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村役場、というからさすがにそれなりの建屋を想像していたのだが、ジローさんに連れられて着いた先はごく普通の家だった。
えっ?まさかここじゃないよね?と思っていたが、ジローさんがその家の扉をゴンゴンと遠慮なく叩いたので、ここが村役場らしい。
「おーい、そんちょー。まだ生きてっかー?チガヤんとこのジローですよー十年ぶりに帰ってきましたよー」
すると、立てつけの悪い扉がギギギギギと音を立てて開いて、真っ白な髭の小柄な老人が胡散臭げに顔をのぞかせた。ジローさんの顔をみとめると、思いっきり顔をしかめた。
「うわ、本当にジローじゃねえか。碌に便りも寄こさないで、今更なんで帰ってきやがったんだ?」
「ひどいねえ、そんちょー。ここ俺の故郷なんだからそりゃ帰ってくるでしょうよ。
それより村長、慢性的な人手不足の村に朗報ですよ。なんとここにいる若い娘さんが村に住んでお仕事してくれるっていうんでそんちょーのために連れて来てやったのよ。
このお嬢さん、ディアさんていうんだけど、見た目もいーけど中身もデキる子なのよ~すごいデショ?町でもなかなか居ない優秀な働き手だよ。
あ、こんな優秀な人材を連れてきた俺に紹介料をはずんでくれても構わんよ?」
ものすごく適当な会話の途中で流れるように私を紹介されたので、一瞬挨拶するのを忘れてしまった。慌てて前に出て、村長という老人に挨拶をする。
「あ、あの、ディアと申します。突然すみません、仕事を紹介していただけるとジローさんに言われてこの村に参りました。力仕事は無理ですが、珠算は得意ですし、服の仕立てもできます。農耕に関しては、あまり知識が無いのでお役に立てないと思いますが、どんな仕事でも精一杯頑張りますので、お仕事を頂けないでしょうか」
村長さんは目を丸くして挨拶をする私を見ていた。口がポカンと空いていて、これ以上ないくらい驚いていた。
言葉が硬すぎたのだろうか?窺うように村長さんを見返すと、ハッと我に返っていきなりジローさんの頭をグーで殴りつけた。
「おい!ジロー!どこでこの娘さんをかどわかしてきたんだ!む、娘さん、申し訳ない、この馬鹿に騙されてつれてこられたんだろう?見ての通り、年寄りばかりの寂れた村なんだ。仕事って言ったって、大した賃金も払えやしないよ。
どうみてもどっか良いトコのお嬢さんだろ?だったらもっと大きな町でいい仕事があるから。参ったなあ、どうしてこんな田舎にたどり着く前に騙されていることに気付かないかなぁ……」
「痛い痛い痛い村長!こぶしでゴリゴリしないで!騙してないってえ!ちゃんと合意の元で連れてきましたぁー!
ディアさん、商家でお仕事していたから、計算も書類仕事も得意だし、村長の助けになると思うよぉ?この村じゃあ、字読めない年寄りも多いし、彼女みたいな人がいてくれたらきっとみんなも喜ぶしさ、ホラ良いことだらけじゃない〜こんな子連れてこれた俺の人徳のおかげ〜」
「うるせえ黙れこのロクデナシが!」
村長さんとジローさんがわちゃわちゃと揉めだしたので、間に入って村長に頼み込む。
「あの、どんな仕事でもいいんです。私でお役に立てることがあれば一生懸命働きますので、お仕事させてください。私は、住むところがあって食べていければそれでいいんです」
一生懸命頼み込む私を見て村長さんは目をまんまるにしていた。
訳が分からないみたいな顔をしていたが、真剣な私の表情をみて、なにか訳アリか?と思ってくれたようで、ジローさんを解放して私のほうに向き合ってくれた。
「……本当にいいのかい?なんもない村だよ?年寄りばかりの寂れた村だよ?う~ん、そりゃあこちらとしては有難い限りだが……この村は昔から貧しくてね、町の学校に行かせてやれる家も少なかったから、村の者は識字率が低いんだ。お嬢さんが、難しい文字が読めて計算も得意ってえなら、こちらとしては御の字だよ」
そういって村長さんは私に手を差し伸べた。私も右手を伸ばし村長さんの手を握り握手を交わした。
