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第七話「我が家に女の魔術師など必要ない」

 ルゼリアの下僕生活はあれから数週間経った。

 初日にルゼリアを怒らせたからか、マティウスはからかうことをしても、度の過ぎた意地悪や理不尽な行動はしなかった。


「……お前、よく耐えられるな。というか別にここまで着いてこなくてもいいだろ」


 またあの空き教室に入ろうとした時、マティウスにそう言われた。

 数日は空き教室を使わずに図書室や中庭で放課後の昼寝をしていた。ルゼリアを配慮していたのだろう。

 そうしていたが、やはり空き教室が一番の昼寝スポットらしい。


「下僕なら授業以外の時間は常に付き添えって貴方が言ったことよ? 私は下僕らしくそれを守るわ。それに、あんなことはもうしないでしょ」


 ここ数週間一緒に居て分かったことだ。

 マティウスは意地悪ではあるものの、分別は弁えているようであった。

 現にこうして、前回ルゼリアに怖い思いをさせた空き教室に入る前に、確認を取るようなくらいだ。


「真面目なんだが、馬鹿なんだか……。もう少し危機感を持てって」

「やらかした本人がよく言うわね? まぁ次にそんなことしたら魔法を使うから覚悟することね」

「前回使えなかっただろ。それに俺に魔法で勝てんのか?」

「つ、次は油断しないから。それにやってみなきゃ分からないでしょ」

「そうかい、そうかい。まぁ、俺以外なら襲われても大丈夫そうだしな」

「……どういうことよ、それ」


 答えずにマティウスは寝てしまい、そしてルゼリアは手持ちぶさたになる。

 ルゼリアはマティウスが寝ている間はいつも自習していた。

 ……正直言って下僕というか、従者らしい行動はあまりしていない。

 マティウスにくっついて歩いて、たまに小馬鹿にされて、ちょっとした命令に従うくらいだ。

 ちなみにマティウスから天才たる魔術師の一端を学ぼうということは初日から頓挫した。

 何もしなくても天才であるという情報しか得られていないし、今も変わらない。


(なんかこう……想像していたものと違うのだけれど)


 もっと奴隷のごとく働かされたりといったようなものを想像していたが、それをマティウスに言ったら「そういうのが趣味なのか?」と言われかねないので黙っておく。

 かと言って完全に従者のように動こうにも無理だ。

 放課後のマティウスはいつも寝ているから世話いらずだし、夕飯時になればそれぞれの寮へ戻っていく。男子寮に入れるわけがないので、下僕業務もそこまでだ。

 そもそもマティウスはそういった従者を入学当初から連れていない。

 全て自分の魔法で賄ってしまっている。


『……そうだな。はっきり言えば必要ないんだよな』


 何もすることがないとつい言った時、マティウスにそう言われてしまった。

 マティウスにとっては最初から下僕というのは必要がなく、またあったとしても扱いにも困るものなのかもしれない。……むしろ迷惑以外のものではないだろうか?


