第105話 少女は破顔し、少年に最大級の爆弾を落とす
「『精霊族』の、英雄、ですか~?」
「その中でも剣の英雄と呼ばれるものだな。それがミィエルの目指すべき最上位職だ」
――〈英雄剣霊〉
「ガッチャ!」でお馴染みのカードゲームのあれではなく、『妖精族』または『精霊族』のみ選択できる最上位職であり、同等の技能職で〈妖精女王〉や〈大賢霊〉がある。
その中でも〈英雄剣霊〉は、近・中距離攻撃に優れ、STRによる物理攻撃の低さを全て、属性付きの魔法攻撃へ変換することで、敵の防御力を無視したダメージを叩き出せる優れた火力役である。
種族の特性上HPでの防御面は相変わらず低いままだが、それでも優れたAGIと高いRESから多少なりとも場持ちが改良されている。
STRなどの都合で装備が限定されやすいと言う点以外は、近接物理攻撃職の中でもそのポテンシャルは上位クラスに位置する。
なんせ習得できる専用スキルがどれも有用なんだよなぁ。
形状が「起点」でない魔法を回避判定で無効化する〈アヴォイド〉。物理攻撃を属性魔法ダメージへと変換する〈エクスキューション〉などなど。
ぶっちゃけHPの脆ささえカバーできれば、カイルの上位互換と言っても良いだろう。例えヘイト管理スキルが必要な構成をしたとしても、火力・回避力の双方で上位互換と言って良い性能をもっているからな。ネックなのはHPの低さだけ。と言うか、〈エンチャンター〉なしで属性魔法ダメージはズルだよズル! まぁそれまでが大変だからしゃーなしだけどさ。
「そう言えば、確かミィエルは前に『〈刀術〉にはDEXとAGIが大事』って言っての、あれもお師さんの受け売りだったんだろ?」
「うん~」
「なら確定だろ」
〈英雄剣霊〉になるためにもこの2つの要素――DEXとAGIが特に重要だ。なんせこの特殊とも言える最上位職を修める為に、以下の厳しい条件が必要となる。
条件1:〈フェンサー〉のレベル「5」であり、〈ブレーダー〉のレベル「5」であること。
条件2:DEXとAGI、2つのステータス合計値が「60」点を超えていること。
条件3:〈フェアリーテイマー〉系統の魔法技能レベルが「10」であり、且つ他一系統の魔法技能レベルが「5」以上であること。
お分かりいただけるだろうか。ぶっちゃけ〈サムライ〉なんか目じゃないぐらいに条件が厳しい。そして現在のミィエルのステータスを確認してみれば――
名:ミィエル・アクアリア 3歳 種族:精霊 性別:女 Lv9
DEX:27 AGI:32 STR:10 VIT:13 INT:22 MEN:22
LRES:10 RES:11 HP:39/39 MP:34/34 STM:72/100
〈技能〉
冒険者Lv9
《メイン技能》
フェンサーLv5→ブレーダーLv4
ソーサラーLv5
フェアリーテイマーLv5→エレメンタラーLv4
《サブ技能》
スカウトLv5→ハンターLv2
レンジャーLv4
ライダーLv5
《一般技能》
コックLv8
ウェイトレスLv5
アイドルLv7
既に条件の大半を達成してると言える。ステータス合計値も「59」点。次のレベルアップには「60」点を超えることだろう。後は冒険者レベルを上げる上で〈ブレーダー〉と〈エレメンタラー〉をレベル「5」にすれば、準備完了だ。
「……カイルくん~」
「お師さんの期待に応えるまで、後もうちょっとだな!」
「……っ、っ! うん!」
羊皮紙を胸に抱き、瞳一杯に湛えた涙がミィエルの頬を濡らす。悲しみではなく、喜びの涙で。
……前言撤回。ミィエルに涙は似合わないって思ったばかりだが、こう言う涙ならオッケーだよな?
積年の蟠りを洗い流した涙を、そっとハンカチで拭ってやる。
「ぐすっ……えへへ~。ありがと~」
「この星空みたいに、モヤっとした気持ちは晴れたか?」
「うん!」
はにかんだミィエルにハンカチをそのまま渡し、彼女が落ち着くまでゆっくりと月を眺める。
口にする蜂蜜酒はより旨味を増し、夜風が優しく俺達を撫でる。
ふと、俺の右側でふわりと花の香が舞う。
「えへへ~。カイルくんは~、本当に~、凄い~です~。ミィエルの~、心の~モヤモヤ~を~、ぱぱ~っと~、晴らしちゃうん~ですから~」
俺に凭れるように身を寄せたミィエルが、潤んだ瞳で俺を覗き見るように呟く。
「カイルくん~こそが~、ミィエルの~“英雄”、です~」
「っ!」
ミィエルの視線と台詞に耐えられず、慌てて顔を逸らす。
……拙いな、思ったより酒が回っているのか?
