2位を蹴散らした“妖精亭”に言ってもらいてぇな!」
ミィエル達を指さして声を上げるダルダルに、「無理です~」とミィエルは返します。
「ぜ~んぶで2パ~ティ~しかいないんですよ~? 『魔神』騒ぎも~、ミィエルたちが~解決した~んですからね~」
「その後暴れる元気があったじゃねぇかよ」
「喧嘩を~売って~きたのは~、そっち~ですからね~! 逆恨み~は~、止めてくださ~い」
「ふむ。実際はどうなのだね天使よ? 話に聞いた実力であれば、調査チームに名乗りを上げられると思うのだが?」
スタン様の指摘に、ミィエルは首を振って答えます。
「確かに~、レベルだけ見れば~、他筆頭パ~ティ~に~近いですよ~? ですが~、パ~ティ~の大半が~、冒険者として~新人で~、これから~連携などの~練習予定だったんですよ~。それもなしは~、厳し~です~」
「Dランクの迷宮であってもかね?」
「はい~。そもそも~、この辺り~の迷宮が~、普段ど~なってるかも~知らな~い人に~、調査なんて~無理~ですよ~」
「それもそうよね。ミィエル以外全員この街に訪れたばかりだもの、何度も調査対象の迷宮に挑んだ経験がある者の方が望ましいわね」
「新天地で違和感を察しろ、と言うのは俺達騎士でも無理な話ですから。調査を主に冒険者を頼っているのも同じ理由、妥当な意見でしょう」
ミィエルの言葉に、その通りだとバラちゃんとフォルテ隊長が同意してくれます。
「冒険者ギルドとしても、“歌い踊る賑やかな妖精亭”に要請を出すつもりはなかった。ただそれだけのことです」
「ふむ、道理ではあるな。して天使よ、君らは国選依頼等の依頼をも選択するようであるが、此度の“大氾濫”での防衛には参加してもらえるのかね?」
「もっちろ~ん、ですよ~。ね~2人~とも~?」
「当然、デす」
「はい。微力ながらセツナも参加させていただきます。主様もアーリア様と共に、そのための準備を進めておりますので、ご期待いただければと存じます」
「ふふ、そうか。魔女殿がこの場に居ないのも、備えのためとあらばしかたなく、心強い。ならば次だ。ザード・ロゥ近郊の迷宮が大氾濫を迎えた場合の備えはどうなっておる?」
「一番戦闘が激しくなると思われる迷宮に近い門には主に我々騎士団が要として防衛線を引き、冒険者には遊撃による敵戦力の減殺を任せるつもりです。ただ自由に動き回られても困るため、騎士団が配属される箇所は我々の指揮下で働けるものを選別して頂きます」
「わかっております。選定は私が責任をもって行いましょう。逆に冒険者が主となる2カ所では、騎士よりも街の衛兵と冒険者で連携を図ります。騎士たちより、衛兵の方が私達も馴染み深いですからな」
スタン様が冒険者を利用した迷宮調査状況を確認の後、次は街の防衛状況を確認していきます。
基本的に主戦場の守りは騎士団が努めます。理由は簡単で、冒険者は商隊などの護衛任務を行うことはあれど、基本的には徒党単位でしかありません。街などの大規模なもの――拠点防衛戦となると、本職である騎士には及びませんから。
ただ魔物の殲滅となると立場が変わります。普段から迷宮などで魔物相手に生き残ってきているのが冒険者。少ない人数で効率的に魔物を倒す手段はこちらに軍配が上がりますからね~。
「騎士を盾に、冒険者を矛にするわけですね。でも冒険者の方々が騎士の指揮に従うのでしょうか?」
「セっちゃんの~心配する通り~、そこは~適性のある~冒険者が選ばれ~ますね~」
「騎士団ダケは守り切れないノか?」
「ん~、今回は~厳し~ですね~。規模が~大きい~ですから~」
迷宮1カ所のみの大氾濫であれば、騎士団だけでも可能だったかもしれません。ですが疑いが4カ所となると、領主が保有する騎士団も分散せざるえないですからね~。蒼炎騎士団が常駐してくれていたから、まだマシだな状況ですが、そうでなかったのなら完全に手が回らなかったことでしょう。
「ミィちゃん、質問なのですが“大氾濫”は街で迎え撃つしかないのでしょうか?」
「ん~? ど~いう事~ですか~?」
「例えばですが、迷宮の出入り口をゴーレムなどで固め、包囲殲滅して迎撃するとか如何でしょう? この広い街を護るより、戦力を集中できるのではないかと思うのですが」
「あ~、それは~ですね~」
「“大氾濫”が起こるとき、迷宮核が魔物を排出する出入り口を大量に増やすのだ。結果包囲するつもりが包囲されることもあり得るため、拠点で防衛に注視した方が安全なのだよ」
セっちゃんの質問にギルマスが答えてくれます。別に小さな声ではなかったですけど、返答が早すぎて、もしかしてセっちゃんのことを常に耳をそばだてているのでは? と気持ち引いてしまいそうです。
「そうなのですね。では道中に罠などを張ることはいかがですか?」
