第111話 カウントダウン4・〈エンクロウズ〉Ⅰ
遅くなりまして申し訳ありません。本当はダイジェスト系な感じで、事件発生までもっていこうと思っていたんですが、できませんでした。
さてそれはともかく。
今年一年大変お世話になりました。皆さんにたくさん応援いただき、大変励みになりました。
そんな皆様には、是非良いお年をお迎えいただければと思います。
そしてまた来年も、物語にお付き合いいただけたらと思います。
「さて、じゃあ早速始めましょうか」
夕飯後、まずは実験を次の段階である〈クリエイト・バトルドール〉封入へ移行するため、俺とアーリアは再び地下の実験室へと足を運んでいた。
実験室の隅では、ウルコットが共通語を、セツナがエルフ語の勉強をしつつ実験の見学をしている。ミィエルとリルも同様に見学者だが、2人の先生役として勉強に協力してくれている。
本来であればリルも含めて、昨夜の続きから始めたかったのだが、
「量産の事を考えると優先順位はこちらの方が高いわ。それに〈エンチャンター〉って私が目指す技能職の1つでしょう? 少しでもイメージできるよう見識を広げておく方がいいと思うのだけれど」
と、確かにその通りな返答を頂いた。ただ目が「興味しかない」と輝いていたので、単純に座学以上に気になったんだろうな、とは思う。まぁ同じ立場なら俺も同じことをするだろうから気持ちはよくわかるし、アーリアも「丁度良いから見学なさい」と同意したため、このような形と相成った。
「まずは話した通り、〈アース・ヒールⅠ〉の【スペルカード】から作成してみましょう。カイル君も〈エンクロウズ〉自体初めてみたいだし、実際に見た方が早いでしょう」
「お願いします」
「なら早速〈アース・ヒールⅠ〉を行使してもらえるかしら? 対象はあたしで良いわ」
アーリアはそう言いながら真っ新な【ブランクカード】と、封入する魔法に対応した【魔石】をテーブルに置く。次に右手に【アルケミストグローブ】、左手に直径10cm程の宝玉が付いた30cm程の細長い金属製の万年筆――魔杖筆を取り出した。
魔杖筆とは短杖でありながら、魔力をインクのようにして放出するペン先が付いた〈エンチャンター〉専用の特殊な武器であり魔道具だ。
準備が整ったアーリアが「良いわ」と頷くのを確認し、俺も魔法を行使した。
「理を担う恵みと成長の聖霊よ。我が身に宿る魔力を糧に、この者たちに母なる大地の祝福を――〈アース・ヒール〉」
行使判定――成功。
〈アース・ヒールⅠ〉がアーリアを起点として魔法陣が構築され、淡い緑の光を伴って発動。本来ならこのまま光がアーリアを包み込み、傷を癒して終わるのだが、
「――固定――」
アーリアの呟きに、まるで時が止まったかのように魔法そのものが停止。左手に持った魔杖筆で魔法陣を掬う様に動かすと、揺蕩うシャボン玉のようにふわりと魔法陣が動く。
「本当に綺麗な術式だわ」
アーリアが柔らかな笑みを浮かべ、空中を漂う魔法陣を宝玉で柔らかく触れる。
「――分解――」
すると魔法陣が徐々に解れ、糸が解けるように螺旋を描きながら魔杖筆のペン先へ。
「――転写――」
ペン先が【ブランクカード】に触れ、踊るようにアーリアの左手が動き出すと、瞬く間にカード表面に術式が描かれていく。解けた魔法陣がペン先を潤すインクとなり、俺が展開したものよりも縮尺を縮めた術式が【ブランクカード】から【スペルカード】へと彩っていく。
「――装填――」
完璧にカードに描かれた術式を囲むように二重のひし形で包み、右手で用意していた【魔石】に触れる。アーリアが触れた【魔石】からそれぞれの属性を備えた魔力が【アルケミストグローブ】へと集まり、彼女の右手が導くように魔杖筆の宝玉へ。【魔石】から供給された魔力によって再びペン先に光が灯り、流れるようにひし形の頂点へと文字を刻む。
「――封刻――〈エンクロウズ〉」
カツン、とペン先が文字を刻み終えた音が響く刹那。【ブランクカード】に描かれた魔法陣の光が吸い込まれるように光を失い、わずかな煙を立ち昇らせながら刻み込まれた。
「ざっとこんなものよ。〈アース・ヒールⅠ〉程度なら大した難易度でも労力でもないわね」
アーリアは2分ほどで仕上げた【スペルカード】を手に取って確認し、呆けたように見つめるリルに投げ渡す。
