第106話 集団リンチ、あれは酷い事件でしたね
隣でむにゃむにゃ、と気持ちよさそうに寝てしまったミィエルを抱きかかえて下へと降りれば、「主様」とセツナが心配そうに扉の前で待機していた。
「もしかしてずっと待ってたのか?」
「いえ、先程屋上のドアが開く音が聞こえましたので。それよりミィちゃんは?」
「酔って寝ちゃってるだけだよ。悩みも解決したから、起きたらいつもの――それよりも元気な姿が見られるだろうさ」
ほっとした表情を浮かべたセツナは、笑顔を浮かべてミィエルの部屋のドアを開けてくれた。しかしミィエルは俺に部屋を見せたがらなかったことを思い出したので、
「セツナ、悪いんだけどミィエルを部屋に運んでもらえるか? 俺は屋上の片づけをしちゃうからさ」
「それでしたらセツナがやりますが?」
「いや、ミィエルを頼む。寝ちゃってるとは言え、女性の部屋に勝手に男が入るわけにはいかんのだよ」
「そうなのですか?」
そうなのです、と頷いたことでセツナも了承してくれたので、ミィエルを預け、
「片付けは自分でやっちゃうから、もう遅いからセツナも休むんだぞ」
「セツナに睡眠は必要ないのですが……」
「ならミィエルの傍に居てやってくれ。起きた時にセツナが居てくれれば、ミィエルも嬉しいだろうさ」
魔力補給は朝一でやるからさ、と言えば、「かしこまりました」とミィエルと共に部屋へ下がってくれた。
「さて、と」
2人を見送った俺が屋上へと戻れば、
「お疲れ様、カイル君」
「おかしいですね。すれ違った記憶がないんですが?」
何故かアーリアが席について月を肴にワインを飲んでいた。
「酔っているから、気づかなかっただけでしょ?」
「酔いなんてとっくに醒めてますよ。ミィエルなら部屋にセツナと一緒に寝かせてますよ」
「そう、悩みは解けたようでよかったわ。それより酔いが醒めているなら、まだ飲めるわよね? 付き合いなさいよ」
隣の席を指差しながら、つまみのチーズを口に運ぶアーリア。正直他に考えたいことがあったんだけどなぁ、と思いながらも俺も席に着く。
「はい、駆けつけ三杯」
「ワインでそれはないでしょう。そもそも約束してないですからね?」
既に俺とミィエルが使っていたグラスと酒はテーブルの端に寄せられていたため、新たに手渡されたワイングラスに、月明りを綺麗に反射する透明な液体が注がれる。とても香りの良い白ワインだ。
「じゃあ、乾杯」
アーリアの音頭に合わせ、チンッとグラスを交わす。
口にした白ワインはとても柔らかで口当たりがよく、ほんのりと甘みがあった。うん、悔しいが実に美味い。
「……美味いですね」
「ふふ。雪解けを祝う春の様な口当たりで、良いでしょう?」
「詩人ですね。言わんとしてることはわかりますが」
恐らくミィエルの長年の悩みが解決したことを指しているんだろう。お酒の席だから、と言うのを抜きにしても、アーリアはいつにも増してご機嫌そうだ。
「青春真っただ中のカイル君には敵わないわよ?」
「はて、何のことやら」
アーリアの言葉をしれっと無視してチーズを一口。くそ……美味いなぁ。なんかもう酒もつまみも美味すぎて、さっきミィエルに投下された爆弾なんてどうでも良くなってきたわ。むしろ今知りたいことは、
「このチーズ、どこで売ってるんです? つかドライフルーツもアーリアさんの贔屓の店だって聞きましたよ?」
「そりゃぁ長くザード・ロゥに居るもの。何が美味しくて、何が不味いのかぐらいは知り尽くしているわよ」
「ぶっちゃけ、こっちに来てからの方が食事方面は完全に当たりなんですよね……」
正直日本に居た頃より良い物食ってると言わざるを得ない。まぁ日本に居た頃は一般庶民でしかなかったからだけど、それにしたってお国柄食事に関しては高水準だったはず……なんだけどなぁ。
「口にするものが不味ければ、それだけ人生も拙くなるものよ。美味しいに越したことはないじゃない?」
「仰る通りで。今度お酒とつまみの良い所、教えてください」
「まぁ、それぐらいで良いなら構わないわ」
