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レーラのあんまりな言い方に一瞬返答に詰まる。
家にあまり居たくないと思っていたことは事実だが……。
私はラウと婚約する前から両親からないがしろにされていたし、レーラの非難は的外れだ。
「……あなたこそ、そんな風に比べられて嫌だと思っていたなら、少しでも努力すればよかったじゃない。女衆の手仕事だって、私も最初は上手くできなくて注意されたりしたわ。それでもちゃんと集いに参加して、女将さんたちに教えてもらってようやく一人前と認めてもらえるようになったの。レーラは結局ほとんどこなかったじゃない。
あなたは面倒なことからは逃げてばかりでやろうとしなかった。女将さんたちはそういうところを見て、あなたに厳しいことを言ったんでしょう?何も努力しないで、ただ大切にしてくれ、愛してくれって言ったって、誰も受け入れてはくれないわよ。
それに……わたしは家にいても、なにかしら雑用を言いつけられていたから、あなたたちが家族団らんしている居間にはほとんどいなかっただけよ。私が家族をないがしろにしたわけじゃないわ」
私だって、家族と一緒に過ごしたいと思っていた時もあったが、両親は私の姿を見るとなにかしら文句を言って雑用をやらせるので、家のなかにいてもレーラと顔を合わせることはほとんどなかった。
学校の課題も、女衆の仕事も、レーラが投げ出した時に、母が『代わりにやってやれ』と私に押し付けてきた。それでは先々困ることになると私は言ったが、レーラはそれを聞き流し、母には『なんて冷たい姉だ』と怒鳴られただけだった。
レーラもそんな自虐的なことを言うくらいなら、何故なにも努力してこなかったのか。面倒だと逃げていたのだから、当然の結果だ。
という嫌味を込めて言ってみたが、当然レーラは納得するはずもなく、声を荒らげて私に反論してくる。
「わたしが頑張ったって、どうせお姉ちゃんの足元にも及ばないもの!優秀なお姉ちゃんと出来栄えを比べられて、がっかりされるのよ!学校の先生にも、お姉ちゃんの妹なのに、どうしてこんなに出来が悪いのかっていつも呆れられていたんだよ?!そういう惨めさ、お姉ちゃんに分かる?!
父さんも母さんも、優しいけど……優しい言葉でいつも『レーラには無理だから』って言うんだもん。大変だから、難しいから、お姉ちゃんに任せればいいって。努力なんてするだけ無駄だよ。どうせお姉ちゃんみたいにはなれないんだから!」
「レーラは、比べられて嫌だったのかもしれないけど、それはあなただけじゃないわ!私だって、妹は可愛いのに、姉のほうは……って何度も言われたわよ。同じ姉妹なのに姉の私は少しも似てなくて可愛くないって、父さんや母さん、同年代の子たちにも散々言われたわ。私だってレーラみたいになれたらいいのにって何度思ったか分からない。
……それでも、私はレーラになれないし、私は私なりに生きていくしかないって気づいたから、今こうしてここにいるの。
レーラのそれは、全部責任から逃れるための言い訳でしょう!自分が誰に何をしたのか、思い出してみなさい!あなたは一度も私に謝ることもなく、自分がどれだけ不幸かみたいなことを言うけれど、私があの時どれだけ傷ついたか少しは考えたことがある?!どんな思いで私が町を出たと……っ……レーラなんか……!あなたなんか…………!」
勝手な言い分ばかりを言うレーラに対し、感情が抑えきれなくなり、思わず手を振り上げる。
その手を誰かが後ろから抑え、そのまま後ろから抱き込まれた。
「ちょっとさァ、一旦休憩しなって。な?ディアさん」
聞こえてきたのは、ジローさんのいつも通りの声。
怒りで頭に血が上りこぶしを振り上げた私を、ジローさんが抑えていた。
「あ……ジローさん……」
後ろを見上げると、ちょっとだけ悲しそうな顔で私を見ていた。よしよし、と頭を撫でられると、さっきまでの燃えるような怒りがすっと消えていく。
私の肩から力が抜けたのを確認すると、ジローさんは目じりを下げて笑った。
「うん、かわいいかわいい。うちのディアさんは世界一可愛いよ。……なあ、妹さんさぁ。お姉さんがあの家で、どんな扱いをされているか知らなかったとは言わせないぜ。使用人から近所の人だって知っていたくらいなんだからさァ。
アンタは、父親や母親がそうしているからって、自分も面倒なことや、嫌なことはディアさんに押し付けて、便利に使ってただろうが。そうやって努力することから逃げてきたから、女将さん連中に嫌われているんだろ?なあ?お嬢ちゃんは『自業自得』って言葉知ってるか?
