第二十話「行けばいいんでしょ!」
何がどうしてこうなったのか、ルゼリアには今でも分からない。
「なんで……マティウスとデートすることになったの……」
デートとは、やはりあのデートのことか。
主に恋人同士が約束し、一緒に遊びに行くそれであろうか。
脳内辞書をいくらひき直しても出てくる意味はそればかりだ。
なにかの間違いで別の意味の言葉に変化していない限りは。
言われた直前に、行かないだとか嫌だとか言ってみたのだが……。
『俺はその日、待ち合わせ場所でお前を待っているよ。本当に嫌なら来なくていい』
と一方的に言われてしまった。
嫌なら来なくていいと言われたのだから、その通りにすればいい。
マティウスを待ちぼうけにさせてしまえばいいとも、思ったのだが……。
「なんで……来ちゃったんだろう……」
結局ルゼリアはなんだかんだと迷いつつも、待ち合わせ場所である街の噴水広場の前に来てしまっていた。しかも三十分も早くに。
(ま、まぁマティウスのことだし、デートなんて冗談で言ったものよ。それに私達は恋人同士じゃないんだから、これが本当のデートとは言わないわよ)
故に学友同士の健全なる遊びの誘いだと結論づけた。
だから、来る前にメイリも誘ってみた。
彼女もいればこの結論は完璧になったのだが……。
『申し訳ありません。その日はどうしても外せない用事がありまして……! いやー残念でございますわー実に残念でございますわー!!』
と言われてしまった。なお、帰ったらデートの子細を教えて欲しいと言われた。
……メイリにはデートに誘われたと教えていないのに。
もちろんデートではないと否定しておいた。
「そこのお嬢ちゃん。一人で何しているの?」
マティウスを待っていると、二人組の男性に声をかけられた。
どちらもルゼリアよりは年上だろうが若く、二十代だと思われる。
「君、可愛いね。その制服は学園の生徒さんだよね?」
「なぁ、暇ならお兄さんたちと一緒に遊ぼうぜ」
「人を待っていますから、結構です」
強い口調で言って、睨みつけるがあまり効果がない。
ルゼリアが女性だからだろうか。
「それ以上近づくなら――」
杖に手を伸ばそうとしたところで、肩を掴まれて後ろに引き寄せられた。
「悪いな、こいつは俺が先約だ」
「嫌だな……ちょっと声を掛けただけじゃないか」
「なら、さっさと失せろ」
けして怒鳴っているわけでもない。
しかし、恐れを抱かせるには十分な低い声。
「ひっ……」
「行こうぜ……アレはマティウスだ。敵うわけねぇよ」
二人組の男は逃げるようにルゼリアの前からいなくなった。
ホッとするのも束の間。今度は心臓の動きが徐々に激しくなる。
なにせ、杖を持とうとした片手には無骨な手が重ねられたままだ。
「無闇矢鱈に魔法を使うのはいけないことだろ、ルゼリア?」
そして、後ろから声を囁くように、耳へ吹き込んでくる。
「緊急時の使用は許されているわよ。それに貴方には言われたくない」
「俺のはいつだって緊急時だよ」
「どこがよ。……というかいい加減、離してくれないかしら?」
「俺はこのままでもいいんだが?」
「私が嫌だからに決まってるでしょ、マティウス」
はいはいと答えて、後ろのマティウスが離れていく。
……ようやく本当に落ち着けた。
深呼吸をして心の準備をしてから後ろを振り返る。
「よっ。遅れて悪いな」
「別に……私が早く来すぎただけだから」
「なんだ、そんなに早く俺に会いたかったのか?」
「そうじゃないから!」
マティウスの態度はいつも通りだが、服装はいつもの学生服姿ではなかった。
冬が終わりかけ、暖かくなってきたこの時期にちょうど良さそうな黒ジャケット姿だ。
服の質は良さそうだが、そこらの街を歩く人々に溶け込めるような服装か。
それでも隠しきれない高貴さと存在感があるのは、流石というべきか。
先程の二人組も一発でマティウスと分かったくらいなのだから。
「なんか……学生服じゃない貴方の姿は見慣れなくて落ち着かないわね」
「そういうお前はなんで学生服なんだよ」
対してルゼリアは学生服のままだ。
いつもと同じ、黒のローブにワンピース。それから学年色の赤いリボン。
