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第三話「下僕なら授業以外の時間は俺に付き添えよ」

 ルゼリアは授業に間に合った。

 新学期早々遅刻では優等生の示しがつかない。

 その点はルールを破ってでも飛んでくれたマティウスに感謝したいところだが……。


(いや、元はと言えばマティウスの寝坊がいけないんじゃない! あいつの寝坊のせいじゃない!)


 なので、お礼を言う必要はないだろう。先生に報告することくらいはやめておくことにした。


「ねぇ、ルゼリア様。マティウス様の従者になったというのは本当なの?」

「ルゼリア様が遅刻ギリギリまで教室にいらっしゃらなかったことと関係あります?」

「まぁ、私はてっきり告白をされたのだと伺いましたが……」


 授業の合間の休憩時間。他の女子生徒などから質問攻めにあった。


「ま、まぁこれには色々と深い事情がありまして。それから告白は絶対に違いますから」


 それらを令嬢らしく微笑んでかわしていく。

 しかし、何がどうして告白などという噂になったのか。尾ひれ付きすぎにもほどがある。

 それ以外は特に普段どおりで午前の授業もすぐに終わった。


「なんというか……大変だったのね、ルゼリア」


 学園での数少ない女性の友人であるメイリが、疲れた様子のルゼリアを労ってくれた。

 元々魔術師は男性が中心で女性は少ない職業だ。

 この学園も共学ではあるものの、圧倒的に男性が多い。

 そんな女子生徒の少ない学園の中で一番仲が良い女子生徒がメイリだった。

 メイリは子爵令嬢である。

 貴族の家は魔力を持つものが多いが、彼女の家は魔力を持つものが少なく、魔術とは縁遠かったそうだ。

 しかしメイリ自身は魔法の才があったため、この学園に入学したという。

 一年生の頃、席が隣同士だったことで、あまり魔法に馴染みがなく困っていたメイリの面倒を見ている間に仲良くなった。

 今では家柄などの柵もなく気軽に話せる友人の一人だ。

 今日の朝だっていつもならメイリと一緒に登校しただろうが、マティウスの下僕になったことでそれも当分できそうになさそうだ。


「ほんと……なんで三ヶ月前にあんなこと言っちゃったのかしら」


 もしも三ヶ月前に戻れるのであれば、その時の自分をはっ倒したいくらいだ。

 入学してからというもの、ルゼリアはいつも二番手で一度も成績トップをとったことがない。

 入学試験の時も、一年生と二年生の前期と後期の中間テストもこの前の進級試験もだ。

 対してマティウスは入学してからというもの常に成績トップで突き抜けていた。


『また貴方が一位なのね……』

『そりゃあ、当然だろ?』


 その時のマティウスも腹が立つ笑顔をしていた覚えがある。

 あまりにも彼に勝てなかったせいか、ふと言ってしまった。


『次こそは貴方を抜いて一位になってみせるわ。その時には散々こちらを見下した貴方を下僕にでもしようかしら?』

『これはまた大きく出たな。いいぜ、できるもんならやってみろよ。あぁでも、もし俺がまた一位だった場合、俺に何のメリットもないのは不公平だな?』


 売り言葉に買い言葉であるが、下僕にするなどと言っても彼は態度一つ変えなかった。

 それが悔しくてルゼリアはあの言葉を言ったのだ。


『いいでしょう……! 次の進級試験、もし私が一位になれなかったら……貴方の下僕になってやるわ!』


 この約束があったからこそ、ルゼリアは今度こそは負けないと息巻いていたのだが……結果は今のとおりだった。


「でも、マティウス様はかっこいいじゃない。そんな方と空中散歩ができたなんて……まるで物語の状況のようで羨ましいわ」


 そういえば、メイリは夢見がちな乙女だった。

 何かを想像しているのか、ぽわわんとした表情でうっとりとしている。


「確かに見た目はかっこいいかもしれないけど、ちょっと自分勝手すぎるわ。代われるならメイリに代わりたい」

「まぁ、私なんて恐れ多いわ。それにルゼリアのほうがマティウス様と釣り合いが取れていてぴったりだし」

「どこがよ! あんな男、真っ平御免だわ!」


 ルゼリアのクロウリア家とマティウスのレイナール家は長年ライバル関係にある。

 そんな相手の男と仲良くなることはもちろんのこと、付き合ったりなどそういった関係になるなど、考えただけで恐ろしい。

 下手をすれば家同士の問題になりかねない。

 そうでなくてもあんな自分勝手で高慢すぎる男は願い下げだ。


「だいたい、今の私達は主従関係なのよ……」


 自分で言っていて情けなくなる。

 むしろ状況としてはそういった関係より、今の下僕関係のほうが危ういかもしれない。

 なにせクロウリア家の令嬢がレイナール家の子息に従者まがいのことをしているのだから。


(これは私がうっかり引き起こしたことだから仕方ないけど……絶対お父様に何か言われるわ……)


