第118話 カウントダウン2 フレグト村のブラックジャック
(投稿)ペースを上げたいです。でも上がらない……
『お~! カイル様! よくおいでくださいました! ささ、そんなところに突っ立ってないでこっちにきてくださいな』
『まぁまぁ、あの時守ってくれた女の子がこんなに可愛らしい娘だったなんてねぇ? 飴ちゃん食べるかい?』
『ありがとう存じます。頂戴致します』
『カイル様! この度は我々の同胞を救ってくださり、誠に! 誠にありがとうございました!』
『セツナ様! どうしても諦められません! 是非私と結婚を前提に付き合っていただきたく――』
『申し訳ございませんがお答えが変わることはございません。セツナはカイル様の所有物ですのでお断りさせていただきます』
『ねぇねぇ英雄ちゃん。そんなことより私と――』
『申し訳ございません。主様は忙しい身ですので、代わりにセツナが承ります』
『セツナちゃん、村から持ってきたハーブを――』
『カイル様――』
『セツナ様――』
…………なんだ、これは?
俺が呆気にとられてフレグト村の住人であるエルフ達にもみくちゃにされていると、『はいはいそこまでよ!』と手を叩く音と凛とした声が賑やかな彼らの声を割っていった。
『カイル達が困っているでしょう! 感謝したいのはわかるけれど、もう少し節度を持って頂戴。特にセツナに告白したあんた達! 無駄なのだからいい加減諦めなさい!』
リルである。彼女にビシッと指を差された男性エルフ諸君は、項垂れるように引き下がっていった。
どうやら以前もアタックし、玉砕したらしい。恐らく引っ越しの時にしたのだろう。諦めない心は素晴らしいが、頼むからストーカーにはならないでくれよ?
「2人共、ごめんなさいね、騒がしくしてしまって」
「……いや、まぁ驚きはしたが問題ないさ。しっかし随分と歓迎モードだな?」
「それはそうよ。なんたってあんたはあたし達を救ってくれた英雄だもの。種族を気にしない未婚者は皆狙っているわよ?」
「そいつは、まぁ、光栄なことだな?」
「まぁ玉砕された上に妨害されていたみたいだけれど」と、何やら可哀そうなものを見る目で見られ、視線を逸らされる。視線の先にはセツナが睨みを利かせるように俺の傍に控えている。まぁリルが言わんとしてることは解らんでもないんだけどね?
ただまぁ、歓迎してもらえること自体は嬉しいが、様付けは何ともむず痒い。それよりも――
「それで、3人は問題なく暮らせているのか? こう原因不明の体調不良を見舞われたりしてないか?」
「えぇ、大丈夫よ。全員怪我の前の記憶に多少の混濁はあるものの、食事も睡眠もしっかりとれているもの。生活するうえで問題はみられないわ」
――気になる本題へと話を切り替える。
そもそも、何故俺がフレグト村住民のいる区画に訪れているのか。その理由は朝食の折にリルに、
「カイル。今日居住区に行くんだけどついて来てくれないかしら?」
と請われ、了解したからである。理由は簡単で、今朝方アーリアが〈アーティフィカル・ギミック〉を行使するために必要となる魔法素体――【ユグドラシルの枝】を1本入手してくれたのだ。“枝”と言っても直径30cm、長さ2mはあろう丸太だ。これが腕や足、臓器にまでなるのだから、本当にファンタジーである。
「これでどれぐらいのパーツになるのかしら?」
「えーっと……2つ分ぐらいじゃないですか?」
「これって~、ウルコットの時~みたく~、加工しなくても~大丈夫なんですか~?」
「あー、あれは確かに腕の形にしてあったな。でも基本的に魔法を行使しながら整形できるから、最初から加工しとく必要はないんだよ」
「なら~なんでしてあったん~ですか~?」
「……手に入った時にはあの状態だったんだよ」
確かにウルコットの時は既に腕の形に加工してあったものを使用した。あれはセッション中の迷宮探索で入手したもので、GMから使える部位を指定されていたからあの形だったんだよね。経緯は確か、魔法を覚えたての頃にGMが「部位欠損させても大丈夫なようにしとくわ」とか言って、高難度セッション前に配布みたいな感じだったと思う。結果として欠損されることなく済んだので、ウルコットに使用するまでは死蔵されていたってわけだ。
ちなみに腕の長さは魔法を行使しながら自然と調節されたため、大きさなどは問題ないことは確認済み。だからアーリアが入手してくれた丸太で、両足を失くした女性1人、または片腕のない男性2人のどちらかを五体満足になることができるだろう。良かった良かった。
とまぁ、魔法素体入手があったために、早速治療目的で彼らが現在仮住まいのとする此処に足を運び――歓迎《今》に至る、と言うわけだ。ミィエルも村救出の立役者なのだが、彼女は別件があって次の機会となっている。
「そうか……まぁ記憶に関しては仕方ないだろうさ。あんな目にあったんだし」
リルの言葉に俺はホッと胸を撫でおろした。
記憶の消失は蘇生したことが原因なのだが、リルにもウルコットにも蘇生したとは話していない。俺のレベルが「13」であること以上に、〈リザレクション〉を行使できる事実は公に出来ないからだ。勿論、いずれしっかりと伝えるつもりではあるけれど、蘇生ができるのだからちょっと無茶してもいいよね? とか思われても困るので、伝えるタイミングはもう少し後にしようと思っている。
そんな事より、本当に3人が問題なく生活できていると聞けて良かったよ。なんせ治療に向かうと決まった段階で、
「ねぇカイル君?」
「なんでしょう?」
「あんた、蘇生させた後の経過観察とかしていないみたいだけど大丈夫なのかしら? ウルコットみたく腕なら多少の違和感で済むでしょうけど、内臓は――」
「…………」
なんて指摘を小声でアーリアから受けたからだ。まったくもってご指摘の通りなため、気づかされた時は内心汗びっしょりだったよ。リルが何も言ってこないという事は、恐らく結果的に問題なかったという事だろうけれど、反省すべき点は多いよ本当……。
「助けるなら最後まで責任を取って助けろ」なんてどこかで聞いたか読んだかした言葉が頭を過ぎったもんな。
『主様?』
裾をちょいちょいと引っ張って俺を見上げるセツナに、俺は頭を撫でることで応じておく。よし! 心には刻んだし、気持ちを切り替えよう!
