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プロローグ

 貴方達は走る。ただ真っすぐに、最短でたどり着くために。目に映る光景全てを置き去りにするように。




 そこは地獄絵図と呼ぶにふさわしい場所だった。


 本来は殺風景な荒野でしかないこの場所を、今は様々な物体が所狭しと凄惨に飾り付けている。


 持ち主を失い、突き刺さる剣。柄が折れ使い物にならない槍。砕かれ己が使命を全うした盾。主を背に乗せ、颯爽と荒野を駆けていただろう馬は首を失い、栗色の毛を赤黒く染めて倒れ伏している。


 視界に映るトラスティーデ王国の紋章を刻んだ銀色の鎧は例外なく全てが赤褐色に染まり、ある者は両腕を失い倒れ伏し、ある者は恐怖の表情を浮かべて下半身を失い、ある者は胸部を2本の槍で貫かれ力なく首を垂れている。


 その数は優に100を超えている。


 目を閉じれば鮮明に思い出せる。数時間前まで酒を飲み明かし、語り合った屈強な騎士達の姿。しかし今目に映る光景は、恐怖や無念を滲ませ赤黒く染まった荒野に沈む亡骸の数々だった。



 貴方達は走る。命が尽き果てる前に託された彼らの願い――ユースティア姫を救ってほしい。その願いを叶える為に。



 果たして君達はたどり着く。亡骸と血の臭気がより濃くなる目的の場所へ。


 死体から流れ出る血液がまるで湖のように広がる中心。そこに君らの知る――他人を惹きつける美しい瞳で「民を、国を守るのです」と笑顔を浮かべた少女――ユースティアの姿ではなかった。


 聖女と謳われ、天使のごとき光の翼は今や黒く染まり、純白の甲冑は同じ紋章の抱く同胞で紅に染めあげていた。


 君たちを見るその瞳はかつての光を失い、血の涙に濡れ、掠れた声で貴方達に乞う。



――殺して、と。






★ ★ ★






「と言うわけでボス戦です。まずはアナライズダイスとイニシアティブダイスをお願いします。目標は22と25です」



 俺はプレイヤーたちに目標値を宣言し、判定を促す。判定は問題なく成功し、堕とされた聖女のモンスターデータを公開する。



「それといつも通り俺のキャラクターはNPC扱いとし、戦闘面では補助のみを行うよ! 皆が欲しいと思う補助がなければGM判断で勝手にターン開始時に行うのでよろしく! 彼我距離は20mね。当然ダイスは振るよ」



 モンスターデータを公開したら作成していたアイコンをフィールドに表示させ、プレイヤーキャラクターと既定の間隔を空けて配置。



「状況次第ではユースティアを救うこともできるから頑張ってね。まぁ助けなくて話は進むから、自分たちが”おいしい”と思う選択をどうぞ」



 さーて、助けるルートは案外難しいけど、どうするかなぁ?


 ニマニマしながらプレイヤーたちとNPCのRPを挟みつつ戦闘を開始し――




★ ★ ★




――時計を見れば時刻は午前3時過ぎ。


 さすがに暖房をつけていても冬の深夜はよく冷え、隙間風に思わず身を震わせる。


 視線を正面に戻せば、パソコン画面に表示されているのはWordに打ち込まれた文字の羅列と、先ほどまで通話中だったボイスチャットアプリ。そして今まさに白熱し、仲間とともに笑いながら行ったオンラインゲームの画面。



「ふぅ、楽しかったなぁ。ただ、正直ボス戦はもうちょっと何とかできたなぁ。まさかあんな方法でさくっと助けられるとは……」



 思わず思考が声に出る。独り言を言う癖があるとは思ってないが、もしかしたら結構言っているのかもしれない。


 だがそんなことは些細なことで。画面上に表示されるボスアイコンとステータス。そしてプレイヤーたちのアバターたるプレイヤーキャラクターのステータス表示画面を見て唸る。




 ちなみにだがオンラインゲームと言っても、誰もが想像するようなMMORPGではない。


 画面上には自作したキャラクターアイコンと様々な判定を行うサイコロが複数表示されている。


 そう。これはTRPG『ロスト・オブ・ファンタズマゴリア』のオンラインセッションを行ってきた画面である。


 TRPG――テーブルトークTPGとも言われ、デジタル化されたゲームではなく、紙とペンとサイコロ、あとはルールブックさえあればどこでもできてしまうアナログゲームの一つだ。


