第121話 対策本部 前編
遅くなり申し訳ございません。
流行り病にかかってそのまま体のだるさを引きずってGWまで入り込んでしまいました。
ミィエルはアーリアとの通信を終え、【通信水晶】をマジックバッグへと仕舞い、心の中で溜息を吐きます。
カイル君が気づいた『魔神』の行方。その情報共有に冒険者ギルドに訪れてみれば、マスターが出席するはずの談合にそのままミィエルが代理としてまた出席することになったからです。今は連絡の為、応接室の1つを借りられていますが、この後すぐにでも会議室に顔を出さなければなりません。
確かに色々な要因が重なり、結果としてミィエルが出席するのが一番だと言うのはわかるのですが、気が重いことは変わりません。正直面倒です……
唯一の救いはサポートにセっちゃんが同席してくれる事と、ギルドマスターがセっちゃんに親身になってくれている事でしょうか。セっちゃんが一言「見学させていただいてもよろしいでしょうか?」と尋ねれば、笑顔で一発了承だったのですから。勿論、ウルコットの同席も許可されてますよ~。
確かにギルドマスターはセっちゃんの身元保証人であり、庇護下にある存在ではあるのですから、親身になること自体は間違いではないと思うのですが。でもそれにしたって、セっちゃんに対応する時の態度が好々爺とし過ぎていると言うか、孫を見たお爺ちゃん的な感じなんですよね~。何でなんでしょう? 後でゆっくり訊いてみましょう。
「では~、会議室に~行きますよ~」
『ちょっと待ってくれ、ミィエル。本当に俺は必要なのか?』
『ん~? どう言う意味~ですか~?』
さぁ会議室へ向かいましょ~、と言う所でウルコットからよくわからない疑問が投げかけられます。
『どうもこうもない。これから出向く談合に、俺は必要ないんじゃないか?』
『つまり~、ウルコットは~談合に参加せず~、1人で~帰ろうと言う~ことですか~?』
『……1人じゃない。アーミー先生も一緒だ』
『ふ~ん。ウルコットは~、か弱い~女の子を置いて~、先に帰ろ~って~ことですね~?』
『少なくとも俺なんかより2人共強いだろ』
『明らかに事実ではありますが、護衛の観点から鑑みてウルコット単独で帰宅させることは出来かねます。残念ながら弟単独ではウルコットを護るのは確かではありません』
『セっちゃんの~言う通りです~。ア~ミ~くん~には悪い~ですけど~、ここでウルコットが~人質になるよ~な事は~、避けないと~ですよ~』
『魔神』の侵入が予想からほぼ確信に変わってしまった以上、ミィエル達が手出しできなくなる状況は避けなければなりません。下手をすれば“大氾濫”まで、“瑠璃の庭園”が――いえ、カイルくんとセっちゃんが欠けた状態になり得ます。それだけは何としても避けなければなければならないのですから。
『だから~ウルコットは~、談合に参加~しないと~だめですよ~』
『……わかった。足を引っ張って、すまない』
『? この状況では相手の力量から見ても、大半の人が無力かと。ですから、ウルコットが考える様な事に対し、謝罪する必要はないかと思います』
にべもなし過ぎですよセっちゃん……。
『なので今出来ることをしっかり行う事こそが一番だと考えます。セツナも今回の様な会議の経験はありませんので、今後の為にも勉強させていただこうと思っております。よってウルコットも、学びの場として考えて臨めばよろしいかと存じます』
『……そうだな。セツナの言う通りだ。俺も勉強すると言う意識で行こう。そうなるとこの手の事は俺よりも姉さんの方が向いていると思うが、経験させなくていいのか?』
セっちゃんの前向きな言葉に意識を変えたウルコットが、どうせならリルにも経験させるべきでは? と続ける。でも残念ながら今回はできないんですよね~。これはカイルくんも同様なんですけど、今回立ちあう相手に2人を視せたくないんですよね~。だから、
『残念~ですが~、今回は見送り~ですね~。ですので~、次の機会~にサポ~トできるよ~、勉強しましょ~』
「はい」『了解』
ミィエルの言葉に了解の意を2人共示してくれます。
応接室を出て向かった先は、ギルドにある会議室の1つ。ノックしてから扉を潜れば、「連絡は済んだか?」 と冒険者ギルドのギルドマスターが声を掛けてきます。
「はい~。ありがと~ございました~、ギルマス~」
「ロンネス様のおかげで、無事主様と連絡を取ることが出来ました。ありがとう存じます」
「構わん。ミィエル、アーリアに次回は要請に従うよう念を押しておくように」
