第104話 涙に濡れた瞳は今をもって笑みとなる
また、更新が、遅くて、本当に、すみません!
もういっそ、ストック作ってから更新の方が良いのかもしれないですね……
〈サムライ〉になりたかった。
ミィエルの口から出た言葉。そこには彼女が現在に至るまで何とか整理した気持ち――その中でどうしても消化しきれなかった感情が凝縮されていた。
上位技能職――〈侍〉。
〈フェンサー〉から派生する上位技能職であり、日本人だけでなく中二病御用達の武器――刀を扱う近接戦闘技能だ。
中期に発売されたサプリメントで追加された技能職であり、初めて技能職名で横文字以外が使われた実例の1つである。ちなみに最上位技能職として〈侍大将〉や〈修羅〉へと派生していく。
使用武器が〈カテゴリー:ブレード〉へ限定される代わりに、高い攻撃力と特殊な〈スキル〉を習得できる純物理近接職であり、最も代表的な〈スキル〉として〈後の先〉と言う今まで〈グラップラー〉系統しか習得できなかったカウンタースキルを保有することが出来る。
サプリメントで追加された技能職だけあって専用スキルなどは軒並み強力なのだが、それ故に習得条件が種族によっては厳しいものとなっていた。その条件が、
1つ、〈フェンサー〉をレベル「5」まで習得すること。
1つ、ステータスのSTRとDEXの数値を「18」以上にすること。
1つ、魔法系技能職の総合レベルが「2」以下であること。
レベルに関してはセッションの数さえこなせば辿りつけるため問題ないのだが、ステータスの値に関して種族によっては絶望的なものとなっている。極めつけは魔法技能職を否定するような『魔法系技能職の総合レベル制限』。
これにより、最初から決め打ちで育てない限り〈サムライ〉への派生は相当に難しいのだ。
これらの条件を考えれば、ミィエルが〈サムライ〉に成れる可能性は極めて少ないことは言うまでもない。
『精霊族』や『妖精族』は元々魔法系統のステータスをしており、且つ種族柄どのような条件にしても、必ず初期レベルで〈フェアリーテイマー〉をLv「1」習得している。その上『精霊族』の初期ステータスを鑑みると、STRは平均初期値が「4」前後。DEXは平均「12」前後。余程ステータスの成長がSTRに偏重しつつ、且つDEXも上がらない限り条件を満たすことはできないのだ。
……だから、ぶっちゃけ『精霊族』を選んだ時点で〈サムライ〉への道は詰んでるんだよね。たとえそれがTRPGの頃だったとしてもさ。
明確な例を挙げるとしよう。
LOFと言うTRPGは参加人数次第ではあるが、今回は平均的な参加人数であるPLが4人いるセッションで考えものとする。
全員が冒険者レベル「6」――つまり上位技能職へ達するまでのセッション回数は凡そ8~10回。勿論一点集中での成長ならそこまでかからない。しかしパーティーでの役割を考えると、他の技能も上げないと話にならないため、結果この回数となる。
またステータスの成長回数も、セッション1回につき配分される経験点によって左右され、凡そ1~2つのステータスがランダムに「+1」される程度。装飾品で成長を偏らせることは可能だが、最初期から手に入れられるものではないため除外する。
以上を踏まえ、奇跡的にSTRとDEXに成長が偏ったとしても、初期ステータスでSTRとDEXが「10」以上なければ条件を達成することはできないわけだ。
まぁ、やろうと思えばできないわけではないんだけどさ。ただ、『精霊族』で〈サムライ〉を習得できる頃には、他のPCのレベルが4つぐらい上になっちゃってるってだけで……。
一応TRPG時代ならば“縛りプレイ”的な形で不向きな種族で不向きな職業を選ぶプレイは存在したし、俺もやったことはある。さすがに『精霊族』で〈サムライ〉は目指したことはないが、MPが存在しない種族で、【魔晶石】頼りに魔法技能職を習得するなんて暴挙はやった。面白かったには面白かったけど、あれは実にマゾヒストなプレイだったよ。〈アルケミスト〉以上に金がトんでいくため、守銭奴RPがとてつもなく捗って仕方がない素晴らしいビルドだった。
でもそれはTRPGだからこそできたことであって、成長を自分で完全にコントロールできたからこその所業なんだよね。現実となったこの世界では、“ターミナル”の一件で分かるように、本人が意図していない成長をする可能性が極めて高い。
だから最凶最悪な難易度で、目指すこと自体がそもそもの間違いと言えるんだよなぁ。
知識がないからこその事故……とも言えなくはないんだけど。どうも今のミィエルの構成からして、事故はなさそうなんだよなぁ。
「……〈サムライ〉、か。やっぱり【流派】の関係か?」
「はい~。〈侍大将〉まで~上り詰めた~、【妖蓮一刀流・霊刀術】名誉師範であり~、ミィエルの~剣の師匠だったんですよ~」
月へと向けられたミィエルの瞳は、過去を懐かしむ色を見せながらポツリ、ポツリと語り始めた。
「師匠と~初めて~会ったのは~、10年前~でした~」
剣の師匠と出会ったのが10年前だったこと。
