第十五話「下僕だろうがなんだろうが、俺はルゼリアがいいんだよ」
「ふぅ……」
朝。ルゼリアは起床後、顔を洗って目を覚ます。
秋が過ぎ段々と冬に近づいていっている季節のため、水が冷たい。
それが終わると着替え、食堂で朝食を食べる。
その後に日課である、マティウスへ電話を掛けることをしたのだが……。
「……出ないなんて珍しいわね」
いくらコール音が鳴っても電話に出る気配がない。
そうしていると何やら寮の外が騒がしいことに気づく。窓際から女子寮の入口を覗き見た。
「なっ……!」
入口には黒のローブにワンピース姿の女子生徒たちが登校のために出ていく姿が見えるが、一箇所が黒団子と言っていいような人だかりができていた。
そしてその中心には金髪の男子生徒……マティウスの姿があったのだ。
「なんで、ここに!」
いくら電話を掛けても出ないはずだ。
ルゼリアは急いで寮室を飛び出して、外へ向かった。
「まぁ、マティウス様! 朝一番に貴方に出会えるなんて、イルメラは嬉しいです!」
「チッ……なんだ、てめぇかよ」
ちょうど玄関を出たところで、イルメラがマティウスに話しかけていた。
(うっわぁ……あれによく話しかけられるわね……)
嬉しそうなイルメラに対して、マティウスはというとこれ以上、話しかけるなという雰囲気を隠そうともしない態度だ。
もう視線だけで人を殺さんばかりの勢いである。
そのせいか、マティウス目当てに集まっていた女子生徒たちでさえ、引いている始末だ。
それでもイルメラは視線も態度も気にせずに、むしろ気づいているのだろうか? といった様子で上機嫌にマティウスに話しかけ続けていた。
「……あっ! おい、ルゼリア! 出てきたんなら声かけろよ」
ルゼリアを見つけた瞬間、マティウスは嬉しそうに笑っていた。
……さっきまで不愉快そうにしていたのに。イルメラに向ける表情と違いすぎる。
これはきっとイルメラから逃れたかったからに違いない。そうに違いない。
「おはよう、マティウス。……それからイルメラさん」
「ええ、おはようございます。ルゼリア様」
対してイルメラのほうが今度は不愉快そうになっていた。
ただ顔にはおくびにも出さずに、笑顔であいさつをしている。
「そうだ、ラドリー。今年のパートナーの件だが、俺はルゼリアをパートナーにするから」
ルゼリアの肩を抱いて、イルメラに向けてマティウスがそう言った。
「えっ? ……でもルゼリア様にだって去年のパートナーの方とか……」
「別に毎年同じ方にしなくてはいけないルールもないでしょう、イルメラさん」
「でも……ルゼリア様は下僕なのでしょう? 下僕をパートナーにするだなんて」
「下僕だろうがなんだろうが、俺はルゼリアがいいんだよ。だからいい加減、諦めろラドリー」
声は獣のように低く、赤い目が険しい鋭さを持って、イルメラを睨む。
獅子を怒らせたら、まさにこのような感じだろう。
「まぁイルメラさんったら、マティウス様のパートナーだってあんなに言っていらしたのに」
「ラドリー家ごときがマティウス様となんて、おかしな話だったのよ」
周囲の女子生徒からそんな会話が聞こえてくる。
「……そうですか。では、わたくしはこれで失礼いたします」
スカートの裾を持って令嬢らしい一礼をしてから、イルメラが離れていく。
――一瞬、ルゼリアを睨みつけてから。
「はぁ……諦めの悪い女だ。どうして俺の周りにはそんな女ばっかりなんだ?」
「悪かったわね、私もそんな女で。というか……これのためにわざわざ女子寮まで来たでしょ?」
「あぁ、フローエに提案されてな」
「……メイリに提案された?」
……ということはだ。
ルゼリアがきょろきょろと周囲を見渡すと、木陰からこちらを覗いている小さな人影があった。
青髪を三編みで纏めて横に流した、三年生の女子生徒。
「メ~イ~リ~? なぁ~にをしているのかしらぁ?」
「私は木……今、私は木なのよ! さぁ、私に構わず続けてくださいませ!」
「トレントにでもなったつもりなの!? というか何を続けろっていうのよ!!」
親友の奇行に若干、心配になるルゼリア。
ルゼリアは知らないだろうが、とある界隈はよくあることだ。
「こほん……取り乱して失礼しました。私が出ても邪魔になりますから、ここでお二方の尊い……いえ、成り行きを見守っていたのです」
「そ、そう……」
