第9話 走れカイル。スペックのままに
月明りの下。エルフの美少女と夜会話が終わったと思ったら、今度はエルフの美男子との夜会話とは、イベント盛りすぎじゃない?
しかもその手に得物持ち。いやぁろくなことになりそうにないね!
「それで、そんな物騒なもんもって何の用だい?」
『俺には疑念があった』
「……すまないが共通語で話してもらえるかい? エルフ語はわからないんだ」
俺の言葉に応える気はないと言わんばかりの沈黙。だけど――
「ウルコット、あんたほんとは共通語わかるんだろ?」
――共通語が話せる姉がいて、冒険者であった父が居て、共通語の先生になる母がいる。その環境で共通語を話せないわけがない。
根拠はそのぐらいだが核心に近い言葉を贈れば、果たして回答は訪れた。
『あんたもエルフ語わかるんだろ? ならこっちで話してくれよ。生憎聞き取りはともかく、喋るのは得意じゃないんだ』
『……成程。そう言うことか。聞き取れるけど喋れない。だから話ができないってわけか』
俺は何の謎解きしてるんだ? まぁそんなことは良いか。会話を円滑に進めるうえでも、俺は覚えたてのエルフ語で話を続ける。
『いつから気づいてたんだ?』
『お前が狩りに参加したあたりからだ。俺たちが喋る言葉がわからない、と言う割に聞き分けが良すぎた。村に戻ってから話を聞けば、すれ違えば挨拶をしていたらしいな。挨拶の流暢さとは違和感が残る返事をしながら。だからカマを掛けてみた。反応がなければ引き返すつもりだった』
……まじで? 俺がひっかかったの? カマかけた俺が逆カマ掘られた的な感じか、これ。間抜け過ぎない? あーでも待てよ。ここでお互いわからない振りをしてたら、客観的に見てドヤ顔2人が会話成立せず解散、と言う悲しい絵面になったわけで。うん、これでよかったんだよ、うん。とりあえず強気で話しかけちゃったし、このスタンスで行くとしよう。
『それで、まんまと引っ掛けて満足かいウルコット』
『本題はこんなことじゃない。嘘を吐かず本心を語れ。お前の目的はなんだ?』
『目的? 単純だよ。今俺が置かれた立場を正確に理解し、生きていく術を知ること。もし仲間が俺と同様に来ているのなら合流すること。さらに言えばアルステイル大陸へ行き、大事な誓いを果たすこと』
もう1つ、可能であれば俺をこの世界に呼んだものが何なのかを突きとめること。こんなところかな。声に出して整理するように告げれば、うん間違いない、と納得できる。
『あくまでフレグト村に立ち寄ったのは、今夜の寝床を確保することが目的だ。もう枝の上で寝るのは勘弁してほしかったんでね』
『どうせ街まで行くのに枝の上生活じゃないのか?』
……考えないようにしていたことをこいつ。
『まぁお前のこの先などどうでもいい。つまりこの村に何かをするつもりはないってことだな?』
『疑うのは自由だが回答はYESだ。あまり長居するとお姉さんに悪影響を及ぼしそうだし、明日の朝にでも発つつもりだ』
『……そうか』
うーん、なんだろなぁ。最初は姉に付きまとう虫的な警戒かとも思ってたんだけど。言葉は粗野だが姉が姉だけに知力高い気がするんだよな。
『なぁウルコット。お前は何をそこまで警戒してるんだ?』
『……よそ者のお前には関係ないことだ』
『確かに俺はよそ者だけどさ。恩義を感じてる人たちに何かあるなら、手助けぐらいしたいと思ってるぜ? まぁ余計なお世話だっていうならしかたねぇけど』
『…………』
目を伏せ、しばしの無言。ウルコットは剣を収めると俺に背を向けた。
『……あいつらを助けてくれてありがとうな。助かった』
これが最後の言葉と言わんばかりに、ウルコットは闇に紛れていった。
あー、なんだ。俺の好感度の足りなさは自覚できてる。ぶっちゃけ1日もないのに好感度上げようってのが難しいだろ。コミュ力お化けでもない限り。
俺がGMなら、ウルコットとのこのイベントはきっかけとして使う。メンバーが複数いれば、ウルコットとの好感度を上げる役割を与えたPLに任せて、このタイミングで情報を与えるだろう。俺しかいないからリルの好感度は上げられたかもしれないが、ウルコットまでは手が伸びなかったな。するつもりは……まぁなかったかもなぁ。
「と言うか、こんなゲーム的な考えしてる方がおかしいのか」
ここは俺がシナリオを考えているTRPGの世界ではなく、現実だ。考えすぎもよくないか? まぁでも、用心しすぎても悪いことはねぇよな。
しばらく夜空を眺めつつ周辺の気配を探ったが、もうお客さんは来ないらしい。であるならば――
「さて、寝る前にやることやっときますか」
★ ★ ★
あぁ、なんて目覚めの良い、良い朝なんだ……っ! 屋根が! 布団が! あることが! こんなにも! すばらしいっ! なんてっっ!! 実に感動的だっっっ!!!