アーリアのグラスが空いたなら俺が直ぐに注ぎ、俺のグラスが空けばアーリアが注ぐ。それ以上はこれと言って話すでもなく、しばらくは静かにつまみとワインを楽しむ。静かだが、実に心地の良い空気だ。
「ねぇカイル君?」
「なんですか?」
「感謝するわ。ミィエルの積年の悩みを解決してくれたこと。あたしじゃどうあっても知り得ない情報だったもの」
こちらを揶揄うわけでもなく、真摯に正面から口にするアーリアに、俺は頬を掻きながら「知識が役に立ってよかったですよ」と答えておく。本当、GMやPLをやって覚えてしまったことが、ミィエルの悩み解決にこうまで役に立つとは思ってもいなかった。
「こっちの妖精女王だって、ここまで詳しくは知らないわよ? 本当、あんたは何から何まで規格外ね」
「師匠NPCに育てられましたからね」
「その割には常識に疎かったりしているみたいだけど?」
「……大陸が違えば常識も違うかと」
ん? はて、今アーリアが物凄いことを言ったような気がするのだが? 確かこっちの妖精女王って――
「もしかしたらだけれど、あんたとアズリー――ミィエルの師匠は、同郷なのかしらね?」
「……」
「なんとなく、雰囲気が似てるのよ」と口にするアーリアに、俺は迷った後に「そうかもしれないですね」と答える。
「残念ながら面識はありませんが、同じ大陸出身である可能性は高いかもしれないです。アルステイル大陸には俺の師匠も含め、神に近い存在を数名知ってますから。アゼイリアさんも、その誰かに師事してた可能性がありますしね」
神の化身と言うか本体もいたけれど。
「なら……力尽きていなければ、アズリーはアルステイル大陸に帰っている可能性もあるのね」
「そうですね」
もしくは日本に帰ることができたか、だ。“命題”を完遂したことで。俺と同じように転生者全員に“命題”があったかは定かではないけども、可能性は高いだろう。
「アーリアさんも会いたいですか? アゼイリアさんに」
「そう、ね。黙って消えたことと、ミィエルへの手打ちで、魔法一発ってところかしらね」
「ははは! 優しいですね」
冒険者レベル「8」――〈エレメンタラー〉レベル「3」で扱えるようになる魔法一発で手打ちとは、ちょっと優しすぎるんじゃないかな? それじゃあ良くてHPの1/3が削れる程度だろ。
「あんたね……あたしは別に殺したいわけじゃないのだから、これぐらいで良いのよ」
「あー、まぁ、そうッスね。正直〈ネクロマンサー〉がいるから、加減抜きでいくのかと」
「あんたの中であたしがどう云う人間なのか、よぉーく解ったわ。なら、あんたが仕出かしたら望み通りにしてあげるわね」
「あれ? それだと蘇生は誰が?」
「さぁ?」
おおっと。アーリアの笑顔がとても輝いている。
俺も酔って発言が過激になってしまったようだから、気をつけなければな。うん。
しかし、酒とつまみで考えを頭の隅へと追いやっていたが、まさかアーリアから話題に出されるとは。渦中の存在だったのだから当たり前と言えば当たり前だが。
それにしても“たちばなさつき”さん、か。転生者としては、無事日本に帰れていることを祈りたいところだが……2人にも会わせてあげたいな。
「何にしろ、きっと無事でいますよ」
「そうね。あんたみたく、災難体質ではなかったし」
「まぁ、目まぐるしくイベントは起きてますけど。でも魔神将と殺り合ったのぐらいじゃないですか?」
「《決闘》も、集団リンチも、侯爵令嬢襲来も? これから取り調べもあるのに?」
「……大丈夫ですよ。今後は当分研究のために籠りますし」
「カイル君が外に出ない分、災難の方からこの街に寄ってこないといいわね」
「そう言うお約束は立てないでほしいですねぇっ!」
愉しそうにカラカラ笑うアーリアを睨みながら、「本当頼みますよ」と誰にでもなく呟くのだった。
☆ ☆ ☆
翌日。
冒険者ギルドから集団リンチ事件での問い合わせがあったため、俺はセツナと共に冒険者ギルドへ訪れていた。まさか昨日の今日で呼び出されるとは思わなかったけども。ギルド職員たちはちゃんと寝れているのだるか?
