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クラトさんのおかげですんなり受付記録も確認できたし、知り合いも多かったから情報が早くてとても助かった、とジローさんが感謝を込めて言うと、クラトさんはきっぱりと首を振った。
「俺はジローがマーゴさんを問い詰めるまで何も知らなかったし、俺のおかげなんかじゃない。間に合ったのはジローが違和感に気付いてすぐに行動に移したからだ」
「んなこたねーわ。そもそも箱馬車見かけた時点でもっとよくみときゃ、その場で気づけたのになァ……そうすりゃディアさんがこんなに怖い思いしないですんだのによォ。俺はホント大事なとこを見落とすからダメなんだよな。遅くなってごめんなディアさん。
でもなんとか間に合って本当に良かった。とはいえ間一髪ってとこだったみたいだなァ」
「そんな……見つけてもらえたことが奇跡みたいにすごい事なのに、謝らないで下さい。来てくれて本当に嬉しかったのに」
私がそう言うとジローさんは、返答にちょっと困って話題を変えてきた。
「あー……それよりさァ、自警団に捕まえてもらうなら、ことの次第を説明しなきゃならんが、ディアさん、疲れているだろうけど大丈夫か?どうしてこんなことになったのか、証言できるか?」
自警団の守衛所に到着して、罪人としてお義母さんを引き渡すために事情聴取が必要になるとジローさんに言われ、私はこっくりと頷いた。
「自警団に拘束していただく罪状としては、私に対する暴行と拉致、ですが……こうなるに至った経緯にも事情があるんです。そちらに関しては、おそらく軍警察の範疇になるかと」
私がそう言ったせいで、町に派遣されている憲兵が呼び出される事態になった。
憲兵が聴取に加われば、お義母さんに対する脱税疑惑までも全て話すことになる。
脱税に関しては、私はこの場に提示できる証拠を持っていないのだから、あくまでも推測に過ぎないと前置きしてから話したが、調書をとっていた憲兵の男性は私がそう推測するに至った根拠など何度も質問し、店の所在地や経営者の名前などを聞いて『本部にしらせる』と言って急いで退出していった。
ひとまずお義母さんは、私への暴行と拉致を行ったとして、自警団で身柄を拘束されることとなった。ラウに関しては、彼も騙されていたのと私を助けようとして怪我を負ったのだと証言したので、無罪放免とはいかないものの、牢屋からは出してもらえた。
脱税の証拠など全て処分している可能性もあるが、そのためには過去の全帳簿を廃棄するか改ざんしないといけない。商売人であるお義母さんはきっと帳簿を捨てていないだろう。私をどうにかして連れ戻して全て解決しようとしていたくらいだから、証拠なんてないと言っていたが、どこかに隠して帳簿は残っているのではないかと思う。
私はお義母さんが来なければ、脱税のことはきっと証拠もないし、と誰にも言わず胸の内に秘めていただろう。尊敬していたお義母さんはそんなことをするはずないと信じていたかった。
あの人に、こんなことしてほしくなかった。
全てが終わったが、私は何を思えばいいかわからず、もはや涙も出なかった。
***
私の証言により、軍警察が本格的に動くことになり、私ももう一度詳しく話を聞かせてほしいといわれ、数日間にわたってこの町に滞在するはめになった。
脱税のことに関してお義母さんは、あれはディアがやったことで、自分はその事実に気づいたが、ディアを庇うために黙っていたのだ、と逮捕されてすぐに証言したという。
私が父親からの指示で、改ざんした偽の帳簿を作って売り上げから金を抜いていたのだと言い出し、自分はその改ざんされた報告を信じて申告していただけだから、意図的に脱税したわけではないと主張した。
私はそのことを取調官から聞かされ、ああ、お義母さんはちゃんと私に泥をかぶせる算段を整えていたのだな、と絶望とともに納得がいった。
私が間違えたことにして、修正申告すればいい!だなんて意気揚々と提案した自分が馬鹿みたいで笑ってしまった。なんのことはない、私がそんなことを申し出なくとも、お義母さんはちゃんと私を犠牲にする予定だったのだから、道化もいいとこだ。
お義母さんの計画では、私の両親はもっと早い段階で夜逃げをするはずだった。もし脱税が発覚したとしても、『ディアが父親の指示でお金を抜いていた』ということにする計画があったのだろうと容易に想像できた。
もう夜逃げした後では証言も取れないし、あとは私に口裏を合わせるよう指示すればいいだけだ。私をどう説得するつもりだったかは分からないが、お義母さんを信じ切っていたあの頃の自分であれば、自分が悪者になれば店を救えるなどと思って簡単にお義母さんの指示どおりにしていたと思う。
