傍観者は語る 5
「その時負った怪我がこれだ。まあ命があっただけ儲けものというくらいの惨事だったからな。俺は幸運だった」
「そうだったんですね……クラトさんは大変な思いをされたんですね。お兄さんと……ジローさんの安否はいつ分かったんですか?」
「この襲撃のあと、奮起した自国が総当たりで砦を落として、そこで戦争は終わった。捕虜はそのあとすぐ解放されて、生きていた者はこちらに帰ってきた。兄たちも無事で、再会できたことを喜んだんだが……」
生きて帰ってこられたことは幸運だが、亡くなった者や自分たちの身に起きたことを思うと、とても喜ぶ気持ちになれないと嘆いて、出迎えた俺たちは兄たちの話を聞いてなにも言えなくなった。
兄のいた部隊はやはり敵国に捕らえられ、終戦まで捕虜として投獄されていたという。同じ部隊にいた村の仲間が何人か亡くなっていて、帰ってきた仲間たちの表情は暗かった。
帰ってきた兄たちと合流した俺を含めた村の人間が、俺がいた部隊もほとんど全滅したことを知らせると、兄たちは泣き崩れた。
休耕期の間だけのつもりで雇われた仕事で、死ぬかもしれないなどほとんど考えてもいなかった。それが終わってみれば、一緒に来た村の仲間たちは来た時の半分になっていて、家族にどう伝えたらいいのかと皆絶望していた。
哨戒所は、闇夜に乗じて砲弾を撃ち込まれた。そのせいでほとんどの者が助からなかった。
物資搬送の拠点でもあるわけなので、場所は巧妙に隠されていたし、そもそも戦地となっている場所からはかなり距離があった。見張りの兵士が夜中であっても全方位見張りに当たっていたというのに、この場所が狙いすましたように襲撃された。
襲撃を受けた方角の見張りについていた兵士は、警鐘を鳴らす暇もなく殺されているし、哨戒所と見張り台の正確な位置が敵にばれていたとしか考えられない。襲撃の予兆が少しでもあれば皆死なずにすんだのに悔しい、と助けに来てくれた応援部隊が話しているのを聞いた。
俺がこのことを話すと、捕虜になっていた仲間のひとりが、『哨戒所の位置を敵国に教えた裏切り者がいるんじゃないか』などと言い出した。
奇襲作戦が失敗に終わったあと、近くに待機していた支援部隊はあっという間に敵兵に囲まれ、投降するよう呼びかけられたという。
投降しなければ一人残らず殲滅すると言われ、投降するよりほかなかった。そして捕虜となっていた兵士たちは、上官だけでなくただの傭兵だった兄たちも苛烈な尋問を受けることになった。
軍人ならともかく下っ端の兄たちが話せることなど何もないし、重要人物でもないのだから取引の道具にもなりはしないと訴えたのだが、隠密活動のために軍幹部が傭兵の格好をしている可能性もあると言われ、兄たちも苛烈な取り調べを受ける羽目になった。
もちろん兄たち傭兵は哨戒所の正確な位置どころか、軍の作戦の内容も知っているわけもなく、吐ける情報など持ち合わせていない。ただ無駄に拷問を受けただけだったと恨み言を言っていた。
どうせ情報を漏らしたのは、それらを知っている上官か部隊長なんだろうが、そのせいで自分たちも拷問を受け、哨戒所の仲間も殺されて、怒りの持って行き場がない……と皆悔し気に言っていた。
そんな話をした時に、ふと兄が、『あ、でも……ジローは』と、小さくつぶやいた。
何かを思い出すように漏らしてしまったその一言を、そばにいた奴が拾ってしまい、『何かあるのか?』と問い詰め、皆にはっきり言えと迫られ、兄は『実は……』と話し始めた。
「ジローは……隊長から物資の運搬を頼まれていたから、哨戒所の正確な位置を、アイツなら知っていたのかもと思って……。俺はあいつのすぐ近くの牢に入れられていたが、なぜかアイツは俺たち以上にひどい拷問を受けていたから、どうしてだろうと……」
明言は避けたが、ジローが地理を把握していたことと、他の者より拷問を受けていたということを合わせれば、じゃあジローが哨戒所の位置を敵に教えたのかという結論に誰もが至ってしまう。
