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ラウはお義母さんを拘束している憲兵とともに町へ戻ることになり、私とジローさんとクラトさんも村へ帰るため、門を出たところで道を分かれた。
私はジローさんと一緒に馬に乗り、クラトさんの馬と並んで村までの道をのんびりと進んだ。
行きは無理をして全速力で馬を走らせたらしいが、私が馬に乗りなれていないので、疲れないようにゆっくりと進んでくれている。
私は馬上から二人に声をかけ、お礼を言う。
「あの、なんとお礼を言ったらいいか分からないんですが、二人が来てくれなかったらどうなっていたか……本当にありがとうございました」
クラトさんは笑顔で『当然のことをしただけだ』と軽く返してくれたが、ジローさんは若干不機嫌そうに私に質問してきた。
「ディアさんさァ……あの女将さんが来るかもしれないってずいぶん前から思っていたんじゃないか?脱税のこととか、冬より前には疑問に思ってたってことだろ?なのになんで俺に言わないんだよ。聞いていたらもっと警戒できたし、何か手を打てたかもしれないだろ?それをみすみす放っておいて、自分の身を危険にさらすなんて何考えてんだよ。そんなに俺、信用ないか?」
ジローさんは、私がお義母さんのことを黙っていたので腹を立てているようだった。
確かに、ジローさんに相談しておけばこんな大ごとにはならなかったかもしれない。結果として多大な迷惑をかけてしまったことに私は謝るしかできなかった。
「黙っていてごめんなさい、信用してないとかじゃないんです。確信が持てなかったというのもあるんですが、お義母さんとのことは、自分でなんとかしたかったんです。
あの人がもし私を口止めのために探しに来たのなら、話し合って解決できると思っていたんです。決して公明正大な人ではなかったともう気付いていましたが、それでもあの人を信じていたから……」
「話を聞く限り、最初っから全然信用ならない人物だったけどなァ。ディアさんは人を信用しすぎるんだよ。ホンットもうさァ……相談くらいしてくれてもよかったろォ?取り返しのつかない事になるトコだったんだぜ?あれはマジでダメだ。普通の人の皮を被った鬼畜ってのが世の中にはいるんだよ。純粋なディアさんが一人で太刀打ちできる相手じゃない」
ジローさんは顔をしかめながら頭をガシガシとかく。
お義母さんの証言内容を憲兵から聞かされて以降、ずっとこんな感じだ。
取り調べでお義母さんは、私にした拉致や暴行についても認めていないらしい。そもそもあれは犯罪になど当たらないと言い張っているという。
取調官が、相手が拒否しているのに無理やり連れ去り関係を強要するなど犯罪にほかならないと言っても、元々結婚する予定の二人だったのだから問題ない、あの子の親には結納金代わりに多額のお金を支払い済みなのだから、あの子が拒否すること自体がおかしい。結納金を返さないまま行方をくらましたのだから、婚約破棄は成立していないし連れ戻すのが当然だ。それなのに拒むあの子のほうが間違っていると主張していた。
私を殴ったこともわざとではないし、刃物を突き付けたことに関しても、言うことを聞かない私に業を煮やしてちょっと脅かすつもりでしてしまっただけだ、ということらしく、少しやりすぎたかもしれないが家族間のもめ事なのだから法に触れるような事案ではないとして、裁判で争う姿勢を示している。
「経営者で、常識ある人だと思っていたから、脱税のことも修正申告することが最良だと説得すれば、最後には分かってくれると思っていたんです。でもあの人は私やラウが自分の意見に従うのが当然だと思っているようで、何を言ってもこちらが間違っているかのように言われてしまって……全然話になりませんでした」
「そりゃそうだろ。人を従わせることに慣れてんだろ。真正面からぶつかっていったって、商売人の論法で煙に巻かれていつの間にか言いくるめられてそうだもんな。正直、取り調べで言っていることも話が破綻していないし、まだ無罪になるのをあきらめていない感じだもんな。何枚舌かわかりゃしねえ老獪なババアだよ。世間知らずのディアさんが説得しようだなんて無理な相手だってェ」
「返す言葉もありません……」
それからもジローさんに『簡単に人を信用しすぎちゃだめだ』と、くどくどと説教をされた。
自分で解決できると高をくくって誰にも相談しなかった結果がこれなので、なにも言い返せない。しょんぼりしていると、私たちの会話を聞いていたクラトさんが言葉をはさんできた。
「おい、ジロー。それくらいにしておけよ。お前だってラウの母親のことを悪く言えるような立場か?ディアさんがほかの人に相談しなかったのは、女将さんを犯罪者にしたくなかったからだろう?自ら修正申告すれば少なくとも牢屋には入れられないだろうから、脱税のことは誰にも言わず自分で説得しようと思っていたんじゃないか。まあ……結果としてこうなってしまったけれど、あちらが改心してくれたのなら、そのほうが丸く収まったはずだ。だからそんなにディアさんをせめるなよ」