両親の夜逃げ後は、私が嫁入りして経営者として名を連ねることになっていたようだし、そのころに摘発されるのなら、私が経営者で主導して行ったことだと罪をかぶせるのも容易になる。
あの頃のままであれば、お義母さんの考えた計画どおりにきっと全てが収まっていたのだろうと思うとぞっとする。
もちろん、取調官は私やラウの証言をちゃんと聞いて、こちらの話のほうが正しいと判断してくれたのでお義母さんの主張が認められることはなかった。
私の両親も町で収監されているのだから、そちらからも証言が取れるわけだし、店にも立ち入り検査がすぐに入る。今更そのような嘘が押し通せるはずもない。
取調官がそのことをお義母さんに言って聞かせると観念したのか、それ以上は脱税についてはなにも話さなくなり、ただ『仕方なかった、こうするしかなかった』とだけ繰り返し言っているらしかった。
あの人の中では、私にしたことも違法行為も全て『仕方ない』ことで、彼女にとっては正しい選択をした結果だったのだろう。
人によって善悪の物差しは違うが、お義母さんにとっては店を守ることがなにより大切で、私の意思も法律も取るに足らないものだった。それだけのことだ。
私は町を出てから、それまで知らなかった世間の常識に触れ、お義母さんがそれまで思っていたような人物ではなかったことに気付き、裏切られたような気持になっていた。
でも、それは私が本当のお義母さんの考えを知らず、勝手に理想を抱いていただけだったのかもしれない。考えてみれば、最初からあの人の最重要は店で、私はそれを盛り立て守る役に最適と選ばれただけだったのだ。
過去のことで、あの人を恨む気持ちがあったけれど、恨むのは筋違いだったのかなと、お義母さんの証言を聞くたびに、諦めのような気持ちで思うようになった。
そしてお義母さんは憲兵によって町に移送されることになり、私はひとまず解放されることになった。店へ監査が入り、脱税が立証されるようであれば私も町の裁判所に証人として呼び出されるとのことだった。
移送の日、ようやくラウと顔を合わせることができた。
私が告発したことで店も母親も失うことになったラウに、もしかして『お前のせいだ』と責められるのではないかと思っていたが、意外なことにラウはただひたすら私に謝ってきた。
「母さんのこと、本当に申し訳なかった。知らなかった、じゃすまないと分かっている。知ろうとしなかった俺に全部責任がある。謝って済むことじゃないけど……悪かった」
「いや……それよりもラウが私をかばってくれたことに驚いたわ。ラウは流されやすい性格だし、あんな風に親に言われたら逆らえなくて言いなりになるのかと思った。
店がつぶれるかもしれないっていうのに味方してくれたから、意外だったけど、おかげで助かった。ありがとうね、ラウ」
「さすがに母さんの言う通りにしたら俺は鬼畜だろ……さすがにもうそれくらいの分別はあるよ。
母さんに、『宿をとるから、まずは既成事実を作りなさい』とか事情も説明されないでいきなり言われたんだぜ?最低だろ?
でも母さんに俺は、そんな指示にホイホイ乗る人間だと思われていたってことだよなあ……。それ聞いて、もう母さんの元で働くのは無理だって俺も思っていたんだよ。
店はつぶれても別に構わねーよ。本業は別資本だから、親父は大丈夫だろうし、まあ……俺は店の経営者に名前があるから、お咎めなしってわけにはいかないけど、でもこれでよかったんだ。
後ろ暗いことをしていたら、いつかどっかで破綻して痛い目見るんだって、俺も学習したんだよ」
そう言って疲れた顔で笑うラウは、以前よりも大人に見えた。
二人で話しているところにクラトさんが来て、話があると言ってラウを連れて少し離れたところで話をしていた。
ラウが何かを言うと、クラトさんがラウの頭をベシッと叩いたのでギョッとしたが、クラトさんがそのあとなにかを言うと、ラウが嬉しそうに笑っていたので、なにかハッパをかけられていたのかなと思った。
クラトさんも優しい目でラウを見ていて、兄が弟を見守るようなその光景は、なんだか私には眩しく感じた。
クラトさんと過ごした冬の期間が、思っていた以上にラウにいい影響を与えたのだなあとしみじみ思った。もう恋愛感情はないものの、幼少のころから一緒に過ごしてきたラウが成長しまっとうな人間になった姿が見られて、素直に『よかった』と思うことができた。
次回からまた不定期更新となります。よろしくお願いします。