 次の長期休みに実家に帰ることが恐ろしい。

 ルゼリアの父は魔術師としても厳格な厳しい人だ。

 このことは学園内の多くの者が知っている以上、父親の耳に入らないわけがない。

 帰省すれば叱咤が待っているのは確実だろう。


(早くこの問題を解決するためにも……さっさと次のテストで一位を取らなきゃ……)


 クロウリア家の令嬢としても魔術師としても、これ以上醜聞を晒すわけにはいかない。

 この主従関係を解消するには、やはり次のテストで一位を取らなければならないだろう。

 一学年の中で重要なテストは三回。前期と後期の中間試験と学年末の進級試験……今年は三年生なのでこれは卒業試験となる

 前期の中間試験はちょうど休みの前に行われる。

 ここで一位を取れば汚名返上できるはずだ。


(そうすればお父様に余計に怒られることもないし……それにあの約束も達成できるようになるはず……!)


 ぐっと拳を握りしめて、決意を新たにしたところでお腹の音が鳴り響く。


「あ……」

「ふふ、ルゼリアったらすごくお腹が空いてるのね。そろそろ食堂に行きましょうか」

「そうね」


 ちょうど今は昼休み。勉強道具を片付け、メイリとともに食堂へ行こうと席を立ったが……。


「え……あれってマティウス様!?」

「きゃああー! マティウス様!」


 ……何やら教室の入口が騒がしい。

 どうやら空腹過ぎて幻聴を聞いてしまったようだ。きっとそうに違いない。


「おい、ルゼリア」


 が、幻聴でも幻覚でもなくしっかりとマティウスが教室の入口にいた。

 何か別の用事かと都合のいいことを考えたが、ルゼリアの名前を呼んでいるからそうでもない。

 ルゼリアは騒ぎ立てる教室を横切って、入口に立つマティウスのところまで一直線に向かった。


「なんで教室に来ているのよ!」

「お前が俺のところに来ないからだろ?」

「……朝は忘れてたくせに」

「まぁな。でもやってくれるんだろ? 約束通りに(、、、、、)


 にやりと意地の悪い笑みを浮かべるマティウス。

 そんな笑顔でさえ整った容姿を持つ男がするものだから似合っているし、部屋中からきゃあきゃあと声が上がっている。

 ルゼリアにとっては不愉快極まりない笑みだが。


「下僕なら授業以外の時間は俺に付き添えよ」


 周囲が騒がしいからだろうか、ルゼリアに顔を近づけたかと思うと耳元でそう言われた。

 授業中はどうしたってクラスが別であるから、マティウスの側にはいられない。

 だからルゼリアが彼の側にいる必要がある時間は朝の出迎え以外の時間だと、あとは放課後くらいなものだと思っていた。


「まさか……昼休み中も?」

「従者はそうしているだろ」


 貴族の多いこの学園には執事やメイドといった従者を連れ歩いている生徒が山ほどいる。

 そうした従者が生徒たちにしっかりと付き添える時間というのは、朝の登校時間と昼休みと放課後くらいだ。

 今のルゼリアはマティウスの従者と言っていい。

 なら、彼らと同じように動くべきだろう。


「そうだったわね……私に従者がいないものだから忘れていたわ」

「そういえばメイドとか連れていなかったな、お前」


 ルゼリアは専属のメイドを連れていない。

 よく一緒にいるメイリだって従者を連れていないが、こちらは家の事情的に従者を多く雇う余裕がないからというものだった。

 それに対して魔術師の名家であるルゼリアがメイドの一人も連れていないことは珍しいだろう。


「そういう貴方こそ、執事の一人も連れ歩いているところを見たことがないわ」


 入学してからというもの、マティウスが誰かを連れているところを見たことがない。

 大抵一人だったとルゼリアは思い出した。


「人にやらせるより魔法でやったほうが色々と楽だからな」


 今朝のような規模の大きな魔法でない限り、ちょっとした日常魔法の使用は許されている。

 天才と称される優秀な魔術師であるマティウスなら、それらの魔法も楽々使えるだろう。

 日常魔法を使えば、確かに従者がいなくてもなんとかなる。

 貴族としてのプライドを考えると、従者を連れ歩くのも一種のステータスである。

 そういった理由で連れ歩く貴族の生徒もいるが、マティウスはそういったことに拘りを持つ男でもなさそうだった。


「お前もそんな感じか?」

「……まぁそうね。違いないわ。それよりさっさと食堂に行きましょう」


 ルゼリアが従者を連れていないのにはちょっとした訳があるが、それを答える必要もない。

 適当に急かすように言ってごまかした。

 それに教室中の目線を集めている状況なのも疲れる。さっさとここから立ち去りたい。

 ルゼリアはメイリにごめんというようにアイコンタクトを送ると、なんだか微笑ましいものを見るように手を振られた。


 メイリが期待するようなことは起きないとルゼリアは心の中で突っ込むのだった。


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