第119話 カウントダウン2 気づき
「そう言やぁ、ウルコットの奴は何処行ったんだ?」
「セツナ達が歓迎されている間に別行動されていたかと存じます」
「あいつ……いくらホームだからって単独行動はいかんと言っといたんだがなぁ」
「連れてきた“弟”がついているはずですから、心配はないかと思われます」
「その辺りは心配してないんだ。ただウルコット自身の認識自体が心配なだけでさ」
念のためつけている【見通しのモノクル】から、フレグト村住民に『魔神』と入れ替わっている様子はみられない。だからと言って事が落ち着くまで油断するわけにもいかないんだよねぇ。俺一人の目じゃカバーできる範囲も限られるし、性格の悪いGMならクライマックスに向けて色々仕掛けてきてもおかしくはない。少なくとも俺の知るGMならそうしてくる。あいつだととある神話のTRPGかよってレベルで単独行動が危険になるんだよね。
あ、一応こっちに“アーミー”が向かってきている感覚があるな。ならまぁ、大丈夫か。
「こちらに向かってきているようです、主様」
「みたいだな……って、セツナ? よくわかるな? まだ結構距離があると思うんだけど」
〈スカウト〉系技能による索敵判定にしたって距離がありすぎると思うんが……
「? 確かに多少距離はあると思われますが、弟の反応を探ればこのぐらいでしたら問題ございません」
「……もしやセツナも他のバトルドールの位置を把握できるのか?」
「はい。大まかな位置と距離の把握となりますが、可能です」
マジかよセツナちゃん優秀過ぎない? 術者である俺と同等の感知能力ありってこと? PCの存在を喰らってしまいそうな勢いじゃない?
「あー……それはセツナだけか? 他の“バトルドール”でも可能なのか?」
「現状はセツナだけかと存じます。また他のバトルドールはそれぞれの位置を数十m程度でしたら把握できますが、それ以上離れてしまえば難しいかと」
「【通信水晶】みたいに意思の疎通が出来たりは?」
「申し訳ございません。さすがにそこまでは……」
「だよな。そう都合良くはいかないよな」
落ち込みそうなセツナに「別に責めてもないし反省することじゃないぞ」と微笑み、セツナが把握できる感覚と俺自身の感覚を擦り合わせてみる。
結果は上々。セツナは俺と同等の感覚を持ち、互いに大まかな位置の把握が可能。そして“バトルドール”同士でもある程度の範囲でなら位置の把握が可能という事が解った。これは実に有意義な情報だ。マジで部隊運用が可能なんじゃないだろうか。
“バトルドール”の創造数問題さえ解決できれば、マジで小国くらいなら落とせるかもわからんな。
「確かに主様の仰る通り、通信手段が確立されれば可能かと存じます」
「情報の伝達速度と持続力がカギだな」
まぁそもそも、小国とは言え国と争うようなことにはならんと思うけどさ。
『待たせたわね』
『お見苦しい所をお見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした』
そんなセツナと物騒な話をしていると、ウルコット達よりも早くリル達が顔を出す。どうやらアンゼリカも落ち着いたようで、しっかりと創造した脚で歩くさまが見て取れた。
『いえいえ。見たところ問題なさそうですが、先程も言ったように本日は安静にしてください』
『はい。本当に、ありがとうございます』
良い笑顔になって良かったと俺も頷いていると、『リカ姉さん!』とタイミングよくウルコットも合流した。彼女の脚に気づいたウルコットは笑みを浮かべ『安心してくれ!』と右手を掲げる。
『俺の両腕もカイルが創ってくれたんだ! だからリカ姉さんの脚も、完璧に完治するさ!』
『ウル君……』
『アンゼリカはそんな心配などしてないわよ。じゃあアンゼリカ。カイルに言われた通り、今日は安静にしていること。いいわね?』
『えぇ。ではカイル様、また明日お待ちしております』
『はい。お大事になさってください』
ふぅ、取りあえずこれで1人目の治療は終わりだ。魔法を行使した感触も間違いないし、念のため明日診に来れば大丈夫だろうと思う。
リルが付き添って戻っている間に、「親しい間柄なのか?」と励ましの言葉を贈ったウルコットへ問うてみる。
「リカ姉さんハ、姉さんヨリ世話になったト言える人ダナ。あの人、あぁ見エテ槍を扱エるからナ」
「……世話になったってそう言うことかよ」
てっきりリルよりも姉らしく育ててもらった的な話かと思えば、戦闘訓練の話かよ……
