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ラウがレーラを妊娠させたという話は、私との結婚式が中止になった話と一緒に町で大きな話題となった。
その話を聞きつけた、花屋の息子のジェイという青年が、『レーラとはずっと付き合っていた、お腹の子も自分が父親だ』と言い出したことで、ラウが父親だと言い張るレーラの証言が怪しくなってしまったという。
もちろんラウ側は、父親候補が他にもいるのなら結婚は一度白紙に、と言ってウチの両親と揉めたそうだが、医者に見せたらそもそも妊娠していないということが判明して、ラウとレーラは完全に破談となってしまったらしい。
「レーラ、ジェイはどうしたんだよ?嘘がばれて破談になってからは俺とは会ってなかっただろ?てっきりアイツと結婚するのかと思ってたぜ」
「わたしジェイさんと付き合ってないもん。わたしはラウと結婚するんだもん」
「え……ちょっと待って……?ねえ、でも、ジェイさんが自ら父親だって言うくらいなら、そういう……関係になったことがあるってことじゃないの?」
思わずレーラの言葉に口をはさんでしまう。するとレーラはまったく悪びれることなくこう言ってのけた。
「ジェイさんとは、仕方なくちょっとしただけ。でもちゃんと妊娠しないよう気を付けてたもん。最後までしたのはラウだけだよ。だからお腹の子の父親は絶対にラウなの」
「ちょっと、した……?そういうことに、ちょっととかってあるの……?え、じゃあレーラは、その……ちょっとくらいなら、ラウじゃない他の男性と、そういうことをするの?あの、そもそもちょっとって何?」
とまどいながら聞くと、ラウが気まずそうに私の質問を遮った。
「いや、もうそこ突っ込まなくていいから。レーラさあ……そうやって他の男と関係してんのに、よく俺が父親だなんて主張できたよな。いや、そもそも妊娠が嘘だったんだから、最初からだますつもりだったってことだよな?まさかそんな大それた嘘をつくとは思わなかったから、すっかり騙されたわ。つーか、ディアさ……お前ひょっとして、まだ……」
ラウがまだごちゃごちゃ喋っていたが、レーラは『だましてないもん!』と声を荒らげ、悪びれることなくきっぱりと否定する。
「ねえ、騙してないっていうけど、レーラはジェイさんって人ともちょっと付き合っていたのよね?それなのに、どうしてラウに手を出したの?
私、ラウとレーラは私に内緒でずっと付き合っていたのかと思っていたけど、どうも違うみたいじゃない?妊娠もしていなかったって言うし、ジェイさんて人は自分が父親だって言うくらい最近まで付き合っていたんでしょ?これじゃあ嘘をついたと思われても仕方がないわよ」
「え?だって、お母さんが……ラウはお姉ちゃんの事嫌ってるから、結婚相手は可愛いわたしのほうがいいってラウも思ってるわよって教えてくれたの。そんなこと言うならわたしだって、絶対ジェイさんよりラウのほうがいいもん。
それで実際、ラウだってレーラのほうが可愛いって言って抱いてくれたんだから、わたしたちちゃんと両想いで付き合ってるってことでしょ?
気持ちを確かめあって、あんなに愛し合ったんだから、絶対妊娠してるって普通思うじゃない。母さんもきっと授かってるわよって言うから、間違いないって思っちゃったんだもん。だから嘘ついたわけじゃないもん」
「いや……あれはお互い酔った勢いだったじゃん……話作るなよ……」
ラウが情けない顔でボソボソと何かを言っていた。
話を聞く限り、どうやらレーラは母の言葉を真に受けて、ラウの結婚相手になり替わろうとしたようだ。妊娠の狂言も、母がそう言うのなら、と嘘をついている自覚の薄いまま吐いた言葉のように思えるが、言い訳のように聞こえなくもない。
子供っぽくて、考えが足りない子だとは思っていたけれど……これほどとは……。
それにしたって、他の男性との関係を清算せずに、ラウと結婚しようとするあたり、いい加減というかあまりにも無責任すぎる。結局それが原因でラウとは破談になってしまったのだから、レーラの嘘を信用しきった両親も浅はかだなと思わざるを得ない。
「分かった、もういいわ。それでレーラは妊娠していなかったことがバレてしまって、みんなに責められたんでしょう?だからレーラは町に居辛くなっちゃったから、帰らないって言ってるのね……。
でもね、帰りづらいのはわかるけど、自分が引き起こしたことなんだから、戻ってちゃんと謝らないとダメよ。
しばらくは厳しい目で見られるかもしれないけど、まずその花屋の息子さんと話し合って解決しないと……。あなた一人で来ちゃっているところをみると、父さんと母さんに何も言わずに飛び出してきたんでしょう?きっとものすごく心配して、大騒ぎになっているわよ」
レーラは両親に可愛がられて育ったので、厳しく叱責された経験がないのだ。なにかあってもレーラに甘い両親が庇っていたので、今回のようにいろんな人に責められるのが耐えられなかったんだろう。
むくれたまま何も言わないレーラに、私はあきれながらも説得を続ける。
「町に居づらいんだったら、父さんと母さんにそう言ってみなさいよ。レーラのためなら移住するくらいしてくれるんじゃない?あの二人ならそれくらいしてくれるわよ。あなたのことを誰よりも愛しているんだから」
そこでやっとレーラが顔を上げた。
「……そうやって町から追い出して、邪魔者がみんないなくなったところでお姉ちゃんは町に帰ってラウと結婚するつもり?あーそうだねーいい考えだねー。今ならきっと町中の人がお姉ちゃんに味方してくれるもんね!