日本で使っていたマットレスとは比べるべくもないが、煎餅布団とも言えるような寝具でさえこの清々しい目覚め! スペック高いこの身体でも枝の上で寝るのは結構痛かったんだよね。
お、そうだ! STMを確認してみよう。どれどれ――
名:カイル・ランツェーベル 17歳 種族:人間 性別:男 Lv13
DEX:47(+2) AGI:43(+1) STR:36 VIT:35 INT:24 MEN:27
LRES:18 RES:19(+2) HP:76/76 MP:77/77 STM:89/100
――89! やはり休息の質にも回復量が上下するのか! ってことはやっぱりテントと寝袋ぐらいは欲しいよね!
気持ちの良い寝覚めに伸びをするだけで起きた身体を動かし、早速借りた屋根裏部屋を掃除する。一晩とは言え寝させてもらったのだ。使った後はしっかりと掃除するべきだ。時刻は朝の5時。出発まで余裕はある。
掃除が終われば次は日課とも言える魔法〈スケープドール〉を人形に付与し、腰のベルトに吊るしておく。この魔法は使用しない限り効果は1日続く、如何なるダメージも代わりに引き受けてくれる呪い人形だ。この準備を怠って痛い目を見たことがあるので、絶対に忘れないようにしている。後は――うん、これでよし。
荷物良し、掃除良し、忘れ物なし。
巾着バッグを肩にかけ、世話になった屋根裏部屋に一礼をして下へ。
「おはようございます」とバファト夫妻に挨拶をし、せっかく誘ってもらったので朝食もいただいてしまった。
「すみません。朝食に、地図までいただいてしまって」
「いえいえ。久しぶりに私も心躍る話が聞けました。こちらこそお礼を」
「喜んでいただけて安心しました。リルから話を少し伺ったのですが、息子さんにもご挨拶したかったと思っております」
「それでしたら、最寄りの街であるザード・ロゥにあるマイルラート神殿にいるはずですから、訪れてみてはいかがですかな?」
「ではご挨拶に伺おうと思います。何か伝言等あればお伝えしますよ」
「ははは。お気遣いは無用ですよ。3カ月に1度ぐらいは帰ってきますから。急がなくても後一月もすれば戻ってきますよ」
「そうでしたか。では短い間でしたがお世話になりました。また機会があれば立ち寄らせていただきますね」
「えぇ、良い旅を。カイル殿」
村の入り口まで見送りをしてもらったバファト夫妻に改めて別れを告げ、歩き出す。話では馬なら3日の距離だったか。徒歩なら9日くらいか? 走れば馬より早いこの身体なら3日もかかるまい。なーに屋根のある場所、しかも布団で寝たのだ。今の俺のコンディションは万全だ。朝食込みでSTMも100まで回復している。恐れるものはない。
「カイル!」
「ん? リルか。なんだ見送りに来てくれたのか」
フレグト村から歩いて10分。もう村は見えないが、馬を駆ってまでリルが見送りに来てくれたらしい。確か朝の仕事の時間と被ってて、見送りは難しそうなので伝言だけ残してきたのだが、律義に来てくれたらしい。わりと嬉しいもんだね。
「見送りと言えばそうなんだけど……本当に歩いていくのね」
「残念ながら馬に乗れないんだ、俺」
「……馬に乗れない冒険者なんているのね」
「なんなら実演してみせようか?」と言い、馬を降りたリルの代わりに乗馬しようとする。が――俺が乗ろうとした瞬間、馬が怯えのあまり俺が乗れない距離まで離れていってしまったのだ。
「……冗談みたいなことが起こるのね」