アンタなりの悩みはあるかもしんないけど、そりゃ全部自分が招いたことなんだって、いい加減気付きなァ?ヤなことを人のせいにしときゃそりゃあ楽だろうがな、もうオネーチャンに全部おっかぶせるこたぁできねえんだよ。それをできなくしちまったのも、ぜーんぶアンタの『自業自得』なんだよ」
ジローさんの腕の中で、レーラをまっすぐな言葉で叱るジローさんの言葉を聞く。
ああ、このひとは、私の味方なんだ……。
こんな風に、真っ向からかばってもらったことなんて、今までなかった。あの家で私は、我慢するのが当たり前で、責任を押し付けられるのに慣れてしまっていた。だから、ジローさんが迷いなく私の味方でいてくれたのが、震えるほど嬉しかった。
厳しい言葉をぶつけられたレーラは、真っ青な顔をしていたが、ジローさんを訝し気にみて首を傾げた。
「……おじさん、誰?ウチのこととか関係ないのに、知った風な口きかないでよ。お姉ちゃんがウチでどんな扱いだったとか、そんなの知らないもん。お姉ちゃんはいっつもラウのとこに入り浸ってほとんど家になんかいなかったし!わかるわけないじゃん!」
ジローさんはウチの馬丁を務めていたのだから、レーラも顔に見覚えがあってもよさそうだが、まったく記憶に無いらしい。そういえばラウにもそのことは言っていなかったから、こっちも『あれ?』という顔をしている。
別に隠していたわけではないが、なんとなくそれを知られたくなくてジローさんのシャツをぎゅっと握る。
そんな私をジローさんは優しい目で見て、もう一度頭を撫でてくれた。そのまま私を腕の中に抱いたまま、レーラに向かって話し始めた。
「女の子の嘘なんておっさんからすると可愛いもんなんだけどな、アンタのはちょっと悪質だなァ。親の言うこと真に受けて、姉の婚約者を寝取ろうとするまではまだ分かるんだけどな?俺が思うに、わざわざ結婚式をぶち壊すような真似をしたのは、アンタの独断だろ?
式の当日に旦那になる男寝取ってみせて、ディアさんが一生懸命作ったっていう婚礼衣装をグチャグチャにするとか、悪意しか感じねえんだわ。ずいぶんえげつないことを思いつくもんだよなって逆に感心しちまったよ。
あの両親だったら、多分こんな自分とこの評判を落とすようなやり方を選ばないから、ただ純粋にアンタがディアさんに嫌がらせをしたくて、勝手にやったことだ。違うか?」
ジローさんはレーラが『嫌がらせ』であんなことをしたのだと言った。
その言葉に衝撃を受けたが、そう考えると納得がいく。
ラウと一緒になりたいなら、もっと早い段階で言ってくれたらよかったのにと私もあの時思った。
でも、ただ私に『嫌がらせをしたい』という目的があったのなら、あの時が一番私を絶望させられるのだから、レーラの作戦は大成功だった。
でも、そんな私への嫌がらせのために、どれだけの人に迷惑をかけることになるのか少しも想像しなかったのだろうか?結局そのせいでレーラは町に居辛くなって、自分の首を絞めている。それが本当なら愚かとしかいいようがない。
疑い半分、呆れたまなざしで見ていたら、突然レーラが激高して叫んだ。
「……っそーだよ!お姉ちゃんだけが幸せになるのが許せなかったの!わたしはまともな結婚ができないのに、なんでお姉ちゃんは大歓迎されて玉の輿に乗るのよ?そんなの不公平だよ!
お姉ちゃんはさ、頭もよくて将来も約束されているから、わたしのこともみんなのことも、見下して馬鹿にしてたんでしょ?誰に何を言われても無関心だしさ、どうせ底辺の人が喚いているくらいにしか思ってなかったでしょ?
だからね、馬鹿だと見下しているわたしに、ラウを盗られて結婚式ダメになったらお姉ちゃんがどんな顔するのか見てやろうと思ったの!
いっつも澄ました顔してるお姉ちゃんが、無様に泣きわめいてわたしを罵る姿を見たかったんだよね。
どう?悔しい?馬鹿だと思って見向きもしなかった妹に人生ぶち壊されてどう思った?悔しいでしょ?悔しいって言いなよ!」
馬鹿にしたような笑いを浮かべながら、レーラは私に向かって本音をぶちまける。
そんなことを考えていたのか。あまりの身勝手さに、かあっと頭に血が上りそうになったが、ジローさんが私の腕をぐっと抑えたので、レーラの挑発に乗ってはいけないと思いなおして、努めて冷静に話しかける。
「それでレーラは、私への嫌がらせのために自分の人生を台無しにしたの?私に悔しいって言わせるためだけに?……ねえ、そこまでするだけの価値があった?
私、あまり家にいなかったから、レーラと二人でちゃんと話した事なかったわね。だからあなたがどうしてそこまで私を憎むようになったのか分からないのよ。
ラウと結婚したいのだったら、あんなことしなくても、事前に両親に相談すればなんとかなったことでしょう?あの二人なら、どんなことしてでもレーラの望みをかなえてくれたんじゃない?
それに、ジェイさんという方とも付き合っていたのではないの?まともな結婚って、その人とではダメだったの?
ねえ、レーラ。嫌がらせならこれ以上ないくらい成功したでしょう?あなたの願い通り、私は死にたいくらい絶望したわ。もう満足したのなら、私の質問に答えてくれてもいいんじゃないかしら?」
何故だか分からないけれど、レーラは私を怒らせたいようだ。だからあえて諭すように落ち着いてレーラに語りかけてみた。
するとレーラは愕然とした表情になり、泣きだしそうに顔をゆがめた。




