第112話 カウントダウン4・〈エンクロウズ〉Ⅱ
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます
本年も物語のお付き合いの程、よろしくお願いいたします。
「はいは~い! アーリア先生! そもそも~、なんで~【スペルカード】の~、使用者が~、魔法の行使者に~ならないん~ですか~?」
いつの間にやらエルフ語の勉強もそっちのけで集まってきたミィエル達が、手をあげてぴょんぴょん跳ねながら、実にらしい質問を投げかけてきた。
「……あたしとしては説明を省きたいところなのだけれど?」
「マスタ~と~、カイルくん~ばっかり~納得して~、進むのは~よく~ないですよ~!」
頬を膨らませてプンプンッ! と怒る仕草のミィエルを、話の腰を折られて半眼になったアーリアの視線が交差する。ちらりと他のメンバーを見てみれば、リルを始めとしてセツナも興味の瞳で2人を見つめていた。説明してもらえると助かるがアーリアの邪魔をしたいとは思っていない、と言ったところだろう。ウルコットだけは、そういうもんってことでいいんじゃないか? と言う表情をしていたが。
「アーリアさん。軽くで良いのでしませんか? 俺もリルに〈エンチャンター〉を薦めた人間として、興味のあるうちに知ってもらった方が良いと思いまして」
「……はぁ~。なら少しだけよ」
「すみません」
アーリアは仕方なしといった風に頷く。アーリアに隠れるようにミィエルは俺にピースサインを送ってきたので、アーリアにバレているよと視線で返しておく。
「質問は、なぜ【スペルカード】使用者が魔法の行使者にならないのか、だったわね」
アーリアは【ブランクカード】を手にしながら、主にリルとセツナに向けて「そもそもこれは魔法の代行証なのよ」と口にする。
「ざっくり言うけれど、攻撃・回復・補助魔法、どれをとっても術者が対象を指定して術式を構築して必要な魔力を注ぎ発動する。この一連の流れのことを『魔法を行使する』と言うわ。それを前提に【スペルカード】のことを考えてみましょう。
例えばカイル君がミィエルに先程の〈アース・ヒール〉を行使したとしましょう。この時、カイル君はミィエルを認識することで術式を構築して魔法を発動するわ。その魔法の発動を停止させ、【ブランクカード】に封入するのが〈エンクロウズ〉と言う技術であり、製造されたものを【スペルカード】と呼ぶの」
「つまり【スペルカード】は魔法を行使された状態で保存をかけたマジックアイテム、と言う事でしょうか」
「成程ね。あくまで【スペルカード】使用者は保存された魔法を取り出しただけ。だから“代行証”なのね」
「えぇ、そうよ」
アーリアの言葉に続くように呟いたリルに、アーリアが良くできましたと頷く。
「でもそのままですと、魔法の対象は固定されたままではございませんか? 主様の魔法を封入し、リルが発動したとしても、対象はミィちゃんのままと言うことになりませんか?」
「そうね、セツナちゃんの認識は正しいわ。確かにそのまま封入してしまった場合、封入された魔法はミィエルを対象として〈アース・ヒール〉を発動してしまうわ。だから〈エンチャンター〉は封入する時点で、術式に使用者を通して対象を上書きする処置を施すの」
「それが先程アーリアさんの口にしていた〝変数〟と言うものなのですか?」
「えぇ、そうよ。【スペルカード】に触れて起動させることで、使用者の認識を用いることで術式を新たな対象へと成立させるのよ。ちなみに使用者の認識が甘ければ失敗する可能性もあることに留意しないといけないわね」
成程な、と思う。だからTRPGの時も、【スペルカード】を使用するためにはメインアクションが必要だったわけだ。
「その場合、【スペルカード】は消費されてしまうのでしょうか?」
「元来の魔法がMPを消費するように、こちらも消費されるわね」
「……とんでもないわね」
先程何気なく5万Gの価値があるアイテムを使ったリルは、くすんだ金属板を手にしながら慄いていた。
「さて、仕組みが理解できた所で話を戻すわね。【スペルカード】の使用者はあくまで魔法行使の代行者でしかない。つまり創造された使役獣に指示を行えるのは術者本人と言うことになるわ」