「リル、ミィエルに使ってみなさい」
「え?」
「使い方は【スペルカード】を手持って対象を意識し、〈アース・ヒール〉と口にするだけで良いわ」
「じゃあ~、ちょ~と傷を~つけますね~」
反射的に受け取ったリルが目を白黒しているうちに、ミィエルがナイフで自分の親指を軽く斬る。ぷつっと綺麗な赤い血が浮かび上がった手を差し出され、リルは慌てて【スペルカード】を翳して「〈アース・ヒール〉」と口にした。
【スペルカード】は所持者の意思に応じて起動し、刻まれた魔法陣が再び淡い光を放ちながら対象となったミィエルを包む。
「問題ないわね」
「はい~。無事~成功~ですね~」
満足そうに頷くアーリア。傷が癒えた指を見せながら笑みを浮かべるミィエル。役目を終えてくすんだ金属板になってしまった【スペルカード】を見つめながら、「すごい」と目を輝かせるリル。
「リル、ちなみに今使った【スペルカード】で大体2万Gぐらいだぞ」
「……え?」
俺の言葉に頬が引き攣るリルに、「違い~ますよ~」とミィエルが追い打ちをかける。
「最低でも~、5万G~ですよ~」
「いやいや、所詮〈アース・ヒールⅠ〉だぞ?」
「レベル「12」の魔法技能者が込めた〈アース・ヒールⅠ〉よ? 最低でも「17」点の回復量なら、それぐらいするわよ」
そいや相場がTRPG時代とは違うんでしたね。まぁ確かに、誰でも使える射程10mの「15」点回復アイテムって考えれば、ポーションとは比べ物にならないよね。最低でも「20」点超えないとその値段は払えない、なんて古いゲーム知識は捨てないとなぁ、と本当に思うよ。
「パーティーメンバーに術者がいて、〈エンチャンター〉がいるのならそこまで金額はかからないわ。逆に言えば、それだけ技術料と言うのが高いのだけれど」
「技術は一朝一夕で身につくものじゃないものね。納得だわ。しっかり学ばせてもらわないと!」
「マスタ~は~、超一流の~〈エンチャンタ~〉ですからね~。目標には~、ぴ~ったり~ですよ~」
「はい! セツナもそう思います! 詳しくは解りませんでしたが、アーリア様が達人の域に達していることは確かです!」
「ふふ、ありがとう」
女性陣の様子を見ながら、俺もセツナの意見に同意件です、と内心で感嘆の声をあげていた。なぜなら解析判定でアーリアがやって見せた技術が普通の次元ではないと理解できてしまったからだ――解析判定:成功。
「さすがはアーリアさん、見事な腕前です。半分以上工程を飛ばしてましたよね?」
「長年やってればこれぐらい誰でもできるようになるわ。普段から効率化を図ろうと思えば、ね」
「そうかもしれませんけど、そう簡単に行き着く技術でもないかと。本来なら10分ぐらいかかりますよね、今の? それを2分足らずってとんでもないですよ」
「確かに普通ならそれぐらいかかると思うわ。でも、短縮できたのはカイル君の術式が教科書に載せたいぐらいに綺麗だったからよ」
「誇りなさい」とまるで師匠の様にほほ笑むアーリアに、俺は頬を掻いてあいまいな笑みを浮かべる他ない。称賛の言葉を送ったらそのまま返されてしまった。まぁそれだけ彼女の中で当たり前すぎて、褒められるようなことでもないという事なのだろう。しっかし、
「そんなに他の人と違うものですか?」
「〈エンチャンター〉から言わせてもらえば全然違うわね。例えるなら、『実際の景色』と『絵画で描かれた景色』ぐらい違うと言えるわ」
「それはいくら何でも言い過ぎでは?」
「それだけ魔法1つにとってもそれぞれの〝色〟が出るってことよ。でもあんたの術式はそれが一切ない、見本とも言うべき術式なの」
曰く、魔法を行使する人間には当然と言うかそれぞれの癖があり、〈エンチャンター〉が〈エンクロウズ〉にて魔法を封入しようとすれば、その癖や魔力の操作技術まで把握して作業をしなければならないそうだ。しかし俺の場合そういった癖もなく、見本のような術式構成と魔力操作で行使されるため、余計な気遣いもいらない素直な素材なのだそうだ。
「さすがは大魔導士のお弟子さんね」
「あはは……。努力した甲斐がありましたね」
「……随分白々しいわね?」
「ソンナコトナイデスヨー」
どうしても乾いた笑いになってしまうのは仕方がないというものだ。俺はこの世界の人々と違って、努力して今に至るわけではないのだから。