「それで、俺は今回誰を治療すればいいんだ? やっぱり――」
「えぇ。両足がない娘を優先して治療してほしいわ。男2人は片腕がない事にも慣れてきたみたいだし、何よりもし“大氾濫”が起こって避難が必要となったら――」
「だよな。避難するにしても車椅子じゃ手が掛かっちまうもんな」
「えぇ。馴染むまで時間がかかるとは聞いているのだけれど、弟の腕を見ると車椅子よりは良いかと思うの」
「それは間違いないだろうな。俺としては他の2人が納得しているならそれでいいさ」
治療の順番は当人たちが納得しているのならそれでいい。早いか遅いかの違いでしかないからね。
俺は助けた3人のエルフの内、現在両足がない状態で蘇生した女性の事を想い出す。
彼女は発見した死者の中で最も身体の欠損が多かったエルフだ。両足は勿論、胴体の半分は食い散らかされており、回復魔法を施しても再生しきらなかったのだ。故にTRPG時代では死蔵魔法の1つだった〈アーティフィカル・ギミック〉で胴体の欠損を補填し蘇生を施したわけだ。
あの時は正直、〈リザレクション〉で部位の欠損すら修復して蘇生できると思っていただけに、この辺が不便だなぁ、と思ったんだよね。ちゃんとその対処方法である〈アーティフィカル・ギミック〉を覚える〈ドールマスター〉を経由しないと〈ネクロマンサー〉に成れないことを考えれば、当たり前と言えば当たり前なんだけども。
さらに後からわかったことだが、回復魔法による肉体の再生は、欠損カ所の割合が4割を超えた時点で回復役代表の〈プリースト〉ですら再生できないらしい。可能なのはLv15で扱えるようになる〈レストレーション〉のみとのこと。それだけでこの魔法がどれほど価値のある魔法なのかお分かりになるだろう。なんで〈ドールマスター〉不人気なんだろうね? っと、話が逸れすぎたか。
兎にも角にも俺の頭がゲーム的思考をしていたがために、“経過観察をする”なんて当たり前なことを見落としていたわけで。このあたりも今後はちゃんと考えて行動しないとなぁ。
『ここよ。アンゼリカ、入るわよ?』
程なくして目的地へと辿り着く。
場所は仮設住宅地の中心部から少し離れた木造の家。リルのノック音に中から『どうぞ』と澄んだ声が応える。
開かれた扉の奥には、車椅子に座る女性――名をアンゼリカ。美しい銀色の髪を肩口で切り揃え、透明感と優しさが混在する碧の瞳をしたエルフの女性だ。
彼女はリルの後に現れた俺とセツナを見て、柔らかな笑みを浮かべて迎えてくれた。
『紹介するわ。彼女はアンゼリカ・ミーム。彼が村を救ってくれたカイル・ランツェーベルよ。セツナとは前回顔を合わせたわよね?』
『えぇ。初めましてカイル様。紹介に預かりましたアンゼリカ・ミームです。この度は命を助けていただいて、本当にありがとうございます』
『こうやってお話しするのは初めてですね。カイル・ランツェーベルです』
本当にエルフは美形が多いから、綺麗な姿勢での挨拶をされると絵になるよねぇ。リルと同じで所作から育ちの良さがうかがえるよ。
そんな感想を抱いている間にセツナとも挨拶を交わし、立ち話もなんだからと勧められた椅子へと着席する。
『カイル様には、是非お会いして直接お礼を申し上げたかったのです。本来ならば私が出向きたかったのですが……』
『お気になさらず。むしろ治療途中だと言うのに、今まで顔を見せなかった俺の方が謝罪すべきでしょう。申し訳ありません』
『そんな!? おやめください! 助けていただいた方に頭を下げていただくなど――』
頭を下げる俺に慌てるアンゼリカ。だがこれは1つのケジメなので、申し訳ないが俺の為に謝罪を受けいれてほしい。
『……私が言うのもなんだけれど、カイルは医者じゃないのだから、そこまで気にしなくても良いと思うわよ?』
『そうです! リルの言う通りです! それに私の容態でしたら、家族が看ていてくれましたし、治療途中だなんてとんでもございません! 私はこの通り、無事健康なのですから!』
『……ありがとう』
頬を染めながらも力こぶを作るように腕を上げて健康だと口にするアンゼリカ。俺は2人に謝罪の言葉ではなく感謝の言葉を告げて頭を上げ、ふとリルに視線を向ける。察したリルは「そうよ」と頷き、
