傍観者は語る 2
あのジローが帰郷していると村長から聞かされた時、正直複雑な思いがした。俺が村に残っているのを村長から聞いているはずなのに、全く無視されているのにも腹が立った。
久しぶりに会うジローは俺に対してなんというだろうかと不安に思う気持ちもあった。
俺に対して発する言葉は非難か、はたまた謝罪か。第一声でなにを言うだろうかと思いながら俺からジローの元へ赴くと、ジローは呑気そうに昼寝していたし、腹立たしいくらい普通に俺に話しかけてきた。
俺はこんなにも蟠っていたというのに、こいつはすっかり何もかも忘れたような顔をしていることに腹が立って、この時はついキツイ言葉をぶつけてしまった。
俺がどれだけ嫌味やきつい言葉をぶつけてもジローは本気で怒るでもなくのらくらしているだけだ。そういえばこいつは昔からこんな感じだったなと、子どもの頃はもう一人の兄のように慕っていたんだよなと思い出して、複雑な気持ちになった。
昔と変わらない様子で話すあいつに、なんだか毒気を抜かれて、俺一人怒っているのが馬鹿馬鹿しくなってしまった。
今更過去を蒸し返して責めても、どうなるものでもないよな……と思ったのもあって、俺はいつの間にかジローと普通に話す関係に戻っていた。
ジローは、さきほどのような下品な冗談を言ったりもするが、本当にディアさんに対しては節度を守って保護者として接しているのを俺は知っている。
彼女のことを気遣って、見返りなど関係なしに大切にしている姿を見ると、俺がずっと思っていたような悪人じゃなかったのかもしれないと思ったりもする。
昔のことを、ジローに訊いてみようかと何度か思ったが、あまりにも時が経ちすぎていて、ジローからも当時の話題は出さないからなんとなく聞きそびれたままになっていた。
「なあ、ジロー。昔、俺……」
ふと、今その話に触れてみようかと口を開きかけたが、ジローは俺の言葉を遮って、『言っとくがなァ!』とろれつの回らない口でごちゃごちゃ言い出した。
「ディアさんの相手はアレだぞ?お前が保護者としてちゃんと見極めるんだぞ!浮気とかしない男じゃないとダメだからなァ?もちろん働き者で、嫁を一番大切にする奴じゃないと許さないからな?あ、それと頭のおかしい両親とかいないか事前に調べたほうがいいな。あと変な性癖がないかも重要だな……。クラトォ、まじで頼むぜぇ。ディアさんが変なダメ男に惚れないよう、お前が見張っててくれよぉ?ディアさん男を見る目、壊滅的に無いからなァ……なんせエロ君の次は俺だぜ?見る目無いにもほどがあるだろ。次はどんなすげえクズを引き当てるのか心配でならねえよ……」
さっきからもう、そんなに心配ならお前が付いていけと言いたいが、また堂々巡りになるのでそこは黙っておく。
「……分かったから、お前は村のことを頼むからな。正直こっちに残るほうが大変だぞ?廃村の話が広まって、年寄たちが大混乱になるだろうからな。村長を助けてやってくれ。混乱しているうちに村を出てしまえってお前が言うから、急ぎ準備はしてあるけど、俺はひとまず明日、ディアさんの様子を窺ってくる。明日はさすがに無理だろうが、早めに出立できるよう説得してみる」
そのあともジローはぐずぐずと言っていたが、しこたま酒を飲ませて無理やり寝かした。
***
翌日、朝早くからディアさんの家を訪ねた。
まだ立ち直れていないんじゃないかと、昨日は泣いて過ごしたのかもしれないと想像して、どんな様子か心配になってずいぶん早く家を出てしまった。
家の扉をノックすると、意外なことにディアさんはいつも通りのキチンとした身なりで現れた。
「クラトさん……?こんな朝早くからどうしたんですか?あ、そっか。ジローさんに私のことを頼まれたんですね?」
「あ、いや、まあ。その……大丈夫なのか?昨日、ジローと、ケンカ?したと聞いたから」
「泣き潰れているかと心配してくださいました?あは……お恥ずかしいです。ジローさんから聞いちゃいましたか。まあ、その通りだったんですけどね。でも……泣いているだけじゃ何も解決しないですから。ちゃんとやるべきことやらなきゃって思って」
ディアさんの目元は泣きはらしたように赤かったが、にこっとほほ笑む顔に陰りはなかった。
正直、ディアさんの言う通り、昨日のジローから聞いた様子では、今もまだ泣いて打ちのめされているのかと思って、なんと声をかければいいかを考えながらここまで来たのだ。
