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嫉妬とか承認欲求とか、そういうの全部捨てて田舎にひきこもる所存  作者: エイ


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「あの、大丈夫ですか?すみません、とっさに余計な嘘をついてしまって……ああいう輩は権力に弱いんで、憲兵の妻といえばすぐ引き下がると思って……気分を悪くされましたか?」


 すぐ隣に憲兵さんが立っていて、焦ったような困った顔でこちらを覗き込んでいた。

 声をかけられて私はようやく我に返り、慌ててお礼を言った。


「すみませんぼんやりして。あの、間に入ってくださって助かりました。今日、商工会長さんにお会いして知ったんですが、どうも私が町を出た後に色々噂になったようで、面白がってわざわざ居場所を探しにくる人もいるかもしれないから注意しろってクラトさんにも言われていたのに……油断していました。おかげで助かりました。ありがとうございます」


 一瞬自分が過去に戻ってしまったような感覚に陥っていたが、憲兵さんの気遣わしげな顔を見ていたら、だんだんと気持ちがほぐれていった。



「その……余計なことだとは思ったんですが、あなたの身の上に起きたことや、その後の騒動も知っているので、こういう事態が起きるのは予想していました。彼らは随分しつこく絡んできたので、普通に追い払っただけではまたあなたが一人になった時を狙ってまた現れそうだったので、でも、すみません……未婚の女性に対して失礼なことを。

 でも、そういえばあの二人なにか言っていましたね。昨日の奴とかなんとか……」


「クラトさんが言うには、昨日の時点で私が町に居るのを見たと言っている人の話を聞いたそうなんです。クラトさんと一緒にいる姿を見られたので、彼が私の夫かと噂していたらしいので、そのことかと。でもクラトさんは、その噂は否定しないで私に夫がいることにしておいたほうがいいと言っていたので、なにも問題ないですよ。あ、でもこれじゃ、憲兵さんに迷惑がかかるようになるんじゃ……?」


「先ほどの彼らから『夫が憲兵だ』と噂が広まれば、もう二度と絡んで来ようとする輩はいなくなるでしょう。面倒除けのための夫だったら、憲兵だとしておくほうがなにかと都合がいいと思うので、そういうことにしておけばいいですよ。僕のことは心配なさらずとも大丈夫ですよ。妻も恋人もおりませんから、困るようなことはありません」


「あ、ありがとうございます……裁判のことだけじゃなく、なにからなにまで助けていただいて……こんなご面倒をかけていいわけないのに、本当にすみません」


「いえ、僕がしたくてしたことですから。実は、ご両親の調査をしていく中で、あなたのことも詳しく調べさせてもらったんです。憲兵である自分が、個人に肩入れしすぎるのはよくないことなんですが……どうにも他人事とは思えなくて」


 他人事とは思えないとはどういうことだろうと思っていると、憲兵さんは、実は自分も親から虐待に近い扱いを受けて育ったのだと教えてくれた。



 彼の生まれた家は、貴族の称号を持つ名家だったが、その肩書ゆえに両親は選民意識の強い人だった。跡取りである長男ばかりを可愛がり、次男の自分は常に虐げられて育ったと言った。

