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村にラウが住み着くなんて冗談じゃない。
なぜかわからないけどちょっと得意げに笑うラウに対して、ジローさんが呆れた声を上げた。
「エロ君さぁ~諦めの悪い男はカッコ悪いぜぇ?こんだけ嫌がられてんのに、いつまでも未練がましく縋ってきてさァ、ウチのディアさんもいい加減うんざりしてんだよねえ。これ以上恥をさらす前に帰りなァ」
「おっさんこそ、いい年して若い娘をだまくらかして恥ずかしくねーのかよ。ディアはアンタをすっかり信用してるみたいだけど、俺は騙されねーからな。このエロオヤジが」
ラウがジローさんを罵ると、ジローさんはため息をひとつついてから、再びラウを蹴り飛ばした。
「また蹴りやがったな!このオヤジ!」
「いーから帰れよクソガキが」
帰れ、帰らないの応酬が始まって、ジローさんにラウがつかみかかったことで、二人は大乱闘になった。でもさすが、元傭兵でウチの警備人をやっていただけあって、ジローさんがあっという間にラウの腕をとらえて地面に引き倒した。でも体格的にはラウのほうが大柄なので、ジタバタと暴れるラウを押さえるだけで苦戦していた。
そこへ村役場に訪ねてきたクラトさんが騒ぎに気付いて駆けつけてくれた。
クラトさんはこの光景を見ただけで何かを察したらしく、特になにも言わないままサッと縄を取り出して、ジローさんと連携してテキパキとラウを縛り上げてくれた。
「ありがとなァ、クラト。エロ君ディアさんにしつこく付きまとってさあ、話をするだけならって見逃して来たけど、今さっきディアさんに痴漢行為を働いていたから、もう強制送還しようかと思うんだわ。わりーけど手伝ってくんない?」
「なんだと?本当に最低だなこの男。じゃあ荷馬車に括り付けて送り出すか」
ラウの乗ってきた荷馬車は村役場の横の馬小屋で管理している。クラトさんがさっさと馬を用意し始めていると、ラウが懇願するように叫んだ。
「ちょ、ホント待ってくれ!痴漢なんかしてねーよ!ディアと話をしたかっただけだ!待ってくれって!
……それに、村は誰でも住む権利あるだろうが。村のじいさんの中には俺に村に残ってくれって言っている人も居るし、それをディアの個人的な事情だけで俺を追い払うのは理不尽じゃねえ?無理やり追い出したって知れたら、あとでディアが文句を言われて面倒なことになるんじゃねーの?
なあ!ディア!もうお前が嫌がるようなことしないって誓うし、同じ村に住むくらいなら許してくれよ」
若くて健康な男性であるラウに、村に住んで欲しいと言っているご老人がいることは私も知っていた。
なるほど、確かにご老人方のなかには、ラウが突然居なくなったらそういうことを言いそうな人がいるなと思った。
それを言われたクラトさんは、私をちらりとみて動きを止めた。ラウをたたき出すのは簡単だが、後々私がご老人方に責められる可能性があることを指摘され、迷ってくれているのだと思う。
それにしても、どうしてラウはこんな目に遭ってまでもここに留まろうとするのだろう?自尊心の高い彼が、これだけ貶されるようなことを言われてもまだ、こんなみっともなく足掻いて留まろうとするのがどうにも不自然に感じる。
「ねえ……ラウ。なんでそんなにまでしてここに残りたがるの?何度も言うけど、あなたは私を嫌っていて、婚約していたと言ってもほとんど話すらしないような関係だったじゃない。それなのに、ここまでして私に拘り続ける理由ってなに?それとも、私のことはただの口実で、町に帰りたくない事情でもあるとか?」
そう訊ねると、ラウは少しだけばつが悪そうにしてこんなことを言った。
「いや……帰りたくない事情とかじゃないけど、まあ……どうせこのまま一人でノコノコ町に帰っても、家には入れてもらえないってのはあるけどな。
母さんは、絶対にディアを連れて帰ってこいって、それまでは帰ってくんなって言っててさ。まあ、店の仕事でディアにしか分からないとことかあるからかもしれないけど、母さんお前の事すげえ可愛がってたから、本当に心配しているんだろ」
「お義母さんが……?絶対私を連れて帰れって言ったの?」
「別に母さんに言われたから来たわけじゃねーけどな?ディアに謝りたいと俺自身反省して思ったし、無計画に町を飛び出していったお前がどうしているか心配だったから、わざわざこんなとこまで探しに来たんだろ」
「そう……お義母さんは、ほかに何か言っていなかった?」
「ほか?……いや……まあ、母さんは……ディアは俺が迎えに来たらきっと喜ぶとか言ってたけど……あ、だから別に、俺はそれを鵜呑みにしたわけじゃねーからな?母さんが勝手に言っていただけで……」
「そう……」
そのまま少し黙ってしまった私を心配したのか、ジローさんが顔を覗き込んできて首をかしげる。
「ん?ディアさん、どうしたァ?なんかこわーい顔してんぞォ」
「なんでもありません。……じゃあラウは、私と一緒じゃなきゃ家に帰りづらいから、村に残りたいってこと?お義母さんにはここに居ることを伝えてあるの?」
「怪我したからしばらく村に滞在しているってことは、こないだ手紙で知らせたけど、ディアを見つけたことはまだ知らせてねーよ?ディアは帰る気ないのに、母さんが知ったら早く一緒に帰って来いってうるさいだろうからさ。