今のメイリはメッキのような何かが剥がれかけている……そんな気がしてならないルゼリアだった。
「それにしても、メイリが提案したのね?」
「ええ。あのような方には、はっきりと見せつけておかないと、分かってくれませんから」
「効果は良さそうだったな。これで教室でも言い寄られずに済む……」
イルメラとマティウスは同じクラスだ。
となると毎日あの様子で言い寄られていたのだろう。
「提案をありがとな、フローエ」
「いえいえ。こちらこそ、供給をありがとうございました」
「あの……私だけ蚊帳の外だったのですけど?」
「なんだ、仲間はずれにされて寂しかったか?」
「まぁごめんなさい。ルゼリアには黙っていたほうが、新鮮な反応が見られるかと思いまして」
やっぱり、この二人を引き合わせてはならなかったと改めてルゼリアは思った。
「……さて、話を戻しますが。あの手の者は諦めが悪く、そして時に何をするか分かりません。お二方とも、気を付けておいてくださいませ」
メイリの言う通りだ。
去り際にイルメラはルゼリアを睨んでいた。
パートナーに選ばれなかったことを恨んで、八つ当たりをしてきてもおかしくない。
「そうね……交流会まで気を引き締めておきましょう」
「おいおい、前期テストのほうも忘れるんじゃねぇぞ?」
「分かっているわよ。そっちこそ油断していると寝首をかくからね!」
「ほぅ、夜這いをしに来てくれるのか?」
「するわけないでしょ……!!」
「……まだ学生同士……でも抑えられない想いに耐えきれず……あぁ! いけませんわ! それ以上はまだ!」
「メイリはまた何を言っているのよ……」
早く学校に着いて欲しい。
この二人をいっぺんに相手をするのは大変だと学んだ、ルゼリアだった。
「あぁ、そうだ。ルゼリア。明日からも俺がこっちに出迎えに来るから」
「えっ……なんで?」
イルメラのパートナーの件はもう終わったのだから、女子寮まで来なくたっていいはずだ。
「理由なんていいだろ、別に」
「嫌よ。だってただでさえ貴方のパートナーってだけで騒がれるのに、わざわざ私の方に迎えに来るなんて……噂がもっとひどくなるじゃない」
「今までだって男子寮の方にお前が通ってたんだ。今更、変わらねぇだろ。それにフローエも一緒に登校できる」
マティウスと朝、一緒に登校するということはもう今さらのことだ。
どっちが出迎えに行くかなんて些細な違いだろう。
むしろ、メイリも一緒なら今までよりもよほど良い状況だ。二人きりではないのだから。
それにマティウスが一緒とはいえ、またメイリと登校できると思えば純粋に嬉しい。
メイリと過ごせる学生生活も残り少ないのだから。
「まぁ、それもそうね……じゃあ、そうしましょう」
「よし。……あぁ、でも。俺へのモーニングコールはしてくれよな?」
「はいはい、分かったから。……メイリもそれでいいわよね?」
「くっ……推し空間に私がいるなんて……今すぐ空気になりたいですわ……!」
「……メイリ?」
「あ、なんでもございません! ええ、それで大丈夫です」
この子は本当に大丈夫だろうか……。
木になっていたかと思えば、今度は空気になりたいと言っている。
光合成でもしたいのだろうか?
すごい勢いでルゼリアのメイリに対する人物評価が塗り替えられていた。
「それにしても……マティウスが迎えに来るなんてどういうことかしら?」
マティウスと別れ、教室に向かう途中でつい、呟いてしまう。
今更変わらないのであれば、今まで通りでもいいのに。
まさか、ルゼリアとメイリが一緒に居られるように配慮してくれたのだろうか?
「マティウス様は嫉妬深いようですからね。仕方ないかと」
「なによ、それ。何が嫉妬深いのよ?」
「男子寮の方は男子ばかりでしょう?」
「男子寮なのだから、当たり前のことじゃない」
「だからこそ、ですよ。マティウス様もわかりやすい方ですわね」
だから、どういうことなのか。何が、わかりやすいのか。
さっきの意味不明な言動と同じく、ルゼリアにはメイリの言っている意味が分からなかった。
「それより、ルゼリア。モーニングコールってどういうことか、説明してくれませんこと?」
「……さぁて、もうすぐ授業が始まるし、その前に自習しないといけないわねぇ~」
興味津々なメイリをなんとかあしらいつつ、早く先生が来てほしいと願ったルゼリアだった。