「彼女にはカイルを連れてくるとしか伝えてないわ」
「何故に?」
「性格的に自分よりも他者を優先する娘だからよ」
あぁ、やっぱり。今の一連で優しい女性だと言うのは良く分かったからな。ならば彼女が拒否する間もなく済ませてしまうとしますか。
俺がセツナに視線を送ると同時、リルもアンゼリカの背後へ回る。
『じゃあ挨拶も済ませたし、早速お願いするわねカイル』
『リル? えーっと、何をするのかしら?』
『何って、貴女の治療よ。カイルも言っていたでしょう? 治療途中だって』
『でも治療だなんて……。私はもう――』
失った脚しか、と続く言葉は飲み込まれた。そんな彼女を安心させるように俺は微笑み、『失礼、触りますよ』と前置きして包帯を解き、切断された大腿部を解析する。うん、これなら大丈夫だろう。
『なに、を――』
『セツナ、枝を丁度半分に切ってもらえるか?』
『かしこまりました』
セツナに丸太の如き【ユグドラシルの枝】を半分にカットしてもらい、受け渡された魔法素体をアンゼリカへと宛がう。
膝をつく俺へと注がれる視線は不安と期待に揺れる。心を落ち着かせるのはリルに任せ、俺は呪文を音にし魔法を行使する。
「大地と生命の聖霊よ。治癒の法要と再生の運命を彼の者へと施したまえ――〈アーティフィカル・ギミック〉」
「20」点と言うMPが消費され、魔力が素体へと染み渡り、じっくりと大腿部へ癒着していく。ただの木材でしかなかった素体は彼女の身体へ合わせるように形を変え、美しい曲線を描くほっそりとした左脚へと成っていく。
木目も彼女の肌色へと変化した段階で魔力も流し終えた。
『感覚はありますか?』
『っ! っ!』
両手で口を押え、瞳に涙を溜めて頷くアンゼリカに頷き返すと、まだ動かさないように告げ、反対側へと回り右足の処置へと移る。
後は繰り返した。魔法素体を宛がい、呪文を唱えて行使。魔力を流し、彼女の元の脚へと変化させる。
『……ふぅ。右脚もどうですか? 今からセツナに触診させますので、正直に答えてください』
『失礼いたしますアンゼリカ様。触られている感覚はありますか?』
『っ、っ……はい、はい!』
『ではゆっくりと動かしてみてください。座りながら動かすことができたなら、次は立ち上がってみましょう。リル、セツナ、支えてあげてくれ』
『わた……私、また、立って……歩け、て…………』
そうして失った脚の感覚を取り戻すように、ゆっくりと立ち上がったアンゼリカに、俺は『大丈夫そうですね』と安堵する。
『しばらく多少の感覚のズレはあると思いますが、馴染めば元通りになりますから安心してください』
なんせウルコットの腕でその辺りは証明済みだからな。もう元の肉体と変わらなかったからね。いやぁ魔法ってすげぇわ。血肉になってしまう【ユグドラシルの枝】もすげぇけど。
『念のため今日一日は安静にしていてください。明日再度診に来ますから、本格的なリハビリはそれからにしましょう』
『ありがとう、ございます。ありがとう、ござぃ、ますぅ……』
『リル、後は任せても?』
『えぇ。ありがとうカイル』
俺の言葉に何度も頷き、リルに抱き着いて涙を流すアンゼリカ。さすがにこのまま泣き続ける女性を見ているわけにもいかず、リルに目配らせして落ち着くまで外で待つことにした。
「お疲れさまでした、主様」
「サンキューセツナ」
魔法行使にかかった時間は20分程だが、思いのほか緊張していたようだ。外の空気を吸い、セツナの言葉でようやく一息付けた。
「出来ると言う確信があっても、慣れないことはするもんじゃないな。俺はブラックジャックじゃねぇんだからさ」
そうなると差し詰めセツナがピノコ役か?
「??」
「何でもないよ。それよりエルフ語、完璧じゃないか。頑張ったなセツナ」
小首をかしげるセツナに笑いかけながら、問題なくエルフ語で会話ができるようになったセツナを褒めるのだった。
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