兄の言葉で、『じゃあジローがばらしたのか!』と皆が一気に殺気立った。
拷問を受けていたのなら、持っている情報を洗いざらい話してしまっても仕方がないだろうと諫める者もいたが、だからといって、仲間が死ぬかもしれないとか考えなかったのかと憤る者達が、どうしてもジローに一言言ってやらないと気が済まないなどと言って、ジローがいる病室に押しかけて行く事態になった。
当の本人であるジローはまだ怪我の治療中だったため、ベッドの上で話を聞きながら終始『はあ?』とあきれたように聞いていた。
捕虜となっていた兄や他の傭兵たちに比べ、確かにジローだけが執拗に拷問を受けていたようで、見えるとこだけでも傷だらけだった。だからこそ、本当にジローは特別な情報を持たされていたのではないかと皆思ったようだった。
ジローは皆にいきなり、お前が情報を漏らしたのか?と問われて『哨戒所の位置なんて知るわけねえだろが。あほか』とだるそうに否定した。
その真面目に取り合わない態度が気に食わなかったのか、皆だんだん頭に血が上り始めて、口々に『そういえばジローは上官とやけに仲が良かった』とか『ジローがなんでも話すと叫んでいる声が聞こえた』などと言い出した。
情報を漏らしてしまうにしても、もっとやりようがあっただろうと言って皆ジローを責め、そのせいで仲間が死ぬことになったんだぞと泣く者もいた。
皆冷静さを欠いていたとはいえ、ジローが否定しているのにも関わらず、情報を漏らした犯人だと断定して責めるのはおかしいと言ったが、感情的になっている奴らは聞く耳を持たなかった。
今、こんなことを言っても後の祭りだが、この時少し冷静に考えれば、たとえジローが本当に情報を漏らした張本人であっても、なんの訓練も受けていない人間が、拷問など受けたら精神的にも肉体的にも耐えられるはずがない。それは捕虜になった者ならだれもが分かるはずだ。こんなことは完全に言いがかりで、責める権利などこの場にいる誰にもないはずだった。
だが、皆、仲間を失い自分たちも傷を負い、あったはずの日常がもう帰ってこない事実に打ちのめされて、混乱していた。『どうしてこんなことに』と後悔するどうしようもない気持ちが、皆を暴走させたのだと思う。
やめろと止める者もいたが、感情的になった奴らは暴言が止まらず、裏切者!と言ってジローを責め立てた。
俺たちはこの後村に帰る手筈になっていたが、ついには『味方を売ったジローを連れて帰るのか?』などと誰かが言い出した。
罪人と一緒の村になんて住めるか、ジローを追放しろと激高して叫びだす者もいて、混乱に拍車をかけ収拾がつかなくなっていた。
最初から一貫してジローは『哨戒所の位置など知らん』と言い続けて、責められてもただ否定するだけだったが、そこまで言われてついにジローがキレた。
「いい加減にしろよ!俺は知らねえって言ってんだろォ!そもそも、捕虜の誰かが情報を漏らしたんじゃねえかってのも根拠がないことだろが!よくそんな噂話みたいなのでそれだけ人をボロクソに言ってくれるよなァ!
お前らさァ、八つ当たりしたいだけだろ?この状況を誰かのせいにしたいだけだろ?それで責任を押し付けやすいのが俺だってだけだろうが!
事実かどうかはお前らどうでもいーんだろ?!ただ俺のせいにして怒鳴って責めて、嫌な気分をすっきりしたいだけだろうがァ!ほんっと村の人間は性根が腐っているよなァ!どうせ俺には何言ってもいいと思ってんだろ?!村で俺ら親子はそういう扱いだったからなァ!」
ジローが本気でキレる姿を俺はこの時初めてみたかもしれない。他の奴らもそうだったようで、ジローの怒鳴り声で一気に静まり返った。
八つ当たりだと図星を突かれて、ジローを責め立てていた奴らもさすがに頭が冷えたようで、『悪かった……』とジローに対して謝った。
だが一度入った亀裂は元に戻ることはなく、ジローは何度謝られてもその後は一切無視を決め込んでいた。




