第二十一話「まったく……本当に、素直じゃないお嬢さまだ」
「まぁ、お客様! お似合いでございますよ!」
カーテンを開けて出てきたルゼリアを店員が賛称する。
鏡に映る今のルゼリアは制服姿ではなかった。
フリルの華やかな空色のドレス。
動きやすさを考慮しており、ドレスでありながら軽い。
それに合わせてまだ肌寒いこの季節にはぴったりのショールを肩にかけている。
店のグレードからいって中流階級の店だ。
ルゼリアのような大貴族が普段来る店ではないが、服のデザインは悪くない。
それに腰にはちゃんと杖を携帯するのに便利なベルトが通してある。
魔術師にも対応してあるデザインがルゼリアは気に入った。
女性の魔術師というのは魔術師の全体を見ると数少ない。
なので女性の服にも、そういった対応をする店は少ないのだ。
「ほぉ……」
この店をよく知っていたなと感心するようにマティウスを見れば、彼の赤い瞳と目があった。
「……何か言ったらどうなの?」
試着室から出てきたルゼリアに対して、マティウスはしばらく経っても見るばかりで何も言わない。
マティウスになんだかんだと言いながらも、付いていけば到着したのはこの服屋だった。
『こいつに似合う服を見繕ってくれ』
と店員に言い、試着室に放り込まれたのがつい先程だ。
「悪い。あまりに似合っていて可愛いものだから、見惚れていたんだ」
「また、そんな冗談を……」
「冗談じゃないさ。それにさっき言っただろ? お前をもっと、じっくりと見るって……」
「分かったから、もう見ないでよ……!」
「あっ……」
ルゼリアはカーテンを勢いよく引いて、マティウスの視線から逃れるように隠れた。
「あらあら。可愛らしい彼女さんね?」
「か、彼女じゃありません……!」
「ご覧の通り、素直じゃないので。照れ隠しでああいうのですよ」
「まぁまぁ」
「何がご覧の通りよ、嘘を言うんじゃないわよ!」
「でもそういうところが実にいじり甲斐が――いえ可愛いと思っています。あぁ、これお代です」
「ふふふ。まいど、ありがとうございます」
「ねぇ! ちょっとは私の話を聞いて欲しいのだけど……!?」
気がつけばルゼリアの服代が支払われていた。
止めようとする前にマティウスが店を出ていってしまったため、仕方なく追いかけることに。
「待ちなさいよ、マティウス! 服なんていらないから今から返品を……というか私の制服はどこ?」
「店に学園に届けるように言っておいた」
「なに勝手なことを……!」
「そうでもしないとお前はそれを着てくれないだろ?」
「だからってこんなやり方……」
「そのドレスは気に入らなかったのか?」
「そうじゃないけど……哀れみなんていらないのよ」
新しいドレスを買えないのは自分のせいだし、仕方ないことだ。
それもこんな強引すぎるやり方では、受け取りたくもない。
「俺は別にお前を哀れんでやったわけじゃない。そんな善意の気持ちがあるならフローエに贈っているだろうよ」
「……じゃあ、なんでよ?」
「決まっているだろう? 他でもないお前にドレスを贈りたかっただけだ」
ルゼリアの手を取って、口元に寄せていく。
その赤い瞳は空色のドレス姿の全身を写し込んで、満足そうに輝いている。
「わ、私はいらないのだけど」
「いらないなら、帰ってから捨てるなりすればいい。それはもうお前のドレスだからな。だが、今日一日くらいは着ておけ。せっかく買ったドレスが勿体ないだろ?」
「……じゃあ、貴方に後日返す」
「俺に女装させたいのか? そんな趣味を持っていたのか……」
「なんであんたはいちいち、こちらの言葉を曲解するのかしら?」
「仕方ない。ではちゃんとサイズ通りのドレスを仕立てて――」
「本当にやらないでよ!!」
「はははは!! なら、素直にそのドレスを貰って着ておくことだ」
正直言って、別に嫌なわけではない。嬉しいくらいだ。
……嬉しいと思うから困ってしまう。
この湧き上がる気持ちのやり場をどこへ向ければいいのか、分からない。
溢れ出してくる気持ちのせいで、息ができないくらいに苦しい。
自分はマティウスに、何を返せるというのか。
「まったく……本当に、素直じゃないお嬢さまだ」
マティウスは困ったように言うがそうは見えない。
愛おしさを含ませた優しい視線をルゼリアに向けてくる。
そんな目で見ないで欲しかった。
素直じゃないと叱られるより、余計に恥ずかしくなる。
目を逸らすようにルゼリアは俯いてしまったが、すぐにマティウスが歩き出した。
――ルゼリアの手を握ったまま。
「手、離してよ」
「ここの辺りは人通りが多い。逸れないためには必要だ」
確かにこのあたりは商店が連なる通りだ。休日とあって人通りが激しく、気を付けないと人とぶつかる程だ。
「子供扱いしないで……」
「それは悪かった。じゃあこれでどうだ?」
握っていた手の形が変わる。お互いの指同士の隙間を絡めるように握り込まれた。
これではまるで恋人同士の手の繋ぎ方だ。
必死で解こうとするルゼリアの努力虚しく、マティウスの手はしっかりと握りしめられ離してくれない。
「は、離して。こんなの知り合いに見られたらまた変な噂が……」
「見られたら、なんだ? これ以上広がる噂もないくらいに、俺たちの関係なんて今更だろう」
「だからって……私は」
「下僕だから、繋ぎたくないって?」
「…………」
むしろ下僕扱いだったら、どんなによかったことか。
主人と下僕という、はっきりとした関係であったほうが分かりやすかった。
……この曖昧な関係はなんだろう。自分たちは一体どういう関係だ。
握りしめられた手から熱が伝わってくる。
自分の物ではないその僅かな熱が、ルゼリアの心を乱すのには十分だった。




