13
***
「ジローさん、まだ目的地までかかるんですか?だいぶ北のほうまで来たと思うんですが」
家を出てから、移動を続けてすでに半月が経っていた。私の体力を考慮してか、ずいぶんとゆっくり進んだので、それほど距離は進んでいないのかもしれないが、それでも私が住んでいた地域よりも気温が低い場所にまで来ているように感じた。
「うん、もうすぐだよ。ホラ、あの家」
男が指さす先に、古いレンガ造りの家があった。どうやら目的の村にもう入っていたらしい。
村というのは外部との境界線もなく門番によるチェックもないと聞いていたが、本当にいつの間にか村に入っていて、道の先にポツンと家が現れた。
だが、その男が目的地だと言った家は……周囲に雑草が生い茂り、屋根もボロボロになっている。どうみても朽ちかけた空家だが、本当にあそこが目的なのだろうか。
「あー……やっぱり随分傷んでるなあ。手入れしないと住めないかなあ」
「あそこは誰のおうちなんですか?空家のように見えますが」
「誰のっていわれたら俺のなんだけどね。俺の親が昔住んでいた家だから、今は空家なのね~」
「えっ?ジローさんの?」
着いた家は、ずいぶん長いこと放置されていたようで、玄関のドアノブも錆びてボロボロだった。ジローさんが力ずくでこじ開けると、中はやっぱりホコリが堆積していて、蜘蛛の巣が張っていた。
「ううん……ダメだこりゃ。もう住めないかな。ごめんね、ディアさん。ここならタダで住めるしいいかなって思ったんだけど、こんな幽霊屋敷じゃさすがに無理だよなあ。ちょっと村役場に行って、どこか空いているマトモな家が無いか聞いてくるよ」
「タダ?家賃が要らないってことですか?えっじゃあここでいいです。手入れして住めるようにします。丈夫なレンガ造りだから、掃除して壊れた窓とかを直せばすぐ住めるようになります。ざっと見たかぎり、雨漏りした様子もないし、中は掃除すればいいだけなんで」
「えっ?家の中メチャクチャ汚いけど?いいの?」
「大丈夫です、掃除得意なんで」
「えーすごーい。ディアさんかっこいい~」
取りあえずジローさんにも手伝ってもらうとして、打ち付けられている窓を開ける作業を頼んだ。私は、来る途中に小さな小川があったので、そこで水を汲んでこようとその辺に転がっていたバケツを持って家を出る。
来るときは気づかなかったが、家の隣にはリンゴの木が多く植えられていた。手入れをされていないので、あちこち朽ちている株も多いが、もしかしてここは昔リンゴ農家として生計を立てていたのかもしれない。
水を汲んで戻るとジローさんが家から飛び出してきて、私に抱きついた。
「ディアさぁん!虫いる!!!虫!なんか足がすっごい多いやつ!無理無理無理やっぱここ住めないって!アカンやつ生息してる!」
「虫?野宿の時もいたじゃないですか……それよりジローさんもここに私と一緒に住む気だったんですか……?そうかなとはちょっと思っていましたけど」
部屋に入ると確かに大きなヤスデが居たので、ホウキでぶん殴る。うごかなくなったところで、ホウキで家の外に掃きだすと、外にいたジローさんが『きゃー!』と女子な叫び声を上げた。
「す、すごい~ディアさん男前……俺、この足が多いヤツはホントダメなんだよねえ~毒あるでしょ?これ。トラウマなんだわ~」
「これは毒ないです。毒あるのはムカデなんで。ジローさんて傭兵の仕事していたんですよね?虫がダメとか信じられないです」
「傭兵なんて雇われなんだからみんなこんなモンだよー?俺、ディアさんが居ればこの家住めるわ。ディア姐さんお願いします、俺もここに置いてください。そして虫が出たら退治してください」
「ええと……ここはそもそもジローさんの持ち物なんでしょうし……うーん、家賃タダで部屋をちゃんと分けてくれるなら、一緒でもいいですけど……でも、一応ジローさん男のひとだし……今更ですけど、一緒に住むとなると……」
「ダイジョブダイジョブ、おいちゃん、戦争で負った怪我のせいで、そういう心配はないからって、屋敷で言われてなかった?用心棒は雇いたいけど、年頃の娘がいる家だから、間違いがあっちゃいけないし、その点俺なら安心だよねって理由でよそ者の俺でも雇ってもらえたわけよ。だから、一緒に暮らすのに一番安全な男だよ~」
そう言われて、以前、給仕のマーサがそういう噂話をしていたなと思いだした。
ここに来るまでの道のりもジローさんが不埒な行いをしたことはなかったし、とても紳士だった。どうせもう結婚など考えてもいないし、ジローさんと同居でも構わないような気がする。
「そうですね、もともとジローさんの家ですし、家賃タダで住まわせてもらえるのなら助かりますし。あっ、それより仕事を紹介してもらえる話はどうなったんですか?」
「あーハイハイ。んじゃあまずソッチを先に行こうか。掃除はまた後日にして、まずは村役場に行こう」




