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この冬、私は行ける日は村役場で仕事をして、雪の日はジローさんと家で、以前話していたとおり、ゆっくりと家のなかで過ごしていた。
一日何もしないで過ごそうとジローさんは言ったけれど、せっかく時間があるのだからと、私はジローさんのシャツや自分の服を何枚か仕立てた。
ジローさんに出来上がったシャツをあげると、ものすごく感動してくれて『目出度い日に着るわ』と言って逆に全然着てくれない。日常に着るように作ったのだからちゃんと使って欲しいと言っても、『俺が着たらディアさんの匂いが消えちゃうしなァ……』と訳の分からないことを言って結局まだ一度も着てくれずに部屋の壁に飾ってあった。
本当に何もしないで過ごすという日も一日体験してみた。
ジローさんは『食事の世話まで全部やる』と言って、本当に赤子のように食べさせようとしたので、それは無理と全力でお断りさせていただいた。
でもこの日は、料理も掃除も針仕事もせず、雪かきをするジローさんを窓から応援したり、仕事の本を読んだりしてゆっくりとすごした。
仕事の本は村役場にあったものを村長から借りてきたものだ。村役場で色々な仕事を私に任せてくれるようになったのだが、法律や条例については無知だったため、いちいち村長に聞かねばならずもどかしい思いをしたので、この冬の休みを利用して、ちゃんと勉強しようと決めたのだ。
仕事の本を読んでいると、ジローさんは『仕事の本を読んだら休んだことにならねえ!』と言って渋い顔をしていたが、これ以上なにもしないでいると逆に辛いと言ったら、時々休憩することを条件にしぶしぶ受け入れてくれた。
その夜は、雪かきのせいで腰が痛いとジローさんがいうので、昼間ゆっくりさせてくれたお礼に私が痛いところを揉んであげることにした。
でもジローさんはものすごいくすぐったがりだったらしく、ちょっと触るだけで変な声を出すから、結局二人で笑い転げてしまって、揉むどころではなくなってしまった。
脇とか本当に無理!とジローさんが言うので、試しにちょっとくすぐってみたら『きゃ―――!』と可愛い声を上げて身悶えたのが面白過ぎたので、つい調子に乗ってこちょこちょしたら『ディ、ディアさんのバカァ……』と震えながら小さくなってしまった。
ちょっとやり過ぎたと思いつつも、その様子がまた面白かったので、お腹を抱えて笑っていると、ジローさんもつられて爆笑していた。
二人で笑っているとき、なんてことない瞬間なのに、なんだかとても『幸せだな』と感じた。
私とジローさんはきっと、ずっとこのままではないと分かっている。
ジローさんがこれからのことをどう考えているのか分からないけれど、変わらなければいけない時が来ると、私もジローさんもちゃんと理解していた。
だからこそ、今この瞬間を大切にしようと、ジローさんも口にはしないけれど、そう思ってくれていたのだと思う。
先のことには触れず、私とジローさんは、冬のあいだ毎日を楽しく過ごしていた。
村役場に行く日も少なかったから、この冬ラウと顔を合わせることもあまりなかった。そのため、雪が続く時期はちょっとその存在を忘れていた。
クラトさんは最初の宣言通り、ラウに力仕事をこれでもかとやらせてこき使っているようで、時々クラトさんと一緒にいる姿を見かけたが、こちらを気に掛ける余裕もないくらいへとへとになっていた。
ラウは背も高いし筋肉もあるので、町では力持ちで有名なくらいだったのに、クラトさんと働いている姿を見ると、まるで大人と子どもくらい力の差が歴然だった。
自分が持ち上げることもできない荷物をクラトさんが軽々と運んでいくのをみて大分打ちのめされていたらしい。
クラトさんの半分も仕事がこなせていない状態で、言われたことをやるだけで精いっぱいだったらしく、ラウは本当に一言も私と会話を交わすことなく冬を過ごしていた。
自分にも相手にも厳しいというクラトさんだったが、ラウもビシビシしごかれたらしく、最初の頃はしょんぼりしていたように見えたが、冬の終わりころにはすっかり懐いたようで、嬉しそうにクラトさんの後ろをついて回っていた。
一冬でずいぶん仲よくなったなあと不思議に思っていたのだけれど、その理由を、ラウの様子を報告に来てくれたクラトさんが教えてくれた。
ラウのような挫折を知らない若者は、一度その自尊心をぺしゃんこに潰すと従順になって扱いやすくなるんだ、といい笑顔で教えてくれた。
確かにラウは、周囲の人間より見た目も頭も優れていたし、町で一番の商家の息子という肩書もあったから、皆からもてはやされてここまで育ってきた。これほど厳しく扱われることなど今までなかったのだろう。なにもかも人より劣るなんて経験がなかったから、ラウは文字通りぺしゃんこにへこんでいたらしい。
それからは生意気な態度は鳴りを潜め、素直にクラトさんの指示に従うようになり、クラトさんもラウが仕事をきちんとこなせたらちゃんと褒めてやるようにすると、仕事の出来を認められたのが嬉しかったのか、すっかりクラトさんに懐いてしまったのだという。
「相変わらずクラトは怖ぇなァ。あんな利かん気の強い坊ちゃんをすっかり手懐けちまうんだもんなあ。どんな飴と鞭を使ったのか恐ろしくて聞けねぇよ」
「仕事をキチンとやるよう躾けただけだ。人聞きの悪いことを言うな」
「それが怖えーんだって。お前ホント、人を使う立場に向いているよ。こんな田舎でジジイババアの世話してないでさァ、どっかで商売でも立ち上げろよ。なんなら窃盗団の親分だってお前ならできると思うけどなァ」
「俺がいなきゃ村長が困るだろう。それより窃盗団の親分てのはなんだ。俺がそんな悪事に手を染めるとでも思っているのか。だったらお前はどうなんだ。いつまでも定職にもつかずフラフラしていられるような歳じゃないだろう」
「いいのいいの、俺はもう余生みたいなもんだからさァ」
あれだけ険悪なように見えたジローさんとクラトさんだったが、ラウのことがあってからいつの間にか普通に話すようになっていた。
二人の間でわだかまっているらしい過去の話については、私は未だに何も知らないし、二人とも解決した様子もないのだが、それでも会話ができるようになって、心なしかジローさんも嬉しそうに見えた。
そんなふうにこの冬は穏やかに過ぎていき、いつの間にか凍てつくような寒さがだんだんと緩んで、少しずつ春が近づいてくるのを私は肌で感じていた。
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長かった冬が終わると、村は一気に忙しさを増す。
畑の雪が解ければ、次の作付けの準備に入るので、畑を営んでいる家はなにかと物入りになる。
冬のあいだ不定期だった行商も定期便が復活し、春は特にたくさんの物を運ぶので、週に何度も行商が来てくれる。
その日も行商が来てくれるのを皆役場前で待っていた。
私は役場の中で事務仕事をしていたのだが、行商が来たらしい馬車の音がした後、ぎゃあぎゃあと大声でけんかをするような声が聞こえてきて、なにか問題でもあったのかと心配になる。
何事かと外に出ると……予想外の人物がそこにいた。




