第十一話「なんであいつの名前が出てくるのよ」
「ルゼリア、なんだか機嫌がいいわね? 何か良いことでもあったの?」
「えっ、そうかしら?」
次の授業を受ける教室へ向かっている途中にメイリがそう話しかけてきた。
「この前まで体調が悪そうだったり、倒れちゃったりしていたから心配していたのよ?」
「本当に心配かけてごめんね、メイリ。もうあんなことしないから……」
メイリは知らないだろうが前回の失敗で、彼女も危険な目に合わせてしまった。
自分の心配をしてくれるような友人を失うところだったのかと思うと、もう無理はしないべきだと改めて思う。
「うん。だから今のルゼリアはとっても元気そうだから嬉しいわ。これもマティウス様のお陰かしら?」
「なんであいつの名前が出てくるのよ」
「あら、違うの? てっきりマティウス様とさらに親密になるイベントがあったからだと――」
「ないない! そんなイベントなかったから!!」
まさか最近、二人きりで放課後勉強しているのがバレているのだろうか。
しかし、二人きりで勉強会というのも、メイリがいう親密なイベントのそれではないだろうか?
(いやいや、それも違う! これはそんなイベントじゃない!)
脳内で一人ツッコミをしてしまうルゼリア。
彼とはそう、そんな関係ではないはずだ。きっと。
でも確かに、最近のルゼリアは機嫌がいい。
それというのも、切羽詰まっていた気持ちがだいぶ落ち着いたのもあるし、勉強会だってそうだ。
マティウスの教え方は的確で分かりやすい。
元々勉強ができるルゼリアだったのもあり、それに拍車をかけて良くなっていた。
学ぶのがつい楽しくなり、お陰で最近は授業だっていつもより楽しんでいる。
それに授業の内容について、あれこれとマティウスと話しながら復習するのも楽しみの一つになった。
今まで誰かと授業の内容について白熱したことはない。というのも、だいたいルゼリアの話に他の生徒はついてこれないのだ。
同級生の女子生徒はもちろん、メイリも仲良くはあるが成績自体はそこそこなので、深い話にはついてこれない。
男子はというと、大抵女子であるルゼリアのほうが成績優秀なのが気に入らないのか、無視されたりして話すらしてくれない。
なので授業の内容を語れるのは教師くらいだった。
そして、マティウスは語るに相応しい相手だ。
天才と呼ばれるだけあってルゼリアの話には余裕でついてくるし、ルゼリアとは違った視点で語ることもあり、時に感心することもある。
なにより、他の男子のように女子だからといった理由で無視されることもない。
……これに関しては彼のほうがルゼリアより上だからというのもあるかもしれないが。
なんであれ、授業の内容を語り合うのは楽しいので、余計に授業を受けるのだって身が入るものだ。
(そう、けして彼とそんなイベントなんて起こってない……。起こってないわよね?)
あくまでも学友として授業内容を語り合っているだけであって、マティウスと話をするのが楽しいとか、彼と一緒にいる時間が楽しいとかそんなわけではない。きっと。
「そんなに否定しなくてもいいじゃないの、ルゼリア」
「だってあんなやつ……嫌いだし」
「まぁ。マティウス様、すごく格好いいのに……。この前だって倒れたルゼリアを運んでいく姿は素敵だったわ……まるで姫を助ける王子様のようで」
「それのどこが――え、待って! 誰が誰を運んだ、ですって!?」
「あら、ルゼリアったら知らなかったの? この前ルゼリアが倒れた時、保健室に運んでくれたのはマティウス様よ。誰よりも先にルゼリアのところに駆け寄って……助け起こしていて……お姫様抱っこをして……」
どうやらその時のことを思い出しているらしい。
ぽわぽわとした表情でメイリが語ってくれる。
いや、それよりも。
「嘘でしょ……」
ということはだ、自分はマティウスにお姫様抱っこされたというのか。それも公衆の面前で。
自分は気を失っていたとはいえ、まさかそんなことをされていたとは思わなかった。
つい、想像してしまって、恥ずかしくて顔が熱い。
「きゃー! マティウス様だわ!」
「え、どこどこ!?」
急に黄色い声が聞こえてきて、びっくりする。それもマティウスの名を呼ぶ声だったものだから。
見れば、同じクラスの女子生徒が廊下の外から校庭を覗いており、そこにマティウスたちのクラスがあった。
どうやらこの時間は野外授業らしく、皆動きやすそうな服装だ。
その中で、一際目立つ存在感を放っているのがマティウスだった。
「あ……」
そんなマティウスに近づく女子生徒――赤毛の似合う可愛らしい少女。
確かこの前の合同授業の時も一緒のグループだった子だ。
「あら、イルメラさんね」
「またあんなに引っ付いて……よっぽどマティウス様が好きなのね」
女子生徒たちの会話が自然と耳に入ってくる。
そのせいで余計に赤毛の少女……イルメラを見てしまう。
イルメラはマティウスの腕を取ったかと思うと、なんとその腕に抱きついていた。
「あらまぁ、なんて大胆な方」
「……行くわよ、メイリ。授業に遅れるから」
「どうしたの、ルゼリア?」
「いいから!」
メイリの手を引っ張って逃げるようにその場を後にする。
……どうしてだろうか。あの二人の光景を見るのが嫌だった。
 