「そうなると、本人が居ない所で起動したところで無意味。結局【スペルカード】にして他者に使役させるのは不可能、となるのね」
だから〈エンクロウズ〉を行う意味はない、となったわけだ。
確かに【スペルカード】の汎用性で考えれば無意味、と言う判断が下されるのもわかる。
しかし逆に言えば、術者本人さえいれば問題ないという事。つまり一度に複数の使役獣を創造できる結果は変わらないのだから、俺としてはお金を払うだけで1ターンに別々の魔法を行使できるスキル――〈ダブルキャスト〉以上の成果が得られるのは、メリットしか感じないんだけどなぁ。
俺が魔法を行使し、ミィエル、リル、ウルコット、セツナが【スペルカード】で代行発動するだけで、20分で5体の“バトルドール”を創造できるとか夢しかないでしょ。
「あら? でもカイルが創造したバトルドール達は、アーリアさんの指示に従っていませんか?」
ふと思い出したようにリルが視線を向けた先は、アーリアの指示に甲斐甲斐しく従っている“ジェーン・ザ・リッパー”の姿があった。
「私達の護衛の子も、ちゃんと私の指示に従ってくれてましたし」
「あぁ、それは最初に術者であるカイル君が、あたしやリルの指示に従うよう命令を下してくれているからよ。最上位者の最初の命令に従った結果、あたし達の指示にも従ってくれるのよ」
「……最初にカイルが必要なことは変わらないのね。術式に変数を用いて、指揮系統を変更できないのですよね?」
「えぇ、できないわね。そもそも創造魔法自体が術者のための魔法だもの。術式に誰に従うか、なんて式がそもそも組み込まれていないのよ」
「そりゃそうだよな。自分の手足として創造するんだし」
俺はもっぱらアーリアの手足となるように創造してますけどね!
「結局、術者ガ始めニ命令しなけれバ、問題は解決できナいんダナ」
「うお!? ウルコット、お前話聞いてたのか。興味ないのかと思ってたぞ?」
「興味はアル。それに知識はアルだけアッタ方がイイダロう? あとコレモ共通語ノ訓練になる」
まぁウルコットは聞き取りと読み書きは出来るからな。後は発音がしっかりすれば喋るのも問題ないわけだし、どんどん共通語を喋った方が良いに越したことはないけどさ。
俺達に視線を向けながら「話を進めるわよ?」と前置かれたので、俺とウルコットは頷いて姿勢を正す。
「さて、ここで始まりに戻ってくるのだけれど、術者なしで【スペルカード】による使役を可能とするのか。あたしの見立てでは、セツナちゃんこそが解決の糸口なのよ」
「? セツナが、でしょうか?」
突如として白羽の矢を向けられたセツナが、きょとんとした表情を浮かべる。勿論俺も同じ表情を浮かべていることだろう。
「えぇ。ねぇカイル君。セツナちゃんが彼女達――他のバトルドールにどう呼ばれているか知っているかしら?」
「いえ、知らないですね。思えば俺、セツナ以外のバトルドールとはあまり接点がありませんし」
基本創造だけして、誰かの指示に従うよう命じて終わりだからだ。振り返ってみてもリルとウルコットの護衛用は用が済めば解除しているし、アーリアのサポート用は研究に協力していない限りこちらも接点がない。だからセツナと話しているところなど当然見てもいないし、正直意識すらしていなかったりもする。
「それはこちらがお願いしているから、と言うのもあるのだけれど。でも実際カイル君からすれば、セツナちゃんさえ居ればいいものね」
「そうですね」
果たしてアーリアは何が言いたいのだろうか、と眉根を寄せると「ふふ、ごめんなさいね」と微笑み答えを告げた。
「話を戻すわね。この子たちはセツナちゃんの事を『お姉様』と呼ぶのよ。これは男性体として創られた他のバトルドールでも同様だったわ」
まさかの〝お姉様呼び〟である。思わずアーリアの近くにいる“ジェーン・ザ・リッパー”に答えさせれば、「オ姉様ハオ姉様デゴザイマス、マスター」と口にした。
確かに1日で効果が切れてしまう他のバトルドールからすれば、MPが切れない限り存在し続けるセツナは最初に生み出された“バトルドール”として存在し続けることになる。そういう意味で「お姉様」は確かに正しい。だが、
