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「ずっと探していたのに!帰れってどういうこと?!わたしがどれだけ苦労したと思っているのよ!妻を置いて勝手にいなくなるなんて最低だよ!無責任すぎる!」
「妻じゃねえ!レーラとは結婚していないだろうが!母さんには許可をとって出てきているんだ!嘘つきのお前に責められる謂れはない!」
「?!レッ、レーラ?」
玄関の外にいたのは、私の妹、レーラだった。
なんでここに妹が?!
来るとは思っていなかった人物が目の前にいて、私は状況が理解できず、呆然と玄関前で立ち尽くしてしまった。すると、ラウと怒鳴り合っていたレーラが私の存在に気が付いた。
「……っああっ!お姉ちゃん?お姉ちゃんよね?!……やっぱりラウはお姉ちゃんのとこにいたのね!お姉ちゃんが突然いなくなって、みんなすごく心配していたのに!結局ラウと繋がってたってことじゃない!だましたのね?!ひどいひどいひどい!」
「えっ?!ちょっと違うわよ、ラウが勝手に来ただけで……それよりも、レーラ。どうやってここまで来たの?あなたひとり?」
「……勝手にって!ラウが勝手にお姉ちゃんについてきたの?!わたしよりもやっぱりお姉ちゃんを選んだって言いたいの?!お姉ちゃんはラウのことなんか好きじゃなかったくせに、なんで今更駆け落ちとかするの!わたしに盗られたらやっぱり惜しくなったってこと?わたしはラウの赤ちゃんを妊娠していたんだよ?お腹の子の父親を奪うとか……ひどすぎるよ……」
「えっ?レーラやっぱり妊娠していたの?!」
「違うって。医者も確認したって言っただろ。レーラ、もうその嘘無理だからさ」
「ラウまでわたしを嘘つき呼ばわりするの?!」
ラウに突っ込まれたレーラは、手が付けられないほど泣き叫んで地面に突っ伏してしまった。
わーんわーんと子供のように泣くレーラに、周りにいる私もラウも、村のご老人がたもどうすることもできずにおろおろするだけだった。
(なんでレーラがここに来たのかしら?波乱の予感しかしない……それよりも、ラウはレーラとの関係をちゃんとしないまま町を出てきたってことよね?こんな大問題を残したままにして、なんて無責任なのかしら)
非難を込めてラウをジトっと見ると、ラウが違う違うとでも言いたげな様子で首をぶんぶんと横に振る。それを見ていたレーラが、再びキレだした。
「み、見つめ合って目くばせなんかしてぇっ!二人して私のことだましてたの?!ラウはわたしのこと好きって言ったじゃないっ!お姉ちゃんより私のほうがいいって言って何度も抱いたくせに!やっぱりお姉ちゃんとよりを戻すとか、そんなの許さないから!ラウと私は絶対結婚するんだから!」
「いや、そんなこと言ってねーし、何度もは抱いてねーよ!二回……か三回だけだ!お前だって、俺だけじゃなかっただろうが!お前が妊娠しているって話が町で知れ渡った時、花屋のジェイが『僕が父親だ!』って名乗りを上げていただろ。結婚がしたいならソッチとしろよ。アイツはお前の妊娠が嘘でもなんでもいいみたいだったしさ」
二人の言い争いを聞いていて頭が痛くなってきた。
全然知らなかった新しい情報が出てきて処理しきれない……。
レーラはラウのほかにも付き合っている人がいたってこと?
お腹の子は違う人の子だったってこと?
いや、ラウは『そもそもレーラは妊娠していなかった』と言ってなかったか?
……結局どういうことなのか全くわからない。
それにしても、レーラはいつまでも子供っぽくて、箱入り娘だと思っていたのに、そんなに色々な男性と関係を持っていたなんて……ほかの男性が父親に名乗りを上げただなんて、母は卒倒してしまったんじゃなかろうか。
私が居なくなった後、どれだけ修羅場があったのか想像するだけで恐ろしい。
ぐるぐると頭のなかで疑問が渦巻いて、頭をかかえてうなだれてしまう。
けれど、ふと気が付いて私は顔を上げる。
(あれ……?これ、私、全然無関係でいいんじゃ……?)
