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「……わたしだってラウみたいな人と結婚したいって、父さんと母さんに何度も言ったよ!でも……二人とも、わたしじゃお仕事できないし、ちゃんとしたとこに嫁ぐのは無理だって……父さんは特に、ラウの家のお嫁さんなんて絶対務まらないって言って、取り合ってくれなかったんだもん。お姉ちゃんは、父さんと母さんがわたしのいうことみんな叶えてくれるでしょって簡単に言うけど、そんなの、お姉ちゃんが被害者意識で思い込んでいるだけだよ。
……ジェイさんは……あの人ずっとわたしに付きまとって気持ち悪いから嫌いだった。だけど、父さんが、あの人と勝手に約束しちゃうから……」
「約束……?約束って、なに?」
「わたしを嫁にやるって、ジェイさんと約束しちゃったの。わたし嫌だっていったのに、アレよりいい条件の人いないって言って勝手に話進めちゃうんだもん。条件がいいって言うけど、結納金を一番多く出してくれる人がジェイさんだったってだけだよ?たくさん金を出せるってことは、それだけ愛されているってことだとか言ってたけど、ただお金で買われるみたいですごく嫌だった。
お姉ちゃんはみんなが羨ましがる人が婚約者なのに、わたしは嫌だっていっても勝手に決められるとか……すっごく不公平だって思って……自由で恵まれているお姉ちゃんが憎らしかった。
でも母さんは、わたしが嫌がっていること知っていて、一緒に悩んでくれていたの。それで、ラウはお姉ちゃんのこと実は嫌っているって聞いたから、だったらラウのお相手、レーラのほうがいいんじゃないって助言してくれたの。
だけど、もう結婚も近いし、今更婚約破棄は難しいし……でもラウと既成事実を作れたら、わたしがお姉ちゃんと立場交代できると思って頑張ったんだよ。
それで、ラウに抱いてもらえたって父さんに報告したら、ようやく父さんも考えを変えてくれて、じゃあレーラはラウと結婚できるように取り計らうって言ってくれたの」
レーラがとんでもないことを語り始めたので、理解するまでに時間がかかった。
「え?…………待って……じゃあ……父さんと母さんは、式よりもっと前から、なにもかも知っていたってこと?と、取り計らうって、父さんはどうするつもりだったの?」
私は思い違いをしていたようだと、レーラの話を聞いてようやく気が付いた。動悸と冷や汗が止まらない。そしてレーラは決定的な言葉を口にする。
「父さんは、わたしがラウの赤ちゃんを授かれば必ずレーラを妻にしてくれるはずだって言ってた。たとえお姉ちゃんと結婚した後でも、ラウがわたしを妊娠させちゃったのなら、アッチの家は立場上、わたしを妻として迎えるしかないんだから絶対上手くいくって言ってくれた。
そしたらお姉ちゃんとすぐ離縁ってわけにはいかないけど、店の仕事もあるから、表向きはそのほうがいいだろうって。そうすれば店の仕事はお姉ちゃんがやってくれるし、わたしは子育てに専念できるから、一石二鳥だって」
レーラは、事の重大さを理解していないのか、なんてことないように父から聞いていた計画を暴露する。
わたしは、レーラの話ですべてのことに納得がいって、足元から血の気が引いていくのを感じた。
なにもかも、父と母が計画したことだったのだ。
レーラを上手く誘導して、妹をラウの妻の座に据えるつもりだったんだ。
私はずっと全てレーラがラウと結婚したくて仕組んだことだとしか思っていなかったが、本当は両親の思惑にレーラが利用されただけだった。
決して命令されたわけでも頼まれたわけでもないが、レーラの話を聞く限り、両親は妹がそう行動するように仕向けている。レーラ本人は多分自分が誘導されている自覚はないから、ここまで話すまで分からなかった。
でもジェイさんという人との婚姻をすすめていたくらいだから、もっと以前はレーラと私を入れ替えることなど考えていなかっただろう。
下手なことをしてラウの家とのつながりを失うわけにはいかないし、レーラに女将さんが務まるとも思えない。
その考えが変わったのは、やはりラウが私を嫌っているとあちこちで吹聴して、レーラの誘惑に乗ったことがすべての始まりだ。
私がラウの婚約者となったことで、父の仕事は多大な恩恵を受けていた。
ラウの家の伝手で、仕事を紹介してもらったり、顔をつないでもらったりしたおかげで、生活に困るようなことはなくなった。