「それは有効と言えよう。奴らは命あるところを一直線に目指す習性があるからな。現状調査と並行して罠の設置も進めているところだ」
「既に進めていらっしゃったのですね! 無知なセツナに教えていただき、ありがとう存じますロンネス様!」
「構わぬよ。気になったことがあればすぐに何でも訊きなさい」
「はい!」
「……随分とその娘を気に入っているのねギルドマスター?」
「気に入るも何も、私はセツナの身元保証人に名を連ねているのだ。ただ役目を果たしているにすぎん。彼女はまだ冒険者としての経験も知識も浅い。私が教え導いているだけのことだ」
「にしても――」
「何かね?」
「……そう言う事にしておいてあげるわ」
やっぱりギルマスの露骨に柔らかい態度に皆、違和感を感じてますよね。当のセっちゃんはどこ吹く風、ですけど。でもミィエル達には良い事ですから、責めるつもりもありませんし、良い感じにこの場では利用させていただきましょう。
「くくくくく。やはり現場は面白いものが見られるな。してロンネスよ、冒険者への依頼状況はどうなっておる?」
「既にランク問わず、全員を対象に手配は進めております。また、ランク問わず実力のあるものは前線へ出てもらう予定です」
「そこの黒髪の天使も出陣るのであるな」
「はい。彼女は冒険者にEランクなれど、実力はトップクラスですから」
「ギルドマスター、希望者であればEランクでも前線へ出すのかしら?」
「無論だ。状況が状況だからな。人手はいくらでもほしかろう。タダタビア伯爵家はこのような場で報酬を渋るようなこともないからな」
「了解したわ。こちらでも連携が取れる人選をしておきましょう」
「俺んところはとれそうなのが少ねぇからな。人選もなにもねぇわなぁ」
「ミィエル達~は――」
「ミィエルよ、アーリアに君たちは騎士団が配属されぬ場所を任せたい、と伝えておいてくれ」
「了解です~。ギルマス~」
“妖精亭”のパーティー状況を考えれば、確かにそうしたい所でしょうね~。カイルくんの指揮能力は無駄にしたくありませんし、他のパーティーは兎も角として、“瑠璃の庭園”はミィエルも含めて〝個〟として動くのに適していますからね。
その後は配置や配分、報酬などの話を進めていき、ある程度話が纏まったあたりで「最後に」とスタン様が鋭い視線でダルダルに問います。
「ダルタニアよ、依頼に出ていた筆頭第一位はいつ戻るのだ?」
「明日の夜には戻れるでしょうや。例の件で?」
「そうだ。ゼルジュ率いる数名の“蒼炎”と、お前の所の“黒の一閃”に任せるつもりだ」
たぶんアレの事でしょうね~。それと人員も妥当な所ですよね~。状況的に見ても、敵のレベルから考えて現在のザード・ロゥで確実に対抗できる戦力となると、カイルくんを除くとそこしかないですからね。
「ミィちゃん、『例の件』とは何ですか?」
「え~っと~。そう言えば~、セっちゃんと~ウルコット~には~、伝えてなかった~ですね~」
一応情報規制が掛かっていることと、カイルくんが関わる気もなかったので、知っているのはマスターミィエル、それとカイルくんまでだったんですよね。
この場に呼ばれている人物は全員把握していることですけれど、どうしましょうか。
念のためスタン様とギルマスに目配りをしてみれば、説明しても良いと頷いてくれます。
「2人共当事者なのだ。知っておいて問題ないだろう。何かあればギルドマスターである私が責任を負う」
「…………」
バラちゃんの視線がものすごく心情を語っていますね~。
さて周りの許可も得たので、軽く2人に説明をします。勿論、宝玉が魔神将から獲得したことなどは伏せています。それはこの場でミィエルしか知りませんから。
魔神将降臨の企みを阻止した際に入手した【宝玉】であることを強調しつつ、それを囮として現在『魔神』事件の残党をおびき寄せていることや、そのために蒼炎騎士団副団長と“赤雷亭”の筆頭パーティーが【宝玉】の護衛に当たること伝えていきます。
「そうだったのですね。だから主様はあれ程焦りを見せていたのですね」
「そ~ゆ~ことです~。魔神降臨は~、阻止~できましたけど~、今度は~街への侵入ですからね~。常に~後手を踏んで~ます~」
「待て。街の侵入とは何のことだ?」
ミィエルの言葉に片眉を上げるスタン様に、ギルマスが「実は」と引き継いでくれます。
「件の村の者で1人、現状行方知らずになっているものが居ります。名をパレス・フレグト。村長の妻であり、マイルラート神殿と繋がりがあってもおかしくない人物です」
「その者の行方がわからない――つまり成り代わられている、と? 何故早く言わぬ!? 報告が遅れた理由は!?」
あちゃ~。ギルマス、まだ報告されてなかったんですね~。
「スタニスラス様が移動中だったためもありますが、この報告自体上がってきたのはこの会議に入る前――彼女たちが齎してくれたものです」