双方の両親の総意で、私とラウの婚約は破棄され、新たにレーラと結婚すると決まった。その時点で私とラウの縁は切れている。
レーラと両親とも、私は家族の縁を切るために家を出てきたのだから、私にとってはもう他人だ。そうせざるを得なかったのは、裏切ったラウとレーラの責任だ。
その私に、二人があれからどうなっていようとも全く関係ないはずではないか。無関係の人たちの痴話げんかなど仲裁する義務すらない。
無関係の私がなんの茶番を見せられているのかと思うと、だんだん腹がたってきた。
そして、しゃがみ込むレーラを無理やり立たせて、その頬を引っ叩いた。ついでに隣にいるラウの横っ面も引っ叩いた。
「いたぁい!」
「いてっ……え、なんで?!なんで俺叩かれた?」
「いい加減にして。レーラ、痴話げんかはよそでやって。だいたい、あんなことをしておいて、本当にあなたはよく私の前に顔を出せるわよね。レーラは見当違いのことで好き勝手罵ってくれているけど、あなた自分が何をしたのか分かっている?私はあなたがしたことを何一つ許してないわよ?私は、あのまま町にいたら何をするか自分でもわからないくらい絶望していたから、家を出たっていうのに、わざわざ私の前に現れたりして……死にたいの?
せっかく全部忘れて穏やかに暮らそうと思っていたのに、なんでまた現れるのよ?本当にいい加減にして。
ラウ、レーラと何があったのか知らないけれど、無関係の私を巻き込まないで。あなたの妻なんでしょ?責任を持って連れて帰ってよ」
怒りをにじませて私が言うと、レーラはとても驚いて呆然としていた。
ラウは、キレた私に殴り飛ばされた経験があるのだから、『死にたいの?』という私の言葉が洒落にならないと分かっているようでものすごく慌てている。
「ごめん、悪かったディア。俺がちゃんと解決しないままここに来たからだ。レーラのことは俺の責任だ。俺がちゃんと町に送り返してくるから、ちょっと落ち着いてくれ。
……レーラ、ディアは何も悪くない。俺がディアに謝りたくて勝手に探しに来たんだ。あのな、俺たちがディアに何をしたのかお前ももう一度よく考えてみろよ。レーラにディアを責める権利はなにひとつないんだ。……って俺が言っても、お前はそういうの理解できなそうだけどな」
ラウはそう言うと、レーラの腕をひいてこの場を離れるように促す。
周囲で見ていたご老人方が、『ええ!ラウくん帰っちゃうのかい?』と非常に残念そうな声を上げている。
だがレーラはその場から動こうとせず唇をかみしめている。
「レーラ。町に帰って、お前の両親も交えてもう一度ちゃんと話し合うからさ。つーか本当にどうやってここまで来たんだよ……お前の両親のことだから、きっと死ぬほど心配してるだろ」
「……帰らない」
「は?」
「帰らないって言ったの!わたし帰らないからね!お姉ちゃん!わたしが憎いんならいくらでも罵ればいーじゃない!死にたいのってなに?それで脅してるつもり?やれるもんならやってみなよ!いい子ちゃんのお姉ちゃんにそんな真似ができるんならね!」
「はああ?!お前、何言って……馬鹿か、お前が……いや、俺らが悪いんだから子どもみたいな逆ギレすんなよ。いい加減にしろよ、俺もやべーんだからこれ以上ディアを怒らせるんじゃねーよ。俺の荷馬車で帰るから……」
「逆ギレじゃないもん!触らないでよ!ラウだけ勝手に帰ればいーじゃない!私は帰らないから!帰らないからねー!」
レーラは地面に座り込んで駄々っ子のようにジタバタしだした。
(えっ……?帰らないの?……なんで帰らないの……?)
怒りで興奮しすぎてついにレーラがおかしくなった。言っていることが支離滅裂で怖い。
もうなんでもいいから早くレーラを回収して欲しい。
どうにかしてくれと、ラウを見ると、ラウも『うわぁ……』みたいな顔して完全に逃げ腰だった。
「ちょっと、ラウ。早くレーラを連れて帰ってよ……あなたの妻でしょうよ」
「ま、待てよ。だから妻じゃねえって。つーかさ、俺とは妊娠してないって分かって破談になってから、全然会ってなかったんだぜ?それにホラ、俺だけ勝手に帰れとか言ってるし……俺を追いかけていたっていうか、お前に用があったんじゃないか?」
「ええ……?なんで……?そんなわけないでしょ。あの子が私に何の用があるっていうのよ……自分でもわけわかんなくなっちゃってるだけよ。とにかく連れて帰ってよ。それでうちの両親に引き渡せばいいじゃない」
無理やり連れて帰れとラウの背中を押していると、その場にそぐわないのんきそうな声が聞こえてきた。
「おーい、ディアさぁん?また修羅場なんだって~?マーゴさんが知らせに来てくれたよ~大丈夫かよ~」
「あ、ジローさん」