「ありがとうございます。一生懸命働きます」
「そんなに気張らなくていいってよ。それにしても、こんな綺麗な娘さんが村に来てくれるとはねえ。長生きはするもんだねえ」
「そうでしょうそうでしょう。そしてそれは俺の手柄だから、紹介料とか……」
「ジロー、お前はちょっとお説教あるから。親の墓を何年も放っておきやがって。この親不孝者が!村に人手が足りないのも分かってんなら、まずお前が戻って仕事をしやがれ」
「あたたたた、ジジイは歳食っても拳は衰えないねえ」
またジローさんと村長さんはじゃれ合っている。村長さんも怒っている風に話しているが、どこか嬉しそうにしている。本当はきっと、ジローさんが帰ってきて喜んでいるのだ。どうしてジローさんが村を出てしまったのかは知らないが、私と違って、村が嫌になって飛び出したわけじゃないんだろう。
私はこうして無事、仕事をもらえることになった。
これから、この村が私の生きる場所になる。そう思うとなんだか不思議な感じがした。
***
本物の村役場はどこかと思ったら、本当にこの村長さんの家が今は村役場なのだそうだ。
昔はちゃんとした役場の建物があったのだが、嵐の時に壊れて以来、直すお金もなく、かといって代わりの場所も無く、仕方なく村長宅を役場にしているそうだ。
ジローさんの故郷だというこのカナン村は、村人全員合わせても現在五十人ほどしかいなかった。村長がコツコツ書き続けてきた村人名簿を見てみると、現在住んでいるのはほとんどがお年寄りで、現在は廃村の危機に瀕しているらしい。村全体を地図で見てみると、以前はもっとたくさん家もあって、畑もかなりの数存在していた。
なぜこんなにも人口が減ってしまったのかと疑問に思っていたら、村長さんが少し言いにくそうにして教えてくれた。
私が生まれるよりも前の出来事だ。
領土の境界線を巡って、国境に位置する両国の村人たちが小競り合いを繰り返していたのだが、抗争の場であちら側に死者が出たことをきっかけに、隣国が宣戦布告をして国同士の戦争に発展してしまった過去がある。
中央は軍隊を全体の一割ほどしか派遣せず、北に近い国境付近は冬になれば雪が深くなり、雪に慣れていない中央の軍人では不利になるとして、残りの戦力は国境付近の村や町から徴兵することにした。
この小さなカナン村も例外ではなく、傭兵として軍から募集がかかったのだ。ただ、ほかの大きな村と違って、大事な働き手である若者をみんな戦争にとられるわけにいかないと村長は言ったのだが、軍は『報酬は前金で半分出るし危険も少ない後方支援』だと言うので、村の若い男衆は休耕期のあいだだけという話で戦争に参加したのだった。
隣国とは、長い歴史の中で何度も戦争を繰り返しているような関係で、歴史書でしか知らない私にとっては厄介な隣人という認識しかない。
国同士の戦争に発展したとはいえ、長年繰り返してきた国境付近での小競り合い程度では、全土をあげての戦いとなるわけでもなく、お互い落としどころを探るような戦争であった。
軍隊が何度か国境で衝突し、結局あちらが求めていた条件をいくつか取り下げる形で手打ちとなり、終戦となった。
戦争で近隣の村や町に被害が出ることもなく、半年ほどで終結したのだが、終戦後いくら待っても、このカナン村から戦争に参加した若者たちの半数以上が帰ってこなかった。
わずかに帰ってきた者に事情を聞いても、皆が同じ部隊に所属していたわけではないので、帰ってこない人々がどうしたのかまでは分からない。
捨て駒部隊に回されたとか、奇襲作戦で一部隊まるごと潰されたとか、はたまた、戦争に協力した功績として身分証を発行してもらえたので村を捨てたのだとか、いろいろな話はあったが、確かなことは分からなかった。
結局村には老人や女子どもばかりとなってしまい、若い女たちは、自分たちだけでは畑を続けていけず、もっと実入りのいい仕事を求めて村を出て行ってしまった。
年寄りばかりが残った小さな村は、高齢の村長ひとりで全て村の治政をおこなっていて、そろそろ限界がきていたそうだ。




