第103話 星空のテラスで、彼女の瞳は過去を見る
大変遅くなり申し訳ありません。ちょっと流行り病が家で蔓延しておりました。皆さんもお気を付けを! 次回こそは数日中に更新します!!
コンコンコン、と三度のノック。部屋の中から誰かと問われる声に「俺だ」と声を上げる。
「カイルくん~?」
「よ、ミィエル。早速約束を果たしに来たが、どうだ?」
扉を開いて下から覗き込むミィエルに、俺はお盆に乗せた酒瓶とグラスを見せながら問う。色々と察したであろうミィエルは、眉尻を下げながら、笑みを浮かべる。
「いくら~カイルくん~でも~、夜分に~、淑女の部屋に~押しかけるのは~ど~かと思い~ますよ~?」
「ははは、悪い悪い。それで、どうだ?」
「……いいですけど~、ミィエルの~部屋は~、ダメ~ですよ~」
「そいつは残念だ。ならどうするかな……」
正直場所なんかはどこでもいいのだが、内容が内容なだけにミィエルが一番落ち着ける場所が良いかと思ったんだがな。まぁちょっとミィエルの部屋を見てみたかった、と言うのも気持ちもなくはないんだけど。
「かと言ってミィエルが俺の部屋に来るのも、淑女的にどうかって話か」
「む~……今まで~気にしてなかったくせに~。なら~、と~っておきの~場所を~、案内~しますよ~」
「マジか? なら頼もうかな」
「はい~。ちょ~っと~、待ってて~くださいね~」
閉まる扉の奥からパタパタと準備をする音が響き、数分もしないうちに「お待たせ~しました~」とミィエルが顔を出す。寝間着の上から薄手のカーディガンを羽織、手にランプを持つ様子から、外に出るんだろうと想像する。まぁ仮にそうだったとして、俺の服装的に寒いことはないだろう。
「では~、ご案内~しますね~」
「あぁ、よろしく」
ランプに照らされながら足を向けたのは、上の階へ上る階段。
「そう言えば3階より上の階へ足を運ぶのも初めてだな」
「カイルくんが~来てから~、まだ~数日~ですからね~」
“歌い踊る賑やかな妖精亭”は忘れがちだが冒険者の宿である。そのため全く目立つことはない――と言うより、地下の印象が強くて目が行かなかったが、実は4階建ての建物で部屋数もそこそこあるのだ。
2階の二部屋を俺とウルコットが、3階の三部屋を女性陣のミィエルとセツナ、リルが使っている。それ以外は空室だ。部屋を埋めようと思えば、所属する冒険者である“妖精の護り手”全員に部屋を宛がえば良いのだが……当の店主がその気もないので実現することはない。
「ふっふっふ~。き~っと~、驚きますよ~?」
初めて訪れた4階に宿泊する部屋はなく、宿屋の店主であるアーリアの部屋(ほぼ使われていないらしい)と――
「屋上、か」
「はい~。自慢じゃ~ない~ですけど~。屋上からの~夜空は~、良い眺め~なんですよ~」
屋上と言う贅沢な広さに、テラス席が1つ。良い塩梅に月明りがテラスを照らし、上を見上げれば満点の星空が広がっていた。
周りには視界を遮るような建物もないため心地よい風が肌を撫で、大通りから離れている立地のおかげで騒がしくもない。
「これは――最高の天空テラスだな。たった4階建ての屋上だってのに……空がこんなにも近いなんてな」
日本にいたころを考えれば、4階建ての高さなんて大したことはなかった。それよりも高いタワーマンションのバルコニーなども体験しているが、これほど星を近くに感じたことはなかった。そもそも大気が濁っていて星が見えないのもざらだったからな。
「良いなぁ此処は」
「えへへ~。気に入って~もらえて~、良かった~です~」
「……あぁ、気に入った」
満点の星空から視線を戻せば、視界を占めるのは月とランプに輝くように照らされた美少女――ミィエルだ。そして俺の手には美味い酒に肴。日本ではなかった贅沢。本来の目的を忘れそうになるよ。
ランプの置かれたテーブルに、俺も持ってきたお盆を置き、
「ささ~、カイルくん~、お席へ~」
「……サンキュー」
俺が促すよりも先にミィエルが椅子を引いて着席を促した。
「はは。これじゃどっちがホストかわからんね」
「冒険者としては~、カイルくんが~上手~ですけど~、給仕としては~ミィエルの方が~、上ですからね~」
ふふん、と得意げに胸を張るミィエルからグラスを手渡され、琥珀色の液体――蜂蜜酒が注がれる。注ぎ方から量に至るまで、慣れていると言うだけはある。意外に注ぐ時にラベルをしっかり上にするとか、知らない人多いんだよね。
さてお返しに、と瓶を受け取ろうとするも、笑顔のミィエルが抱くように持って渡してくれない。お先に飲めと言うとこかいな?
「いただきます」と仕方なしに俺は受けたお酒を一口。これは……口の中に広がる香りは濃厚。蜂蜜の風味をしっかりと残しながらも、口当たりは優しくしつこくない。安物だと甘口の蜂蜜酒は雑に蜂蜜の味が広がるもんだが、この蜂蜜酒は――
「――美味いな。今まで飲んだ蜂蜜酒で一番だ」
「えへへ~。やっぱり~、美味し~ですよね~。ミィエルも~、この銘柄が~一番~好きですよ~」
俺がお酒を口にしたのを確認してから、隣の席に座ったミィエル。そのまま今度は自分のグラスに注ごうとしたため、それは流石にあかんと俺は瓶を手にする。
「手酌はいかんぞミィエル? ほら、グラスを持って」
「わわ、ありがと~ですよ~」
トクトクと注ぎ終え、両手で持ったミィエルも一口。お酒が苦手と言うミィエルでさえも、この蜂蜜酒は柔らかな笑顔を浮かべさせた。
そっと肴であるドライフルーツとナッツを取りやすい位置に移動させ、早速一口。これはパイナップルかな?
