傍観者は語る 10
近いとこでこの時間飯が食えるとこっていうとここしかないんで、と言ってラウは入りにくそうにしていたが俺が先に店の扉を開けて中に入った。
俺に続いてラウが顔を覗かせると、店内にいた男たちが一瞬静まり返りラウを見てあからさまに顔を顰めた。
ディアさんにした仕打ちで、ラウは近所の人から総スカンを食らったと聞いていたが、あれからずいぶん経っているのにまだこんな反応をされるほどなのかと驚いた。
だがラウの隣に見知らぬ俺がいたからか、皆直接なにかを言ってくることもなかったので、俺もなにも言わず席に着いた。
ひそひそとこちらを見ながらなにかを言っている人たちが目に入ったが、別段気にせずラウと注文をしていると、一人の若者が声をかけてきた。ずいぶん酔っているのか赤い顔をして目が座っている。
「おーラウ。ずいぶんと久しぶりだなあ。店もつぶれたしてっきり死んだのかと思ったぜ」
「……」
そいつはニヤニヤと笑いながらラウに話しかけてきたが、ラウは下を向いて返事をしない。無視するラウをからかうようにそいつはラウの顔を覗き込みながら勝手にベラベラとしゃべりだした。
「無視すんなよぉ~。なあ、せっかくだからいーこと教えてやんよ。役所勤めの奴から、今すげえ情報聞いちまったんだよ。なんとディアが町に帰ってきているみたいだぞ!なーんか年上の強面男と一緒らしいぜぇ。多分、他所で結婚したから帰ってきたんじゃねえか?ディアを見かけた奴が、彼女以前より綺麗になっていて、人妻の色気がすげえって言っていたぜ~。ははっ、逆にとことん落ちぶれた元婚約者のお前を見たら、ディアはなんていうだろうな?
あ!ひょっとして、旦那がお前に復讐しに来たんじゃねえの?気をつけろよ~お前ディアの旦那に殺されるかもしれないぜ~でも自業自得だもんなーしょうがねーよなー」
厭味ったらしく笑いながら男が言うと、周囲から笑い声が上がった。ラウは俺に申し訳なさそうに目で謝った後、落ち着いた様子で男に向き直った。
「あのなあ……もう友達でもなんでもねえから話しかけんなってお前が言ったんだろ。だったらお前も俺に話しかけんなよ。俺らこれから飯なんだよ。連れがいるんだから煩わせるなよ」
ラウは顔を顰めていたが、感情的にならず冷静に答えていた。
話の内容から察するに、縁を切られた元友達といったところか。それにしても、俺とディアさんは今日町に入ったばかりだというのに、もう噂が回っているのか。知り合いの元に挨拶に行くつもりではあったが、この調子では野次馬が彼女の元に押しかけてきそうだ。早めに彼女にこのことを伝えなくてはならないな……。
それにしてもこの元友達らしき男は、ただラウをからかいに来ただけなようだ。
周囲の人間も男を諫めるどころかニヤニヤしてラウの反応を見ている。
嫌うのは個人の自由だが、孤立して味方のいない状態の奴を、集団で甚振って楽しむみたいな空気が気に入らない。
村でも同じような嫌がらせを度々見てきたが、こんな人の多い町でも結局人間の根本は変わらないんだなと思って、小さくため息をついた。
別にラウを庇う義理は無いが、ぐちゃぐちゃとうるさいので俺は立ち上がってそいつとラウの間に立った。
わざとではないが身長差があるので自然と見下ろす形になり、そいつは少し怯えて後ろに下がった。上から覗き込むように相手の顔を見てやると、おどおどと目を逸らして身を引いたが、逃がさないように足で退路を塞いで男に向かって言った。
「ディアさんと一緒に来た年上の強面男っていうのは俺だよ、坊主。あのなあ、彼女がラウに復讐したいっていうなら俺はいくらでも協力するけどな?だったらコイツと一緒になってディアさんのことを散々馬鹿にしてくれたオトモダチどもにも地獄をみせてやらないといけないよなあ。
どうせお前もラウの軽口に同調して、彼女のことを悪し様に言っていた奴らのひとりだろ?
そのことを彼女が知らないとでも思っていたか?それなのに、なんで他人事みたいに笑っているんだ?
後ろで聞いて笑っている奴らも、同じ穴の貉だろ。彼女が貶められている時、ここにいる奴らは一度でもディアさんを庇ったことがあるか?
ラウの言葉を諫めることもせず、悪口に同調してディアさんのことを笑っていたような奴らが、どの面さげてそんなことを言っているんだ?ん?