「……つまり天使たちが気づいたのも、先程だったという事かね」
「そ~ですよ~」
「はい。主様が気づいてくださいました」
「確かに、時間的に慌てたところで仕方はない、か」
「だがしかし」と一度視線をミィエル達に向けてきます。
「……魔神降臨、此度の“大氾濫”。そして魔神侵入――」
「……領主代行、様。マサか、俺達を――いや、カイルヲ疑ってイルのデすか?」
顎に手を当て訝しむような視線のスタン様に、今まで大人しくしていたウルコットが厳しい目を向けます。
「――いや、ただ目端が随分と利くようだと感心したまでだ。可能であればもっと早くに侵入の可能性に気付いてほしかったとも思うが、それを言ってはこの街の衛兵と蒼炎騎士団を責めねばならぬからな」
「そうですね。彼らを護衛し、街に引き入れたのは我々蒼炎騎士団ですから」
「つまりは第一部隊を率いていた俺が悪いって――そりゃないですよお二方!」
「ははははは! すまない、そう言うつもりはなかったのだがね。しかしそうなると我々も含め、全ての存在を警戒せねばならぬな。して他の村人に成り代わりがなかったと、君の主はどのように判断したのかね?」
「カイルくん~が所持している~【見通しのモノクル】の~、おかげ~ですね~」
「ふむ……借り受けることは可能か?」
「う~ん、難し~と思い~ますよ~? この~作戦に~、カイルくん~は関わって~ない~ですから~」
「元々が『魔神』そのものではなく、それらを利用しようと企んだ者を釣るために考えていたからな」
「報告に魔神将の手下もいたのですから、危険だと申し上げたではないですか」
「私の勘がイケると思ったのだがね……」
フォルテ隊長が珍しく頭を抱え、スタン様は顎を撫でながら「賭け事には強いのだがね」と眉を吊り上げます。
スタン様は簡単に言ってくれますが、カイルくんが所持している【見通しのモノクル】は、種族限定とは言えば看破系の技能を持っていなくても、誰でも判断できる高位の魔法道具です。おいそれと他者に――それも良く知らない相手に手渡して良いような安いものじゃないんですよ。ただ、カイルくんなら「貸して」と言えば貸してくれそうな気もしますけど。
「一応確認はして~みますね~」
「よろしく頼むぞ天使よ。では今できる範囲での対応策を話し合わねばな」
「なら私達は帰ってもいいかしら? そこは関係してないもの」
そう言ってミィエルとセっちゃんを後ろからバラちゃんが抱きかかえてくれます。
「ミィエルとしても~、早くマスタ~たちに~相談したい~ですから~、お暇~しますね~」
「私も早く“花蓮亭”と連絡を取り合わないといけないから。良いわよね?」
「で、あるな。では2人の天使にエルフの青年よ、魔女殿によろしく伝えておいてくれ」
「かしこまりました。スタン様、ロンネス様、本日は出席を許可して頂きありがとう存じます。大変勉強になりました」
「構わぬ、こちらも面白かった」
「今後も参加したければ私に言うように。学びたい者にはいつでも門戸を開いているからな」
「はい! ありがとう存じます!」
セっちゃんの笑顔に会議室全員の表情が柔らかくなります。こうしてみると、セっちゃんは魔性の女になれそうですね~。
バラちゃんい背中を押されながらミィエル達は会議室を後にします。そしてロビーに出たあたりで、バラちゃんが「ミィエル、ちょっといいかしら?」と耳打ちしてきたので、「なんですか~?」と返します。
「ロンネスと面倒なことがあった場合、セツナちゃんを借りても良いかしら?」
やっぱりバラちゃんもそう思いますよね~。でもミィエルの答えは当然NOです。
「セっちゃんは~、都合の良~道具じゃありません~!」
「ダ・メ?」
「色っぽく~言ってもダメ~です~!」
「そ。残念だわ」
眉尻を下げて答えるバラちゃんの本気度に思わず苦笑いが出てしまいます。気持ちは大変解りますけどね。
「じゃあまたね、ミィエル。セツナちゃんにウルコット君も」
ミィエル達はバラちゃんと別れを告げ、思いっきり外の空気を吸います。なんだかんだで疲れましたね~。
「2人とも~、お疲れ~さまでした~。じゃあ~帰りましょ~」
「はい。早くアーリア様と主様にご報告申し上げなければ、ですね!」
「あぁ、ミィエルもお疲れサマ」
ミィエルの言葉に正反対の表情を浮かべる2人に、思わず口角が上がります。特にセっちゃんの心強さと言ったらもう……。
最初の印象も悪くなさそうですし、これなら今後も有利に進められそうです。
カイルくんとセっちゃんのためにも、頑張りますよ~!
「ね~、セっちゃん♪」
「? はい♪」
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