「呪いみたいなもんだよ」
離れた馬をリルが嗜めて戻ってくる。そう、俺は生き物に乗ろうとすると、生き物が恐怖のあまりに離れて乗せてくれなくなるのだ。何故か? 答えは簡単だ。そう言う設定に俺がしたからだ。つまりは俺の所為。
「実力と言い呪いと言い、冗談みたいな存在って本当にいるのね。まぁそんなことはいいわ。それより、約束、忘れないでよね」
「おぉ、本当に村を出て冒険者やるならな」
「やるわよ、必ず」
「そっか。そうだ、街に行くついでにリルの婚約者に会ってくるよ。親父さんと将来の嫁さんにお世話になったってな」
「じゃあ伝言頼まれてくれない? 早く村に神殿建てて担当しなさいって」
「了解。伝えとくよ」
「うん。じゃあ気を付けてね、カイル。私が合流するまで死ぬんじゃないわよ?」
「はいよ。じゃ、リルも気を付けてな」
「? 貴方もね」
「おう。『また後で会おう』」
「っ!? カイル貴方――」
にっと笑ってエルフ語を披露すると、俺は馬より早い足で走り出す。リルの声はもう聞こえない遥か彼方だ。息が切れない程度にダッシュをして距離を稼ぐと、再びまったりとした徒歩へと戻す。
さて、今後の方針を決めなくては。
まずは街に行こう。街に着いたら冒険者ギルドを探して、ビェーラリア大陸で冒険者として活動できるようにしよう。身元不明の旅人と冒険者では何かあった際の扱いも変わってくるはずだし、拠点となる宿も紹介してもらえる。ついでに盗賊ギルドの紹介もしてもらえるならしてもらいたい。
後は物価の確認と武器・防具のメンテナンスを頼める鍛冶屋の確保。クォーラル地方の冒険者の質の確認。俺のレベルが、街にどれ程の影響をもたらしてしまうのかを確認しなければならない。
後はバファトの息子に挨拶&可能な限り情報収集。当面はこのぐらいかな?
「さて、時間との勝負だな」
街まで馬で3日ということは距離にして凡そ200~250kmぐらいかな? 確か馬って休憩も挟むから1日80kmぐらいだったような気がする。これが行商人からの話を参考にしているなら、馬車だからそれよりも短くなるはずだけど。
現状スタミナがどれほど続くかはわからないけど、俺が全力で走っていけばデータ上、防具武器をフル装備したうえで最低でも時速45kmぐらいは出せるはず。あれ? でも馬って長距離は時速50kmぐらいで走れなかったっけ? 俺のAGIは馬のデータを鑑みて1.5倍相当。となると時速70kmオーバー足りえるのか? 装備をある程度外して巾着バッグの中に突っ込んで身軽になればあるいは……
わからん事考えても仕方がない。どちらにしろだから5時間走り続けることができれば到着できるってことだよね。十分頭おかしいスペックしてると思うんだ俺。
まぁいい。つまり本腰入れて移動すれば、少なくとも1日でたどり着くことは容易ということになる。つまり頑張れば2日で往復できてしまえるわけだ。休憩挟まずいけるなら、1日で往復も可能って話だけど。
試してみたいなぁ。俺正直ただ走るのってすげぇ嫌いだったんだけど、こっち来てからは身体動かすの楽しいんだよね。自身の限界も確かめておきたいし。一丁やってみますかね。
帯剣ベルトに吊るしてある4本を巾着バッグへ仕舞い、ウェポンホルダーを利用して背中に固定。二度三度足の状態を確認。ステータスを頭の中でウィンドウとして開き、STMを確認。朝飯食って100。こいつがどう減っていくのかついでに確認するとしよう。よーい……どんっ!