泣いたために少し赤い目元と、ほんのり上気した頬が相まって、普段の幼さとはかけ離れた色っぽさに俺の心臓が跳ねる。右腕に感じるミィエルの体温がより、彼女の存在を意識させる。少しでも視線を戻せば、綺麗な蒼の瞳と場の雰囲気に意識を持っていかれかねない。
俺は冷静に努めるよう、蜂蜜酒に口をつけ「……そいつは光栄だ」と返す。ミィエルから漂う花の香りには酒の香りで、腕に感じる体温は他の五感に集中することで必死に抵抗する。
「ただ、“相棒”の時みたく言いふらさないでくれよ?」
「大丈夫ですよ~。そんなこと~しませんから~」
こてん、とミィエルの頭が俺へと預けられ、「だって~」と今までより小さな声で、さらに俺の心臓を跳ねさせた。
「今は~、独り占め~したいですから~」
拙いっ!
酒じゃない原因で顔が熱い。何よりミィエルが色っぽくて可愛すぎる! さっきから精神抵抗判定に失敗し続けてる気がする。もう何でもいいからこの場の空気に流されるか? いやダメだ。俺はごっつぁんゴールしたくてミィエルの不安を払拭したわけじゃないんだ! ならどうする? ふざけた台詞で誤魔化すか? 「ミィエルの心をガッチャ!」とか!? ねぇわ!
まるで思春期の童貞並みに――恐らくカイルは童貞だが――気が動転している俺に、「カイルくん~」と甘えた声で頬を摺り寄せるミィエルが小悪魔すぎて仕方がない。
「えへへ~。カイルくんの~傍は~、師匠みたいに~心地~良い~ですね~」
「……そう言えばお師さんって、名前とか訊いても大丈夫か?」
ミィエルの言葉に気持ちが一瞬、スンっと沈静化された俺は、冷静さを取り戻せたことにより意識を別方面へと向ける。
ぶっちゃけると、彼女のお師さんに今後出会うことがあれば一発ぶん殴っておきたいと思ったからだ。勿論俺は男女平等主義なので、女性でも一発かますつもりだし、男であれば半殺し程度にはしようかと思っている。いっそのこと殺して蘇生――はさすがにねぇな。酔いに任せて思考を働かせるのは良くないな、うん。
危うい思考を頭から振り払い、ミィエルへと視線を向ければ、態勢を変えぬまま彼女は頷いて答える。
「師匠の~お名前は~、アゼイリア・ネ~ブル~。種族は~『夜叉族』ですよ~」
「成程。『夜叉族』なら、〈サムライ〉も納得だな」
ビェーラリア大陸にあるかは知らないが、アルステイル大陸の時には“倭国”と呼ばれる国に多く所属していた種族の1つが『夜叉族』である。
鬼のような角を額に生やし、狼のような耳を持っている以外は人間と変わりない姿をしており、男性なら『ヤクシャ』で女性なら『ヤクシ―』と呼び方が変わる。
『夜叉族』はSTRとAGIに優れ、代わりにMENが少し低めに設定されているが、バランスも良くどのタイプの技能職でもいける、初心者でも安心の万能種族だ。
〈サムライ〉が追加されたサプリメントで新たにデザインされた種族であり、お察しの通り日本をモチーフにされているため、服装も着物姿が多かったりする。サンプルキャラクターでも近接なら〈サムライ〉、後衛なら〈陰陽師〉がお手本として作られていたっけなぁ。
……と言うか女性だったんだな。
なんかホッとしたような、そうでもないような微妙な気分になってしまったが、それはまぁ閑話休題。
「んふ~。もしかして~、安心~しました~?」
「……まぁ名前と種族がわかりゃ、探しようがあるからな」
「ふぇ?」
的確な指摘を鋭いカウンターで返すと、ミィエルは驚いたように身を離し、
「探すって……師匠を?」
「あぁ。俺の目的はアルステイル大陸へ渡ることではあるが、せっかくならビェーラリア大陸を冒険してみたいと思ってるからな」
せっかくこの世界に転生したんだ。しかもLOFの設定になかった大陸だ。是非ともいろんな所を見て回りたい。
勿論、カイル・ランツェーベルの目的は果たすつもりだ。だが俺が作った設定が生きているのなら、少なくとも数年でどうにかなるわけではないだろうし。
「いろんなところを見て回って。未知を発見し、体験する。そのついでにお師さんを探してみるのもいいもんだろ。勿論ミィエルも一緒に、な?」
「っ!? ミィエル、も?」
「当たり前だろ? 俺の“相棒”でパーティーメンバーだろ。まさかミィエルはザード・ロゥから出る気ないか?」
ふるふると首を振るミィエルに、ならこちらから探してやろうぜ、と空のグラスに蜂蜜酒を注ぐ。
