第102話 向上心と小さな違和感
遅くなりました!
初任務成功という名の夕食を終え、湯浴みも終えたフールー姉弟に、今日はもう休む様に伝える。
話を聞けば採取任務だけでなく討伐系任務もこなし、最後にはゴブリンとの交戦もあったようだし、疲れも溜まっていることだろうと思ってのことだ。なのだが、
「確かに戦闘はあったけれど、別に疲れてなんてないわよ? それよりもカイルが作ってくれた教材を見たいのだけれど?」
あっけらかんと答えるリルに、俺は思わずウルコットに視線を送る。しかし弟は首を振り、視線で「諦めてくれ」と撥ね退けた。
「資料はアーリアさんとミィエルの確認終わってからだ。焦らんでも資料は逃げないんだから、今日の所は休んどけって」
「嫌よ。逆に気になって眠れないじゃない」
気持ちはわからなくもないが……イキイキしすぎではないですかリルさんや。
俺は困ったと頭を掻き、湯浴みから戻ってきたミィエル&セツナペアに「ちょっといいか?」と声を掛ける。
「ん~? どうしました~?」
頬を少し上気させ、ピンクの寝間着に髪を降ろした姿がとても可愛らしいな――じゃなく、
「リルが参考資料をどうしても今見たいんだと。アーリアさんには見てもらったけど、ミィエルはまだだろう? だから今から時間あるかなってさ」
「ん~……1時間~くらいなら~、い~と思い~ますけど~」
ミィエルもリルとウルコットを視界に入れ、困ったように眉尻を下げる。少しは触れておかないと落ち着いてくれないと察してくれたらしい。「ではアーリア様をお呼びしてまいります」と水色の寝間着姿のセツナが研究室へと向かったため、俺はコーヒーを、ミィエルはココアを淹れることとなった。
俺とミィエルが飲み物を淹れ終わる頃に現れたアーリアは、俺に「あたしもコーヒー」と告げてテーブルの上に俺が書いた資料を置いた。そのまま見せるのかと思ったが、「見る前にこれだけは守ってもらうわ」と前置きをし、俺を含めた全員に視線を向ける。
「これから学ぶ内容は他言無用だと誓いなさい。少なくとも、この場にいる人以外に話すことを固く禁じるわ。これに同意できないなら、“妖精亭”店主として強制的にあんた達に〈契約遵守〉を行使するわ。勿論、この資料の元であるカイル自身も同様よ」
「…………あ~、そうですね」
アーリアの口から出た言葉に俺の思考が一瞬停止し、この世界の現状を鑑みれば納得のいくものだった。
レベル「10」が世間の壁と言われているこの世界では、ほとんどの人材が〈上位技能職〉までの知識しか持ちえていない。この時点で〈最上位技能職〉の知識はほぼ未知の知識であると同時、危険な情報となる。そしてこれらは特殊条件かで習得が可能となる〈上位技能職〉の知識にも当てはまる。
「これはあんた達を守るためでもあるの。資料に書かれている情報は、生易しいものじゃない。この国でも――いえ、下手をしたら世界でも最先端を行く情報よ。各ギルドは勿論の事、国の中枢ですら咽喉から手が出る程欲しい情報なの」
俺からすればTRPGであれば、ルールブックなりサプリメントなりを購入すれば得られる知識でしかないが、この世界からすれば世間を揺るがす貴重な情報となる。なんせ世界のルールに等しいものだ。どの技能職がどのように派生し、どのレベルでどこまでの魔法を覚えることができるのか。〈スキル〉や〈アビリティ〉も同様、これが解るだけで余計な寄り道も手探りで開拓する必要もなくなる。効率が天と地ほど変わってくるのだ。
うん、考えれば考える程に危険だよね。まぁでも、
「前にも言いましたが、元から俺はこの場にいる人以外に見せるつもりも教えるつもりもないですよ?」
