第100話 冒険者な姉と慎重な弟は、薬塗れの師へ問う
サブタイトルが毎回悩みます。
前半リルパート、後半主人公です。
「ウルコット!!」
『おぉぉおおおあぁっ!!』
私が突進する“ボーア”矢で足を射抜き、弟が〈全力攻撃Ⅰ〉で振り回した【ハルバード】が横腹を穿つ。それがトドメとなり、甲高い悲鳴を上げ絶命した。
「お二人とも、お見事です!」
「だいぶ~、ウルコットも~、【プレ~トア~マ~】に~、慣れてきましたね~」
「はい。モウ少し慣れれバ、違和カンなく動けルと思ウ」
普段より動きがぎこちなくはあるし、動きづらさも垣間見える。だがそれ以上に【ハルバード】が振れることが楽しくて仕方がないと言った表情の弟に、私は苦笑いを返す。“ボーア(Lv1)”程度なら問題ないとはいえ、もう少し安全を優先してほしいと姉ながらに思う。
「それじゃ~セっちゃ~ん。今度は~1人で~解体してみましょ~」
「はい! 頑張ります、ミィちゃん先生!」
成人男性でも手こずるような重さを軽々と持ち上げて吊るし、手際よく処理をしていくセツナ。解体2度目でこの手際は本当に大したものだと思う。
「ミィエル?」
「は~い?」
「ボーアの討伐任務はこれで終わりなのだけど、この辺りは街から近いわりに、動植物がやけに多いのね?」
「そ~ですね~。恐らく~、迷宮が~近くにある~、影響だと~思いますよ~」
「聞いたことがあるわ。迷宮が近くにあると、周辺も活性化されて動植物の繁殖力が上がる、だったかしら」
「はい~。そのと~り~、です~」
採取任務を終える前に“ボーア”に遭遇してしまい、結果的に先に狩り終えたわけだけど。私が住んでいた森よりも動植物が多かったことが疑問だったため質問すれば、以前村に来ていた商人から見聞きした話を思い出した。と同時に、心が思わず弾んでしまう。
「その迷宮って言うのは、どれぐらいの難易度なのかしら?」
「おぉ~。目が輝いて~ますね~リル~」
「姉さん……」
「何よ? 冒険者と言ったらやっぱり迷宮探索じゃない。せっかく冒険者になったんだもの。楽しみになるのは仕方ないじゃない?」
様々な場所を旅するのも醍醐味だと思うのだけれど、やっぱり迷宮探索は是非ともやってみたいじゃない。
「ふふふ~。心配せずとも~、Dランクへ~昇格するための~試験に~、使われますよ~」
「と言うことは、それほど難易度は高くないのね」
「そ~ですね~。この辺の~迷宮の中では~、一番易し~ですね~。リルと~ウルコットなら~、準備さえ~整えば~、大丈夫だと~思いますよ~」
となると回復系のポーションをもう少し用意して、矢をさらに補充すれば――
『行かねぇからな姉さん!』
「……何よ?」
『「何よ?」じゃねぇよ! 何でいきなり迷宮に突っ込もうとしてるんだよ!? カイルが勝手に手の届かない所に行くなって言っていただろう!?』
――と思ったのだけれど、弟がえらく鋭敏に察して止めてくる。
『ミィエルやセツナからも言ってやってくれ! このままじゃ1人で迷宮に突っ込みかねない!』
「あはは~。リル~、一応ですけど~、Eランクの任務を~、後1つは~こなさないと~、ダメですよ~」
弟の言葉にミィエルは苦笑いを浮かべながら迷宮探索が可能となる条件を述べ、私達が話している間に大半の解体を終えたセツナが首を傾げながら合流する。
「申し訳ございません。セツナの事を呼ばれたのは解ったのですが、エルフ語はまだ理解できておらず、ウルコットが何を仰っていたのかわからなかったのですが」
「うっ……それは、スマない」
「そうよ。咄嗟に出る言葉がエルフ語じゃ連携もとれないでしょう? 今まで勉強をサボったツケよ。さっさと覚えなさい」
「いえ、リルさん。ウルコットは聞き取りが出来るのですから、早急に覚えるべきはそれすらできないセツナの方です! 主様に相応しい“バトルドール”になるためにも、ご指導の程よろしくお願い致します!」
