第108話 今後の方針
「――と言うわけで、しばらくは迷宮探索へ挑戦する機会は控えることになりそうだ」
夕食の席で説明した俺の言葉に、リルは殊更残念そうに「でも仕方ないわね」と頷く。
「まぁ俺が言わずとも、ギルドからお達しが来ると思うけどな」
「実際に来てるわよ。大氾濫の兆候が見られるため、迷宮関連の依頼や挑戦は軒並みCランク以上の冒険者に限定されているわ」
「迷宮を~覗きにいって~、巻き~込まれて~死なれても~、困り~ますからね~」
小動物のようにウィンナーを口にするミィエルの言に俺も頷く。
「無謀を冒すだけの雑魚が減って丁度良いと思うのだけれど」
「マスタ~!」
「ははは。まぁ他人の事は兎も角、俺達はまだまだ“駆け出し”だからな。先輩たちに対処は任せて、もしもの時の為に備える方向で行こうと思ってるよ」
「カイルやミィエルは調査に赴かなくていいの?」
リルの疑問に俺は「行くつもりはないよ」と首を振る。
「カイル君なら『ひゃっはー! 狩り放題だぜー!』って突っ込んでいくと思ったのだけれど」
「俺はどこの世紀末ですか……」
経験値獲得と言う意味では是非とも行きたいところだけど、それは悪手な気がしてならないのだ。現状は不測の事態に備える方を優先したい。
「不自然な大氾濫に無策で突っ込むほど馬鹿じゃないつもりなんですけどね」
「やっぱりカイル君も人為的な作為を疑っているのね」
「えぇ、まぁ」
『つまり、大氾濫は必ず起きるってことか?』
「俺はそう考えてる。まぁ大氾濫を人為的にどう起こすのかまでは知らないけどな。色々とタイミングが良すぎるんだよね」
ウルコットの言に俺は肯定の頷きを返す。
俺がたまたまたかち合ってしまったエルフ村襲撃事件。それが失敗にからの“魔神将キャラハン”所縁のドロップ品。今は冒険者ギルドで保管されているであろう土産から注意を逸らそうとするかのごとき大氾濫だ。
これがTRPGのキャンペーンなら、PCが関わっているんだからしょうがないよね、で済むんだけどな。
「アーリアさんも同じ考えなのかしら?」
「そうね。何もないに越したことはないのだけれど、恐らく割と大きな規模の大氾濫が来ると個人的には予想しているわ」
アーリアの同意に他の皆の表情が険しくなる。
「できれば思い過ごしであってほしいですけどね」
「本当ね。で、カイル君はどれが原因だと思うのかしら?」
含みのあるアーリアの問い。彼女はこう言いたいのだ。
キャラハンの部下である『魔神』の仕業か、奴を召喚した一味の仕業か、或いは【群青の魔将宝玉】の情報を得た第三者か。どれだと予想するか、と。
「……順当に考えれば“キャラハン”の部下だと思います。主人を再降臨させるため、【宝玉】が必要になりますからね」
「と言うことは~、この街に~『魔神』が~、紛れてるって~ことですね~? それも~、“ダブル”レベルの~魔神が~」
「恐らくね。一応種族を見分けるマジックアイテムは俺が持ってるから、折を見て確認してみるつもりだよ」
「ここまで来ると今更街に潜入している『魔神』を見つけたところで、止めるのは難しいと思うけれどね」
「でも紛れていてくれた方がいいわ」とアーリアはワインを口にする。
「アーリア様、どうしてですか?」
「それなら見つけ出して始末すれば済む話でしょう? でも『魔神』ではなく、『人族』がこの一件を起こしているとなるとしたら、セツナちゃんはどうなると思う?」
「……排除するための労力と難度が上がってしまうかと」
セツナの答えに「その通りよ」とアーリアは頷く。
「今までは大丈夫だったとしても、【群青の魔将宝玉】の存在で欲に目が眩み、敵に回る可能性もあるわ」