まだミィエルが『妖精族』だった頃に、ザード・ロゥでは珍しい着物姿で訪れた冒険者だったこと。聞けばふらりと旅の途中で立ち寄っただけだったらしい。
「ミィエルは~、ザード・ロゥから~、出たこと~なかったですから~、と~っても~、新鮮~だったんですよ~」
ザード・ロゥから遠く離れた場所に行ったことのなかったミィエルが、師匠に冒険話を聞くうちに憧れ、とある事をきっかけに剣の道に憧れたこと。
「我儘~言って~、何度も~困らせちゃい~いました~。でも~、師匠は~、必ず~応えて~くれたん~ですよ~」
最初は断られたが、何度も頼むうちに「立派な剣士にする」と弟子入りできたこと。さらに強請って【流派】への入門を果たしたこと。
徐々に実力を付けていったことを褒めてもらったこと。
そして――ミィエルが上位職に手が届く3年前に、突然行方がわからなくなってしまったこと。
「……師匠は~、元々~流浪の~冒険者~だった~ですから~。居なく~なるのは~、寂し~けど~納得でき~ました~。でも~……」
次は〈サムライ〉だと言うところで、何も言えずに会えなくなってしまった。それどころか〈サムライ〉にすら成ることができなかった事実に、当時は期待に応えられなかったから捨てられた、と思った――と。
「話を聞く限り、見捨てることをする人物じゃないと思うぞ」
「えへへ~。ミィエルも~、そう思い~ます~。ほんと~に~……優し~人~でしたから~……」
「みたいだな」
ミィエルが心の底から、今でも師匠を慕っていることは、表情や声色から明らかだ。ミィエルがどれだけ我儘を言っても、実の姉のように付き合ってくれた。そんな相手だからこそ、突然姿を消され、期待をも裏切ってしまったと思い込んだミィエルの痛みと喪失感は大きなものだったのだろう。
予想だが、恐らく1年近くは塞ぎ込んでいたんだろう。確かガウディを《決闘》で降したのが2年前。その時がレベル「5」だと言ってたからな。師匠が居なくなる前に上位職へ手がかかっていたのなら、時期的に見ても外れていないだろう。
「……でも~、そう思ってたのは~ミィエルだけ~だったのかも~ですね~」
視線を空のグラスに落とし、吐露したミィエル。
ミィエルはこう思ったのだ。一方的に慕っていたのは自分だけではないか、と。
その結論に至ったのが、俺の資料である〈サムライ〉になるための条件だろう。
絶対に成れないとわかっていたからこそ断っていたのに、弟子入り迄懇願してくるミィエルが、本当は鬱陶しく、疎ましかったんじゃないだろうか、と。
だから仕方なく付き合いはしたが、いざ上位職に手が届くレベルになった時に、成れないと解ってしまったミィエルの相手が面倒で姿を消したのではないか、と。
だから俺はグラスに入った蜂蜜酒を一気に呷り、ミィエルに向かって告げるのだ。
「バーカ。んなわけねぇだろ。ミィエルの考えすぎだ」
「でも――」
「でももへちまもねーよ。なら1つ訊くぞ? 〈フェンサー〉以外の技能――つまり魔法や斥候の研鑽も、お師さんの指示だったんだよな?」
「……はい~。その方が~、ミィエルに~合ってる~って~」
「なら間違いねぇよ。お師さんはミィエルの将来――それも最上位職のことまで考えて指導してたのさ」
マイナス思考に陥らないよう質問を被せ、俺の中で推察が確信へと変わる。だから絶対の自信をもって告げた。
「ど~して~、そ~思うんですか~?」
「ん? そりゃあミィエルが〈サムライ〉になってないからさ」
「……え?」
俺の答えに目が点となるミィエルに、俺はグラスをテーブルに置きながら言葉を続ける。
「〈サムライ〉はミィエルが兄弟子にも言ったように、種族的にも不得手なSTRを主体とした技能職だ。後の最上位職である〈侍大将〉や〈修羅〉なんかも同じことが言える」
〈サムライ〉から派生する最上位職の〈侍大将〉は、STR・DEXに続き、VITを主体とした防御面も向上した純物理職であり、必要筋力値が高い装備を扱うことでその真価を発揮する。またアライメントが『善性』でなければ使えないスキルがあり、ステータスだけでなくアライメントまで気にしなければならない最上位職だ。
次に〈修羅〉だが、こちらはAGIを主体とした攻撃特化の物理職となる。もしミィエルが〈サムライ〉に成れたとしたら、恐らくこちらを選ぶ以外に道はない。しかし〈修羅〉が持つ攻撃力の大半はアライメントが『悪性』でしか扱うことが出来ないものが多い。つまりこの道を選ぶなら、ミィエルを『悪性』に染め上げなければならなくなるわけだ。
当然ミィエルの性格や立ち位置を把握している人物であれば、それが如何に困難なことかは想像に難くないし、したいとも思わないだろう。
「つまりミィエルが〈サムライ〉になっていたら、それより先の未来がなかったってことさ」
「っ! でも~必要なら~、ミィエルだって~『悪性』を~、目指して――」
「そりゃ無理だしアーリアさんも許さないだろ! と言うか俺も許さねぇよ!」
TRPGや創作物なら“悪堕ち”とか割と俺は好物なんだが、現実でこれほど良い娘を自ら悪の道へ引き入れたいとは正直思えねぇよ!