 次男は本来この家に必要ない存在なのだから、長男である兄に尽くして生きろというのが彼の親の持論だった。

 そんな理不尽な家から逃れるために、彼は親の決めた働き口を拒み、ひそかに試験を受けていた軍警察への入隊を決めて、家を出た。


 両親は、王家直属の近衛兵や騎士団なら許すが、貴族の称号のある家の人間が公僕となるなど絶対に許さないと怒り狂い、彼を家から除籍したのだという。



「要らない子を育ててやったのに、その恩も忘れ親の言うことに逆らうのかと散々罵られましたよ。除籍されてからは本当に縁が切れ、それ以来一度も会っていません。

 ディアさんの両親が、あなたを責めている言葉を聞いて、かつての自分とあなたが重なって見えて、他人事とは思えなかったんですよ」


 そこまで言われて私はもうなにも言えなくなってしまった。この憲兵さんが村に手紙をくれたりしてとても気遣ってくれたのは、そういう事情があったからなのかと納得した。


 だからと言って、私が憲兵さんの親切に甘えていいということにはならないと思う。

 だから先ほどのことは何かでお礼をさせてください、というと、憲兵さんは少しためらいながらも答えてくれた。


「じゃあ……今度食事に付き合ってくれませんか?なんて、ダメですかね?」


「はい、そんなことでいいんですか?お食事くらいならいくらでもごちそうします」


「え、いや、そうじゃなく……女性に支払わせるわけには……」


 そんな雑談をしながら歩いているうちに宿についてしまったので、話はそこで終わった。






 夜が更けた頃、ようやくクラトさんが帰ってきたので、宿の休憩室で話をした。


 帰り道で男二人に絡まれた話をしたら、クラトさんは怒りを露わにして、そいつの容姿を教えろと迫ってきた。直接文句を言いに行くつもりらしい。


「話を聞くに、俺が食堂に行ったときに居合わせた奴だろうな。あれだけ釘を刺しておいたのに、馬鹿には理解できなかったらしい。そういう馬鹿はまた来るだろうから、体で分からせてやる必要があるな」


 なにやら物騒なことをクラトさんが言い出したので、それはもう憲兵さんのおかげで解決したと伝えた。


 私が憲兵さんの妻かもしれない、という話がおそらく彼らの口から広まれば、興味本位で絡んでくることはないだろうという話をすると、それなら安心だなと言ってもらえるかと思っていたのに、クラトさんは微妙な顔をしていた。


「確かに憲兵の威を借りれば、ディアさんの身辺は安全になるだろう。だけど……ディアさんはいいのか?」


「はい。憲兵さんには申し訳ないと思ったんですけど、構わないと言ってもらえたので」


「うん、そうなんだろうけど、そうじゃなくてな……まあ……いいか」


 クラトさんはなにか奥歯にものが挟まったような物言いだったけれど、最終的には『憲兵のような権力のある人物が味方になってくれれば、今後動きやすくなるので助かる』と言っていたので、特に問題は無さそうだった。



 そして、ラウの店のほうは、これから財産整理をしてその後取引先への未払い分を納めて最終的に廃業届を出す、という流れらしいが、なにをするにもラウの評判が付きまとい、やっぱり業者にも門前払いを食らうことがあるそうで、余計に時間がかかっているとのことだった。


 そのため、クラトさんはできるだけ対外的な部分の仲介に入ってやりたいと考えていると教えてくれた。だが、会長の話からすると私の護衛を強化しなければいけないと思っていたから、私の付き添いを優先して、空いた時間でラウの店の手伝いに行くつもりで予定を立ててきたと教えてくれた。


「でも、軍警察の人間が個人的に君の味方になるのならあまり心配は要らなそうだな。しばらく様子を見て、大丈夫そうならラウのところに行ってやってもいいか?」


「はい、もちろん構いません。ラウも早く片付けを済ませたいでしょうし、手伝ってあげてください。それに……実は裁判の関係上、あと数か月は町に滞在しなくちゃいけないみたいなんです。その間ずっと宿暮らしというわけにいかないし、どこかで家を借りるしかないかなと考えているんですけど、クラトさんはどう思いますか?」


「家か……確かにな。でもまさか二人で一緒に住むわけにもいかないし、その辺は商工会長に相談してみるか」


「一緒じゃダメなんですか?」


「ダメだろ。俺はジローじゃないんだぞ?」


「いくらなんでもクラトさんとジローさんを間違えませんよ」


 私が答えると、クラトさんが心底呆れた顔をした。なにか返答を間違えたらしい。


「まあ……その話はとにかく会長に相談だ。家を借りるのも部屋を間借りするにしても、保証人が必要になるからな」


 今日の会長の様子なら、自分が家を用意するとか言い出しそうで心配だけど、頼ることも大切だと教えられたので、迷惑とか考えず近いうちお願いに行こうということで話はまとまった。