「……カイル君、あんたの場合は本当にそう思っていても、うっかり口に出そうだから何度も釘を刺しているのよ?」
「親し~人が~、なんとな~く質問したら~、さら~っと答えちゃい~そうですもんね~。この前~みたく~」
「……否定、できぬ」
正直に言い返せない。十中八九、その場に他の人間が居たとしても思わず答えちゃうだろうから。
「カイル君だけではなく、あんた達も同じよ。質問をする方にもしっかり意識しておいて欲しいの。出来る限り公の場でカイル君も、教わったあんた達も口にしないように、ね」
「特に~〈最上位〉系は~、“法螺を吹いた~”とか~言われて~、捕らえ~られるかも~ですしね~」
暴力ではなく権力で手を出してくることだって確かにある。本当、注意しないとな、いやマジで。
アーリアはその場の全員が頷いたことを確認し、表情を和らげたアーリアが「まずは」と続ける。
「リルとウルコット。あんた達が覚えるべきは基本技能職全般と魔法。次点で上級までの技能職と習得可能な《スキル・アビリティ》までね。ただ今日の所は魔法関係よりもどのような技能職があるのか、ぐらいに留めておきなさい。向上心が高いのはとても良いことなのだけれど、最初から知識を詰め込み過ぎても良くないわ」
「そうですね。わかりました」
「了解シタ」
「とても嬉しいことに、カイル君の資料には〈上位技能職〉がどのようなもので習得条件がどういったものが必要なのか。全て記載されているから、今後自分でどのような目標を立てれば良いのか解って丁度良いと思うわ」
「っ!?」
アーリアの言葉にピクリとミィエルの方が揺れる。そして俺が疑問に思うよりも早く、「ミィちゃん?」とセツナがミィエルの手を取った。
「どうしたのですか?」
「あっ……い~え~。なんでも~ない~ですよ~」
「でも――」
「さ~さ~、セっちゃんも~見に行きましょ~!」
セツナが何かを言う前に背中を押して遮るミィエル。明らかな誤魔化しなのだが、セツナも何を言って良いかわからず成すがまま。ミィエルのやつ、どうしたんだ一体?
「カイル君、補足説明してあげてくれるかしら?」
「そりゃ勿論ですが、アーリアさんの目から見て抜けとか間違いはなかったんですか?」
「あたしの知っている限りないわ。正直に言えば、専門分野を除けばあたしの持つ知識以上の内容が大半だったのよ。特に最上位の魔法と技能職に関しては。むしろもっと早くにあたしが知りたかったと思う内容ばかりよ」
アーリアは嬉しそうに「ふふ」と笑い、「まるで」とこちらの心を覗き込むように口にした。
「カイル君が“創造神の化身”なんじゃないかって思ったぐらいだもの」
「……アーリアさんの度肝を抜けたのなら、一生懸命覚えた甲斐があったと云うものですよ」
ある意味確信を突くアーリアの言葉に、俺はニッと笑って親指を立てた。
確かに俺はTRPG時代で神をしていたから間違いではない。正確に言えば“管理者”や“創造神の代行者”って所だろうけど。俺がLOFと言うTRPGをデザインしたわけじゃないからね。
「まぁ俺の年齢でこのレベルになれたわけですから。恵まれた環境だったと自覚してますよ」
「軍が対処するような“化け物”と戦い続けなければならない環境を、恵まれていると言えるのならそうなのでしょうね」
「……ですね」
確かに、普通に考えれば呪われている境遇と言えるよね。名探偵の周りには殺人が起こるように、PCの人生には成長させるための障害が発生する。そう言うもんだ。ただ出来ることなら、現実となった今はこの法則にならないでほしいと切に思う。いや、本当マジで頼むよ?