 プレイヤーはプレイヤーキャラクターとなりきってGMゲームマスターが用意した物語を進めていく。


 デジタルゲームだったらフラグを回収したら助けなければならない相手でも、TRPGならばプレイヤーたちが助けないことを選択できるし、本来ならば死んでしまうようなイベントキャラクターも、プレイヤー達の発想と行動次第では助けられてしまう。


 だからこそ想定しない物語を紡げてしまうゲーム。それがTRPGの醍醐味だ。


 昔からゲームは好きだったが、まさかいい年したおっさんになってから、こういったアナログゲームにハマることになるとは思わなかったけど、今では生き甲斐の一つとなっている。




 改めて今回は自分がGMとなり進行した画面を見る。


 そこにはボスキャラクター”堕とされた聖女”ユースティアのステータス、それも唯一HPを0にされた部位とかかったターン数の数字。


 かかったターンはわずか2ターン。2ターンで満を持して作成したギミックが攻略された結果が示されていた。


 代わりにプレイヤーキャラクターのステータスはよくて半分ほどまで削れた程度。危険に陥ったなんてことはなく。ギリギリのラインでギミッククリアできるようにと作ったつもりだったんだが、あっさりとやられてしまった。



「まぁ戦闘でぐだぐたになるよりはましだったかなぁ……」



 ログを見ればそれぞれの戦闘での判定があり、前半から乱発するクリティカルの嵐――サイコロの数がとんでもない量となっている。



「それにマジでボス戦になるとクリティカル連発すっからなぁ。まさか4回転以上が4連打とか……笑うしかなかったわ」



 チャットのログを読み返しながら、「絶対に助けてやる!」とプレイヤー1のロールプレイをする一人を思い浮かべて思わず笑みを浮かべてしまう。



「格好よくRP決めたかと思った瞬間攻撃も回避判定でもファンブルしまくって絶叫してたし、ダイスの女神に愛されてたなぁ今回は」



 今までのプレイヤーのRPと様々な判定結果を見返し、次はどんな設定で物語を作ろうか。次はどんな音楽を用意しようか。そしてそろそろまたオリジナルの魔法装備でも出してみようか。いや、そろそろ張っていた伏線キャラを再び登場させようか。


 終わったばかりなのに次の物語を思わず考えてしまう。



「まぁとりあえず、次は俺がGMではないし。次のセッションまでに俺自身のキャラクターを成長させておかないとな」



 忘れないうちに、と自分のアバターとなるキャラクターシートに今回の経験点と獲得したお金を記載し、どう成長させようかと思考を切り替える。



「やっぱりキャラクターの成長はどんなゲームでも楽しいよなぁ。アイテムとかも購入しとかないと」



 いそいそとゲームブックのPDFを開いてほしかったアイテムなどを確認する。



 深夜のハイテンション状態のまま所持している金額をほとんど消耗品や装備の強化に費やし、時刻をみればすでに早朝の4時半である。



「やべ、さすがにもう寝ないとな。あーでも、次の構想はちょっとメモっておきたいなぁ……とりあえずメモだけこっと」



 眠ってしまうと忘れてしまう可能性があるので、今のうちにWordを立ち上げて走り書きを打ち込んでいく。


 瞼が半分ほど落ちかかりながらも、とりあえず思いついたことをただただキーボードで打ち込み続ける。



「んでもって伏線となったキャラクターを……」



 思わず出る欠伸。そして重い瞼が徐々に目の前を暗くし――







★ ★ ★







 あぁ、風が心地いい。頬を緩やかに撫でる春の陽気のような風が、微睡む俺の意識をやさしく刺激してくれる。


 ちゅんちゅんと響く小鳥の鳴き声と、日の光が閉じた瞼越しに夜が明けたことを教えてくれ、次第に体から堅い床と壁でケツと背中に若干の痛みを訴える。


……ん? なんでケツが痛いんだ?