本人に悪気はないのだろうけど、自然に弟を追い込んでいくセツナに私の眉尻が下がる。以前からエルフ語を習いたいと言っていたことだし、セツナの言う事は勿論受け入れるのだけれど。あんたはそれでいいの? と視線だけ弟に送っておくことにする。それよりも気になるのだけれど、
「ならある程度基礎が出来たら、このパーティー内ではエルフ語で話すようにしていきましょう。それより気になることがあるのだけれど、なぜ私だけ“さん”付けなのかしら? 私も呼び捨てで構わないのだけれど」
「……何故かはわからないのですが、リルさんは“リルさん”なのがよろしいのかと思いまして」
「特に理由がないのなら呼び捨てでいいわよ」
「かしこまりました」
何となくカイルが何かしら言い含めていそうな気がするのだけれど、解決したから良しとしましょう。
「話を戻すわね。さっき弟が喚いていたのは、この近くの迷宮に私が勝手に挑戦しようとしている、と思ったからよ。それで止めるようにミィエルとセツナに訴えていたのよ」
「? 別に構わないのではないでしょうか」
何が悪いのだろう? と首を傾げるセツナに、私も同じ思いだと頷く。しかし弟は首を振り、
「俺や姉サンの指導者はカイルだ。カイルの許可もナク挑戦はダメだろウ」
「カイルなら『良い』と言うわ」
「…………」
私の言葉に左手で目を覆って項垂れる弟。相変わらず慎重すぎると思うのだけれど。
そんなやり取りをしていると、セツナが【マジックポーチ】から水晶――【通信水晶】を取り出し、「申し訳ありません、主様?」と話しかけていた。
「お時間よろしいでしょうか?」
『ん? セツナか、どうした?』
「実は迷宮が近くにあるようなので挑戦したいと思っているのですが、主様はどう思われるでしょうか?」
『おぉ? 迷宮の詳細次第だと思うけど、セツナが行きたいのか?』
「違うわ。私が行きたいの」
『ほぅ、言い出したのはリルか』
【通信水晶】を持つセツナに近づき、問題の原因になってしまっている私からカイルに伝える。
「ミィエルに訊いた限りでは、任務を後1つでも片付ければ挑戦することが出来るらしいの。内容的にも初心者用みたいだし、早めに挑戦してみたいのだけれど」
『成程な。近くに迷宮があるなんて知ったら、そりゃ挑戦したくもなるよな。気持ちは解るぜ』
そう言って水晶の向こうで『う~ん』と唸ったカイルは、『別にいいんじゃないか』と肯定する。
『ミィエルが止めない以上、問題のない迷宮なんだろ? なら俺が止める理由はないな』
「シカし、俺タチはまだ冒険者にナりたてダゾ!?」
『ん~……ならこう言うのはどうだ? 現状入場したくとも、任務をこなさないと許可が下りないんだろ? なら許可を取り付けるまで可能な限り迷宮の情報を集めて、集めた情報を精査したうえで挑戦するか決めるって感じでどうだ?』
「確かニそれナラ……しかし、良いノか? コの迷宮はDランクへの試験ヘ使われイるヨウだガ」
『構わんだろ。なぁミィエル? そもそもランクアップの試験に指定されているのだって公開情報なんだろう?』
「そ~ですよ~」
『なら事前の情報収集だって立派なスキルだぜ? “冒険者”ってのは、『危険を冒しても生き残る者』であって、何も考えずに突貫する『死にたがり』じゃねぇんだ。最初のランクアップ試験で試験会場が公開されてるって事は――』
「あらゆる手を尽くして万全を配せ、って事ね?」
『――恐らく、な。冒険者ギルドだって増やしたいのは優秀な人材であって、無鉄砲な馬鹿共を量産したいわけじゃないだろうからな』
『まぁ、俺が試験官ならって見方でしかないから、実際はどうなのかわからんけどな』と水晶の向こうで笑うカイルに、「甘すぎ~ですよ~」とミィエルの非難が飛ぶ。
『通信時間が少ない上に、初回任務についていけなかったんだ。これぐらいはサービスで良いだろ?』
「ありがとうございます、主様」
『俺としてはアイテムをケチらず、通信してくれたセツナにこそ礼を言うぞ。良い判断だ、良くやった』
「っ! はい!」
カイルの賞賛の声に、喜びが全身に溢れる様な笑みを浮かべるセツナ。彼の助言にムッとしていたミィエルも魅了されたのか、つられて笑顔で抱きついていた。まるでご機嫌な仔犬達がじゃれているような光景に、私の頬もつられて上がる。本当に可愛いわね、この娘達は。