一歩目から全力で前へ。足場は決して良くないが、身体能力にものを言わせて前へ。地面を蹴る度に全身に風を感じ、進んでも大して変わらぬ景色が瞬き1つの間に通り過ぎていく。元の俺なら100mも走れば息切れしてるだろうが、かれこれ体感10分程走って少し息があがってきたかと言う程度。
STMは98と減っているが、この調子で固定値の減少であるならば1時間で12、5時間ぐらい余裕で走り続けられる計算になるな。まぁ固定値なら、だけど。何にしろ息があがるまで前へ。結果――
「すぅぅうう…………ふぅーー」
約一時間ほど走って一旦息を整える。息も切れ切れ、と言うわけではない。全速力で一時間走って息があがる程度。そしてSTMの消費は合計で27。走り続けた結果、STM消費量は連続行使に比例して消費量も増大するようだ。
逆を言えば休憩さえしっかりと挟んでペース配分をすれば、消費量は抑えられるということでもある。まじで今日中に到着しようと思えばできそうだ。
水袋を傾けながらゆっくりと歩く。まだ街道らしき街道には出ない。と言うか行商人はあの村に行くだけでも相当な苦労を強いられるんじゃないかこれ? 一応小さめな馬車なら問題なく通れるだろうけど、よく来てくれるな。
先程のSTM消費量から考えてペース配分を調整しつつ、進むこと4時間。街道と呼んでも差支えがない場所まで出てくることができた。かれこれ150km以上は走破してきたにも関わらず、多少の疲れしか感じていない俺自身に驚嘆しつつ、腹が減ったので昼食に。朝食の残りとしていただいた弁当がとてもありがたい。
まったり弁当を食べながらSTMを回復していると、街方面から2台の馬車がその身を揺らしながら走ってくるのが見える。丁度良いと声をかけることにした。
おーい、と手を振ると気づいた御者が、俺の近くで馬車を止めてくれた。見た感じ商人の馬車かな?
「どうかされましたか?」
「すみません、ここからザード・ロゥまであとどれくらいか教えてもらえないかと思いまして」
「あぁ、それでしたらこの街道を進んでいけば、徒歩なら後半日ってところですかね」
わりと近くまで来れていたらしい。馬で3日の工程を徒歩で半日とか笑うしかないだろう。
「それはよかった。それならもう迷わずに済みそうです」
「街道沿いに行けばたどり着けますから、安心してください」
「ありがとうございます。まさか薬草採取で迷ってしまうなんて……」
「ははは。冒険者の方でしたか。もしや駆け出しですかな?」
「お恥ずかしながら」
苦笑いを浮かべつつ、業者の男が首から下げているマイルラート神の聖印を見つめる。「神官様はどちらに向かわれるんですか?」と問う。業者は首に下げられた聖印を持ちつつ、にこやかに答えてくれた。
「私は信者だけど神官様ではないですよ。ただのしがない商人です。これからお得意様の村に向かっているところですよ。定期的に足を運んでいるもので」
「そうだったんですね。でも村なんてあるんですか? 俺はそっちの方から2日程歩いてきたんですが、見渡す限り森と山しかありませんでしたよ?」
「この森を超えた先にあるのですよ。高品質な薬草などを育てている村でしてな。少々手間はかかりますが、利益は出るのでこうして定期的に向かっているのですよ」
「なるほど。それにしても大きな馬車で2台も、なんて大丈夫なんですか? 見たところ護衛もいませんけど」
「この森はそこまで危険はありませんからね。慣れた道ですし、大丈夫ですよ」
「そうですよね。俺も2日ほど彷徨っても、命の危険はなかったですし」
にこやかに話していたが、2台目の御者がいい加減にしろ、と言う視線を向けてきたので「お引止めして申し訳ありませんでした」と別れを告げる。明らかに大きすぎる馬車が、森へと入っていく。
「慣れている、ねぇ……さて、取り合えず街へ急ぎますか」