予測としては、ステータス画面からレベルさえ上げてしまえば対応する魔法が使えると言う世界の理上の弊害――または恩恵のおかげではないかと思っている。だから対応するレベルになれば自然とインストールされてしまうのだから、癖などつきようもないんじゃなかろうか。
対抗魔法などがある世界であればよろしくないことなんだろうけど、LOFの世界にはなかったことだし問題はないだろう。それに、
「まぁでもおかげで〈エンクロウズ〉の成功率が上がるのなら良かったと言えますね」
「その通りね。じゃあ〈エンクロウズ〉の実演も終わったことだし、次のステップに移るわよ。持ってきて頂戴」
アーリアは腰のマジックバッグから新たに【ブランクカード】2枚と【魔石】を取り出して並べ、アーリア用に設えた“ジェーン・ザ・リッパー”が“バトルドール”を創造するための素材を持ってきて俺の傍に綺麗に並べた。
よく見れば【ブランクカード】には既に術式が刻まれており、内容は言わずもがな〈クリエイト・バトルドール〉である。
「もう用意してあったんですね」
「この術式はカイル君に何度も見せてもらったから、簡単なものなら用意することは出来るのよ」
「ん? ならさっき何で『ゆっくり見せてほしい』なんて言ったんですか?」
「簡単な話よ。創造系の魔法は単純に、単なる攻撃や回復魔法なんかよりも可変箇所が多くて複雑だからよ。端的に言えば、変数の設定が多いのよ」
「えーっと、例えば攻撃魔法であれば〝攻撃対象〟や起点位置となる〝座標〟だけでいいけど、使役獣を創造する魔法は〝創造する使役獣の決定〟、〝〈スキル〉の有無〟など、素材の数だけ術式を変更しなければならないってことですかね?」
「半分正解ね。呪文は同じでも対象となった〝使役獣〟ごとに構成が異なる以上、変数化できるのはあくまで〝〈スキル〉や〈アビリティ〉〟の部分になるわ。ただ“バトルドール”の場合、その幅が異常に広いから全てに対応させようとすると無理が出てくるのよ」
「あー、言われれば確かにそうですね」
例えば“ジェーン・ザ・リッパー”の術式が全体的に「☆」だとしたら、“アーミー・ドール”は「△」と言ったぐらいに、そもそも枠組みが違うのだからそこは変更できないよね。呪文が同じなうえに感覚で行使してるから見落としてたわ。
「でもそれだけなら無理に変数化せずとも、常に同じ素材で創れるようにしてしまう方が楽なのでは?」
「間違いなく楽ね。ただ研究者的に、そのあたりの手を抜きたくはないの。それに最大の問題もまだ残っていることだし」
「最大の問題って何ですか?」
思い当たるものがなかった俺の言葉に、「案外本人だと気づかないものよね」とアーリアは息を吐く。
「使役獣の所有権よ」
「所有権って――あぁ、そういう事か!」
一瞬何の事を言っているのかと思ったが、なるほどどうしてその通りだと相槌を打つ。
創造系の使役獣の所有権は当然、その魔法を行使した術者になる。つまり――
「例え【スペルカード】として魔法を使用したとしても、あくまで魔法を行使しているのは封入した術者なのか」
「そうよ。だから創造系の【スペルカード】を造られることはほぼないのよ」
――魔法を封入できたとしても、創造された“バトルドール”の所有権は術者である俺に帰属する。結果【スペルカード】の利点である誰でも魔法が使用できるという利点を潰してしまい、意味がほとんどないのだ。盲点と言わざる得ない。だが考えてみれば封入した術者の力量に依存するのだから、当然の帰結と言える。
「でも、アーリアさんならどうにかできるんですよね?」
期待と確信をもってアーリアに問う。でなければ、アーリアが〈リザレクション〉を封入する過程として〈クリエイト・バトルドール〉をあげるはずがないのだから。
「そうね。確証はまだないわ」
俺の問いにアーリアは落ち着いた態度で事実を述べる。考えはある。だが試したことがないから保証はできない、と。
「でも、あたしは“できる”と確信しているけれど」
しかし続く言葉は自信に溢れ、表情は笑みをかたちどっていた。
いつもご拝読いただきありがとうございます!
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