「外部の人間に情報が洩れている線も考えないといけないですしね」
「そういう意味では、【宝玉】を撒き餌にする、と言う目的は果たせているのだけれどね」
「結果として~、より大きな~事態に~、発展しそ~ですよ~」
「“グランドブレインイーター”なんて使役できたら、最強の兵器だからなぁ」
「それを単独で撃破してしまう人間兵器もいるけれどね」
「いやぁ、本当『魔神』ってのは居ても居なくても害しかないわ」
俺はアスパラベーコンを三本程纏めて食べ嚥下した後、「何にしろ」とリルに視線を飛ばす。
「リルは“マイルラートの巫女”にと狙われた経緯もあるからな。大氾濫、魔神将すら囮で、リルが本命という事もあり得る。絶対に1人で行動はしないように。ウルコットもだぜ? 人質に取られでもしたら大変だからな」
「……わかったわ」
「了解シタ」
うんざりと言った表情で頷くリルに、真剣な表情で頷くウルコット。終わったと思っていた事件が、未だに虎視眈々と自分を狙っていると解れば、そりゃうんざりもするよな。俺も少し気を抜いていたところだし。
気を抜いた理由は勿論ある。明確ではなかったにしろ、“キャラハン”と何らかの契約を交わした奴が居たのは間違いない。そいつは正しく状況を理解していたはず。そう考えれば、“キャラハン”を相手取って送還出来る様な化け物が居るところへ、わざわざ危険を冒して突いてくるとは思わなかったんだよね。
「2人には“アーミー・ドール”を基本随行させているけど、警戒度を上げた方が良いだろうな。今後は2体随行させた上でなるべく俺、セツナ、ミィエルが同伴できるよう行動しようか」
「悪いわね、私の所為で……」
「リルの~、所為じゃ~ない~ですよ~」
「そうよ、あんたが気に病む必要はないわ。“バトルドール”をつける理由が『カイル君を逆恨みした馬鹿共の所為』から『狂った信仰の馬鹿共の所為』に変わっただけよ」
「…………」
「アーリアさん、『変わった』と言うより『戻った』が正しいと思うわ」
俺が眉根を寄せて言わずにとどめた言葉を、リルが苦笑いをしながら口にする。
「本当、運が悪いと言えば良いのかしらね……。私は慎ましく暮らしていただけなのだけれど」
「事故みたいなもんだから気にするだけ損だろ。考えようによっちゃぁ、ちょっと気が向いて小銭を入れたらジャックポットを引き当てちゃったぐらいの引きを持ってるとも言えるしな」
不運と言えば不運だが、理不尽と会合する時ってのはそんなもんだと思うよ。俺だって気づいたらLOFに居たわけだしね。
俺の言葉に目をぱちくりさせたリルは、ふっと表情を緩めて「そうね」と頷いた。
「続けて通りすがりの英雄に命を救われる、なんて幸運を掴めたんだもの。私の運も捨てたもんじゃないかもしれないわね」
「ふふ。そうだとしたら、ここへ英雄を呼んだのはリルってことになるわね。“神の巫女”に選ばれる素養があったって言うのも、あながち間違いじゃないかもしれないわね」
『カイルは神から遣わされた姉さんの守護者ってことか』
あながち間違いじゃない気もするが、もしそうだったとしても、それだとリルは護られるだけだ。リルはそんなタマじゃないと思うんだよねぇ。どちらかと言えば、
「違うな。俺の役目はこれからビェーラリア大陸を襲う未曽有の危機を救う聖女リルを、無事に成長させるための指南役ってところじゃねぇかな」
「カイルくんは~あくまで~、助演で~、主役は~リル~って~ことですね~」
「そうそう」
「え? 嫌よ。既に英雄のカイルに任せるわ」
「だから英雄とか言うの辞めてくれってマジで」
『そうだぞ。そもそも姉さんが“聖女”とか、無理だろどう考えても』
「……それはそれで言われると腹立つ意見ね、ウルコット?」