「ミィエルのことが、“どうでもいい存在”だったなら教えたかもわからんな。だがお師さんはお前が“大切な存在”だから、自分にいくら憧れてくれたとしても、悪の道へ導くことなんて出来なかったのさ」
アライメントを『悪性』へ傾ける最も簡単な方法は、法を犯し続けることだ。人族の世界で殺戮を起こすし続けるなど、敵となってしまえばいい。善良な市民をいくらか殺して『人族』から『蛮族』へ渡っちまえば一発だ。
果たして〈侍大将〉の存在が、自分を慕ってくれる可愛い娘に、強いることができるだろうか? 答えは「否」だ。
「なら! ど~してミィエルに~! 剣を――〈サムライ〉への~弟子入りを~、仄めかしたんですか~っ!!」
揺れる瞳に涙を溜めて俺を見上げるミィエルに、俺は「簡単だよ」と前置きし、
「当時のミィエルは、『〈サムライ〉が目標になっちゃったから』、だろ。憧れたお師さん=〈サムライ〉の図式が成り立った状態で、お師さんが『〈サムライ〉じゃなくて、こっちを目指そう?』って言っても首を縦に振ったか?」
「あっ……」
種族的に人間と時間間隔が違うため正確ではないが、精霊と成った時点で成人となるミィエルが、師匠に弟子入りした時の年齢を逆算すれば、人間で言うところの7~8歳だ。小学校低学年で憧れの存在の真似をしない方が良い、なんて言われても納得や理解なんて早々にできないだろうさ。
「ミィエルのモチベーションを下げないためにも、お師さんは黙ってたんじゃねぇかな? 予想としては、ミィエルが上位職になれるタイミングで真実を告げようとした、と思うんだよね」
まぁそれは結果的に行方を眩ませたからできず、結果すれ違いのまま今に至ったわけだ。
ただ行方不明が事故だったとしても、結果的にミィエルを泣かせたんだから、罪深いのは変わらないけどな。
「ミィエルは~、嫌われて~いなかった~、です~?」
「嫌いなわけねぇわな。そもそもミィエルのことが嫌いで疎ましいと思っていたなら、出会ってから7年以上も付き合う事なんてないだろ。元々旅人だった人間が、わざわざ一カ所に数年も留まったんだぞ? んなもん、嫌いな奴に我儘放題されてたらできねぇだろ?」
「俺なら御免だね」と2本目の蜂蜜酒を開けて自分のグラスへ注ぎ、こちらを見るミィエルに微笑み返しながら、彼女のグラスにも酒を注ぐ。
「だから心配しなくとも、ミィエルはお師さんに大切にされてるさ」
「本当に~、そ~思い~ますか~?」
「あぁ! 自信をもって言えるね!」
俺ができる最大限の笑顔を向ければ、ミィエルは安心したようにはにかんだ。
……ふぅ、これで少しはミィエルの気持ちも楽になったかな?
あくまで状況から来る俺の推理でしかない。それでもミィエルの気持ちが落ち着くなら、それでいいと思う。彼女に涙は似合わない、ってね。
ミィエルが笑顔になったことで、さらに旨味を増した蜂蜜酒を傾けながら月を眺める。
お互いにお酒を口にする、少しだけの静かな時間。
そうして気持ちに改めて区切りがついたミィエルは、「ねぇ~、カイルくん~?」と新たな疑問を口にした。
「だったら~師匠は~、ミィエルに~何を~目指させたんでしょうか~?」
まだお師さんの期待を裏切ったわけではない。応えている途中なのだと、と気持ちを新たにしたミィエルが口にした次の目標。
俺は手にしていたグラスをテーブルに置き、「恐らくだが」と前置きをして、昨夜ミィエルの事を纏めた羊皮紙を彼女に手渡しながら告げた。
「お師さんが想定していた目標は、特殊最上位職――〈英雄剣霊〉じゃないかな」
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