商工会の女将さんたちが、『アンタみたいな怠け者に店の女将は務まらないわよ』ってわざわざ家まで嫌味を言いにくるくらいだもん。近所の人までも、『頭も悪い、素行も悪い、性格も悪い最悪女』って、わたしに酷い言葉を言ってくるのよ?お姉ちゃんじゃなくてわたしがいなくなればよかったのに、ってみんなして言うから、お望みどおり町を出てあげたの。
父さんと母さんだって、もうわたしのことなんか要らないに決まってる!お姉ちゃんが出て行ってから、わたしのことそっちのけでずっと行方を捜していたし、やっぱり大事なのはお姉ちゃんのほうなんだよ。あんなにやさしかったのに、ラウも今じゃすごく冷たいし……もう誰もレーラのこと愛してくれないもん」
わざとらしく自虐的なことを言うレーラに、私はカッとなった。
誰が大切に思われてないって?愛してもらえないって?
ずっと両親に虐げられていた私が、どれだけレーラを羨ましかったか、この妹は少しも知らないんだ。
ほんの少しでいいから、抱きしめて欲しい。頭を撫でて欲しい。微笑みかけて欲しい。
いつも惜しみなくそれらを与えられているレーラをどんな思いで見ていたか、少しも気付きもしないのか。
風邪で具合の悪い時ですら、優しい言葉をかけてもらったことがないというのに、両親がレーラより私のほうが大事だなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない。
愛されて当然で育ったレーラには、一生この惨めな気持ちは理解できないに違いない。
頭に血が上って、思いつく限りの罵詈雑言をレーラにぶつけてやりたくなる。
だが、目の端に心配げなジローさんの顔が見えて、少し冷静になる。
そうだ、レーラに私の気持ちが理解できるとも思えないし、今更この妹と分かり合おうなどと思っていないのだから、怒っても疲れるだけで無駄なことだ。
ふー、と怒りを吐き出すように大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けてから口を開く。
「……レーラ、いい加減にしなさい。父さんと母さんが、どれだけあなたを大事にしていたか、分からないわけじゃないでしょう?逆に、私はあの家でずっといらない子だったわ。
父さんと母さんが今、私に戻ってきて欲しいと思っているとしたら、レーラが悪く言われるようになった原因が私だから、責任をとらせるために連れ戻したいのよ。そんなことのために帰るつもりはないわ。私はもうラウと結婚したいとも店に戻りたいとも思っていないし、故郷に戻ることは絶対にない」
ここまで言ってもレーラは納得がいかないような顔をしていた。
少し考えるようなそぶりをしているレーラを見て、これでもなお帰りたくないとごねるのならば、もう話し合うのは無理だろう。力ずくで連れ帰ってもらおうかと考える。
レーラはまた駄々っ子のように騒いで自分の意思を押し通そうとするのかなと思ったが、意外なことに静かな声で始めた。
「違うよ、お姉ちゃんは何でもできるけど、わたしは不器用で頭も悪くて、お姉ちゃんと比べられて可哀そうだからって、父さんも母さんは優しくしてくれただけだよ。
お姉ちゃんは女将さんたちにも好かれてひいきされているし、ラウのお母さんにも可愛がられているけど、わたしを大切にしてくれるのは家族しかいないから、父さんと母さんが不憫がってお姉ちゃんよりわたしを可愛がってくれたんじゃない。そういうの気付かなかった?
お姉ちゃんなんて、昔からウチにほとんどいなかったし、何をするにもラウの家優先で、実の家族をないがしろにしてさ、家族に悪いと思わなかったの?そりゃ父さんと母さんだってそんな勝手なことばっかりしている娘を可愛いとは思えないに決まってるでしょ。
お姉ちゃんこそ、『いらない子だった~』とか言って被害者面して自分可哀想がるのやめてくれない?」