正々堂々と自分は彼女を擁護してたって言える奴はいるのか?いるなら俺の前に出てこいよ」
挑発するような言い方で煽ってみたが、男はなにも言い返せないらしくおどおどと目を泳がせているだけだった。周囲の奴らも、なにも反論してこないところを見ると、実際身に覚えがあるんだろう。
「お前らのような恥知らずが会いに来たらディアさんが不快になるだけだから、彼女を見かけても話しかけるなよ?どうしても彼女に用事のあるやつはまず俺に話をもってこい。いいな?」
そこまで言うと、ちょうど注文した料理が運ばれてきたので、ポカンとするラウを促して食事を始めた。
俺が何事もなかったかのようにラウに話しかけながら料理を食べていると、周囲は水を打ったように静まり返っていた。
俺がディアさんの関係者だと名乗ったことと、元婚約者でディアさんにひどい仕打ちをしたラウが普通に会話をしているから、どういう関係なのかと測りかねているようで、店にいる間中、チラチラとこちらを窺う奴らが鬱陶しかったが、もう話しかけてくる奴もいなかったので無視して食事を済ませた。
店を出てから、ラウに先ほどのことを訊ねてみる。
「お前、町ではいつもあんな扱いなのか」
「あ、まあ、そりゃ……そうっすよ。そんだけのことしましたし……」
と、そう言ったきり言葉が途切れたので、顔を覗き込むとラウは泣いていた。
泣くほどつらかったのかと聞くとそうではないと言って首を振る。
「すんません……言われたこととかじゃなくて……俺、誰かにあんな風に庇ってもらうの、初めてだったんで、つい……。いや、俺がしてきたことの報いだと分かっているんで、庇われたいとか言ってんじゃないです。ただ、町に戻ってから誰かと一緒に飯食ったのも久しぶりだったんで……なんか……すんません……泣いたりして」
ラウは、すんません、すんませんと何に対してか分からない謝罪を繰り返す。
母親は逮捕され、父親は面倒事から逃げ出してしまった。自分が悪いからと贖罪のつもりで耐えてきたんだろうが、俺が来たことで気持ちが緩んでしまったようだった。
ガキみたいに泣くラウの頭をぐりぐりと撫でてやると、さすがに『そんなガキじゃないですよ』と苦笑いした。
「俺はお前を庇ったわけじゃないけどな。ただずいぶんと勝手なことを言っているから腹が立っただけだよ。ラウはあいつらに対して償う罪があるわけじゃないだろ。お前が償わなきゃいけない相手はディアさんだ。ああいう奴らはいたぶって楽しむ理由が欲しいだけで、ディアさんのために言っている奴なんか一人もいないよ。無関係の奴らから受ける仕打ちを甘んじて受けたところでディアさんへの償いになんかならないだろ?そういうのをはき違えるなよ」
俺がそう言うと、ラウはびっくりしたように目を見開いて、その後笑って天を仰いだ。
「あーもう、すげえ。俺クラトさんと同じ歳になっても絶対同じセリフ言えねーっすよ。すげえ、かっこいいっす」
「なんだそれ。馬鹿にしてんのか」
「なんでですか、めちゃくちゃ褒めてんですよ」
さっきまでどこか張り詰めたような表情をしていたラウがおかしそうに声をあげて笑ったので、俺は少しだけホッとした。
だが俺は考えなしにラウを訪ねてきたことを後悔し始めていた。
ちょっと様子を見に来るだけのつもりだったが、こんな状態を見てしまったら放っておけなくなるかもと考えるべきだった。
ディアさんの保護者として来ているのだから、ラウに肩入れしすぎるのはよくない。ラウもまだディアさんに未練があるかもしれないし、俺が二人のあいだを行ったり来たりしていたらラウに余計な期待を持たせてしまうかもしれない。周囲にもよりを戻すのかとか、変に勘繰られたりしてディアさんにも迷惑をかけることになりかねない。
だが、ラウは俺が思っていた以上に追い詰められていて、つい手伝うなどと言ってしまった。挙句庇うようなこと真似をしてしまったが、最後まで面倒をみる気がないなら手を出すべきじゃなかった。
この先、ラウがどう生きていくのか分からないが、平坦な道ではないことは確かだろう。
ただちょっと訪ねてきただけの俺が気まぐれにコイツを庇ったところで、何の救いにもなりはしない。むしろ、一人で立とうと気張っていたコイツの気持ちを折るようなことになってしまうかもと思い至って、己の安易な言動を振り返って後悔した。
「……俺もジローのことを言えないな」
「ん?なんて言いました?」
「なんでもない。じゃあ俺宿に帰るからな。……また明日来る」
「あ……はい。あの……クラトさん、俺を訪ねてきてくれてありがとうございました。すげえ……嬉しかったっす」
簡単に別れを告げ、俺は宿へと道を急いだ。
ジローから、ディアさんを頼むと言われた時、あれほど助けて依存させておいて、今更突き放すなんて残酷なことをするなと思った。
ディアさんからすれば、かけられた梯子を登ったとたんに外されたようなものだ。
投げ出すくらいなら最初から手を出すべきじゃないのにとジローに対して思っていたのに、結局俺も同じようなことをしているのかもしれないと気が付いて、人のことは言えない自分の浅はかさに幻滅した。
改めて、ジローはどんな気持ちでディアさんの手助けをして、どんな気持ちで突き放すと決めたのか、もう一度話をしてみたいと、帰り道見慣れない夜空を見上げながらふと思った。
別視点はこれで終わりです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。