『――我が家に女の魔術師など必要ない』


 ルゼリアの頭の中に、あの言葉が重なって響いた。


「……そんなことない。私だって立派な魔術師になれる。……必要ないわけじゃない」


 自分に言い聞かせるように呟いて、ルゼリアはペンを握りしめ勉強を進めていく。

 ふと、側で寝ているマティウスを見やる。

 こんなところでも気持ちよさそうな寝息を立てて寝ていた。

 ――全てを持っている男だった。才能も地位も、何の苦労もなく持っている男。

 この男を超えてみせれば、自分は魔術師として認められるはずだ。……そのはずだ。


***


 ルゼリアはクロウリア侯爵家の令嬢として生まれた。


 魔術師の名門貴族と言われ、アルティナ王国の長い歴史を支えてきた由緒正しき侯爵家。

 クロウリア家には子息が二人いる。

 いつも礼儀正しく温和な長男と、気性が激しく、度々問題行動を起こす次男。

 正反対の二人であるが二人共優秀な魔術師であり、長男は王宮の魔術研究機関に、次男は王宮魔術騎士団に所属している。

 幼い頃より二人を見て育ったルゼリアにとって兄たちは憧れであったし、何より身近な魔術師でもあった。


 そしてルゼリアの父、クロウリア侯爵も魔術師として立派だった。

 長男と同じく研究機関に所属し、数々の魔道具を生み出しては王国の発展に貢献した。

 幼いルゼリアのおもちゃを父が手製で作り出し、そのたびに目を輝かせてみていたものだ。


『わたしもお父様やお兄様たちみたいな立派な魔術師なる!』


 幼いルゼリアが抱く夢がそうなるもの当然だった。

 しかし――。


『ルゼリア、お前は魔術師にならなくていい。魔術は男の学問だ。女のお前がするものではない』


 夢を語るルゼリアに対して父親が言っていたのは、彼女の夢を否定するものだった。

 古い時代より魔術師とは男性の職業で女性はなれないものであった。

 現在は女性の魔術師も台頭してきたことでそうでもないが、古い慣習は残るものだ。

 皮肉なことにルゼリアの父がそうであった。


「お父様、私は魔術師になりたいのです。学園に入学することをお許しください」


 十五歳の誕生日の時、ルゼリアは父にそう申し出た。


「ルゼリア、何度言ったら分かる。お前は魔術師にはならなくていい。お前がすべきことは嫁ぐことだと」

「でも私は……クロウリア家に生まれた娘として、優秀な魔術師に――」

「――我が家に女の魔術師など必要ない。それに優秀な魔術師ならもうお前の兄たちがいる」


 クロウリア家にはすでに兄たちという魔術師がいる。

 家督を次ぐ長男も次男も申し分ないくらいに。

 この家の為と思うなら、ルゼリアがするべきは女性として政略結婚をすることだろう。

 ――だから、ルゼリアが魔術師になる必要はまったくない。


「……嫌です。私は魔術師になりたいのです。その力も与えられています!」


 そうと言われても、ルゼリアは魔術師になる夢を諦めきれなかった。

 魔術師になるためには魔力を持たねばならない。ルゼリアは多量の魔力を有していた。

 これを使わずして、どうする。ルゼリアは母のようにはなりたくなかった。


 ルゼリアの両親は政略結婚だ。母親は魔力を有していたが故にこの家に迎え入れられた。

 しかし母親は魔術の勉強は一切していないため、魔力を持っていても魔法が使えない人であった。

 力を持っていながら、使わないとは宝の持ち腐れである。

 母親は魔術には関心を寄せていなかったからそれで良かっただろうが、ルゼリアは違う。


「ルゼリア……魔法を学ぶなんて結婚してからでもいいんじゃないの?」

「王立の学園には入学基準に年齢制限があるのです、お母様」

「じゃあ、年齢制限のない別の学校でも……」

「私もお兄様たちのように、あの学園に行きたいのです!!」


 どうして自分だけがダメなのか。

 どうして兄たちのように学んではいけないのか。

 自分だって魔術師となった兄たちのようになりたいだけなのに。

 魔法を一つ覚えただけで父親に褒められていたような、兄たちのように。


「父上、ではこうしてはいかがでしょうか?」


 見かねた長男が父とルゼリアの間に入って提案をした。


「ルゼリアの入学を認める。ただし、首席で卒業できなければ、卒業後は魔術師の道を諦めて、父上が決めた相手と結婚をすると」

「ふむ……」

「あの学園で成績一位を取ることはとても難しい。そして首席で卒業することはもっとです。しかし、もし取ることができれば、ルゼリアは非常に優秀な魔術師と言ってもいいでしょう。そんな将来有望な魔術師を女性だからという理由で排除すれば、魔術の発展を損ねます。魔術師の未来を願う我がクロウリア家がするべきではないと私は考えます」


「やらせてやればいいだろ。結果が出なければ、それまでなんだからさ」


 長男も次男もルゼリアの味方であった。

 そんな二人の意見を聞いて、やっとルゼリアの父は彼女に向き直った。


「では、ルゼリア。先程言った通りの条件なら、入学を許可するが……どうする?」

「それで構いません!」

「入学したら何も援助しないからな。メイドも従者も付けないぞ?」

「そんなもの必要ありません。……必ずやお兄様たちのように首席で卒業いたします!」

「だが、できなければ分かっているな?」


「はい、首席を取れなければ……魔術師の道を諦め、クロウリア家の令嬢として嫁ぐことを約束しましょう」


 父親と約束を交わしたルゼリアは一年後、学園へ入学した。


 首席で卒業することなど簡単だと思っていたが。

 ――その思いは入学直後にあの男によってぶち壊されたのであった。



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