「カイルの想像通り、戦闘訓練以外でも世話になっているわよ」
「ん? おぉ、早かったな」
「違和感がある程度でしっかり歩けているもの。私がこれ以上付き添う必要はないわ」
本当に見送りに行った程度の時間で戻ってきたリルは、「うちは両親が外に出ることが多かったのよ」と歩きながら続けていく。
「だから幼い頃は村の皆にお世話になっていたの。こと年齢が近いアンゼリカには私も世話になったわ。アンゼリカと比べられると、私とどちらが姉らしいかと言われれば彼女だと答えられる程に」
「だからカイルには本当に感謝しているのよ」と締めるリル。成程、だからリルはあんだけ頑なに治療を願ったのか。
全ては結果論ではあるけれど、〝知り合い〟程度のエルフではなく、リルとウルコットの〝姉〟を救えたのなら上々と言えるだろう。
「力になれて良かったよ」と俺も笑みを返し、話題を変えつつ先程気になっていたウルコットの動向について問うてみる。
「そいやウルコットはなんで単独行動してたんだ?」
「単独ではない。“アーミー”も一緒ダ」
「いや、それは解ってんだよ。で、何してたんだ?」
「あぁ、何てコトはない。亡くなった者達の弔いヲ村に戻ったらしようトナッテな。被害にあった者達を纏めテキタンだ」
ウルコットは眉尻を下げながらいくつかの装飾品を【マジックバッグ】から取り出した。
「遺品、か?」
「あぁ。残念ナガら遺体はナイからな。代わりとなる物を埋めてやろウと思ってな。勿論、落ち着いてからダケどな」
「その時は俺も付き合うよ」
「すまない。助かる」
軽く頭を下げるウルコットは、リルに視線を向けると「そうだ姉さん」と前置きをし、
「パレスさんを知らなイか? 遺品をアズカろうと思ったンダが見当たらないんダ」
「買い物に出かけているのではないかしら?」
「ダト良いんだが……」
歯切れ悪く頭を掻くウルコットに、俺はまずリルにパレスが誰なのかを確認する。
「パレスさんって?」
「貴方にヴァイパー料理をご馳走してくれた女性よ」
「あぁ、村長の奥さんか」
やっぱり、あの料理上手な女性か。で、
「なんでウルコットはそんなに気にしてるんだ?」
「あぁ……それが皆に聞いて回ったンダが、昨日から姿を見てイナイらしいんだ」
ん? 昨日?
「家にはいなかったのよね?」
「あぁ。訪ねたが留守ダッタ」
「神殿ではないのかしら? こんなことになってしまったけれど、夫も息子も司祭だったわけだし、彼女のマイルラート信者だったから」
『そう言えばこっちに来た時も、まず神殿に挨拶に行ってたもんな。確かに、姉さんの言う通りだ』
『神殿で遺品に祈りを捧げているかもしれないしな』と頷くウルコットに、セツナが『どれくらいの方を弔うのですか?』と疑問を口にする。
『6人だな。リカ姉さんと共に迎撃に出て亡くなった4人にバファト村長、それと……ヴァシト兄さんだ』
『お兄様が、亡くなられたのですか?』
詳しい被害状況を聞いていなかったセツナは驚きに目を見張り、慌てたウルコットが『いや、兄ではなくてだな』と首を振り、呆れたリルが正解となる続きを口にした。
「私の婚約者だったのよ。だから、ウルコットの〝兄〟になる予定だった人ね」
「っ! 何も知らず踏み込んでしまい申し訳ございません!」
「私が言っていなかっただけなのだから気にしないで。それに数十年は先の話だったし、親同士が決めた婚約だからかしらね。悲しくはあるけれど、〝未来の夫〟が亡くなったというより、近所の〝仲の良い兄貴分〟が亡くなったって感じなのよね」
「冷たいかしらね?」と苦笑いを浮かべるリルに、「まぁ異性としてみてなきゃそんなもんだろ」と口にする俺。実際実感がなければそんなもんだと思う。それよりも、先程から頭の隅に引っかかっている違和感――急に訪れた疑問について考える。
何で俺はウルコットの言葉に疑問を感じた? 昨日から姿が見えない? そんなこと、普通に考えればよくあることだ。じゃあ何故? そうだ。冒険者ギルドが動き出したタイミングだ。“大氾濫”に向けて本格的に動かし始めたタイミングと重なるんだ。
「主様?」
「すまないセツナ。少し待ってくれ」
その上、ザード・ロゥについてまず神殿に挨拶に行った、だと? リルが居るとは言え、実質フレグト村のリーダーになりうる人物が、村人を置いて神殿に? 神殿に助けを求めたのならわからなくもない、か? いや、そもそもマイルラート神官の手によって手引きされたと言うのに、まだ神殿に助けを求めるだろうか? それに犠牲者は6人? 確かにそうだが、確か俺のリザルト――
