ラウ君、過去のやらかしを振り返る 1
二巻記念SS第二弾!
時系列で言うと、ディアさんが村へジローさん確保へ向かうより少し前の頃になります。
ラウ君視点でお話が進むので今回ディアさんは脇役です。
店を再建させようと思った理由は、単に生活を立て直す一番の近道だったからだ。
他にいい方法があればそっちを選んだだろうが、死にそうなクラトさんを抱えて一から家探しをする余裕なんてなかったから、ひとまずまだ自分の持ち物である店舗兼自宅に戻っただけだった。
とにかく生活のために金を稼がなくてはならない。
精神的にも物理的にも頼り切っていた恩人のクラトさんが、廃人みたいになってしまって、俺がなんとかしないとこの人が死んでしまうと気づいた瞬間、自分のなかで何かが吹っ切れた。
店を再建するにあたって、まずは周囲に頭を下げて回った。
当たり前だけどすぐには受け入れられなくて、罵倒されたり時には殴られたりもした。俺の凋落ぶりをあざ笑う声も多かったが、やるべきことがあるからいちいち罵倒や嘲笑にかかずらっている暇もなかったから気にも留めなかった。
どんな扱いを受けても頭を下げ続けているうちに、店の再建に協力してくれる人が増えてきて、だんだんと周囲の空気が変わってきたのをはっきりと感じた。
ひとまず再開した品ぞろえの悪い状態の店にわざわざ買い物に来てくれる人もいて、俺の態度ひとつでこんなにも周りが変わるのかと驚いたのを覚えている。
元々商売のイロハは頭に入っている。寝る間を惜しんで働けば、すぐに店は黒字になって生活にも余裕ができてきた。
クラトさんは、自分の兄が俺の父親を殺して身分を乗っ取ったと知ってから精神が壊れてしまって、何度も死のうとするのを俺が必死で止めていた。
死んでも俺にとっての償いにはならないと言ってからは死のうとするのは止めたが、その代わり無気力になって何もしゃべらなくなってしまった。無理にでも食わせないと水すらとらないし、町に戻ってきてディアの助けがなければクラトさんはもうとっくに衰弱死していたと思う。
俺が店のことで留守にしている時にいつも来てくれていたが、その間に、食事の世話のついでにクラトさんと色々話をしてくれていたらしい。
二人のあいだでどんな会話が交わされたのか分からないが、ディアが通ってきてくれるようになってからクラトさんはだんだん俺とも喋るようになって、気づくと店を手伝ってくれるくらいに回復した。
ディアがクラトさんに何を話したのかは今でも聞けていない。ただ、俺ではクラトさんを立ち直らせるのは無理だったんだろう。ディアには本当に助けられた。
近所の女将さんたちは、最初俺の店にディアが出入りしているのを見て、復縁したのかと噂していたようだが、本人が『天地がひっくり返ってもそれはない』と凄みのある笑顔で否定したため、冗談でもそんなことを誰も言わなくなった。
もうひとつ、クラトさんが立ち直るきっかけになったのは、ディアが世話をしていた子どもたちを引き取ったことだろう。
軍警察の保護していた子どもたちの引き取り手が見つからず、ディアが死にそうな顔をして役所やら商家を走り回っていたから、だったらウチで住み込みの使用人として引き取ると言った。
これがディアに対する恩返しになればいいと思ったし、別に子ども二人分くらいの食い扶持ならなんとかなると軽い気持ちだった。心配だったのはまだ一日中ふさぎ込んでいるクラトさんのほうだったが、意外なことに子どもたちが来てから「大人としてしっかりしなくては」と言い出して気力を取り戻してくれたのは嬉しい誤算だった。
最初から、俺は双子たちにめちゃくちゃ警戒されていたのにクラトさんにはなぜか二人ともすぐに懐いたので、自分が世話をしなければと使命感を持ってくれたのが良かったのかもしれない。
成人男性を怖がると聞いていたのになんでクラトさんは平気なんだとディアに訊いたら、『人間性の違い』と言われて少々落ち込んだが、クラトさんと比べられたら反論もできない。
クラトさんが元気を取り戻してくれただけで、子どもたちを引き取った甲斐があったというものだ。
正直、働き手としては期待していなかったのに、二人は家事を積極的に手伝い、店での仕事も自分にできることを探してちゃんと働いてくれたのが意外だった。それをサポートするようにクラトさんも店に出たりするようになったので、三人に店番を任せて俺は買い付けに出る時間が取れて、仕事が以前より上手く回る。
二人が喋れないことは近所の人たちに挨拶ついでに知らせてあったので、店に来る客も二人を気にかけてくれて、ついでに俺の扱いも格段によくなるというおまけがついていた。
店の再建のために俺がプライドをかなぐり捨てて頭を下げて回ったことと、会話に難がある子どもを二人も雇った事実が、俺の評価を一変させたらしい。
ディアとの結婚が壊れた件で周囲からは総スカンを食らってから、地に落ちていた俺の評価がまた上がるなんてありえないと思っていたのに、世の中何がどう変わるか分からない。
人手が足りず困っている時などに近所の店が助けてくれるようになるとか、男衆が仕入れを手伝ってくれる日がくるなんて、思ってもみなかった。
周囲から偉いねすごいねと言われるようになって、何もかもが上向き始めて、やっぱ俺はデキる男だなと悦に入り始めていた頃、いつも双子たちに菓子をくれる近所の女将さんが、店に来た時雑談ついでにふとおかしなことを言いだした。
「この子たちは従業員見習いなの? あらまあ、てっきり二人の養子に迎えたのかと思ったわ」
軍警察に保護されていた子どもを引き取ったと、以前挨拶に行ったときに住み込みの従業員だと紹介したはずなのに、どうしてか養子と誤解されている。
時々同じようなことを言われるので、不思議に思っていた。
「いや、俺未婚ですし小さい子を養子にとれないですよ。あ、誤解しているみたいですけど、ディアとはなんもないんです。ただ手伝ってくれているだけで……」
「アラヤダ、それくらい分かっているわよぉ。ディアちゃんは二人を応援しているんでしょ? そうじゃなくて、クラト君のことよ。愛する人を支えるためにこんなに頑張っているって聞いて、クズだったアンタが変わったのはそういうことだったんだってねえ……アタシ感動して」
「は……? は? はあ?」
なんか変なことを言われた気がして、思考が追い付かない。夫婦? 誰が? 誰と?
「えっ……ちょっと待ってください。どういうことですか? クラトさんは俺の……」
「いいのいいの! 今はまだ彼の具合が悪くて大変なんでしょう? アタシたちもできるだけ手助けするから! なんでも頼ってね!」
じゃあね! といい笑顔のまま女将さんは一方的にしゃべって帰っていった。
「え、ちょっと待て。俺、もしかして……クラトさんと男夫婦だと思われてんのか?」
商品を並べている双子たちに問いかけるが、二人そろってニコッと作り笑いで返された。お前らあんま喋らないけど、割と表情豊かなんだよな。いやそうじゃなくて、その『分かってますよ』みたいな顔やめろ。
「嘘だろ⁉ んなわけねーだろが―!」
思わず大声で叫んでしまって、ちょうど店に来たディアにうるさいと頭をひっぱたかれた。
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