ちなみに本日は任務を受けず、ウルコットは、まずは言葉の壁を何とかすることを優先し、リルは弟に付き添う形で自分の知識欲を満たすため、この街の図書館へ足を運んでいた。勿論、“バトルドール”はちゃんとつけてある。
「セツナも図書館に行きたかったんじゃないのか?」
「いえ、図書館は逃げませんので。それよりも主様、昨夜は遅くまで飲まれていたようですけど大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫だよ」
結局アーリアとの飲み会は深夜2時まで続いたものの、二日酔いなどは一切ない。本当にこの身体は頑丈にできている。勿論、アーリアも二日酔いなど縁がない程にいつも通りだった。そして昨日の主役とも言えるミィエルだが、
「それより、元気すぎるミィエルの相手の方が大変だったんじゃないか?」
「いいえ。ミィちゃんが元気だと、セツナも嬉しいので問題ございません」
完全復活――と言うか元気倍増状態で、セツナの魔力補給も俺の代わりにやってしまうほどに、ミィエルはご機嫌であり絶好調だった。
長年の蟠りが解消できたのだから仕方がないとはいえ、はしゃぎ過ぎて体調を崩さないかが心配である。
「……ですが、補給に関しては主様にしていただきたいです」
「ははは! まさかMP全回復するまでやっちゃうとは思わなかったからな」
どうやらミィエルは、目が覚めたらセツナが一緒にいてくれたことにさらに感動し、お礼にとセツナのMPを完全回復するまで〈魔力補給〉をしてくれたらしい。セツナも申し出を断ることなどできず、故にセツナと約束していた〈魔力補給〉は当然のように行うことはできなかったのだ。
「はい……。ミィちゃんの魔力も大変優しくて暖かいので、決して嫌ではないのですが……」
「わかってるって。次は必ず俺がするから」
「っ! はい!」
セツナに笑顔が戻ったため、この話はここで終わりだ。俺としては、他者の魔力でもセツナを全回復できると言う結果に、ミィエルグッジョブ! と内心サムズアップしていたんだけどね。
〈魔力補給〉出来ること自体は既に立証されていたけど、実際に俺の居ない所で最大値まで回復したことはなかったからね。
ちなみにミィエルはアーリアから御遣いを頼まれており、別行動である。
「あ、カイルさん。それにセツナちゃんも。お待ちしておりました」
冒険者ギルドの受付へと顔を出せば、柔らかそうな栗色の髪をした綺麗な女性に、こちらが声を掛けるよりも早く呼び止められた。と言うか、セツナちゃん?
「ラナー様。先日はありがとうございました」
「いいえ、それが私の仕事ですから」
どうやら知り合いらしい。
俺の視線に気づいたセツナが、「昨日パーティー登録をしていただいたラナー様です」と教えてくれた。
「カイルさんとは初めてですね。改めまして、“瑠璃の庭園”の担当をさせていただいております、ラナー・ケイリットです」
「これはご丁寧に。カイル・ランツェーベルです」
例え営業スマイルとわかっていても、男性であれば惹きつけられるような笑顔を浮かべるラナーに、こちらも笑顔を返す。うーん、とても人気がありそうな受付嬢だ。
「ギルドマスターとお約束があるんですが」
「伺っております。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
他の職員に指示を出し、流れるように受付を変わる彼女は、傍から見ていても優秀なんだろうと思う。
せっかくだから、短い間ではあるがいくつか質問してみようか。
「冒険者ギルドの受付は担当制なんですか? 数多居るパーティー1つ1つへ対応するのは、随分と大変なように感じますが」
「そうでもありませんよ。基本的にデータベースへの登録等、冒険者の宿が多くを担当いたしますから。今回のように、ギルドへ登録に訪れた場合は受け付けた者が担当になる、というだけのことです」
「成程。では俺やミィエルが合流した際にも、担当はラナーさんになるんですね」
「はい。ですので何かございましたら、私へご相談いただければと思います」
「そうですか。担当者が居てくださるのは心強いですね。何かあれば、頼らせていただきます」
「はい。私共も“瑠璃の庭園”に期待を寄せておりますので、よろしくお願いします」
ギルドからの期待なんて、重すぎる気がするけども。まぁ所属メンバーがメンバーなだけに仕方ないか。取りあえず、ご期待に沿えるよう努力します、とだけ返しておく。
前回ロンネスと話した応接室1の前で止まり、ラナーさんが扉を開けたことで彼女との会話は一旦終了。部屋の奥で待っていたロンネスに向かって軽く会釈をする。
ソファーに座るよう促されたので、俺とセツナは揃って腰を掛ける。
「まずは謝罪する。こちらの冒険者が君に大変な迷惑をかけた。本当に申し訳ない」
「謝罪を受け入れます」
いの一番に頭を下げたロンネスに、俺は謝罪を受け入れる旨を伝える。