「…………やられた」
「主、様?」
――アイデア判定:成功。
何故リザルトを見た時に気づけなかったのか、と思わず天を仰ぐ俺に、不安げなセツナの声と裾を引く感触が届く。
「急に黙り込んだと思ったら、どうしたのよカイル?」
「……いや、すまない。自分の間抜けさに打ちひしがれてた」
「どう言う事でしょうか?」
気づけていれば先手を取れたかも、と肩を落としたくなる気持ちを振り払うように首を振り、今からでも出来る対策を考える。
後手を踏んで手遅れな感じは否めないが、いくつかの事実を得られるならそれでいいだろう。なら村人の確認のためにリルかウルコットは欲しい。ほぼないと思うがパレスの存在を考えると俺が行動すべきか。となると――
俺は「こっちに来てくれ」と人の目が少ないところまで移動し、躊躇せずに口を開く。
「リル、すまないが俺と共にパレスさんの他に姿を消した村人がいないか探すのを手伝ってくれ。最悪、刃傷沙汰になる可能性があるからその時の説得も頼む」
「なにを……っ!? まさか――」
「本当にな。悪いがその可能性が一番高いんでな」
相変わらず察しが良い。俺の言葉で直ぐに察しただろうリルを一瞥し、姿勢を正して指示を待つセツナへ指示を出す。
「セツナはウルコットとアーミーを連れて“妖精亭”へ戻り、アーリアさんとミィエルに情報共有を。その後は2人の指示に従ってくれ」
「かしこまりました」
【見通しのモノクル】が1つしかないのがもどかしい所だな。何気に非売品なんで入手困難なんだよな、これ。
「主様。途中、対象に遭遇した場合はいかがなさいますか?」
「……ほぼないと思うが、即座に俺に連絡を」
「はい。可能であれば捕縛いたしますか?」
「……最低でもレベル「12」の可能性が高い。だがその場で抑えられれば最高でもある、か。看破し、可能だと思うなら応戦。ただし絶対に無理はするな」
「かしこまりました」
“ダブル”がその人物に化けていた場合、親しい人間でもほぼ看破することは難しいと言う設定だったはずだ。であれば、面識がないセツナでは看破できる可能性は低い。だが試してみる価値はあるし、捕縛できるのであればそれに越したことはない。
俺はセツナ達に追加で購入をお願いしていたアイテムから、【スペクタクルオーブ】を渡す。判定値「20」あれば、俺の記憶通りならレベル「14」ぐらいまでなら総じてステータスまでなら看破できるはず。化けた“ダブル”に効果があるかはわからないが、ないよりマシだろう。
『ちょっと待ってくれカイル! 一体どういう事なんだ!? 俺にもわかるよう説明してくれ!』
「落ち着きなさいウルコット。簡単に言えば、カイルはパレスおば様こそが魔神に成り代わられていた、と言っているのよ」
『なっ――――』
絶句するウルコットを尻目に、リルは冷静に俺へと視線を合わせ、問う。
「カイル。悪いのだけれど、何故その結論に至ったか、教えてもらえるかしら?」
「そもそも何でパレスさんだけ無事だと思ってたんだろうな、って話さ。息子は魔神に成り代わられ、父もその場で殺され魔神の贄にさせられた。リルは攫われ、現場に居合わせてしまったウルコットは腕を失った。だと言うのに、その場にいた母親であるパレスさんが無傷なのは何故だ?」
母親だけ気づかれないように処置された? そんな優しくバカげた話はないだろう。なら殺してしまった方が早い。そして殺してしまえば、成り代わることだって容易いのだ。
「何故かは知らんが、魔神共は俺がどういう人物かを知っていた。故に失敗してしまった場合、成り代わった上で一番美味しい立場なのは――」
「マイルラート神殿に通ったとしても違和感もない元司祭の妻であり、救出されたエルフであるパレスおば様――という事ね」
『ただの推測――ではないのか?』
「思い返しても俺が彼女と顔を合わせたのは夕食が最後。極力俺と顔を合わせないようにしていたことからも――」
「より可能性は高いって事よ。一番はおば様自らが証明してくれることなのだけれど……行方を眩ませている以上難しいわね」
「そして主様の予想が該当していた場合、他にも同様に成り代わられている可能性がある以上、調べないわけにはいかないと言うことですね」
「その通りだ。納得してもらえたか?」
2人が頷いてくれたことに安堵し、「では行動開始だ」と俺達はそれぞれの役目を果たすべく、二手に分かれて行動を開始した。
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