だがいざ来てみれば、彼女はすっかりいつも通りで、俺がなにか助言するまでもなく立ち直っていた。
いや、よく見てみると目は腫れて真っ赤だし、昨夜は寝ていないのかひどい顔色をしていた。まだ全然立ち直ってはいないんだろうが、それでも、なにをすべきかを考えられる彼女は、俺が思っているよりも強い女性なんだな、と思った。
「すまん、確かにまだ泣いているんじゃないかと思っていた。じゃあ、ディアさんはジローのことは吹っ切れたのか?俺が言うことじゃないけれど、アイツの決心はまあ正しいと思うよ。
それで、ディアさんは故郷の町に戻るのか?まだ気持ちの整理がつかないだろうから、急がなくていいが、裁判のこともあるならいずれ行かなければならないから……」
「いえ、もう荷物はまとめましたし、いつでも出発できます。クラトさん、お手数で申し訳ないのですが、隣町まで送っていただけませんか?そこからなら乗合馬車が出ているので、乗り継いで故郷の町に帰ります」
「ん?!いやいや、独りで行く気か?ダメだろ、案外ディアさんは学習しないんだな。女一人なんて簡単に攫えるって身をもって体験したんじゃないのか?若い女性が一人で乗合馬車なんて目立つに決まっているし、危険極まりない。俺の手間とか考えなくていいんだ。どうせ俺もラウの様子を見に行きたいと思っていたから、ついでみたいなものだ」
ラウは、店も家族も失って、居場所をなくして自棄を起こすんじゃないかと少し気にかかっていた。
別れ際に話をしたときに、『野垂れ死にすることになっても自業自得ですから』などと抜かしていた。自分のしたことを顧みて反省するのはいいことだが、死んでもいいなどと人生を投げ出すことは贖罪でもなんでもない、ただの逃げだと説教して、その場では分かってくれたようだったが、アイツは精神面が弱いから少し心配だ。
という話をディアさんにして、だから俺も町に行くつもりだったから、面倒をかけるとか気を遣って言っているならやめてくれと伝えた。
そこまで言うと、ディアさんは『じゃあ申し訳ないですけど私も一緒に連れて行ってください。クラトさんの旅費は私が払います』と言いだした。
旅費を女性が払うと言うことに驚いて、女性に金を出させるわけには……と言いかけて、その考えはもう古いんだよなと気づいて慌てて口を噤んだ。
旅費については、自分の意思で行くのだから払ってもらう謂れがないと言って断った。
いつ出発する?と聞くと、今すぐにでもときっぱり言うので、ジローのこともあるから早く出てしまいたいのだろうと思い、馬車の準備が整い次第すぐに出るということで話が付いた。
故郷までの旅支度はジローがほぼ整えていたから、あとは俺の荷物をまとめるだけなので、一度家に戻り荷物のついでにジローに報告して出発することにした。
「おい、ジロー、起きろ。ディアさん別に落ち込んでいなかったぞ。すぐに出発したいというから、もう俺は行く。村長のこと、頼んだぞ。あの人に負担が集中するのは目に見えているからな」
「あっ……ああ、え?マジか?ディアさん……大丈夫そうだったか?」
「大丈夫だ。吹っ切れて目が覚めたんだろ」
「そっか。そうか……ああ、もう出発すんのか?気を付けていけよ。ディアさんのこと、くれぐれもよろしく頼むな」
話を切り上げて出発準備に取り掛かろうとしていると、ジローが俺の腕をつかんで引き留める。
「おい、お前はディアさんの保護者だからな?絶対に手を出すなよ?ディアさんはなァ……ちょっと無自覚なとこあっからなァ……宿は絶対別の部屋をとれよ?野宿とかさせんなよ?あの子なァ、たまに自分が女だって忘れてんじゃねえかと思うようなことするけど、誘ってるとか絶対にないから勘違いすんなよ?とにかくすげえ無防備だからって、スケベ心を出すんじゃねえぞ?隣でうたた寝していても触んじゃねえぞ?頼んだからな?お前を信じているからな?」
「お前それ、全然信じていないだろう」
だからそこまで言うならお前が行けと言いたい。
そしてジローはずっしりと重みのある革袋を俺に押し付けてきた。
「大した額じゃねえが、宿代にでも充ててくれ。俺から依頼した仕事だからな」
中を見ると銅貨銀貨に交じり金貨も結構な額が入っていたので、宿代にしてももらいすぎだろう。俺は自分の用事もかねて行くついでなのだから、要らないと言ったのだが、『受け取らないなら下心があるとみなす』などと訳の分からないことを言い出したので、面倒くさくなって素直に受け取ることにした。




