第99話 一方その頃初めての冒険者達は
リル視点のお話です
「任務の受注は冒険者ギルドでやるのね」
“歌い踊る賑やかな妖精亭”を後にした私達は、冒険者として初の任務を受けるために再び冒険者ギルドに訪れていた。
「あはは~。セっちゃんの~ことも~ありますけど~。“妖精亭”は~、Cランク未満の~任務は~卸して~ないんですよ~」
「今更受ける様な人員もいないものね」
「マスタ~が~、新人の~受け入れを~、しませんから~」
眉尻を下げながら苦笑いを浮かべるミィエル。私はと言えば、何で冒険者の宿なんてやっているのかしら? と至極普通の疑問が思い浮かんでいた。
「何故アーリア様は冒険者の宿を経営されているのでしょう?」
頭の中で浮かんでは口にしなかった疑問を、セツナが同じタイミングで口にする。弟も同意するように頷くので、ミィエルは顎に手を当てながら不敵に微笑み、
「その方が~、カイル君~みたいな~、面倒事に~、出遭える~でしょ~?」
物凄く似ているモノマネに一同拍手を送る。間延びした口調でなければ完璧だった。ただ言ってる内容は、それで良くギルドから経営が認められているわね、と思うものだけれど。
「アーリアさんってザード・ロゥでどれ程の影響力を持っているのかしら?」
「ん~、領主程は~、持ってないと~思いますよ~? ただ~、宿の経営が~、道楽でできる~程度~、ですよ~」
『つまり領主に近い程の権力者ってことなのか……』
権力者から認められなければ経営に携わることも出来ないことを、道楽で出来る程度、と言えるだけ十分驚異的な事なのだけれど……。
弟と視線を合わせ、絶対にアーリアさんと敵対してはいけないと頷く。カイルと出会ってから、本当に刺激に尽きない日々だと思う。
冒険者ギルドのロビーを横切り、依頼が張り出されている掲示板に寄ることなくミィエルはカウンターへと足を運ぶ。向かった先のカウンターにふわっとした栗色の髪をした可愛らしい『人族』の女性が座っており、私達の姿を見て裏表のない笑顔で出迎えてくれた。
「あら? おはようございます、ミィエルちゃん」
「おはよ~ですよ~、ラナ~ちゃん。今日は~、パ~ティ~登録と~、任務の~受注を~、お願い~します~」
「はい、本日は新人パーティーの登録ですね。それはそうと、今日は彼と一緒じゃないのですか?」
「はい~。今日は~、お留守番です~」
「そうですか……それは残念です。お昼でもご一緒しようと思っていたのですが」
「む~!? ラ~ナ~ちゃ~ん!?」
「あは♪ そんなに可愛らしく剥れないでくださいよ、ミィエルちゃん。余計に揶揄いたくなってしまうでしょう?」
膨れた頬を愛おしそうにつつく受付嬢は、一息を入れた後に改めて視線を私達へ向ける。
「じゃあ続きは今度にするとして、早速申請を済ませてしまいましょうか。今回はそちらの新人冒険者3名に、監督官としてミィエルちゃんが付きそうという事でいいでしょうか? 任務はチュートリアル任務である採取と、ミィエルちゃんが同行するなら、軽い討伐任務もセットでいかがでしょう?」
「唐突に仕事の話に戻るのね」
「ではエンブレムを提出していただけますでしょうか?」
さらっと突っ込みをスルーする受付嬢――ラナーに、私達は付けていたエンブレムを渡していく。今日は採取任務だけのつもりだったのだけれど、考えてみれば新しい装備の具合を確かめる意味でも丁度良いのかもしれない。
「対象にも~よりますね~」
「ボーアですね」
“ボーア”とは、少し狂暴なイノシシの事だ。確かに“ボーア”程度なら私や弟だけでも問題なく狩れるだろうし、丁度良いわね。
「ボーアぐらいなら大丈夫よ」
「でしたらお願いします。それとパーティー名とリーダーが誰なのか教えていただけますか?」
「リーダーは、姉サンだロ?」
「はい。リルさんがリーダーでよろしいかと」
「将来~〈コマンダ~〉も~伸ばすので~、丁度良い~ですね~」
「……まぁ別に構わないわ」
「はい。ではリーダーはリルさんですね。任務完了しましたら、必ずリーダーであるリルさんが報告にいらしてください」
満場一致で可決されたため、パーティーリーダーは私という事になった。前衛よりも後衛の方が指示を出しやすいわけだし、パーティーの構成的にも納得ではあるのだけど。
「パーティー名はどうなさいますか?」
「そう言えば私も知らないわ。決めてあるのかしら?」
「ふっふっふ~。もっちのろ~ん、ですよ~!」
「はい! 主様が考えてくださいました!」
私の疑問に対し、「待ってました!」と言わんばかりに可愛らしくドヤ顔で胸を張るミィエル。そして笑顔でネタばらしを入れるセツナ。本当にこの2人は息がピッタリね。でも――
「考えたのはカイルなのね」