 何か物凄い違和感を感じる。確か俺は次のセッションのネタをメモりながら寝落ちしたはず。布団に入った記憶はない。だが柔らかめの座椅子に座って作業をしていたはずだからケツと背中から感じる堅さと痛みに物凄い違和感を感じる。


 それに俺の部屋は遮光カーテンで閉め切っていて、朝日が昇ろうと日の光が入るはずがない。頬を撫でる心地よい春の陽気のような風? いやいや今は1月下旬。冬真っ盛りな季節にそんな風が吹くはずがない。俺の頬を撫でるとすれば冷え切った隙間風以外ありえない。


 何かが――と言うより何もかもがおかしい。


 思わず顔を上げ、瞼を開ければ俺の頭は目覚めとともに思考を停止した。



 眼前にはキラキラと水面を反射する日の光。日の光を程よく遮る緑豊かな葉の数々。風がそよぐたびに葉擦れが耳に響く。


 ……なにこれ? ここどこ?


 目に映る光景があまりにも現実離れしすぎていて、停止していた思考は数秒と経たずに混乱を極め、思わず立ち上がろうと足を動かす。



「ちょ、なにがどうな――」



 俺の意識は地に足をつけ、立ち上がる姿を想像していた。しかし実際はズルりと足が滑る感覚と止められない体の傾き。腹の底からせり上がってくる浮遊感。



「――へ?」



 回る視界に映るのは徐々に離れていく太い樹木の幹と枝。代わりに俺の体を受け止めるように迎えてくれる茶色いむき出しの地面。


 どうやら俺は木の上で寝ていたらしい。ハンモックではなく、直に。それも割と高い場所で。そりゃ足場も確認せず立ち上がろうとすれば落ちるよね。


 目に映る光景がゆっくりと流れる中。おそらく地面へとたどり着く時間は2秒にも満たないだろう。とりあえず生きてるといいな、と思いながら衝撃に備えて目を閉じる。


 しかし訪れたのは体がくるりと回る三半規管への刺激と、足の裏から膝に軽く突き抜ける衝撃だけだった。



「……ん?」



 体に痛みは感じない。足には靴越しに感じる適度に硬い土の感触。恐る恐る目を開ければ、落下していたはずの俺の体はしっかりと地に足をつけていた。


 上を見上げれば8mはあっただろう木の枝が目に入る。さっぱり意味がわからない。いや、状況の理解はできる。


 俺は足を滑らせて木から落ちたが、無意識に体を動かして華麗に着地を決めたのだ。そうとしか考えられない。


 自慢じゃないが運動全般は苦手ではないが得意でもない。高校を卒業して社会人となり十数年。体を鍛えてきたわけでもない。身長が高かったため多少細身に見えるよう誤魔化せていたが、中身はしっかりと中年太りをしただらしない肉体だ。決して咄嗟に宙返りからの華麗な着地を決められるようなポテンシャルをもっていない。



「だとすれば答えは一つ。これは夢だ! 夢オチだ! 間違いない!」



 声に出すことで自己暗示をかける。


 なにより無事だったのだから良しとしよう。目覚めて早々に肝が冷えたが、とりあえず怪我なく終えたのなら良しとしよう。うん。


 体のどこにも異常がないことは確かなのだ。まぁ夢なんだから当たり前だけど! それ以外はとりあえず目を瞑ろう。なんか着ている服とか腰に提げてる物とか、履いてる靴とかもういろいろおかしいけど夢なんだからしかたない! そう、しかたないのだ!



「とりあえず川だ! 顔を洗って、夢ならそれで目が覚めるとこまで行けば完ぺきだな」



 うんうんと頷き、木の上から見えた河原へ向かう。




 川はとてもきれいでゆったりと流れており、ぱっとみ深くても腰ほどの深さじゃないかなぁ、と思える。よく見れば水面以外にも光を反射しながら移動する影もちらほら見える。


 田舎のばあちゃん家の近くにあった川よりよほど綺麗な川だ。釣り好きにはたまらない川かもしれない。


 そんな思考のすり替えを意識的に行いながら、俺は川の水を掬うのではなく直接頭から川へ突っ込んだ。夢ならこれで覚めるに違いない!



