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「いやあ、だからディアちゃんが来てくれて本当に助かったよ。収穫量の集計ひとつとっても、ひとりでやるのはだんだんしんどくなってきていたんだよ。かといって、年寄りはみんな、算術どころか字もちゃんと習った者が少ないから、頼める人も居なくてね。町に行って求人を出しても、こんな田舎じゃあ来てくれる人もいないから、ディアちゃんみたいな子が現れるなんて、奇跡のようだよ」
「いえ、そんな。私こそ突然村に来たよそ者ですのに、雇って頂けて有難いです」
「もー謙虚よなあディアちゃんは~こんなやっすい給料でごめんねえ!有難いわ~」
村長さんのところで働き始めてから、毎日のように感謝を述べられるので、嬉しいけれどくすぐったくてしょうがない。算術も書類仕事も得意です!と大げさに売り込んだけれど、私の居た町では誰でもそれくらいはできるというレベルだ。ごく普通のスキルだと言っても、村長さんは毎日『有難い有難い』と言って感謝してくれる。
家族にも、ラウの店でも、こんなに感謝されたことなどないし、どれだけ頑張っても、『できるんだったら最初からそうやれ』と言われ、むしろそれまでの不出来を責められたりもした。
だから、それほど大した仕事をしているわけでもないのに、とても褒めてくれて感謝してもらっては申し訳ない気がする。
村の収支決算書を作る仕事を任され、過去の書類を確認したが、村の純利益はほとんどないと言っても過言ではない状態だった。村の収入のほとんどは農作物だが、働き手が減ったため収穫量が減っていて村の収益になるほどの売上になっていないのだ。
とはいえ、この村では砂糖の原料となるビートという野菜の栽培が昔からさかんで、少ない作付面積に対して案外収穫量は多い。
砂糖は高値で取引されるので、原料のビートももっと売上金があってもよさそうなものなのに……と思い今年の売買契約書を見たら、ただの野菜と変わらない値段で取引されていた。
「村長……ビートの単価なんですけど、ちょっと安すぎませんか?町で売られている砂糖の値段から考えても、原料となるビートをこんな値段で売ったらもったいないと思うんですが……」
「んあ?あーそれねえ~もうちょっと高く買ってよとお願いしてんだけどね、昔からこの値段でやってるって言われて値上げしてもらえないんだよねえ。もっと別な卸先があれば交渉もできるんだけど、売りに行ってくれる人間が一人しかいないから、一番近い町にしか売りにいけないんだよ」
「そ、そうなんですか?でも、砂糖に加工する手間もそれほどかからないのに、砂糖の販売価格に対してこの値段はちょっと買いたたかれ過ぎです。もしよければ、私がその卸先と交渉しましょうか?町での砂糖の値段と、他の村での原料の卸値とかを調べて提示すれば、適正価格まで引き上げてもらえると思いますが」
子供のころから商家では働いていたから、仕入れ値と販売価格の適正な割合はだいたいわかっている。小さな仕入れならば、交渉から任されることもあったので、契約の流れもわかっている。
そこまで話をして、『じゃあ頼むわ』と言われると思ったのだが、村長は気まずそうに口ごもりながら断りの言葉を口にした。
「うう~ん。そりゃあこの売値はどうにかせにゃと思っていたが……でも、ディアちゃんが交渉に行くのはまずいかなあ~せっかく助言してくれたのにすまんね。
んでもね、ディアちゃんが住んでいたのはかなり南のほうだろう?あっちは女の人も店を持ったり、男と同じに働いたりするのが当たり前なんだってワシも知ってはいるけれど、北側の、特に農村地帯では、男性の仕事を女性がするのは恥ずかしいことだっていう意識が強くて、たぶんこの一番近い町でも、ディアちゃんが交渉のテーブルに来ても話を聞いてもらえないと思うんだ」
「あ……そう、なんですか。私知らなくって……ごめんなさい、余計なことを」
「田舎はねえ~考えが古い人が多いからねえ。都会の南町から来たディアちゃんには受け入れがたい話かもしれないけど、北の人間にはそれが常識で生きてきているからねえ」
「いえ、その土地によって決まりや常識が違うのは当然ですから。よそ者の私を受け入れてくれただけで有難いですので、本当にお気になさらないでください」
もっと村民が多かった頃はそれなりに取引先の選定や交渉ができていたそうだが、年々住民が減って卸先に足元をみられるようになったそうだ。交渉のための資料だけでもそろえましょうか?と提案してみたが、それもやんわりと断られた。
与えられる仕事は、よくよく考えてみると、契約や売り買いに関わる重要な部分は私が見られないようにしてあったし、いつもとても感謝してくれる村長だが、やはり信頼はされていないのだろうな、とふとさみしく感じた。
だが、ここはたくさんの人の出入りがある大きな町と違い、行商以外、滅多によそから訪れることのない小さな村では、余所者を嫌い排他的になるのは当然だと思いなおした。
その話を、夕食のときにジローさんに話すと、ジローさんは珍しく笑顔をひっこめ、怖い表情になった。
「あー……北はまだ男尊女卑が激しいからね、この村も、実際そうだよ?だから村の若い女の子も出て行っちゃったんじゃない?じーさんばーさんたちは、自分らの常識が絶対正しいって思ってるからね、時代が変わっても考えを変える気なんてないんだよ。
年寄りってえのはどうしようもねぇな。それで村が廃村寸前になってるんだから、自分の首を絞めているんだよなァ。俺が村を出た頃から全然意識が変わってないんだ。ディアさんも、この村を良くしようとか頑張らなくていーよ。畑もあるんだし、村長のとこ辞めたって別に食べていけるさ」
口調はおどけているが、ジローさんの目は昏かった。
私が訝るような目で見ていたせいか、ジローさんはパッと笑顔を作ってみせて取り繕うように言葉を重ねる。
「まあどこの土地でも良いところも悪いところもあるさ。村長んとこ辞めてのんびり暮らすのもいーじゃない。そしたらディアさんと四六時中一緒に居られるし、おいちゃんとしては大歓迎だけどー」
「そう……ですね、でも今は、せっかく仕事をいただきましたし、働かせてください」
「働き者なぁディアさんは。おいちゃんが若い頃なんていかにしてサボるかしか考えてなかったわ」
私が住んでいた南の地方は、他国との交易も盛んで多種多様な仕事がある。だが、北の農村部は、男が外で働き、女は外に出ず家を守るのが普通の家族の形だ。
どちらが正しいというものではなく、生活に根付いて培われてきた考えと生活様式があるのだと理解しているが、こうして村が過疎化してしまうようならば、時代の流れに合わせて考えも変わっていくべきだったのではないかと思う。
ジローさんは、傭兵を辞めた後、村に戻らずあっちこち旅をするように移り住んでいたそうなので、古い考えのままでいる村の人々に呆れているのかもしれない。
生まれ育った土地なので、良い部分も悪い部分もわかっているのだろう。
余所者の私がアレコレ村のことに口を出すのはやめた方がいい。
ただ、思ったよりもジローさんがこの村を好いていないことが分かって、それなのに彼は何故私をこの村に連れてきて、ここに留まるのかという疑問が頭をかすめたが、なにかを考えこむように遠い目をしているジローさんにそれを問いかけることはできなかった。