「そんでもって、『成ってやりましたよ!』って見せつけてやろうぜ!」
「っ! うん、うん!」
良い笑顔だ! 俺も笑顔を浮かべて、ミィエルに向けて掲げる。
「では、改めて良き月夜に。新たな目標に――乾杯!」
「えへへ~! かんぱ~いっ!」
チンッとグラスを合わせて、お互いにグラスを傾けた。
「あぁ……美味いな」
「はい~。と~っても~、美味し~です~」
これならもう大丈夫かな。
くぴくぴ、と可愛らしく蜂蜜酒を口にするミィエルに、もう憂いはみられない。これはもう、今夜の月見酒は大成功と言って良いだろう。
その後はさらにお師さん――アゼイリアを探すために彼女のことを聞いたり、俺の知らない街や国のことを話したり。お酒も進み、おかげでふわっとした感覚が俺を徐々に襲い来たためか、つい「そう言えば」と思ったことを口にした。
「ミィエルのお師さんは、良く〈英雄剣霊〉の条件とか知ってたな~。相当『精霊族』――それも種族の長とかと親しくないと、知り得ない情報だと思うんだけどな」
実際に〈英雄剣霊〉や〈妖精女王〉、〈大賢霊〉は種族固定なうえ、掲載されているのはシナリオ型サプリメント『フェアリー・キングダム』のみと言うあまりにも特殊な技能職だ。商売である以上仕方ないのだが、後程再版された基本ルールブック(改正版)にすら掲載されなかった。
さらにもう1つ言えば、あくまで個人的な意見ではあるけど、シナリオ型サプリメントって新規の情報が割と少ないため、シナリオを考えるのが面倒なプレイヤー以外、あまり購入意欲がわかなかいものだったんだよね。GM必須サプリメントにも入らない種類が多かったし。
だからついつい、意外だな、と口についてしまったのだ。
「なら~、カイルくんは~、ど~して~知っているんですか~?」
「俺の場合は知らないことは悪だと言わんばかりに、師匠に詰め込まれたからな。実際、初見殺しされまくってたら嫌でも学ぼうと思うぜ?」
カイル・ランツェーベルの設定上、生き字引とも言える“彼女”から英才教育は受けているので間違いではない。所属している宿の街には、前キャンペーンのPC達もいたため、高レベルの冒険者が揃っているのだ。全てにおいて素晴らしい環境だったのは間違いない。
「カイルくんの~、師匠は~、厳し~かった~んですね~」
「それでミィエル。お師さんから何か聞いてたりするか?」
「ん~……カイルくんに~なら~、いいですかね~」
少し酔いで瞼が落ち気味のミィエルが、「ここだけの~秘密~ですよ~?」と勿体つけるように間を空けてから口にする。
「確か~、妖精王国で~冒険を~されてた~って~、言ってましたよ~」
「おぉ!」
やっぱりあるのか妖精王国! 俺も行ってみてぇなぁ!
シナリオ型サプリメントは友人に購入を任せきりだったから、俺自身はほぼシナリオ内容を知らないんだよね。だから初見プレイとしてこの上なく楽しめるだろうさ。まぁ、同じ内容の事件が起こるのならだけど。
興奮する俺を他所に、ミィエルはより俺に体重を預けながらそれ以上の爆弾を口にした。
「でも~、師匠は~、こ~も言って~ました~。『私は~、別の~世界で~ここに~似た遊戯で~、遊んでた~』って」
「…………は?」
「本当の~名前は~、サツキ~……“サツキ・タチバナ”~って~。2人~だけの~、秘密~って……」
……なん、だと?
「こっちの~、妖精郷なら~、ミィエルが~ご案内――」
「待て……待て待て待て! ミィエル、それは――」
「……すぴ~」
あまりの衝撃に脳が再起動するまでの間に、見ればミィエルは俺に身体を預けて寝てしまっていた。
「――はは、ははは……マジかよ……」
気持ちよさそうに寝ているミィエルを起こさぬよう、額に左手を当てて月を仰ぐ。
ミィエルが口にした特大の爆弾。それは――
「成程……こりゃ、お師さん探しも、難航するかもな」
――俺と同じ転生者の存在を示すものだった。それも、日本人の存在を。
ミィエルの香りによる精神抵抗判定→ぎり成功。
「私の英雄」発言からの、ミィエルの凭れかかり&潤んだ上目遣い→抵抗失敗。
「独り占め」発言→致命的失敗!
そして「心地よい」宣言→決定的成功! カイルの魅了は解除された。
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