第四話「食べさせてくれないのか?」
「便利な魔法が使えるなら、従者なんて必要ないんじゃなくて?」
文句を言いながら、ルゼリアは二人分の食事が乗ったトレイを机の上に置いた。
食堂に着いたルゼリアはマティウスに食事を運んでくるように命令されたのだ。
「いちいち食事を運ぶのに魔法を使うほうが逆に面倒だろ。普段お前だって使ってないじゃないか。それに運ぶのは従者の仕事だ」
「うぅ……」
まったくもってその通りなので、これ以上は何も言えなかった。
周りを見れば給仕をする貴族の従者の姿が見える。
それと同じことを貴族令嬢であるルゼリアがしているというのは、プライド的に傷つくことではあったが。
「貴方……まさかわざとやっていないかしら?」
しかしながら、人の目がたくさんあるこんな場所でさせるなど、嫌がらせにもほどがある。
二人が座るテーブルは周囲から少し離れた窓際にあるため、今は多少人の目はないとはいえ。
このあたりの席は上級貴族が陣取る場所のため、他の生徒が近づかないことや、席同士の間隔が広いため会話を聞かれることも少ないところだった。
「なんだ、不満そうだな? 俺にどうしても下僕として扱われたいようだったからそのようにしたんだが?」
「誰が貴方にそんな扱いされたいなんて言いましたか! そんなわけないでしょう!」
この男、やはり性格が悪い。
いけ好かない男だと思っていたが、もっと嫌いになってしまった。
「そんな怒るなよ。だいたい考えてもみろ。もし逆の立場だったら同じことするだろ、お前」
「そんなわけ……」
ない、とは言い切れなかった。
もし立場が逆転した場合。
マティウスがルゼリアの下僕だったのなら、同じことをしてしまいそうだ。
この唯我独尊の塊みたいな男を好き勝手命令できるとなったのなら。
「ほら、図星だろ。お前も性格悪いなぁ」
「何も言ってないじゃない! 勝手に決めつけないで!」
ちょっとマティウスをパシらせたところまでしか想像してないというのに。
「あはは! ほんとわかりやすくて面白いな」
腹を抱えて笑うマティウスを睨みつけるも、そんな行動すらマティウスにとっては面白いらしい。
もてあそばれているルゼリアにとっては面白くない。
確かにルゼリアは感情が表に出るほうだろう。
貴族としては本音の隠し方くらいは覚えたほうがいいのかもしれないが、ルゼリアはそういったことが得意ではないほうだ。
そうであったなら、今下僕になどなっていないだろう。
(でも、少しは改めたほうがいいかもしれないわね)
少なくとも感情に任せて軽はずみな発言をしないようにしようと改めて思った。
とりあえず、今はさっさと食事を終わらせてしまおう。
そうすればこんな男ともしばらくはおさらばできる。
淑女らしくマナー違反にならない範囲で食事を急いで食べようとしたところで、じっとこちらを見つめる赤い目とあった。
「な、なによ……」
「食べさせてくれないのか?」
「……なんですって?」
聞き間違いだろうか。
とんでもないことを言われたような気がして、マティウスを睨み返す。
「ルゼリア、食べさせてくれ」
「なんでそんなことしなきゃいけないのよ」
「俺の下僕だろ。やってくれよ」
「この……ッ!」
危うく口汚い言葉を吐き出しそうになりつつも、ルゼリアはマティウスからスプーンを引ったくった。
「俺猫舌だから、熱いものはちゃんとふーふーして冷ましてくれよー」
「言われなくても分かってるわよ!」
そのまま熱々のスープを口の中に突っ込んでやろうと思ったことは読まれていたようだ。
(この俺様ドSの変態野郎……性格悪い鬼畜魔王……それから……)
令嬢がおおよそ口に出してはならない言葉を繰り返す。
その言葉を息に込めて吹き出しながら、スープを冷ましていく。
「はい、どうぞ!」
なんとか顔に笑顔を貼り付け(言葉に怒りは隠せてないが)ながら、スプーンを差し出す。
その姿を満足そうに眺めながら、マティウスがスプーンを口に入れた。
「うん……おいしい。いつもよりおいしいかもしれない」
むしろ悪意を込めたのでまずいはずなのだが、マティウスはおいしそうに食べている。
「いつもと変わらないはずよ」
「いや、誰かに食べさせられると味が変わるものだぞ。ほら」
そう言ってマティウスはルゼリアのスプーンを手に取るなり、スープを掬って差し出した。
「ちょっとどういうつもりよ」
「何ってお返しだけど? あぁ、お前も猫舌か?」
「そうじゃない……というかこれは下僕にすることかしら?」
「俺がしたいだけに決まってるだろ。まぁ、食えって」
……一体どうしてこうなった。
有無を言わせない態度だったため、仕方なくルゼリアはスプーンを口に入れる。
「な? いつもとちょっと味が違うだろ」
「……そうね」
口に広がったのはスープの煮込まれた野菜と敗北の味。それから隠し味に羞恥心。
――さっきまで自分が躊躇してしたことをなんの恥ずかしげもなくあっさりとやられたことに対して敗北し、そして男性にあーんされるという初めての事に対する羞恥が混ざる。
確かにマティウスの言う通り、いつもと違う味だ。
ただあまりに他のことを意識するあまり、味が感じられないという方向だった。
意識しているのはルゼリアだけのようで、マティウスはいつもどおりだ。
そんなところも腹立たしい。顔が熱いのだって怒りによるものだろう。
「……そうやって余裕でいられるのも今のうちよ。絶対に一位になってやるんだから。そうなった暁には貴方を下僕にしてやるわ!」
「はは、できるもんならやってみろよ」
とりあえずもう一口食べさせろと言われ、ルゼリアは仕方なくスプーンを差し出した。