「善処~します~」
セっちゃんにお礼を言われて嬉しそうな顔で言われてもですね~、とミィエルは思います。何かあればセっちゃんさえ嗾けておけばギルマスは大丈夫だと思えますよ~。
さてと……改めて室内を確認すれば、然程広くもない会議室にミィエル達を除いて4人。テーブルに広げられた地図を睨むように佇んでいる甲冑を着た2人と、少し離れた位置で話す男女がいます。勿論、全員ミィエルやマスターとも顔見知りですから、セっちゃんたちの練習にはもってこいです。早速挨拶と行きましょう。
今この場にいる人物で一番身分が高い人――立派な甲冑を身に着けた2人の騎士へ挨拶に向かいます。気づいた1人――蒼炎騎士団第一部隊隊長のフォルテ隊長が「ミィエル殿、この前は世話になったね」と朗らかに声を掛けてくれました。
「こちらこそ~ですよ~、フォルテ隊長。その節は~お世話になり~ました~」
「アーリア殿はいつも通りとして、カイル殿は居られないのだな?」
「はい~。カイルくんは~、マスタ~の手伝い~です~」
「そうか」と残念そうに肩を落とすフォルテ隊長。カイルくんと手合せの約束も取り付けていましたし、同じ騎士として話をしたかったのでしょう。彼同様、後ろから顔を出したもう1人の騎士――蒼炎騎士団副団長・ゼルジュさんも「件の青年はいないのだな」と口にします。人気者ですね~カイルくんは。
「お久しぶり~です~。ゼルジュ副団長」
「久しぶりだな、ミィエル嬢。今回の一件も君が察知してくれたとか。騎士団を代表して礼を言う」
「い~え~。出来れば~、勘違いであって~欲しかった~、ですよ~」
「それは私も同意するところだ」
うんうんとミィエルと2人で頷く彼は、「してそちらの2人を紹介してもらえるか?」と視線をミィエルの背後に向けたので、頷いてセっちゃん達を紹介します。
「2人とも~いいですか~? こちらの~スラ~っと背が高い人が~、蒼炎騎士団副団長・ゼルジュ・ディアンさま~です~。そして~隣のマ~ッチョな人が~、同騎士団~第一部隊隊長・フォルテ・ガルシアルさま~ですよ~」
ハーベスター王国が保有する5色の騎士団の1つ、“青”を冠し二頭竜の紋章を有する騎士団が蒼炎騎士団です。ちなみに他色は、白、黒、赤、緑となっていて、それぞれ『白陽』『黒風』『赤岩』『緑水』騎士団と呼ばれています。それぞれ色と属性にちなんだ役割があるのですが、今は割愛ですね。
そして灰色の髪に紫のメッシュが入った、身長190cm超のすらっとした体型の男性がゼルジュ副団長。くすんだ群青色の髪に180cmぐらいの筋肉質な体型をしている方がフォルテ隊長です。ウルコットの身長なら兎も角、ミィエルとセっちゃんの身長だと常に見上げていないといけないので首が疲れるんですよね~。
「それで~、ミィエルの隣にいる~、と~~~っても可愛い娘が~セっちゃん~。『森人族』の男性が~、ウルコット~です~」
「紹介に預かった蒼炎騎士団副団長のゼルジュ・ディアンだ」
「私は彼と面識があるが、改めて蒼炎騎士団第一部隊隊長、フォルテ・ガルシアだ」
「“カイル様の従者”セツナと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「ウルコット・フールーでス。先日は騎士団を派遣していタダき、ありがとうございまシタ」
美しいカーテシーを決めるセっちゃんに、ゼルジュ副団長とフォルテ隊長は目を瞠り、続くウルコットの挨拶に違う意味でゼルジュ副団長は瞠目してますね~。
「そうか、君はあの村の……」
「以前も言ったが、礼は必要ない。君達を助けたのは冒険者達であって我々ではないからね。そうですよね? 副団長」
「その通りだ。むしろこちらが謝罪しなければならないことだ。騎士団を代表し、謝罪する。申し訳ない」
「いえ。村人一同、仕方のナカったことダト理解しておりマスし、既ニ謝罪を受けておりマス。ですので、頭を上げてクダさい」
「……感謝する」
ゼルジュ副団長もウルコットも朗らかな表情で話し終えると、フォルテ隊長が傍に訪れて「なぁミィエル殿?」と前置きをして視線をセっちゃんに向けます。
「セツナ殿は、もしや村人の護衛をしていたあの……?」
「そ~ですよ~」
「……村の護衛で出会った頃より、セツナ嬢が大変綺麗になっている気がするんだが?」
「お褒めに預かり光栄です、フォルテ様」
「お、おう」
蕾から花開いたような笑顔を浮かべるセっちゃんを見て、目をしばたたかせるフォルテ隊長が新鮮ですね~。セっちゃんの笑顔は非常に魅力的ですから、仕方がないのかもしれませんけど。