「こういう時の女子ってのはおしゃれするもんだろ?」
「そりゃそうだけど……ないのだから仕方ないじゃない」
「ないって?」
「…………そんな服はないのよ」
ルゼリアはあまり服を持っていない。
父親との約束により、実家の援助が受けられず、お金があまりないからだ。
一応ないわけでもないが、数少ないドレスを三年も使い回せばボロボロにもなる。
できればそれで人前には出たくない。
その中でまだマシなのは交流会の時に着たドレスだが、あれは礼服なので派手すぎる。
そうなるとこういう時に着ていけそうな服が、学生服くらいしかない。
毎日着るものだから、学生服の買い替えだけは優先していたため、見栄えはいいのだ。
(外に遊びに行くことを断っていたのも、この理由もあったのよね……)
学生になるまではお金の大切さを思ったことがなかったが、今ではよく分かる。
そう思うとメイリは本当に苦労しているものだろう。
「服を買う余裕がないのか?」
「……そう」
「クロウリア家の令嬢なのに?」
「……ええ、そうよ」
「実家が困窮しているわけでもないんだろ?」
「まぁね。……ちょっと父とは仲が悪いせいよ」
「まさか、俺のせいか?」
「違うから、安心して。この問題は入学以来から続いていることだから」
するとマティウスが腕を組んで考え込み始めた。
「そういえば、交流会の時の格好もずっと同じだったな。気に入っているからと思っていたが」
「……そうじゃなきゃ、毎年変えていたわよ」
ずっと隠していたことがバレたような気がして、少々落ち着かない。
こうなった原因は父と交わした約束にある。だからあまりこの話題はしたくない。
父と交わした約束はメイリだって知らないことだ。
それをマティウスに知られるのはもっと嫌だった。
「事情は分かったが……。学生服っていうのも、まぁ悪くないんだが……」
「何ジロジロと見ているのよ……」
「これくらいで恥ずかしがるなよ、これからお前をもっと、じっくりと見ることになるんだから」
「なっ……なによそれ!」
「行くぞ、ルゼリア」
そう言って歩き始めたマティウス。
一体どこへ向かうというのか、さっきの言葉もあって付いて行くのが怖い。
「来ないのか?」
「私をどこへ連れて行くつもりよ……!」
「どこだと思う?」
にやにやとするあの顔が腹立たしい。もう帰ってやろうか。
「まぁ、安心しろって。変なところじゃないから。それに何かあれば、緊急時対応すればいいだろ?」
確かに今日は杖を持っている。
何かあれば先程やろうとしたように、魔法を使って対処すればいい。
「あと今日の俺は杖を持ってないぞ?」
「えっ……?」
今度はルゼリアがマティウスをジロジロと見る。
見たところ杖を持っていないようだ。
マティウスはさらに上着を脱いで見せる。内ポケットにもない。
「気になるなら、もっと確かめるか?」
「いや、いいわよ。……でもなんで」
「杖を持った男ほど、女に危険なものはないだろう?」
「貴方は杖を持ってもいなくても、危険な気がするのだけど」
「それは俺が危険な男の魅力に溢れているということか?」
「褒め言葉じゃないから」
しかし、まさかマティウスが杖を持ってきていないとは。
女性であるルゼリアに対して警戒心を与えないように、誠実な対応をしたということだろうか。
学園内と違ってここは外だ。何か間違いがあった場合の被害は計り知れない。
「……何かあった時どうするのよ」
「その時はお前がなんとかしてくれるだろ? 俺はルゼリアの力を信用しているから」
マティウスは屈託もなく、自信たっぷりに言い切った。
それも自分自身ではなく、ルゼリアの力に対してのことで。
「それで、どうするんだ?」
「……行くわよ。行けばいいんでしょ!」
――ずるい。とてもずるい。
魔術師にとって杖は半身と言っていい存在なのに。
それをあっさりと置いてきて、ルゼリアのことを信用するなんて。
こんなことをされては、マティウスを信用しないなんて、できないではないか。
それに嫌でもない。むしろ嬉しいものだ。
ルゼリアの力をここまで信用してくれるのだから。