「幸いにも狙いが俺一人でしたから。今後このようなことがないよう、安全に配慮してもらえればと思います」
「……感謝する」
ぶっちゃけて言えば、狙いが俺一人だったので被害はほぼない。消耗品を失ったぐらいだ。これがもし、俺以外を狙って行われていたのだとしたら、俺自身もこの程度の気持ちで収まってはいなかっただろう。
「カイルに提出してもらった書類も大いに役に立った。該当する冒険者と冒険者の宿には相応の罰則を与えることとなっている」
冒険者が個人的にこの依頼を受けた場合の罰則は、ランクの降格処分と当分の報酬の減額を。
冒険者の宿が斡旋してしまっている場合は、宿の解体と経営者の捕縛。以降犯罪者として扱われるそうだ。
まぁ内容が冒険者の宿が受けるようなものじゃなかったわけだしね。まるっきり暗殺ギルドの仕事だろうさ。
「無論、カイルが与えた損害に関して負担するものは何一つない。アイテムに関してもギルドで補填しよう。また命を失ってしまった冒険者も、蘇生に関しては仲間か我々が負担しているので心配する必要はない」
「それは構いませんが、俺の仲間を『犯す』だの『売り払う』だの宣った輩は――」
「無論、更生が見られなければ犯罪奴隷落ちだ。我々がしっかりと監視するから、安心してほしい」
「しっかりお願いします」
それでも当分リルとウルコットに関しては、バトルドールをつけ続けるべきだろう。
「それで、背後関係は洗えましたか?」
「あぁ。とある方々の協力のおかげで、迅速に方が着いたよ。これがその資料だ」
とある方々、ねぇ。
ほぼ間違いなくアーノルド侯爵家が絡んできたのだろう。なんせアネモネ嬢の護衛であるフウランの名が俺の資料に記載されていたのだから。
「拝見します」と資料を受け取ってセツナにも見えるように内容を確認する。
「主犯は男爵であるザイツェ・ウジデッロ。前男爵が最近亡くなったことにより、最近代替わりした男爵家でな。君達を手中に収めることで、この街――ひいては貴族界で影響力を増すために仕掛けたようだ」
「……まぁレベル「11」を1対1で勝利する俺と、この街のアイドルであるミィエルが私兵になれば、少なくとも見栄は張れますもんね」
ウジデッロ男爵家の状況などを書かれた資料から、相当に功を焦ってしまったのだろうと予想がつく。
ザード・ロゥからほど近い場所に領地があり、経営状況は前男爵までは悪くなかった。しかし代替わりしてからと言うもの事業の失敗が目立つ。かつ向上心だけは高かったため、爵位を上げるための駒が必要だったんだろう。
そこで俺に白羽の矢が立ったわけだ。
まぁ貴族からすれば俺なんて腕の立つチンピラと変わらないだろうからな。しかもいい感じで他冒険者のヘイトを稼いで孤立しているような人間だ。手っ取り早くヘイトを利用して彼らを味方につけ、俺のことを力で従わせようと言う考えに至ってしまったのだろう。
「それで、この男爵はどうなるんでしょうか?」
「現状身柄はタダタビア伯爵に委ねる形になっている。近いうちに上京し、然るべき沙汰を言い渡されるだろう」
「そうですか。まぁ彼には人身御供になっていただいて、今後手出しする貴族が減少してくれることを祈りましょう」
「ははは! 少なくともそこは今後、心配しなくても良いと思うがね」
「とある方々のおかげ、とでも?」
視線を向けても応えようとしないロンネスに、俺は資料を置いて「はぁ」と息を吐く。
あの侯爵令嬢様は、間違いなく転んでもただでは起きないタイプだろう。情報操作をしつつ、男爵家を吊るし上げるついでに、この地方の貴族――言うなればガヴァディール侯爵家だったか? ――に良い感じに政治的取引を行っていることだろう。
と言うか昨日の今日でこの情報量はイカれていると言って良い。前もって相当量の情報を集めていたことは明白。自分の護衛が下手を打った以外は全て自作自演による、恩の大安売りなんじゃなかろうか?
1つ解決したと思ったら、より大きな厄介事が舞い込んできそうな状況へ追い詰められているような気もしなくもないが……。取りあえず、目の前の問題が1つ解決できたのなら良しとしよう。
「この件に関しては、私から言えるのはここまでだ」
「わかりました。俺からもこれと言ってありません」
「セツナも、街中での安全が保障されるのであれば問題ございません」
「そうか。ではもう一件、別件があるのだが時間はあるかね?」
「別に構いませんが、なんでしょう?」
聞いていた要件は終わったが、追加の案件があるとのこと。内容を窺えば、「失礼します」と先程応接室まで案内してくれたラナーが、
「“紅蓮の壊王”リーダー、クリス・D・ヴァレンス様をお連れしました」
一人の男性――それも肉達磨のパーティーリーダーを連れて、入室した。
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