「まさか……バトルドールが年功序列の体育会系だとは思わなかったぞ」
「その発想自体が大笑いだわ」
「え? 違うんスか?」
「違うわね。他のバトルドールで立場的優劣はないわ。セツナちゃんだけがカイル君の直属であり、彼女らより上の立場にあるの。言うなればカイル君の侍女長がセツナちゃんと言ったところかしら。だから他のバトルドールは、セツナちゃんの指示なら問題なく従うのよ」
マジかよ、全然知らんかった。視線をセツナへと向ければ、頷いて「確かです」と明言した。
「アーリア様の仰る通り、セツナは主様が創造されるバトルドールでは上位個体として認識されております。ですので主様が近くにおられない場合、セツナが代理として指示を出すことは可能となっております。ですが――」
「そうね。セツナちゃんの言う通り、『近くにカイル君が居なければ使えない』から『セツナちゃんが居れば大丈夫』になっただけだから、解決策とは言えないわ。でも重要なのはそこじゃないの。他バトルドールが、セツナちゃんを使役者代行と認識できていることが重要なの」
アーリアの言葉に俺は「成程」と顎を撫で、リルが「そう言うことなのね」と大きく頷いた。
「セツナと言う別の指揮権が確認できている以上、知られていないだけでやりようはあるってことにもなるのね」
「その通りよ。そしてとても遠回りになったのだけれど、今回試したいのはこれよ」
アーリアがマジックポーチから取り出したのは4色の魔石――白、金、青、黒の【属性結晶】がはめ込まれた銀の腕輪だった。そして腕輪を見たセツナがピクリと匂いを嗅ぎつけた犬の様に反応した。「さすがはセツナちゃんね」とアーリアは頷き、腕輪の説明を再開する。
「この腕輪は【スペルカード】と連動する形で作動する、いわば外部補助装置ね」
「そうか! 【スペルカード】単体で解決できないのなら、他から補えば良いって考えですね」
「えぇ。そしてこの腕輪の効果はとても単純よ。一時的に着用者の魔力をカイル君の魔力に偽装するの」
「俺の魔力、ですか?」
言われてみれば嵌められている【属性結晶】は、俺が水見式でやった際に強調された4色だった。
「創造系の使役獣は、自分を構成する魔力で主人を判断しているわ。他者の使役獣のコントロールを奪う魔法――〈ディプライブ・オブ・コマンド〉は一時的に魔力を染め上げることでコントロールを奪う魔法だけれど、こっちは逆。使役する側の魔力を合わせることでコントロールを得るの」
まさに逆転の発想。使役獣のコントロールを得ることができないなら、使役獣から命令を求められるようにすれば良い。言葉にすれば単純にして簡単に思えるが、ステータスを偽装する〈ディー・スタック〉を開発したアーリアだからこそできた手段と言えよう。
「でもまぁ、これがしっかりと機能してくれるかどうかはこれからなのだけれど」
「いえ、アーリア様。問題ないかと存じます。主様の従者であるセツナの名に懸けて、断言申し上げます」
「ふふ。ありがとう。セツナちゃんがそこまで言ってくれるなら大丈夫ね。でも研究者として、実験なしに確証は得られないの」
「だから良いかしら?」と問うアーリアに俺は頷き、早速〈クリエイト・バトルドール〉の封入を開始する。
今回は変数化可能な箇所である、追加素材を変えた2パターンを行使して確認。どのように封入されるのかを見てみたが、〈アース・ヒールⅠ〉と同様だった。どうやら創造直前まで魔法が進行した状態で封入はできないようだ。できたら魔法の時間も短くなって良いのにね。
さて無事〈エンクロウズ〉が成功したので、ここからついに実験開始である。
「次に使用するのは――」
アーリアの言葉にぴょんぴょんと諸手を挙げてミィエルが立候補をアピールする。しかしアーリアは冷めた視線で一瞥し、リルとウルコットに【スペルカード】を手渡した。
「――リルとウルコットにお願いするわ」
「え~っ!? なんで~ですか~!?」
「どちらでも構わないのだけれど、1人は腕輪をして使用。もう1人は腕輪無しでお願いね」
