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嫉妬とか承認欲求とか、そういうの全部捨てて田舎にひきこもる所存  作者: エイ


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 まだ正式契約をしていないので、今日の分は給金が出ないのでしなくていいと憲兵さんには言われたが、双子の虱も気になったのでやらせてほしいとお願いした。


 双子が使っている寝具は虱がついているだろうから、早く洗濯をしたかったので、シーツやカバーを全部はがして薬液を混ぜた水で全部洗った。


布団を外に干したり掃除をしたり、忙しく動き回っていたが、不思議なことに子どもたちが皆私の後ろをついて回るので、色々お願いしてみると嬉しそうに顔を輝かせてお手伝いをしてくれた。

 私が『ありがとうございます』とか『助かります』と声をかけると、本当に嬉しそうな顔をする。

双子にも洗濯ばさみを受け渡す仕事をお願いしたら、使命感にあふれた様子で一生懸命に手渡してくれた。



 忙しく働いていたら、気が付けば日が暮れそうな時間になっていた。

 今日も双子をお風呂に入れたほうがいいかと聞いたが、憲兵さんも戻らないといけないから時間的に無理だというので今日はあきらめて私も帰るしかなかった。



 帰る時、扉のところまで子どもたちが見送りに来て、名残惜しそうに手を振ってくれた。





 大部屋を出たところで、憲兵さんが感心したように私に言う。


「ずいぶん懐かれましたね。三兄弟も普段あんな感じじゃないんですよ。俺とかにはマジでそっけないっていうか、ものすごく警戒されていて、返事もしない時あるのに、初対面の相手にあんなに懐くなんて信じられない。本当に、どんな魔法を使ったんですか?」


「特別なことは何もしていないですし、私が女性だったから近づきやすかったというだけじゃないでしょうか」


「いや、ホントアイツら、特に双子はみんな手を焼いていて、ほとほと困っていたんですよ。最初から、喋らん食わんすぐに噛むといった有様で、手に負えなかったんです。

三兄弟も大人を信用していないようですごく反抗的で、保護した当初は大人に唾吐きかけてくるような子だったんです。今でこそおとなしくなりましたが、逆に無気力になってしまって、いくら教えても掃除も洗濯もやりゃあしない有様で……部屋も荒れ放題だったでしょう?」



 共同廊下で立ち止まって、憲兵さんが『話しておいたほうがいいと思うんで』と言って、彼等の身の上を教えてくれた。


 三兄弟はこの町の子どもじゃなく、行商を営む親に連れられ各地を転々としていたが、この町に訪れた際、三兄弟は親においていかれてしまった。つまり、見知らぬ土地に捨てていかれたのだ。

商品の代金を持ってくると言って、親たちは子どもたちを卸問屋の前に置いてそのままいなくなってしまったそうだ。

 親はもちろん見つからず、自警団では手に負えないので軍警察が三兄弟を保護することになった。子どもたちに親や故郷のことについて聞き取り調査をし、色々照らし合わせて、各地に問い合わせの手紙を送った結果、ようやく以前住んでいたと思しき町を探し当てることができた。親はもちろん町に帰ってきてはいないが、子どもたちはその町の住民だと確認できたので、そちらに引き取ってもらう予定になっている。

お迎えが来たら、三兄弟はこの施設を出るので、ここに滞在するのはあとわずかだと教えてくれた。


 双子に関しては、父親が仕事中の事故で亡くなって、同僚が遺品の整理に家を訪れたところ、がりがりにやせ細った双子が鍵のかかった部屋で見つかったそうだ。

 男の妻は数年前に離縁して家を出て行ったのだが、双子は妻が一緒に連れて行ったと近所の人には思われていて、双子は発見されるまでの数年間、ずっと部屋に軟禁されていた。

 異常な状態で子どもが発見され大変な騒ぎになったが、閉じ込めていた張本人の父親は死んでしまったし、二人は口がきけないので、何があったのか、どうして軟禁されているのかは分からずじまいだった。



「ホントのこと言うと、双子は知恵おくれか何かだと俺も思っていたんです。でも今日の様子を見てると、喋らないこと以外はごく普通の子みたいでしたよね。いやーすごいですよ。あなたのおかげです」