『いだだだだだだッ!?』
さらっと無理だろ、と笑うウルコットの耳を抓る――いや、捥ぐ勢いで黙らせる。本当、仲の良い姉弟だと思うわ。
「ふふふ。成程、それはそれで面白い着眼点だわ。だからリルの指揮適性も高いのかもしれないわね」
「ちょっと! アーリアさんまで変な事言わないでくれる!?」
「変な事じゃないわよ。高い指揮適性って、扇動適性とも言えるのよ? その辺りが“巫女”として使えると考えられたのかもしれないってことよ」
「……なら〈コマンダー〉は磨かない方がいいかしら?」
「逆だろ。しっかりと伸ばして、利用しようとした奴らを返り討ちにしてやりゃあいいんだよ」
「主様の言う通りです! リルの指揮下で、“瑠璃の庭園”として撃退すればよろしいかと!」
「自分たちが見出したと思った人材が、より力を伸ばして手に負えなくなっていたら、相当な意趣返しなるでしょうね」
「そう、ね。ふふ、ならしっかりとカイルに鍛えてもらわないといけないわね!」
「おう、任せろ」
現状と危険をしっかりと認識したうえで前向きになれたリルに頷き、「つまるところ」と前置きをしてまとめに入る。
「大氾濫の一件が解決するまでは迷宮へ足を向けるのは禁止。街中での任務なら受けても構わんだろうが、外はなるべく控えよう。まぁランク上げの任務をこなさなくてもやることはたくさんあるんだ。出来ることから手を付けていこう。後はリルとウルコットは必ず俺達か“バトルドール”2体を連れて外出するように」
「なら丁度良いし座学を頑張ろうかしらね。ウルコットはとっとと共通語を喋れるようにすることね」
『わかっているよ、姉さん』
「セツナもエルフ語の勉強を頑張ろうと思います!」
自主的にやれることを決められるのは良いことだ。しっかし聞き取りは出来るのに何で喋るのは難しいんだウルコットの奴は……。
「ん~……ミィエルは~、ど~しましょ~か~?」
「ミィエルにはお願いしていた〈ソーサラー〉の先生を頼みたい。早めに使い魔でセツナの魔力不安を解消しておきたいからな」
「お任せ~ですよ~」
「ありがとう。それとアーリアさん。今やってる研究何ですが、早めに第二段階に進んでおきたいんですが可能ですか?」
俺の問いにアーリアはグラスを置いて思案を巡らせた後、「そうね」と同意する。
「あたしもカイル君の意見に賛成ね。早速で悪いのだけれど、この後ゆっくり術式を見せてもらえるかしら?」
「勿論です」
〈エンクロウズ〉による【スペルカード】の作成。最終目標は〈リザレクション〉の封入だが、その前に話していた〈クリエイト・バトルドール〉の封入が成功すれば、多少なりとも人手不足の足しにはなるはずだ。
「それと各自、必要な物があれば遠慮なく申告してくれ。今はまだランク差で正式にパーティーとして組めていないが、これも列記とした“瑠璃の庭園での”活動だ。何でもかんでも個人で賄おうとしないように。丁度良い臨時収入もあったからね」
大事な事なのでしっかりと口にしておく。資金が無くて、とかで遠慮とかで必要物資が揃えられずピンチになるなんて御免被るからな。
「臨時~収入?」
「はい。不必要な装備を元持ち主の方々が買い取ってくださいまして」
セツナの言葉で思い至ったミィエルが納得の頷きを返す。
「こと消耗品はケチっても良いことないからな。俺の方でも考えられる限り仕入れておくけど、皆も足りない者に気づいたら遠慮せず言うように!」
「では~、ご飯を~食べたら~、各自~行動開始~」
了解の意を全員が表明したことを確認し、ミィエルの〆の言葉に従い、各自行動を開始するのだった。
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