第113話 アーリアからみたバトルドール
いろいろと迷っていたら投稿が遅れました。
「命名するなら何が良いかしらね? 試作品だから、適当でもいいのだけれど」
日付も変わり、夜が更けた研究室で1人。あたしは実験に成功した腕輪を弄びながら、背もたれにゆっくりと上半身を預けた。
「偽操者、一時の命令、魔力の偽装、成りきりカイル君……」
言えば名称など割とどうでも良いのよね、などと思いながら口でいくつかの名を口ずさみつつ、あたしは別の事を考えていた。
現在主に戦闘で用いられる3系統の創造魔法――
木材や土くれから始まり、果ては鉱石を素材として創られる“ゴーレム”を創造する〈クリエイト・ゴーレム〉。
死体や骨などを素材とし、死者を弄ぶゆえに世間体では禁忌とされる“アンデッド”を創造する〈クリエイト・アンデッド〉。
そしてカイル君が使う、生命を吹き込まれた人形――“バトルドール”を創造する〈クリエイト・バトルドール〉。
――その内の1つである〈クリエイト・バトルドール〉の封入実験。
実験はあたしの予想通りの結果となった。概ね成功と言って良い。まだまだ改良の余地しかないとは言え、この実験が齎した結果は現代魔法に一石を投じものと言える。
今まで不可能だった、創造魔法による使役獣の第一命令権の獲得。術者が居なくとも【スペルカード】と腕輪さえあれば、使役獣を手に入れられると言う事実は、それほど大きい内容なのである。
例えば冒険者なら、メンバーに術者が居なくとも人数が必要となる護衛任務の問題解消できる。壁役の不足解消もそうだし、怪我をした仲間の運搬などを賄う事が可能となる。費用を気にしなければ、自分達よりも高いレベルの使役獣の力で安全に任務をこなすこともできるでしょう。
軍事的に考えれば術者は1人いれば良く、平時から【スペルカード】さえ揃えて置ければ、短い時間で兵の増員に繋がる。その上最前線で使い捨てることも可能となる。創造系の使役獣なら失ったところで痛手になることはないのだから。
低レベルでも良ければ安価で人数差を簡単に埋めることも出来るのだから、コストパフォーマンスとしても悪くない。
もっと言ってしまえば、カイル君のような高レベルの術者1人を抱えてしまえば、容易にレベル「10」を超える命いらずの軍団を作ることだって可能となる。その場合は【スペルカード】化の方が重要になってくるのだけれど。
「軍事はあずかり知らないから良いとして、個人として今度は“ゴーレム”でも色々試したいわね」
ただ“ゴーレム”は“バトルドール”と比べれば高い戦闘能力を持っているものの、知能を持たないため簡単な命令を遂行する事しかできない。恐らく「対象を破壊しろ」や「対象を守護しろ」、「私を追跡しろ」などの簡単な命令を出して終わってしまう可能性が高いでしょうね。 “アンデッド”は論外だし、“バトルドール”こそ最適解になりそうだけれど。
「後はあたしの気になるところと言えば――」
コンコンコン、と扉がノックされる音にあたしの思考が中断される。こんな時間に誰かしら?
「夜分に申し訳ございません。アーリア様、セツナです」
「セツナちゃん? いいわよ」
「失礼します」と礼儀正しく扉を潜ったセツナちゃんは、可愛らしい寝間着姿であたしの様子を覗き見て、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「研究のお邪魔をしてしまい、申し訳ございません」
「邪魔なんかじゃないわよ。心配して様子を見に来てくれたのでしょう?」
「はい。明かりが点いておりましたが、動かれている気配がありませんでしたので」
頷くセツナちゃんの手にはタオルケットが折りたたまれており、あたしが寝落ちしていたなら風邪をひかないようかけてくれるつもりだったことが容易に伺える。本当に優しい娘ね。カイル君の従者には勿体ないわ。
「ありがとう。あたしは大丈夫よ。それより朝食を用意する時間より早いようだけれど、寝付けなかったのかしら?」
「いえ? セツナに睡眠は必要ありませんので、先程までエルフ語の勉強をしておりました」
……そうだったわね。
ついつい普通の女の子として見てしまっているため、セツナちゃんが“バトルドール”であることを失念してしまうわ。恐らく彼女と長く接すれば接する程、人であると思ってしまうでしょうね。
「まだ研究されるようでしたら、お飲み物をご用意いたしましょうか? お湯は今、妹達に沸かさせておりますので」
「なら珈琲をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