「これも美味いな。つまみよりも携帯食として持ち歩きたいくらいだ」
「マスタ~の~、お気に入り~ですからね~」
「これはザード・ロゥで売ってるのか?」
「そ~ですよ~。今度~、案内しましょ~か~?」
「お、なら頼もうかな。セツナも喜びそうだ」
「む~……そこは~、2人っきり~で~、デ~ト~じゃないです~?」
「などと俺よりもセツナが好きすぎるミィエルが言っておりますが?」
「セっちゃんとは~、別の日に~デ~トするから~、良いんです~!」
「二股は感心せんな~。そんなことじゃ、今にオリヴィアさんに親友の座も奪われるぞ?」
「そんなことは――って、あ~っ! そうですよ~! それですよ~! カイルくんは~、ヴィ~ちゃんを~弟子に~するんですか~!?」
「うーん、弟子はないなぁ。リルとウルコットで手いっぱいだし。まぁオリヴィアさんが望むなら、別に〈ドールマスター〉について教えるぐらいは構わないと思ってるけどさ」
「ほら~! さっき~、マスタ~に~、注意された~ばっかりじゃ~ない~ですか~!」
「別に一般的に知られてることを教えるぐらいならいいんじゃねぇの?」
「カイルくんの~、“一般的”は~、“非常識”って~、言うんですぅ~」
「“歌い踊る賑やかな妖精亭の看板冒険者様に言われたくないんだがねぇ?」
「存在~そのものが~“非常識”な~、カイルくんに~言われたく~ないですぅ~!」
肴を摘まみ、相手のグラスが空になれば注ぎ、とりとめもない会話を繰り返す。そして酒瓶一本が空になる頃――
「……お気を~遣わせちゃい~ましたね~」
「まぁ、お互いあからさまだったからな」
月明りを映す琥珀色を見つめながら、両手でグラスを抱えたミィエルがぽつりと零す。
「隠した~つもり~だったんですけど~……」
「Lv11越えの真偽判定を誤魔化すのは容易じゃないぞ?」
資料を見る場でミィエルは動揺を取り繕う素振りをし、その後すぐに俺も強引にこの場を設けたのだ。余程鈍感じゃない限り察することはできるだろう。
「……ご迷惑を~、おかけ~しました~」
「迷惑だなんて思っちゃいないさ。現に俺はこうして、ミィエルと飲み交わしたかったからな」
「……そ~やって~、いつも~口説いてるんですか~?」
「心が弱ったところに付け込んで――ってか? さすがに無ぇよ」
「む~……ミィエル~みたいのは~、魅力~ないですか~?」
自分の身体を見下ろしながら肩を落とすミィエルに、思わずため息が出る。
明らかに話題を逸らそうとしてんな。ならさっさと切り込むとしよう。
「……ミィエルにそんな表情をさせた原因は俺の作った資料なんだろう? 知らなかったこととは言え、責任は感じるし、気を揉みもするさ」
「ご心配を――」
「ミィエルが謝ることはないし、心配ぐらいさせろよ。仲間じゃねぇか」
「……でも~、これは~カイルくんとは――」
「関係ないなんて言わせねぇよ? ミィエルが言ったんだぜ? 俺とお前は“相棒”だって」
視線を正面に、真っ直ぐに、ミィエルを見て、告げる。
「それとも、俺じゃ“相棒”として頼りないか?」
「っ!? そんなこと――」
「なら、俺にも背負わせてくれよ。ミィエルが抱えちまってる不安や後悔を。そして今の気持ちを、さ」
嘘偽りのない、正直な俺の気持ちだ。だからミィエルも正直になってほしい、と視線に思いを乗せる。
ミィエルの深い蒼色の瞳が揺れ、月明りが彼女の目元に優しい光を含ませる。不謹慎にも綺麗で魅力的だ、と思った目元はすぐに前髪に隠れ、代わりに弱々しい言葉が返された。
「……パ~トナ~。ミィエルが~勝手に~言ってただけ~ですよ~?」
「バカ言え。俺は大勢の冒険者がいた目の前で“パートナー”だと公言したからな」
《決闘》を誘発するために言っただけじゃない。俺がミィエルと“パートナー”になりたいと思ったからあの場で嘯いたんだ。今更訂正も、ましてや解消もするつもりはない。
「……本当に~、良いんですか~?」
「おう」
「寄りかかる~どころか~、おんぶに~だっこ~かも~ですよ~」
「はは、構わん。頼れよ頼れ! なんなら常にお姫様抱っこしても良いぞ」
「えへへ~、それは~、ちょっと~恥ずかし~ですね~」
そう呟くミィエルの声は、先程よりも幾分明るさを取り戻していた。そして煌めく淡い水色の前髪をかき分け、再び月光の下に現れた澄んだ蒼の瞳は優しく微笑んでいた。
「でも~、せっかくですから~。カイルくんに~寄りかかっちゃい~ますね~」
俺も笑顔で頷きを返せば、ミィエルは一口蜂蜜酒で喉を濡らし、月を見上げて過去の想いを語った。
「ミィエルは~、〈サムライ〉に~、なりたかったんですよ~」
いつもご拝読いただきありがとうございます!
よろしければ下の☆に色を付け、ついでにブックマークしていただけると励みになります。