恐らく2人――主にミィエルに頼まれて断れなかったのでしょうね。私もこの可愛らしい2人に懇願されたら断れないもの。「それで、何て名前なの?」と促すと、ミィエルとセツナは目を合わせて微笑み、声を揃えて発表した。
「“瑠璃の庭園”――」
「――“アズ~ル・ガ~デン”ですよ~!」
「良い~名前でしょ~?」と満面の笑顔に、つられてこちらも頬が緩む。まぁ考えたのはカイルなのだけれど。
それにしても“瑠璃の庭園”、ね。成程――
「とても愛されていて、良いパーティー名ね」
「えぇ本当に。妬けてしまいますね」
「ま~でも~、しょうがない~ですよ~?」
「?」
私とラナーの視線はミィエルに向けられ、ミィエルはセツナへと視線を向ける。セツナは視線の意味が解らず首を傾げ、「もしかして」と前置きをして質問を口にする。
「皆さんはパーティー名の由来をご存じなのですか? 主様に質問したのですが、お答えを濁されてしまいまして」
あら、意外。カイルなら気にせず話すと思っていたのだけれど、本人達を前にして言うのは憚られたのかもしれないわね。
想像して思わず笑みが漏れる私に、セツナはコテンと小首を傾げる。
「セっちゃ~ん。名前の~由来は~ですね~」
「はい」
「セっちゃんの~核の~天藍石が~、由来~ですよ~」
「ラピスラズリ――別名“瑠璃”と呼ばれる宝石の事です。成程、その意味も含まれていたのですね」
「ん~? ラナ~ちゃ~ん。他にも~何か~あるんですか~?」
「……その様子だと、ミィエルちゃん。気づいていなかったのですね」
「?」
顎に人差し指を当てて首を傾げる仕草はあざといぐらいに可愛らしいく、しかしミィエルだからこそ受け入れてしまう自然さがあった。しかしミィエルは自分のこととなると随分と鈍いのね。
「相変わらず、ミィエルちゃんはこういう事は鈍いんですね」
「む~……もしかして~、リル達も~わかってたり~します~?」
「ミィエルが言った由来だけじゃないの? 私には想像もつかないのだけれど」
「……嘘~、ですね~」
射貫くような視線に、さすがにミィエルを出し抜くことはできないかと苦笑いが浮かぶ。
さて、どうしたものかしら。カイル的には黙ってあげていた方がいいのかしらね?
私が困った表情で悩んでいると、「あくマデ想像、ダガ」と弟が代わりに答えを口にした。
「カイルはミィエルさんヲ、ネモフィラに。セツナをラピスラズリになぞらえたノデはないかト、思ウ」
「ふぇ?」
「ねもふぃら、ですか?」
「セツナは知らないのね。ミィエルの髪の色みたいに綺麗な色をした小さくて可愛い花よ。別名“瑠璃唐草”と言って、花言葉は『可憐』『どこでも成功』だったかしら」
弟が紡ぐ推測に私も補足を述べていく。
「ネモフィラとラピスラズリ、2つの“瑠璃”が所属するパーティー。だから“瑠璃の庭園”なんでしょうね」
「瑠璃色ではなく、瑠璃そのものを名に冠するなんて、彼はお二人のことをとても大事にされているのでしょう」
にんまりとした笑みを浮かべて眺めるラナーに、ミィエルはと言えば気づくどころか、両頬に手を当てて赤くなっていく頬を隠すのに必死だった。
「それに“庭園”とは、身分の高い方々からすればその家の“顔”とも言える場所。理想の世界を体現されたものと言われる所なのですから、彼が望む「理想のパーティー」と言う意味もあるでしょうね」
『それだけじゃないだろうな。ラピスラズリにも『成功の保証』や『幸運』と、ネモフィラと同じ「成功」の言葉があることから、『成功の女神・ラキュレンティーネ』とかけて「成功が約束されたパーティー」なんて意味も含まれていそうだ』
「うふふ。私も殿方に“勝利の女神”なんて言われてみたいですね」
「~~~~~~っっ!!?」
ついに真っ赤に染まった顔を隠しきれなくなったミィエルは、セツナの後ろに隠れるように顔を隠した。「あは♪ 可愛い~♪」とミィエルの態度に喜びを見出す姿はどうかと思うけど、問題なくエルフ語を理解しているあたり、さすがは冒険者ギルドの受付嬢ってところかしら。
「それでは、パーティー名は“瑠璃の庭園”でよろしいでしょうか?」
ミィエルを揶揄うことに満足したラナーが本題へと戻すも、セツナが「あの」と手を上げて続きを述べる。
「同じ名前で2つのパーティーが活動することはできるのでしょうか? 最終的にセツナ達も主様と合流するのですが、ランクアップまではほとんど別行動となると思うのですけど」
「問題ございません。同じパーティー所属でありながら、別の任務を受けることもございますから」
「そうなのですね。教えていただき、ありがとう存じます、ラナー様」
「っ! いいえ、今後も何かございましたら私に問い合わせくださいませ、セツナちゃん」
「はい!」