「カイル、時間を取らせて悪かったわね」
『構わないさ。リルの気持ちも解るし、ウルコットの慎重さも必要なことだ。正直、相談してくれてホッとしているよ』
「私も少し舞い上がっていたみたいだから、今後注意するわ」
『了解。それじゃあそろそろ時間切れだから切るな。今日の任務も頑張ってな』
【通信水晶】から放たれていた淡い光が消え、通話が切れたことを確認するとセツナは大切そうに【マジックポーチ】へしまった。
「では、採取依頼も頑張りましょう!」
カイルの応援に気合を入れるセツナは、ミィエルと一緒に「やるぞ、お~!」と拳を突き上げる。私も気持ちを切り替えるように一息を吐き、
「その前に、危険の排除をしようかしらね」
「あぁ、行くゼ姉さん!」
解体した時の血の匂いか、はたまた単純に騒いだためか。40mほど先に現れた小さな人影――解析判定:成功――ゴブリン(Lv1)3匹に向け、弟は前に出て、私は矢を番えるのだった。
★ ★ ★
「迷宮かぁ。俺も踏破してぇなっと――〈リファイン〉」
セツナからの通信を切ってからさらに時間が経ち、既にかれこれ数時間〈リファイン〉のみをやり続けた結果――現在では一級魔石の精製も安定化している。
一級魔石の目標値である「16」と言う数値は、俺の〈アルケミスト〉系技能レベル「7」とDEXの基準値「8」、INTの基準値「4」から導き出される数値は「13」となる。ダイスの引きが余程悪くなければそうそう失敗しない数値だ。相性の良い属性ならば、達成値に「1」点程の修正も受けるため、致命的失敗以外の失敗はなくなる。
事実、今回も無事成功だ。今では特級魔石の精製に挑戦できるほどまで溜まっている。
「しかし問題は特級の精製なんだよなぁ」
MPの残量が心許ないため、もう何十本目になるかもわからない【マナポーション】を頭からかぶる。本来は割とすぐ気化されるため不快感はそこまでないのだが、俺自身で回復できるMP量はMP「7」点なために【マナポーション】の消費量が多い。もっと言えば、一級魔石の〈リファイン〉1回につき2本消費しなければMPを補充しきれず、この魔法も効果が直ぐに現れる為、試行回数を増やせば増やすほど【マナポーション】を被るはめになる。結果服が乾く前に浴びる、を繰り返し割と濡れ鼠状態で少々居心地が悪い。寒い所でこんなことをしていたらスリップダメージが入っていることだろう。まぁそもそもそんな環境で実験などしないだろうけど。
「俺が得意とする属性の魔石であれば、基準値が「14」。精製時、さらに〈ドラゴンセンス〉と〈エルダーズノレッジ〉でDEXとINTに補正を加えれば最大で「16」ってところか」
現状で失敗の確率は約9%まで減らすことが出来るが、やはり致命的失敗以外の失敗は避けたい。となるとDEXを一時的に上げるための【デクスタリティポーション】でいいとして――
「INTはどうしようかなぁ……」
どうしたものかと悩む。INTも同様にポーションで上げることは可能なのだが、防御力無視の魔法ダメージに直結するステータス値になるため、高額に設定されている。基準値「+1」を得るために支払う金額が2万Gとなっている。いや、10回に1回の割合で30万吹っ飛ばすことを考えれば安いもんか。
「〈リファイン〉の行使から完了まで凡そ20秒。ポーションの効果が1分だから、最速で行えば2回は出来るか」
よし! と気合を入れて自分の雑囊から【デクスタリティポーション】と【ウィザードポーション】を取り出し、一級魔石も即座に準備できる位置へ。そして、2つのポーションを飲み干し――
「〈リファイン〉!」
――行使判定、成功。
黒の特級魔石が1つ生み出される。即座に次は金の一級魔石を並べ、〈リファイン〉――成功。ポーションの効果が切れる間際にもう1つの特級魔石を創り出すことに成功した。続けて創り出すことが可能な分を集め、再びポーションがぶ飲みからの〈リファイン〉――成功!!