「……やっぱり可愛くなってるよな?」
「当たり~前~ですよ~! 今は~非常時ではない~ですから~、お洒落ぐらい~しますぅ~!」
「いや、そう言う事じゃなくてだな?」
「んぅ~? セっちゃんは~最初~から今まで~、ずぅ~っと可愛い~ですよ~?」
「…………」
ミィエルの答えに眉根を寄せるフォルテ隊長。視線の強さからミィエルの真偽をはかっていることは良くわかります。ですが、いくら疑惑の目を向けたところで答えは変わりません。実際、ミィエルは最初からセっちゃんの事を“可愛い”と思ってましたから。
ですが、“名前”を得る前と得た後ではセっちゃんの容姿に差があることも事実です。蒼炎騎士団第一部隊の皆さんには、セっちゃんになる前の状態を見られていますから、フォルテ隊長のように差異を感じることもあるでしょう。ですので、
「あの時は~、まだ正式契約では~なかっただけ~ですよ~。ね~セっちゃん?」
「はい。当時は緊急事態という事もあり、セツナは主様と正式な契約を果たしておりませんでした。ですので今と容姿が多少異なっていたかと存じます」
「いやいや、多少どころじゃないと思うんだが?」
「だがまぁ、そう言う事もあるのか」と顎に手を当てて納得の頷きをするフォルテ隊長に、ゼルジュ副隊長が「あまり我々だけに時間を取らせるものではないよ」と注意します。
「”彼”が来る前にこの場にいる人間に挨拶はしておきたいだろう?」
「はい~。ご配慮くださり~、ありがと~ございます~」
まだ話したさそうにするフォルテ隊長をバシっと諌めるとは、さすがはゼルジュ副隊長です。3人で頭を下げ、残りの2人にも顔見世をしてしまいましょう。
「ダルダル~、バラちゃん~、ちょっとい~ですか~?」
「構わないわよミィエル」
「ミィエルよー……いい加減そのダルダルっつー呼び方は止めねぇか?」
相も変わらず嫌そうに顔を歪める筋肉質の大柄な男性が“曇天の赤雷亭”店主であるダルタニア・リッケイス。お店の忙しさにかまけてカイルくんと言う大きな魚を逃がしたマスターの1人です。
そして隣で豊満な胸を抱くように腕を組み、薄紫の綺麗な髪を腰まで伸ばした女性が“双丘の花蓮亭”の店主、バルバラ・シーザルドです。
よく、「ザード・ロゥの冒険者の宿と言えば?」と訊かれて街の人たちは「うちの冒険者の宿と言ったら“赤雷亭”さ」と口にされますが、“双丘の花蓮亭”も冒険者の宿としての規模なら割と大きい所なんですよ。ただ、Eランクから一人前とされるCランクの冒険者の育成に力を注いでいるので、名前が上がるような上位冒険者の所属が少ないんですよね~。宿の代表冒険者とされる方でもレベル「7」が最大ですからね。
でも初心者の脱落率はザード・ロゥ一番なので、冒険者を目指し始める方は“赤雷亭”より“花蓮亭”の門戸を叩いた方がいいでしょうね。
「あら? 可愛らしくていいじゃない、ダルダル」
「男に可愛らしさなんざいらねぇわ! で、アーリアは相変わらず出席拒否か?」
「ミィエルが来ている時点でお察しよね。全く、アーリアらしいわ。大方今度の“大氾濫”に向けた魔法道具でも作成しているのではないかしら?」
「お~、さすがは~バラちゃんですね~。その通りです~」
「そのうえ“あいつ”が来るんだから、今日の欠席は道理だわな」
「納得だ」と頷くダルダルに、“あいつ”と言う単語が指す対象を知っているバラちゃんは、途端に不機嫌になります。
「……そうだったわ。あのクソ野郎が来るのでしたわね」
不機嫌を通り越して殺気まで滲み出てきました。バラちゃんの殺気にウルコットが後ずさってますね。さすがに殺気は止めるように声をかけようとすると、ちょんちょんと袖をセっちゃんに引っ張られます。これってカイルくんによくやってるあの仕草ですよね? 可愛らしすぎて今すぐ抱きしめてしまいたいのです!
「ミィちゃん、どのような方がいらっしゃるのですか?」
「え~っと~ですね~。この街の~、領主代行で――」
ミィエルがその先を口にしようとした時、会議室の扉が大きな音を立てて開かれました。そこに現れたのは質の良い服を着た金髪の青年――
「不遜にも先生を妻にしようとしているクソ貴族よ」
領主であるタダタビア伯爵が息子――スタニスラス・タダタビアが整った容姿を笑顔に変えて訪れました。
……あれ? そう言えば、ダルダルとバラちゃんに2人を紹介は……また後で、ですね。
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