そのうえ気立ても器量も良い、料理もできる。あたしが男なら嫁にしたいと思う完璧な女の子よね。ジョンのバトルドールとはえらい違いだわ。まぁでも、あっちはジョンのせいで気持ち悪く感じてしまっているだけかもしれないのだけれど……。
一度退室し、しばらくしてトレーを手にしたセツナちゃんが珈琲カップと、お茶請けにと少量のチョコレート菓子を置いてくれる。疲れた頭にチョコレート、本当に気が利いているわ。
「本当、セツナちゃんみたいな従者がいて、カイル君も主として鼻が高いでしょうね」
「っ! そうあれるならば、大変嬉しい、です」
トレーを胸に抱き、照れたようにはにかむセツナちゃんは本当に可愛い。ミィエルが事あるごとに抱きしめるのも頷けるものね。それに丁度良いから、この腕輪についてセツナちゃんの意見を聞かせてもらおうかしら。
「あの、もしや先程の腕輪を作製されていたのですか?」
「ん? そうね……もしかしてセツナちゃんも欲しいのかしら?」
カイル君の“バトルドール”として感想を訊こうと思ったタイミングで訊ねられたあたしは、ふと悪戯心に別の質問を投げかければ、
「いえ? 魔石は魅力的ですが、セツナは主様同様に指示を出せますので必要ないかと存じます」
ある意味想定した答えと共に合理的で大変よろしい解答が返ってきた。恐らく主であるカイル君も同様の事を言うでしょう。こう言う所は似た者主従と言うべきかしら。
「ふふ。でもミィエルはセツナちゃんと“お揃い”だと喜ぶと思うわよ? リルやウルコットはそうでもないかもしれないけれど、パーティー間で同一の意匠品で結束力を強めると言うのはよくある話よ?」
「……ですがパーティーである証明であればエンブレムもありますし、他の利点を潰してまで個人が使用可能な機能を重複させる理由はないかと存じます。ミィちゃんに喜んでいただけるならセツナも嬉しく思うのですが、恐らく主様は同意されないかと」
「セツナの装飾品の購入時にも仰っておりましたので」と口にしたセツナちゃんに、あたしは「あー、目に浮かぶわね」と思わず苦笑いを浮かべてしまった。思えばミィエルとセツナちゃんが【相思のチョーカー】をしていたあたり、カイル君に2人分の【相思相愛のリング】を装備させようとして断られただろうことは想像に難くない。
腕輪や指輪は性能の高い装飾品が多いため、ステータスまで加味できるカイル君が冒険者として無意味な装飾品を嫌うのは当然と言える。しかし逆に言えば、
「ですが主様が望む性能であれば問題ないかと愚考いたします」
「そうでしょうね」
性能さえよければカイル君は装備するという事。現に今のカイル君のステータスなら腕輪か指輪1つならば、外しても問題ないでしょうから。
「アーリア様に協力していただけるなら主様の説得も可能かと存じます。やはりアーリア様はミィちゃんにとって、心強い味方なのですね」
「……別にミィエルのために言っているわけじゃないのだけれど」
「そうなのですか?」
こてん、と首を傾げるセツナちゃんに、あたしは「そうよ」と苦笑いを浮かべる。
別にミィエルが喜ぶよう動いても良いのだけれど、どちらかと言えば今のあたしはセツナちゃんが気になるのよね。
「ねぇセツナちゃん? セツナちゃん自身はどうなの?」
「? どう、と仰いますと?」
「カイル君と“お揃い”」
「それは――」
セツナちゃんが装備する【マギカハーミット】は、性能面で文句なしの一品。しかしそれを選んだのは主であるカイル君ではなくセツナちゃん本人であることは解っている。選んだ理由も、カイル君の【荊のローブ】にデザインが近いから、という事も。
あたしの問いにセツナちゃんは目を瞬かせ、
「――大変嬉しく存じます、アーリア様」
一拍の後、あたしですら見惚れる笑顔を浮かべていた。つられるようにあたしも笑みを浮かべ、「なら時間が出来たら【魔法道具】を考えてみましょうか」と口にする。
「よろしいのですか?」
「セツナちゃんが研究を手伝ってくれるお礼みたいなものよ」
「ありがとう存じます!」
弾むような感情を表すセツナちゃんの様子に頬を緩めながら、あたしは当初の質問を続けていく。
腕輪によって第一命令権の取得は成功したものの、正確な有効時間はどれ程なのか。時間経過によって命令は下せなくなるのか。命令内容によっては腕輪装備者が命令を下せなくなることがあるのか。腕輪の使用はあたし達以外でも可能なのか。何より最も確認したいことは、“バトルドール”としてどのように感じたのか。そしてもし、セツナちゃんが改めて創造された時、この腕輪は効果を発揮してしまうのか。