「うっ……そりゃそうだが……心配なんだよ。クラトだってディアさんが危なっかしいと思うだろ?こんな美人なのに警戒心薄いし自分の価値を分かってねえんだよ。放っておいたらあっという間に悪い奴の餌食にされそうじゃねえか」
「まさに今、ジローという悪人に付け込まれて餌食にされているけどな。こんなに騙されやすくて本当に心配だ」
「クラトさん、私はジローさんに付け込まれてなんていませんよ」
私が慌ててジローさんを庇うと、クラトさんは『手遅れか……』と憐れむような顔をしてみせた。
二人は和解したように思っていたけれど、いまだにクラトさんのジローさんに対する評価は地の底にあるらしい。
本当に違うんだけどな……と思ったが、そう言っても無駄なようなので私はそのまま黙っていた。
付け込んでいるのはむしろ私のほうなのだ。ジローさんの優しさに甘えて寄りかかっている。頼れる家族もおらず、故郷の町には帰れない私にジローさんは同情してくれている。かわいそうな私をこの優しい人は突き放せないだろうと分かって、それに付け込んでいるのだ。
二人は、私のことを世間知らずのお人よしみたいに思っているようだが、そんなんじゃない。
でもそう言ってもきっと、クラトさんには分かってもらえないだろうな、とため息をついた。
***
ようやく村に戻れて、まずは村長に報告をしようとその足で役場に向かうと、そこには青い顔をしたマーゴさんが待っていた。
私の顔を見たマーゴさんは顔をくしゃくしゃにして泣いて、お義母さんの話をうのみにして悪かったと必死に謝ってくれた。
マーゴさんが言うには、ある日お義母さんからマーゴさん宛てに手紙が届いて、ラウから私がこの村にいると聞いたこと、自分は虐待する親に代わりディアを幼い頃から面倒見ていて、実の娘のように思っていることなどが綴られていたという。そして、どうしても直接会って謝罪したいので、協力してくれないかと頼まれたので、これは私のためにも力にならねばと思ってしまったそうだ。
色々ありすぎてマーゴさんにまで怒る体力が残っていない私に対して、そばで聞いていたジローさんは今までにないくらい怒っていた。
「この村の年寄どもは、昔っからそうだよなァ。自分の考えが一番正しいって思いこんでっから、他人の気持ちを考えられないんだろ。そーやって謝って見せてるけど、どっかで自分は悪くないって思ってんだろ?結局そうだから、若い奴はみんな出ていっちまって、この村はダメになったんだろうが。廃村になるのも自業自得だよ」
「あっ、馬鹿」
離れたところで聞いていた村長が、思わずと言った風に罵った。廃村、という言葉を出したことに反応してしまったらしい。
怒りに任せてジローさんは村長にまだ内緒と言われていた廃村の話をポロッと口にしてしまった。私も村長から聞いていたけれど、直接ジローさんとそのことを話題にしたことがなかったので、こんな場面で暴露したことに驚いた。
「ちょっと……ジローさん、言い過ぎです。それに廃村のことはまだ……」
「ディアさんは甘いんだよ。以前からディアさんの意見を無視して勝手に話を進めたりして迷惑かけていたくせになにひとつ反省していないんだから、こんだけ言われたって反省なんかしねえよ。村長もさァ、もういい加減話しちまえばいいだろ。まだ黙っとく意味あんのか?」
「え?え?ディアちゃん?あの、廃村って?人が減り続ければいずれは、って話よね?」
「あー……ええと」
ちらりと近くにいた村長を見ると、しぶしぶといった様子でこちらに来てくれた。
「いや、ちゃんと決まってから話そうと思っとったんだけどねえ。ワシ今年で村長を降りることに決めたのよね。そんで、後任がいるようならまだ村は存続できたんだけど、それがなかなか難しくてね、決まらないようなら一番近い隣の村に統合になるんだわ。まあそれで、ほぼほぼ廃村は決定かねえってことなのよ」
村長は気まずそうにマーゴさんに廃村の話を暴露した。
まだ隣村と調整段階なので、村の人には内緒にしていてねと言われていたので、このことは本当に一部の人しか知らない話だった。
マーゴさんは突然の話に愕然としている。
私は以前に村長からその話を聞かされていて、廃村になるだろうから自分の身の振り方を考えておいてと言われていたのだ。
もちろん、残りたいのなら隣の村役場に勤められるよう紹介するけど、今とは環境が変わるし、こちらの村人の厄介ごとを私が背負うことになりかねないから、できればこれを機に村を離れたほうがいいと村長は助言してくれていた。
村が統合されても村の住人はこのまま同じ場所に住み続けることはできるが、もちろん役場はあちらの村が窓口になるし、行商もここには来なくなる。隣と言ってもかなり離れているので、生活が非常に不便になることは確実だ。
この村は年寄ばかりだし、廃村の話をすれば、今後の生活をどうしたらいいのかと、大騒ぎになるだろうと村長は分かっていたから、村のみんなに話すのは色々決まって準備が整ってからにしようとしていたのに、何を思ったのかジローさんがこの段階で暴露してしまった。