セツナの笑顔にデレっとした顔で答えるラナー。可愛いものが好きなのはわかるけれど、露骨に今後も自分を頼ってほしいと言うのはどうなのでしょうね。とにもかくにも、任務受注できたのだから早速行動に移しましょう。
「じゃあ手続きは以上でいいのね?」
「はい。依頼達成までの期間は3日となります。それでは、良い冒険を」
ラナーからエンブレムを受け取り、冒険者ギルドを後にする。
しばらく歩いて、セツナの背中に隠れ続けていたミィエルが、ようやっと顔を出してくれたところで「少しは落ち着いたかしら?」と声をかける。
「はい~。ご迷惑を~おかけしました~」
「別に迷惑だなんて思っていないわ。ただ初心すぎる反応は、あー言う手合いの玩具にされちゃうわよ?」
「う~。わかっては~いるんですけど~」
「はぁ~」と肩を落とすミィエル。
「でも~、リルだって~、異性に~『勝利の女神だ~』なんて言われたら~、少しは~取り乱すんじゃ~ないですか~?」
ミィエルのむくれた視線を受けながら、ミィエルがあそこまで反応を示したのは間違いなく“異性”とだからではなく“カイル”に言われたからでしょう、と内心で突っ込みつつ、では同じ立場で私がカイルに言われてどう思うかを考えてみる。
「リル、君は俺の勝利の女神だ(にやけ面で堂々とのたまうカイルの顔)」
……揶揄われているとしか思えないわね。
なんせ想像するカイルの笑みが、カイルと初めて会った日の夜空の下で会話――あの時と同じ腹の立つにやけ面しか思い浮かばないのだから。
せめてあと70年若かったなら、私もミィエルと同じように取り乱した可能性もなくはないのだけれど。
「ごめんなさい、イラっとして頬を引っ叩く未来しか浮かばないわ」
『なんでだよ……』
私の答えに、何故か弟が頭を抱えながら最速で反応した。私としてはなぜ弟が突っ込んだのかが理解できないのだけれど。
「リルさんは主様に褒められるのは嫌なのでしょうか?」
「そうじゃないのよ。私自身がカイルの言葉を受けても、褒められていると言うより揶揄われているって印象になっちゃうのよね」
「……なんか~、仲の良い~幼馴染~みたいな~感じですね~」
「出会ってまだ数日なのだけれどね。でもミィエルの言うような、馴染みの友達って感覚は強いわね」
「じゃあ~、リルは~カイルくんを~、意識することは~ないってことですか~?」
「そうねぇ――」
考えてみても異性ではあるけれど、恋愛感情が動くような感じではないのは確かなのよね。『人族』と『エルフ族』の美醜の感覚の差はあれど、カイルの容姿は悪くないし、性格だって気の置けない感じで好感触。実力なんて言わずもがな、文句の言いようもない。若いわりにお金遣いは荒いけれど、それを補えるほどの稼ぎもある。物件としてはとても優良なのだけれど、私の場合は何といっても寿命差がネックとなるのよね。
「――定命種なのが悔やまれるわね」
「それは~……ど~しようも~、ないですね~」
「えぇ。だから、ミィエルからカイルを盗るようなことはないから、安心して」
「寿命差が~、解決しちゃったら~別って~ことですよね~?」
「ふふ、そうかもしれないわね」
そうは口にするものの、現状で寿命が解決できたところで、カイルへの印象が変わるようなことはないのだけれど。
「むしろ私としては、ミィエルがどうしてそこまでカイルを好いているのか、という方が気になるのだけれど?」
「ふぇ!?」
カイルの身の上話を聞く限り、ミィエルと知り合ったのはフレグト村を出てからと、ほぼ私と関わった日数は変わらないもの。確かに《決闘》でミィエルをストーカーから守って見せていたけれど、彼女はそれ以前からカイルに好意を抱いていたと思う。一目惚れ、と言われればそれまでなのだけれど。
「セツナも気になるわよね?」
「はい。セツナもミィちゃんと主様の馴れ初めは存じ上げませんので、興味があります」
「セっちゃんまで~!?」
「うぅ~」と唸るミィエルを見て、私も徐々にとある心情が刺激され、浮かびそうになる笑みを抑えながら「どうなのミィエル?」と先を促す。
「そ、それは~……」
「「それは?」」
セツナまで巻き込んで声を揃える私に、ミィエルは頬を紅潮させながら、
「ひ、秘密~、です~!!」
ぴゅーっと逃げるように走って行ってしまった。「待ってください、ミィちゃん!」と追いかけるセツナの背を見ながら、私はと言えば、
「あの受付嬢がミィエルを揶揄いたくなる気持ちがよくわかるわ」
『性格悪すぎるだろう姉さん……と言うか二人とも待ってくれ! 速すぎるっ!』
今度杯を交わしてみるのもいいかもしれないわね、と思いながら、弟と一緒に慌てて2人を追いかけるのだった。
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