そんな話をアーリアとしていると、「カイル、ちょっと良い?」とリルからお声がかかる。
「なんだ?」
「今〈スキル〉や〈アビリティ〉の一覧を見ているのだけれど、これなんだけど……」
「あぁ、これはな――」
リルやウルコットには俺が示した成長以外に可能性のある〈スキル〉や、何故この〈アビリティ〉を選ぶのかを。セツナには“バトルドール”としてセットできる〈スキル〉や〈アビリティ〉の組み合わせを。勿論俺が使える〈スキル〉はしっかり使用感まで説明しつつ、ミィエルにも解説のサポートをしてもらう。
それらを踏まえたうえで〈上位技能職〉へと資料は移行し、それぞれが興味のある技能を見る中。
「ぁっ……」
ミィエルが手にした羊皮紙を見て、本当に小さく、弱い、吐息のような声をミィエルが漏らす。続く言葉は音にのることはなかった。
「ミィちゃん?」
「も~! カイルく~ん、情報量が~多すぎ~ですよ~! こんなの~1日2日じゃ~、確認~できませんよ~!」
「少ないよりはいいだろ? と言うかまさか情報が多くて文句言われるとは思わなかったぞ?」
伏せた顔を上げたミィエルがぷりぷりと頬を膨らませてクレームを入れてくる。先程の呟きなどなかったかのように。
「セっちゃ~ん! カイルくんが~、ミィエルを~苛める~よ~」
「ミィちゃん、主様にミィちゃんを苛めるような意図はないかと思います」
「だから~余計に~質が悪いの~! ふえぇえ~」
セツナの胸に顔を埋めるミィエルを、セツナは少し困ったように抱く。寝間着姿で抱き合う美少女とか、とても眼福だと思います。まぁクレームに関しては正直解せないのだけど。
そうこうしているうちに時間も経ち、アーリアの「今日はいい加減に休みなさい」と言う号令で勉強会は幕を閉じることとなった。
リルとウルコットも自室へ戻り、食器等を片付けたミィエルは、
「では~、おやすみ~なさ~いです~」
いつもと変わらぬ笑顔を浮かべて挨拶を交わして自室へ戻っていった。
俺はミィエルの背を見送りながら、音にならずとも耳に残った彼女の台詞を思い出す。原因となった羊皮紙の内容。ミィエルが修めた技術を鑑みれば、想像はできる。でもなぁ……。
「主様、ミィちゃんはどうなさったのでしょうか?」
今日はミィエルと共に部屋に戻ることもなく、俺の横で袖を引くセツナの瞳に不安な感情が浮かぶ。そうだよな。やっぱり、心配だよな。思わずガシガシと頭を掻く。
「何やっているのよ、あんた?」
「アーリアさん」
呆れながら声をかけてきたアーリアは、俺に「返すわ」と大きさがまちまちの羊皮紙を差し出した。
「これは……」
「あんた個人的なメモ用紙でしょう? 混じっていたから分けておいたのよ」
「すみません、ありがとうございます」
見れば確かに俺が勢いで書いたメモ用紙だった。俺は受け取ろうと手を伸ばすも、アーリアは俺の手から離れるように動かし、代わりに琥珀色の液体が入った瓶を手渡した。
「? アーリアさん?」
「それ、お酒が苦手なミィエルが一番好きなものなの」
そう言って笑みを浮かべるアーリアの顔には、「後は言わなくてもわかるわよね?」と書いてあった。勿論アーリアの言いたいことは察してはいる。察してはいるのだが――
「安心なさい。あんたの想像通りよ」
「なら俺よりも――」
「正直言って悔しかったわ。あの時のあたしも、今のあたしも、あんたのメモを読むまでわからなかったのだから」
「だからこの役目はあんたなのよ」とアーリアは困ったように笑った。
「主様。セツナに事情はわかりません。ですがミィちゃんには主様が必要だと、セツナも愚考いたします。ですので主様――」
「……わかったよ」
俺は安心させるようにセツナの頭を撫で、「ありがたく頂きます」と酒瓶を掲げた。
「任せろ――とは胸を張って言えませんが、期待に沿えるよう努力します」
「大丈夫よ。あんたなら」
「はい! セツナもそう思います!」
「はは、まぁ頑張るよ」
間違いなく、ミィエルの今の心中を正確に理解しているだろうアーリアが太鼓判を押すのだ。彼女の言う通り、俺こそが適任なのだろう。改めて差し出されたメモ帳を受け取りつつ、せっかくのミィエルとの酒盛りだ。これに合うつまみもあった方が良いだろう。
「つまみもいくつかいただきますよ」と断ってキッチンへ足を向ければ、背後から「食器棚の横に、良いドライフルーツがあるわよ」と声がかかる。それは良いね、と俺は多くならない程度に器に盛り、セツナが用意してくれたグラスを持ってミィエルの部屋へと向かうのだった。
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