「……まぁ、覚めなかったんだけどね」



 たっぷり30秒は川に頭を突っ込んで、息が苦しくなって顔を上げる。


 髪からしたたり水面を揺らしていた水が収まると、水面には覗き込む自分の顔が映っていた。眉を顰めたり口を開けたりすれば、水面に映る顔も同じ表情を浮かべる。間違いなく自分の顔だ。


 だが残念ながら毎朝鏡で見ていたよく見知った35歳の顔ではない。17、8歳の青年の顔だ。髪と瞳の色は日本人らしく黒いが、顔のパーツすべてが若い時分の俺の顔ではなかった。


 別人だ。俺ではない。だがこの顔はよく知っている。



「どう見ても俺のプレイヤーキャラクターだよな。この顔……」



 ただ俺がキャラクターシートに描いたイラストよりかバランスが整えられている。というか美化されている。


 頭を振って滴る水を切り、改めて自分の体を確認する。


 身長は元々の俺自身と同じぐらいな気がする。目の高さに違和感がない。だがそのほかは雲泥の差だ。


 腕を見るだけでもわかる引き締まった筋肉質の体。腹を見れば中年太りだった腹にしっかりとシックスパックができている。身に着けている服は動きやすさを重視した軽装で鎧ではなく、白の生地に不思議な文様が青い糸で刺繍されたローブを羽織っている。服装とは正反対に靴は金属製のグリーブ。帯剣ベルトには4本の剣が提げられている。消耗品が取り出せるように雑囊も背部備え付けられている。背中には大きな装備専用のホルダーを背負い、耳にはデフォルメされた皮膜の翼をかたどったピアスがつけられている。


 どれもこれも思い当たる物ばかりだ。


 腰に提げた剣を鞘から引き抜けば、黒い両刃の刀身に不可思議な刻印が刻まれている。素人目に見ても模造刀などではないとわかる。


 ゲームでは手にしたアイテムの詳細を知るには、宝物判定または見識判定が必要だったが、自分の所持品なら判定はいらないはずだよな?


 そう思って手に持っている剣に集中すると頭の中に直接、この剣の知識が流れ込んでくる。そして剣の上あたりにウィンドウが表示され、内容が視覚化される。



「マジかよ……」



 俺がイメージするVRゲームみたいな感覚になってきた。


 ウィンドウには以下のように表記されていた。




名称:マグマタイト加工されたルナライトソード+1

ランク:B 用法:1H両 必要筋力:15 威力:20 命中補正:+3 ダメージ補正:+3 クリティカル性能:B

耐久値:160/250 専用化:カイル・ランツェーベル

〈効果〉

スキル《魔力攻撃》使用時、ダメージ補正に+2の修正を受ける。




 まさに俺の知っている装備だった。専用化された使用者の名前も間違いなく俺のキャラクター名だ。と、言うことは――


 意識を自分自身へ向けてみる。すると現在装備されているすべてのアイテムがウィンドウに表示された。装備の上に表示だと見づらいなぁと思えば、顔の正面に表示される親切設計だった。




名:カイル・ランツェーベル 17歳 種族:人間 性別:男 Lv13

DEX:47(+2) AGI:43(+1) STR:36 VIT:35 INT:24 MEN:27

LRES:18 RES:19(+2) HP:76/76 MP:77/77 STM:45/100

〈装備〉

武器1・2:マグマタイト加工されたルナライトソード+1×2

武器3:魔剣・飛翔剣クレア+1

武器4:魔剣・飛翔剣シオン+1

武器5:ソードスパイク+1

鎧:荊のローブ+1

盾1:マナコート加工されたエルハートケープ

盾2:マナコート加工されたエルハートケープ




 あまりにも長いウィンドウに思わず、うん頷いて閉じる。間違いなくLOFで使用していた俺のキャラクターだった。しかも装備は最新版だ。


 川に顔を突っ込んだ時の水の冷たさや息を止める息苦しさからも今目の前に広がる光景が現実だとわかるが、改めて頬をつねってみる。お約束の痛みが頬に走る。



 つまるところ――流行りの異世界転生をしてしまったらしい。マジか……



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[良い点] めっちゃ面白そう 期待が高まる、溢れる [気になる点] 高校を卒業して社会人となり35年 ってことは、いま35+18で53では? だが残念ながら毎朝鏡で見ていたよく見知った35歳の顔…
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