「私は何も……」


「おっと、まじでそろそろ帰らないとまずいな。すんません、契約もあるんで明日また迎えに来ます。つか、今度こそ飯行きましょうね。リンドウには内緒で」


 立ち話で時間が経ってしまったので、憲兵さんは慌てて帰っていった。



 一人になって、さっき聞かされた子どもたちの身の上が重くのしかかってくる。

 平和な町だから、犯罪も事故も身近なものではなかった。だけど私が知らなかっただけで、この世界には酷いことがいくらでも起きているんだろう。

 知ったからと言って、私に何ができるわけでもないが、それでもそういうことを知らないままでいてはいけないような気がした。




***



 翌日に正式に仕事の契約をして、私の日常に子どもたちのお世話という業務が加わった。


 期間は、ひとまず双子の引き取り先が決まるまでは続けてもらいたいというざっくりしたものだったが、お給金がかなり高額だったので、短期間で終了になってもかなり貯金ができそうだった。


 

 私がお世話係として雇われたが、担当の憲兵さんが毎日交代で来るので、私はその補助として週に五日、子どもたちのいる大部屋に通う。



 子どものお世話なんてしたことがないので、本当に私に務まるのかと不安だったが、いざ始めてみるとこれが本当に楽しかった。


 基本的な仕事は掃除や洗濯、そして全員分の食事作りだが、実際私が働くというより、子どもたちがやりたがるので、私はやり方を教えたりできないところを手伝うだけだった。


「おねえちゃん、僕こんなにたくさん洗濯したよ」

「おねえちゃん、俺がお皿洗ったんだよ」

「おねえちゃん、掃除終わった」


 三兄弟はいつも競うように私の仕事を手伝って、嬉しそうに報告をしてくれる。憲兵さんは、彼らに掃除や洗濯の仕方を教えても全然やろうとしないと言っていたが、それが信じられないくらい彼らはよく働いた。


 最初彼らは私を先生と呼んだので、それは止めてと言ったらなんとなくお姉ちゃん呼びに落ち着いた。お姉ちゃんと呼ばれるたびに、かつてそう私を呼んでいた人のことを思い出して少しだけ胸が痛んだ。



「ありがとうございます。助かりました」


「「「どういたしまして」」」


 声をそろえて返事をする三兄弟をみて、交代で来る憲兵さんたちは皆唖然としている。自分たちだけで面倒見ていた時とあまりにも違いすぎる!と言って嘆いたりもしていた。


 双子は喋らないけれど、いつも私の後ろをついてくるので、二人にもできることを頼んでやってもらっている。ついてくるから遊んでほしいのかと思って、おもちゃを渡してみたが、それは喜ばなかったので、結局私の仕事のお手伝いをしてもらっている。後ろからちょこちょこついてくる双子はヒヨコのようでとてもかわいい。


「まーたディアさんにくっついて回っているのか?子どもたちは」


 そう言って後ろから声をかけてきたのは、今日の担当の憲兵さんだ。憲兵さんたちは持ち回りでこちらに来てくれる。

 以前は食事を運んでくるのが主な仕事だったが、今は食事作りを主に私がやっているので、必要な食材や日用品を彼らに私が申請して買ってきてもらう形をとっている。そのため、彼らは子どもたちの健康観察をしたあとは私の日報を受け取るくらいでもうすることはないはずなのだが、私の仕事ぶりを心配してか、勤務時間いっぱいまで大部屋に居る人がほとんどだった。 

 でも子どもたちは相変わらず憲兵さんたちが苦手なようで、彼らがいるとあまりいい顔をしない。


「みんなお手伝いしてくれるから助かっていますよ」


 私は声をかけてきた憲兵さんに笑いながら答える。当番でくる憲兵さんたちとは皆、まだ一、二回しか顔を合わせていないが、皆親切で優しい。


「いやーちび共にやらせるほうが時間かかって大変だったりするときもあるでしょう?そこまで付き合ってやらなくてもいいんですよ。でもディアさんは本当に働き者ですよねえ。料理も手際がいいし、しかもめちゃくちゃ美味しい!ここに当番で来る奴らはみんな、昼飯が楽しみでしょうがないってウキウキしてますよ。これまで当番面倒くさがっていた奴らがこぞってやりたがるんだから、下心見え見えですよね」


「そんなに楽しみにしていただけるほど、凝った料理ではないんですが……でも皆さん美味しそうに食べてくださるから、とても嬉しいです。子どもたちも、自分が一緒に作った料理だと一層美味しく感じるみたいで、食が進んで以前よりもふっくらしてきましたね」


 子どもたちを見ながら話をしていたが、ふと気づくと憲兵さんが私を覗き込むようにしてすぐ傍に立っていた。なにか気になることでもあるのかと不思議に思っていると、憲兵さんはにこっと笑みを作って、内緒話をするように声をひそめて話し始めた。