だが、ラウの両親は、仕事の紹介はしてくれるが、父と一緒に仕事をすることは無かったし、もちろん自身の商売に関わらせるようなことは絶対にしなかった。
娘の婚家というだけの間柄で、それ以上望むのは無理というものだが、野心家の父は不満に思っていたに違いない。
私はラウの店のことを聞かれても商売に関することは守秘義務があると言って絶対に父には話さなかったし、単なる婚約者にすぎない私が、店のことで便宜を図れるようなことはないと、仕事に関しては父の言葉に従うことはなかった。
それに関して何度もチクチク嫌味を言われた記憶があるので、父としてはすごく不満だったのだろう。
父にとって、私がラウの家の嫁になってもこれ以上のうま味は無い。かといって、レーラを婚約者にすげ替えたくとも、仕事のできない妹では婚家に受け入れられないと分かっているので、父はおそらく不満に思いながらも諦めていた。
そんなときに、ラウが私の不満を常々漏らしていたのを母が耳にしたのだろう。ラウが私を嫌っているのなら、レーラにも可能性があると思い、妹に行動を起こすよう仕向けた。
母の口車に乗ったレーラがラウを誘惑し、本来なら婚約者がいるラウは断るべきであるにも関わらず簡単に妹に手を出した。
それにより、父が自分たちにとって一石二鳥にも三鳥にもなる計画を思いついてしまったのだ。
父は、私よりレーラが可愛いから、良い嫁ぎ先を私ではなくレーラに与えたいと思ったというわけじゃない。
私より、レーラのほうが自分たちにとって『都合がよかった』のだ。
店の仕事はレーラには難しいので、通常であればいくら両人が好き合っていると言ったとしてもあのお義母さんが婚約者交代など認めるはずがない。
だが、ラウが未婚の娘に手を出し、あげく妊娠させたとなれば、男であるラウに責任があるので、たとえ仕事ができなくてもラウの家はレーラを嫁として受け入れざるを得ない。
婚家に負い目を背負わすことで、これまで下の立場にいた自分たちが上に立てるようになる。
さらに言えば、レーラならば両親の言いなりだから、私が断り続けた店の情報なども、父が頼めば深く考えず簡単に持ち出してばらしてくれるだろう。
母はともかく、父にはそういう計算があって、レーラを上手く誘導し、私との結婚が迫っているというのに、ラウと関係を続けさせたのだ。
だからこそ、結婚式での醜態と大暴露は、完全にレーラの暴走で、両親としては計算外だったはずだ。
あのような、レーラと自分たちの悪評がたつような真似を両親がさせるはずがない。あれは本当にレーラの後先考えない嫌がらせだったのだ。
あれがなければ、おそらく結婚後もラウとレーラは関係を続けさせ、レーラが妊娠したところで婚家に乗り込んでくる予定だったのだろう。レーラの言葉からの推測に過ぎないが、おそらくこれが真相だと確信し、私は背筋が寒くなるような思いがした。
両親に好かれていないのは分かっていたが、それでも婚約により家に利益をもたらした私を少しは有難いと感じていてくれたのではないかと思っていた。
あの婚約破棄の場でも、両親はほかに方法が思いつかなくて、私に我慢をさせることで解決をはかったのだろうとしか考えていなかった。
少なくともそれまでは、私の結婚を喜んでくれていると信じていた。常にレーラが優先だったとしても、娘として私が幸せになることをちょっとは望んでくれていると期待していた。
(でも、違ったんだな……)
両親にとって、私の幸せなんてどうでもいいことだったんだ。自分たちに利益があるかないか、もともとそれしか興味がなかったのだ。
血の気が引いて、足元がぐらつく私をジローさんがぎゅっと抱き寄せてくれた。
ジローさんもきっと、レーラの話を聞いて全部計画したのは私の両親だったことに気が付いたんだろう。
ふと見ると、ラウも青い顔をしてレーラを凝視している。
それはそうだろう。自分が誰かの思惑のなかで踊らされていたなんて、衝撃が大きかったに違いない。
だが、両親が計画したこととはいえ、そもそもラウが安易にレーラの誘惑に乗らなければ始まらなかったことだ。全ての原因はやっぱりラウにある。
ラウはそのことを理解しているのかいないのか分からないが、先程からずっと黙ったまま青い顔をしていた。今更どうでもいいことだが、こうなってしまった己の浅はかさを少しでも自覚すればいいと思う。