あのさ、誤解すんなよ?俺が村に残りたいのは、ディアともっかいちゃんと関係をやり直したいって思ったからで、家のことは関係ないからな?俺の意思だから」
そんな話をしているうちに、出かけていた村長が役場にもどってきて、また蓑虫みたく縛り上げられているラウをみて『またなんかやらかしたのかい?』とのんきに笑っていた。
『エロ君がディアさんを無理やり手籠めにしようとしていたと聞いたので、村から追放しようとしていたところです』と、クラトさんが誤解の多い説明をすると、その村長はちょっと困ったように眉を下げながら『そりゃちょっとマズイなあ』と言った。
そして空を指差してこんなことを言い出した。
「ホラ、山に雲がかかっているだろ?じき、雨になるよ。急に冷えてきたし、下手すると雪交じりになるんじゃないかねえ?エロ君の荷馬車、冬仕様になってないだろ?もうすぐ日も暮れるし、雪にならなくても遭難するかもしれないよ」
そう言われてみれば、昼間に比べてぐっと気温が下がったと感じる。
でもまだ積もる時期には早いから大丈夫じゃないかと安易に考えたのだが、村長曰く、本格的な雪に早いこの時期は、雨氷というものが降る時があるのだそうだ。
もしこれが降った場合、地面は全てつるつるの氷になって、雪の何倍も危険な状態になる。馬どころか人も歩くことがままならず、これに当たれば荷馬車など確実に遭難するという、恐ろしい天候がこの時期には時々あるのだそうだ。
「だからまあ、いま出発するのはおススメしないねえ」
「ええ~でもエロ君が村に居たら、ディアさんの貞操が危ないんだけどさァ。村長はディアさんがどうなってもいいっての?エロ君を村のジジイどもが甘やかすから付け上がったんだろォ?ディアさんを捨てたクズなのにさ、クズであることを忘れて厚かましくもウチのディアさんに復縁を迫って既成事実を作ろうとしたんだぜぇ?ホント身の程を弁えないクズだよ。
だからさ〜クズなんだから、帰り道で死んだらそれもまたクズの運命だったってことで諦めようぜ?どんな死に方してもしょうがないよ、クズなんだから」
ジローさんはそう言うが、村長は渋い顔のまま『う~ん』と悩んでいる。さすがに、危険かもと分かっていながら送り出すのは村長としては見逃せないのだろう。
その時、クラトさんがこんな提案をしてきた。
「じゃあ、俺がこのエロ君を預かるという事ではどうですか?ちょうど家の補修やら道の舗装なんかの力仕事が溜まっていたんですよ。それに冬は雪かきの仕事が死ぬほどありますからね。俺がエロ君を監視して、近づかないようにしていれば、コイツが同じ村にいても、ディアさん少しは安心でしょう?」
クラトさんの提案に、村長が『それいいじゃない!』と大賛成した。
でもジローさんは未だ渋い顔で、『でもなぁ~』と言っていたが、それを私が制した。
「それでいいですよ。クラトさんにはご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」
「えっ?いいのか?ディアさん」
「はい。ラウが遭難するだけならともかく、馬が死んだら寝覚めが悪いですから」
わたしがそう言うと、ジローさんがラウの荷馬車の馬をふりかえって『ああ~まァ、そうなァ』と納得したように呟いた。
私が了承したことで、ラウの滞在がひとまず許されることとなった。
ラウはクラトさんに引き取られて行き、私とジローさんはようやく家路につく。
「なあ、ディアさん。なんでエロ君の滞在を許したんだ?なんか……さっきからちょっと、雰囲気が怖いんだけど、本当にイヤなら荷馬車は置いていかせて、エロ君だけ帰らせたっていいんだぜ?」
帰り道を歩きながら、ジローさんが心配そうに聞いてきた。
「ええ、いいんです。クラトさんが監視してくれるなら安心ですから。それに……ちょっと思うところもあったので」
「クラトなら安心ではあるけど……。まーアレか。ラウ君も甘ったれた性根をクラトに叩きなおしてもらえば多少マシになるかもな。アイツ自分にも厳しいけど他人にもめちゃくちゃ厳しいからさァ」
その後もジローさんがなにか喋っていたが、私はほとんど生返事をしていた。
***
この日の夜、本当に村長の言っていた雨氷が降り出して、村一帯は薄い氷に覆われ、見たこともない景色になっていた。
氷に覆われた世界があまりにも幻想的で、大興奮でジローさんを起こしたが、ジローさんは子どもの時から見慣れているようで『早く溶けて欲しいとしか思わないなァ』とつまらないことを言っていた。
危ないから出るなと言われたけれど、我慢出来ず、試しにちょっと外に出てみたが、あっという間に転んでお尻を打ったので、ジローさんに笑われつつ家に戻り、今日は当然のことながら村役場にも行けずお休みとなった。
この日を境に気温がどんどん下がり始め、村には本格的な冬が訪れた。
結局ラウは春までクラトさんの家に居候することとなったようで、改めてクラトさんが私に言いに来てくれた。
どうせ冬のあいだは仕事も休みの日も多く、ラウともあまり顔を合わす機会もないから別に構わない、と私は言った。
クラトさんは複雑そうな顔をしていたが、村役場へは連れて行かないし、ほかの年寄りにも変な期待を持たせるといけないから、なるべく会わせないと言ってくれた。