「マ~ス~タ~ア~!!」
「うっさわねミィエル。理由はあんたも解っているでしょう? セツナちゃんでは腕輪の効果がわからないこと。【スペルカード】の使用経験から考えて今の内に使う感覚になれてもらう事。以上の点からあんたじゃなくて2人なのよ」
「むぅ~~~!」
頬を膨らませて可愛く抗議するも、残念ながらアーリアに効果はない。
30秒ほどのにらめっこで試合終了。当然結果はアーリアの勝利だ。
「さ、ミィエルは放っておいて早速やってみましょう」
「なラ姉さんが腕輪を。オレがそのままヤろう」
「わかったわ。ではアーリアさん。腕輪をいただけるかしら?」
「よよよ」とセツナに抱き着いて泣くミィエルを他所に、腕輪を装着したリルと腕輪なしのウルコットが同時に【スペルカード】を起動する。
「「〈クリエイト・バトルドール〉」」
それぞれが対応する素材の下で【スペルカード】を使用することで再び魔法陣が展開される。そして20分の時間を要して創造された2体の“ジェーン・ザ・リッパー”に向け、2人はそれぞれ指示を出す。結果は――
「狙い通り、ですね」
「ふふ♪ どうやら成功のようね」
――予定した通りのものとなった。
ウルコットの指示は受け付けず、リルの指示には「カシコマリマシタ」と“ジェーン・ザ・リッパー”は傅いたのだ。ちなみに指示を受け付けなかった“ジェーン・ザ・リッパー”に、セツナがウルコットに従うよう指示を出せば、「ハイ、オ姉様」と彼女の言う通り行動を開始した。本当にセツナが居れば俺の代理を果たせるんだな。もうセツナが偉すぎて頭を撫でる手が止まらないよ。
「一歩前進、ってところね。まだまだ問題はあるけれど、大氾濫までの応急処置として及第点ね」
「ん? 後どんな問題があるんですか?」
アーリアは1つ息を吐き、「あれはね」と前置きをしてリルがしている腕輪を指差す。
「現時点で量産はできないわ。設計図は出来ているとはいえ、腕輪は造れて1日につき1つが限度よ」
「いくつ揃えるつもりなんですか?」
「最低でも後3つは揃えたいわ。時間のかかる魔法だけれど、あんたの“バトルドール”なら、数が居ればいる程心強いもの」
「レベル「7」の戦力ですからね」
「それと【スペルカード】化への改良と効率化。それに腕輪に使用する魔石は消耗品だから、数を揃える必要があるわ」
「あー……。あれ、一級と二級魔石ですよね? コストがヤバイですね」
リルが嵌めた腕輪を見れば、アーリアの指摘通り嵌められた【魔石】は役目を終えてくすんだ石へと変貌していた。〈アルケミスト〉系の技能なのだから【魔石】を使うのは当然だし、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。
「物凄く他人事みたいに言っているようだけれど、腕輪に使用できる魔石はあんたが〈リファイン〉したものしか使えないのよ」
「……え?」
「当たり前じゃない? あんたの魔力に偽装するのだから、あんたの魔力を受けて精製された魔石が必要なのよ。しかも三級から一級まで全て精製した魔石がベストよ」
「Oh……」
マジか。つまり俺は〈クリエイト・バトルドール〉をひたすら行使するだけでなく、必要となる【属性結晶】も精製し続けなければならない、と。俺への負担デカすぎません? いや、まぁアーリアの負担も大きいけれどさ。
「いや、それ以前にこれってコスト以前に再現性に難がありませんか?」
「難がある、程度じゃすまないでしょうね。少なくともあたしの知る限り、この方法を行える人材はあんた君だけよ。だから言ったでしょう? 応急処置だって」
「そうでしたね」
魔法を行使する術者が〈アルケミスト〉系レベル「7」以上あることが前提の方法なんて、ハードルが高すぎるでしょう。まぁそもそも【スペルカード】化できなかった魔法を、実用化させただけでも凄いんだけどね。
「俺達の安全のためとは言え……また当分マナポ臭が漂いますね」
思わず天を仰いで呟いた俺に、アーリアは苦笑いをしながら「そうね」と頷いた。
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