「それはそうとさ……ディアさんはこのあと予定あるのかな?ホラ、仕事中じゃあまり話もできないからさ、親交を深めるために食事にでもいかない?俺、いい店知ってるんだ……っ痛え!」


 突然憲兵さんが叫び声をあげて私の視界から消えた。えっ?!と驚いて下を見ると、引き倒された憲兵さんに子どもたちが群がっていた。


「おねえちゃんをやらしー目で見るな!ハンザイだぞ!」


 三兄弟がそう言いながら憲兵さんを一生懸命押さえつけているので思わず笑ってしまった。


「みんな彼を放してあげてください。彼はただ私とお話していただけなので、なにも悪いことはしていませんでしたよ」



「ちがうよ、ここに来るおっさんたちはみんなおねえちゃんをやらしー目で見てるんだ。俺たちはそういう悪い大人をたくさん見てきたから分かるんだ!大丈夫だよ!おねえちゃんは俺たちが守るから!」


「やめろ!こんのクソガキが!腰グキっていっただろうが!つーか俺らに対する嘘の誹謗中傷をディアさんに吹き込むのやめろ」


 憲兵さんが怒鳴ると子どもたちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。それを憲兵さんはすかさず追いかけて行って一人ずつつかまえては逃げられてを繰り返していた。


 よく分からないけど、子どもたちにとっては、これはそういう遊びなのかもしれない。当番の憲兵さんが私に何か話しかけているといつも邪魔をしてくる。

 憲兵さんは悪者じゃないんだよと言っても、どうやら大人の男性は悪者という認識のようだ。

 複雑な生い立ちのせいかしらと思う部分もあったから、あまり強く言えないでいる。

 憲兵さんたちも、少々のことでは本気で怒ったりしない。以前は無気力ですぐ噛みつくような問題だらけの子どもたちだったので、今のちょっと悪ガキくらいのほうがまだマシだと思っているらしい。


 部署長さんに一度報告でお会いした時も、子どもたちが元気になってよかった、君のおかげだと声をかけてくれた。


 医師の先生の診察も双子を含めた全員がキチンと受けられて、健康状態は改善されてきたし、もう心配いらないねーと言って太鼓判を押してくれたが、私は気になることがあった。


 憲兵さんたちは子どもたちがお手伝いする様子を見て、『おままごとみたいで楽しいのかね?』と微笑ましく見ていたが、私は違うように思っていた。


 子どもたちは『ありがとう』とか『助かりました』という言葉をかけると、すごくホッとしたような顔をする。最初は嬉しそうにしていると思っていたが、時々、なにかにすがるような切実な目で私を見るのだ。


 褒められたい……とは多分違う。彼らはきっと『必要とされたい』のだ。


 私にも覚えがある。役に立つと言われると、自分の存在を認められたような気がする。私も昔は周囲の人たちに必要とされたくて、嫌なことでも積極的に引き受けた。そうしないと、自分が無価値で要らない存在だと思われて捨てられてしまうと常に不安だったからだ。

 憲兵さんたちはお手伝いも子どものお遊びの一環くらいに思って微笑ましく見ているが、私は過去の自分と重なって見えて切ない気持ちになった。


 親に愛されなかったから、この子たちは自分を肯定する方法が分からないのだ。だから彼らは私のお手伝いを買って出て、自分は必要な存在だと私に証明したいのだろう。なぜ会ったばかりの私に必要とされたいのか分からないが、ただ一時的に雇われただけの私は子どもたちと仲良くなりすぎないほうがいいのかもしれない。この先、彼らはどこかへ引き取られていくのだから、この部屋も、そして私も、彼らの居場所にはなれない。



 そう思ったけれど、お世話係としてここにきている以上、関わりを減らすことはできないし、そばにくる子どもたちを拒絶することもできず、私は人知れず悩んでいた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] それ、ジローさんと同じ心境ー! って、なりました。
[一言] 実際の文化・社会倫理の程度如何によっては当然のこととはいえ、現状真面目と言える憲兵が一人しか出て来ていない…。 別にディアさん絡まなくても幾らでも悪意による人為的な不幸が沸いて出そうな町やだ…
[気になる点] 出て行ったという、双子の母。 子供達の引き取り手として候補に挙がらない。 ディアさん自身の直接の不幸につながる要素じゃないけど、この作品、突然更なる最低の底が口を開けるから。 生きて…
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