 クラトさんと部屋の前で別れ、私は湯で簡単に身を清めてから寝る支度を整えた。

 疲れている自覚はなかったが、一人になると急に体が重く感じ、どっと疲労感が襲ってきた。


 早く寝ようとベッドに横になったが、体は疲れているのに、頭の中は今日の出来事が駆け巡って目が冴えて眠れそうになかった。


 だって今日は本当に、驚きの連続だった。



 会長があれほどまでに私のことを気にかけてくれていて、今でも後悔しているなんて考えてもみなかった。

 ラウや両親から、町で散々非難されたと聞いてはいたが、それはあくまで一般的な意見として、ラウ達の行動が非常識だと皆が思っただけのことで、そこに私はあまり関係ないと思っていた。一時、私のことが噂されていたとしても、話題の旬が過ぎてしまえば忘れてしまっているだろうと思っていたのだ。


 だから会長の話を聞いた時は驚きすぎて最初は信じられなかった。


 でも、ちゃんと話を聞いてみて、私のその認識が大きく間違っていたと思わざるを得なかった。女衆の人たちが私のことを気にかけてくれていたとか、当時は全く気づきもしなかった。


 どうせみんな私のことなど忘れているだろうと勝手に思い込んで、町の人たちを気に掛けることもしなかった。



 私はもともと町の友人知人との再会は正直望んでいなかった。

 ジローさんは、故郷のことを辛い記憶のままにしておかないほうがいいと言ったが、私としては捨ててきた過去なのだからどうでもいいとすら思っていた。


 だがあの後、私はジローさんに突き放されてしまったので、あのまま村に留まってもどうにもならないと思い、仕方なく町へ戻ることにしただけで、会長やお世話になった人たちへの挨拶は、ジローさんにそう言われていたからと、一応謝罪を済ませればいいだろうという義務的な気持ちでいた。


 会長に会って話を聞くまで、私は本当に、町の人たちがどう思っていたかなど、興味がなかったのだ。


 ちゃんと義理を果たして、こちらの問題を片づけて帰れば、ジローさんももう一度私の話を聞いてくれるんじゃないかという下心があったからで、故郷の人たちと旧交を温めようなんてつもりは全然なかった。私はただ、どうしたらジローさんが私を受け入れてくれるか、それしか考えていなかった。


 そんな風に、町の人たちの気持ちを知ろうともせず勝手に捨てた過去として扱っていた私を、ジローさんはどんな気持ちで見ていたのだろう。呆れていただろうか。薄情で身勝手な人間だと思われていたのだろうか。


 ……いや、そもそも私の過去にジローさんは関係ない。

 純粋に私のことを心配してくれていた町の人たちに対して、ジローさんへの下心で会おうとしていた私が間違っていたのだ。

 

 一旦ジローさんのことは切り離して、自分が捨てようとしてきたものとちゃんと向き合わなければいけないんだと、今日のことで気付かされた。



 色々と衝撃的だったけど、やっぱり町に戻ってきてよかったと、心から思える一日だった。


 私はようやく自分がすべきことが見えてきて、少し前向きな気持ちになっていた。


 明日からも頑張ろう。

 そう思いながら眠りにつくのはいつぶりだろうか。うとうとしてきた私は、久しぶりに穏やかな気持ちで瞼を閉じた。







 この時の私は、人生で起こり得る悪いことは全部出尽くしたと思っていた。

 これからは全て良い方向に進んでいくと、漠然とした希望を持っていた。




 だからあんなことが起こるなんて、私は全く予想していなかったのだ。



 






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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ何か起こるのか…
[一言] 親もロクな親が出て来ませんね(^_^;)
[一言] まだ何か起こるのかよ…(期待) ディアさんが前向きになれたのは良かった 襲来はやっぱり(義)家族絡みかなー
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