話は朝食の準備が始まる午前4時半まで続けられ、礼儀正しく退室したセツナちゃんを見送ったあたしは、背もたれに深く身体を預け、天を仰いだ。
「概ね、間に合わせとしては十分な結果が得られそうね……」
第一命令権を有するのは〈クリエイト・バトルドール〉によって創造されてから凡そ1分。この時間を過ぎてしまえば命令権は失われる。理由として、本来の主の指示を受けに行動してしまうからとのこと。
次に命令内容によって腕輪装備者の指示に従わなくなる可能性だが、
『セツナ達“バトルドール”は、大前提として主様の望みを叶える為に存在いたします。現在、主様は「自分が居なくとも“皆さん”を助ける戦力」を望まれているため、妹達も叶える為に行動いたします。ですのでアーリア様を含む“瑠璃の庭園”メンバーの指示であれば、如何なる指示でも快く引き受けるかと存じます』
あたしを含めたパーティーメンバーなら心配ないという事。この4人の命令ならば、例え自爆特攻を指示したとしても遂行してくれるみたいね。そしてセツナちゃんが何らかの理由でカイル君以外に創造された場合は――
『……セツナは主様の魔法であり、主様のみに仕える従者でございますれば、例えセツナの素体を使用して他者が〈クリエイト・バトルドール〉を行使したとしても、それはセツナではないかと存じます。
ですので仮に、主様の意思でセツナを【スペルカード】化した場合を想定し、“妖精亭”以外の者によって腕輪を利用される最悪のケースと仮定した場合――セツナは命令に背き、自らの意思でその者に制裁を与えるかと。それが叶わぬ場合、セツナ自身の機能を停止させると断言致します』
胸に手を当てて真っすぐに答えたセツナちゃんの言葉には、強い意志と怒りが込められていた。
そもそもセツナちゃんの言葉は正しく、〈クリエイト・バトルドール:セツナ〉はカイル君の〈固有魔法〉ではないかとあたしも思う。故にたとえ術式を再現し、セツナちゃんの素体を使ったところでセツナちゃんの創造はできないだろうと思う。何より娘のように思っているカイル君が、セツナちゃんを他者に創造させる真似をするとは思えない。だからあくまで確認のための質問でしかなかったのだけれど……。
「セツナちゃんだからこその解答、だと今は思うべきよね」
創造された当初から〝感情〟を持ち、バトルドールとして主に仕えることを誇りにし、カイル君に触れられることこそが幸せだと口にした人形の少女。
そんな主が大好きすぎるセツナちゃんだから、あたしは「他の従者に強制的にさせられたらどう思う?」なんて質問に、怒りを表したのは理解できる。しかしながら他の質問に対しても、端々に自分でなくとも他者に扱われたくない、と言う思いがにじみ出ていたように思う。
セツナちゃん的に、単純に主であるカイル君の魔法を知らない人に使われたくない、と思っただけかもしれない。あたしの “神眼”にも特別異常は映っていない。単なる勘。雰囲気的なものでしかないけれど……。
「あたしとしても突飛な想像だと思うわ。でももし、彼女が感じていることを他のバトルドールにも同様に言えるとしたら?」
唐突にセツナちゃんの事を「お姉様」と呼び始めたバトルドール達の姿が頭を過ぎる。
間違いなくカイル君と最初の実験を行った日にはなかったこと。
彼が〈クリエイト・バトルドール〉を毎日行使し始めた日数は、まだ数日でしかない。でも先程カイル君が「セツナちゃんさえ居れば良い」と答えたように、彼からすれば『バトルドール=セツナちゃん』の図式が成り立ってしまっている。そしてセツナちゃんが言ったように“バトルドール”とは『主の望みを叶えること』に重点を置いていて、彼が無意識下でセツナちゃんと同等の事を他バトルドールに望み、それを彼ら・彼女らが叶えようとしているのだとしたら……。
「続けて新しい魔法の誕生に立ちあえたなら、と思うけれど。今考えても詮無い事よね」
両手をぐっと天井に向けて伸ばし、緊張した筋肉と思考を解す。伸びた身体を脱力し心地よさを味わいながら、ふとセツナちゃんがまだあたしの助言を実行していないことを思い出す。
「ふふ……。あんな表情をするぐらいなんだから、遠慮せずすればいいのに」
先程見せたセツナちゃんの笑顔を思い出しながら、あたしは小難しい魔法への思考を放棄した頭で、野暮なことを考えるのだった。
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