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第八話「下僕なんて本当は必要ないくせに!」

「……ん? あれ?」


 ルゼリアは目を覚ました。自習をしている最中に眠ってしまったらしい。

 机の上から起き上がると、いつの間にか肩にかけられていたらしいブランケットが滑り落ちた。


「よぉ、起きたか?」


 さっきまで昼寝をしていたはずのマティウスは起きており、近くの椅子に腰掛けていた。

 手にはルゼリアが自習に使っていた魔術書を持ち、ペラペラとめくっている。


「……今何時?」

「夜の七時だな」


 マティウスが腕時計を確認して告げた。

 空き教室の中は日が落ちたせいで、元々薄暗かったのがさらに暗くなっている。


「そんなに寝ていたなんて……! 起こしてくれればよかったのに!」

「気持ちよさそうに寝ていたもんだから、起こしづらかったんだよ」

「なら、置いていけばよかったじゃない」

「無防備に寝てる女を放っていけるかよ。それにお前はいつも待ってるじゃないか」


 確かにルゼリアはマティウスが昼寝から起きるまで付き添っている。

 今日だってそのつもりだったが、つい寝入ってしまった。


「しかしまぁ、寝ている姿も可愛いもんだな」

「じろじろ人の寝顔を見るなんて……趣味が良いことね?」

「お前だって、いつも俺の寝顔見てるだろ? お互い様だ」

「見てるわけないでしょ。……あんた、私に何かしてないでしょうね?」

「なんだ、して欲しかったのか?」

「なわけないでしょ、このヘンタイ!」


 いつものようにルゼリアをからかって、満足そうに笑ったマティウスは本を机の上に置いた。


「お前っていつも勉強ばかりしてるな。まさか、夜中もやってないだろうな?」


 さっきまでからかっていたのに、急に真面目な表情をしてそう問いかけてきた。

 途端な変化に戸惑いながらも、ルゼリアは答える。


「それがどうかしたかしら?」


 確かに最近は夜遅くまで勉強していることが多く、寝不足だ。

 日中の授業はなんとか耐えていたが、授業合間の休憩時間は寝ていた。


「日中も眠そうにしてただろ。あんまり無理すんなよ」


 マティウスの前では寝ないようにしていたが、どうやらバレていたらしい。

 しかし、どうしてマティウスはメイリと同じことを言うのか。

 マティウスがよく分からなかった。

 ルゼリアの嫌がることをするかと思えば、こうして気にかけてくれもする。

 優しいのか、意地悪なのか、分からない。


「……無理でもしなきゃ貴方に勝てないわ」

「無理して倒れでもしたら元も子もないだろ」

「ご忠告ありがとう。でも貴方に言われたくないわね」


 ルゼリアの勉強時間が減ってしまったのは、下僕としてマティウスに従うことになったからだ。

 そもそもの原因はいい出したルゼリアにあるため……これは単なる八つ当たりだった。


「貴方には分からないでしょうね。勉強なんてしなくても、努力なんてしなくても、一位を簡単に取れてしまう天才様ですからね」


 自分と違って何の障害もなく、学園に入学できただろう。

 自分と違って何の努力もなく、成績トップを取れただろう。


「大体、私のことなんて貴方に関係ないじゃない」


 ルゼリアにとってマティウスは障害である壁で、どんなに努力しても届かない人だ。

 しかし、マティウスにとってのルゼリアはなんだろうか。

 宿敵たる家の令嬢だが魔術師としては、取るに足らない存在かもしれない。

 マティウスは天才と評されるが、比較相手によく用いられるのはルゼリアではなく、彼女の兄たちばかりだ。

 ルゼリアはクロウリア家の令嬢として話題にはされるが、魔術師として世間で見られることが少ない。

 いつだって兄たちの功績の影に隠れ、そして今は天才の影に隠れていた。


「関係あるに決まってる、お前は俺の下僕だろ」

「下僕なんて本当は必要ないくせに!」


 思わず大きな声が出てしまい、響いた声の後は冷えた空気が漂ってしまった。


「ルゼリア……おい!」


 机に広げてあった勉強道具を素早く片付けて、ルゼリアは教室から出ていった。



「ばっかみたい……」


 乱暴に閉めた寮室の扉を背に、ルゼリアはずるずるとその場に座り込んだ。

 何もかもが情けなくて、惨めだった。

 下僕になるなんて言い出したのはルゼリアのほうだ。

 最初からマティウスは下僕を必要としていない。

 面白がって付き合ってくれていたようなものだ。

 ルゼリアを心配するのだって、ペットを心配するのと同じようなものだろう。

 ルゼリアなんて最初から、居ても居なくても同じで、必要がないものだ。


「……別にあいつにどう思われようなんて……関係ない……。私は……あいつを倒して……首席を取らなきゃいけない……そうしないと……そうしないと……」


 悔しくて、悲しくて。苦しくて、寂しくて。

 ルゼリアはしばらく座り込んだまま、動けなかった。



「…………」


 翌朝。いつもならマティウスを起こすために電話をかける時間だった。


「……別に、私が起こさなくてもいいことね」


 三年生になるまでしていなかったことだ。

 それに例え遅刻しそうになったとしても、マティウスなら校則を無視してでも魔法で飛んでいく。

 ルゼリアは電話を掛けることなく部屋を出でて、そのまま学校に登校することにした。


「おはよう、メイリ」

「まぁ、ルゼリア。おはよう」


 登校途中のメイリを見つけ、ルゼリアは駆け寄った。


「ルゼリア、どうしてここに? マティウス様と一緒に登校するんじゃないの?」

「……今日はいいのよ。それよりメイリと一緒に登校するなんて久しぶりね」

「ふふ、そうね。最近はマティウス様とべったりで……ルゼリアが取られちゃって寂しかったわ」

「べったりなんて変な言い方しないでよ!」

「まぁそうなの? なんだかんだといいつつ、遠くから見ていると仲睦まじいように見えたもので……」

「全然、そんなことないわよ! あいつとは下僕関係以外に何もないんだから……」


 本当に何の関係もない。その下僕というものでさえ、薄いものだ。

 ルゼリアが口約束で言っただけのもので、軽くて、薄くて、すぐにでも消えてしまいそうな関係。

 それでいいじゃないか。自分はあんなやつの下僕などしたくなかったはずだから。

 口約束でも一度した約束を破ることに対して気持ちが引っかからないこともないが、このまま有耶無耶になって自然消滅したなら嬉しいはずだ。


「ルゼリア?」

「なんでもない。ほら、行きましょう」


 誤魔化すようにそう言って、また一歩を踏み出そうとした時、ふらりと身体が倒れそうになった。


「ルゼリア! 大丈夫!?」

「……大丈夫だから」


 色々と気持ちの乱れがあったからだ。それもこれも全て、マティウスのせいだろう。


(……無理しちゃいけないって分かってる。でも……)


 一度でも立ち止まってしまったら、もう追いつけないかもしれない。

 この二年間、今まで必死で勉強しても、全然追いつけなかった。

 追いつけたと思えば、突き放されていく。

 あの大きな背に。あの金の光に。

 振り返ってくれはしない。

 立ち止まってくれはしない。

 待ってくれはしない。


 ――卒業まで残された時間はあと僅か。


 置いていかれたら終わりだ。

 追い越せなきゃ終わりだ。

 そうでなければ、自分はその道から消えてしまうのだから。

 もう二度と、追いかけられない。

 隣に立つこともできない。

 ――ルゼリアをもう見てくれることもない。


 それだけは嫌だった。



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