無事に4つの特級魔石を精製することに成功した。
「うっしっ! ここで“連続失敗男”が発動しなくて本当よかった」
振れば不思議な程“致命的失敗”を繰り返す男――ファンブラー。LOFでも割と致命的失敗率が高いやつに送られる不名誉称号。この呪いに取りつかれると、ダイスを振ることが恐ろしくなり、結果固定値しか信じられなくなる精神疾患に見舞われてしまう恐ろしい呪いだ。さらに悪化すると口プロレスのみでダイスを振ることなくクリアを目指す“和マンチ”が誕生する。まぁそれができるのはLOFではなく、邪神だらけのTRPGとかになるのだけれど。
「カイル君、調子はどんな感じかしら?」
「とりあえず黒と金、白と青の特級魔石が1つずつって所ですね」
「あら、随分順調ね。この調子なら必要な魔石を揃えるのは割と早そうね」
少し疲れた顔で奥の部屋から出てきたアーリアに、周りに散乱するポーション瓶を“バトルドール”に掃除してもらいながら成果報告をする。
「一応成功率は安定させられそうではあるんですが、必要なアイテムが多いんで割に合うかはわからないですね」
「デクポとウィズポでブーストしたのね。あたしとしては命を懸けずに済むうえに時価なのだから、十分プラスだと思うのだけれど」
「個人的には相応の魔獣あたりを狩った方が楽ですかね」
まぁ現実じゃ俺が得意とする物理特化系で、Lv14以上の魔獣がわんさかいるところなんて早々ないだろうけどさ。あったらこの世界の人々からすれば魔窟よ魔窟。
「アーリアさんの方はどうですか?」
「順調よ。【ブランクカード】に術式を刻むまでを考慮して、1枚出来上がるのに3日って所かしら。最初が完成すれば、後は1日ごとに1枚作れるわね」
「じゃあ俺はそれまでに魔石を揃えればいいんですね」
「えぇ。黒が5つ、白と青が2つずつね」
「1回につき最低270万Gのギャンブルとか、手が震えるなぁ」
「成功確率を考えたらそれどころじゃないのだけれどね」
現状成功確率は目算で1割。とてもじゃないが勝負に出る数値じゃあないよね。
「あたしとしても無限にお金があるわけではないのだから、目標としては3度目までに成功させたいわ」
「気持ちはわかりますけど、ちぃっとばっかし分が悪くないですか?」
「心配しないでも、そのぐらいまで持ってけるようにするわよ。そのためにあんたに特級魔石を精製してもらっているのだから」
「もしかして、俺が精製することに意味がある感じです?」
間の抜けた俺の質問にアーリアは「当然じゃない」と頷き、
「術者の魔力と親和性が高ければ高いほど成功率は上がるわよ。これは過去の実験で証明されていることだから安心して。そのうえで、あたしの今までの経験と知識、技術を駆使して土台をつくり、本番であたしとあんたが呼吸を合わせることができれば――推測で最大5割まで持っていけると思っているわ」
「マジですか……」
TRPG時代でもどうしようもない運ゲーだった仕様を、50%までもっていけると。ははは、マジアーリアさんぱねぇッスわ。おかげで俺のやる気も漲りますよ!
「ご不満かしら?」
「とんでもない! むしろやる気が漲りますよ! 何なら今日中に1セット揃えましょうかねぇっ!」
「……さすがにやめておきなさい。もういい時間なのだから。あの娘達もそろそろ帰ってくるでしょうし。何より――」
改めてアーリアは“バトルドール”が並べ、積み上げた空き瓶と魔石クズの山、次に俺を改めて見て苦笑いを浮かべ、
「――食事の時までポーションの香りを嗅ぎたいとは思わないわ」
「……そッスね」
体臭までもポーション臭に塗れていそうな俺も、同じ思いで大きく頷くのだった。
これ、ミィエル達が戻ってくるまでにおちるかなぁ? いや、マジで……。
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