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  作者: 柴原 椿
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第8話:人と神の差・上

 柊は1人、不安に駆られていた。

 蒼の記者会見後、その日だけで、裏金を手にしていた者、横領等を働いた者、計7名が自首をしてきた。

 内、2人が現役の大臣、1人が警視総監という事で、マスコミ達は色めき立った。

 また、記者会見は日本の全てのテレビ局が報道した為、全国民に蒼の存在が知れ渡り、今では、あらゆるワイドショーで、蒼の事を大々的に報じている。

 柊が恐れていた事態…国の混乱が現実のものとなりつつあった。

 これに伴い、国会内は慌ただしくなり、暫くの間、国としては機能停止となるやも知れない。

 「いつまで、んな顔してんだよ」

 柊の気持ちなど露知らず、当の元凶たる蒼は、微塵も気にした様子もなく、いつも通りだった。

 「いや、これは流石にマズいだろ…まさか、ここまで大事になるなんて…」

 柊、そして隣を歩く時雨もまた、不安の色を一層濃くした。

 「ここまで?はっ!こんなん、計算の内だっつぅの。逆に、平和大国・日本にゃ、良い刺激になったんじゃねぇのか?」

 蒼はケラケラ笑っていて、この混乱を楽しんでいる様にすら見えた。

 今、3人は国会内に有るとされる、蒼の部屋へと向かっていた。

 柊は、国会内部については、ほぼ把握しているが、蒼の言う部屋は記憶に無かった。

 時雨に聞いたが、こちらも、知らないとのことだ。

 「お、ここだ。着いたぞ」

 蒼が一本の太い円柱の柱の前で止まって言った。

 「着いたって…部屋らしいものは、見当たりませんが?」

 当然の様に、時雨が疑問を投げかける。

 「まぁ、見てろって」

 そう言うと、蒼は柱の一点を指で突く。すると、突かれた箇所が開き、鍵穴が現れた。

 そして蒼は、ポケットから大きめの鍵を取り出し、鍵穴に挿してゆっくりと回した。

 何処かで、歯車が軋む様な、低い音が聞こえた気がした。

 「あんまり久しぶりだから、動かねぇかもな」

 しかし、その直後、カチリと言う音と共に、柱の一部が扉となり、開いた。

 「おっ!ちゃんと開くじゃん」

 中には螺旋階段が下へと続いていて、人が2人並ぶのがやっとな程に狭かった。

 蒼が壁際のスイッチを押すと、取り付けてある蛍光灯が頼りなげに辺りを照らした。

 先に螺旋階段を降り始めた蒼に、二人も続く。

 「此処はよ、国会の建築当初に、昔の政治家共が俺の存在を隠す為に作った所さ…俺が此処から出るのは、一年に数回しかなかった。皆、俺という化け物に恐れていたのさ…」

 柊も時雨も、何も語らず、無言で蒼の言葉に耳を傾けた。黴臭い、ツンとした匂いが鼻をつく。

 「俺は、この先の部屋に長年に渡り幽閉された。そこで、只ひたすら、書物を読み、国民の事を思い、国政に勤しんだ」

 蒼の口調は穏やかだったが、言葉の端々に、蒼の心の影が見え隠れしていた。

 「暫くして、俺は国政を離れ、あの田舎で暮らし始めたが、また戻るはめになるとはな…これも運命かねぇ」

 前を歩く蒼の表情は分からなかったが、どことなく切なげな雰囲気が漂っていた。

 蒼の話を聞いている内に、階段も終わりに近付き、真っ白な扉が見えた。

 「……?」

 ドアノブに手をかけた直後、蒼が動きを止めた。

 「どうかしたのか?」

 「しっ!喋るな…」

 蒼がドアにそっと耳を当てて、暫ししてから後ろの二人へ振り返る。

 「中に誰か居る」

 「!」

 3人は顔を見合せた。

 「誰かって…どうやって此処に入るんだよ」

 「俺が知るか!鍵は俺しか持ってねぇんだしよ!」

 「他の入口はないのですか?」

 あれやこれやと話し合ったが、そもそも蒼が分からないんじゃ、埒があかない。

 「しょうがねぇ、開けっぞ!」

 痺れを切らした蒼が、勢い良く扉を開けた。

 そして、部屋の中を見た柊と時雨は目を丸くした。

 部屋の中は、本・本・本!まさに本の山と言ったところだった。全ての壁が本棚になっていて、それらに入りきらない本は、所狭しと床に散らばっている。

 そして。

 部屋の中央にある大きな机に。

 その人物は座って居た。

 「貴方は相変わらずですわね。相変わらず、やる事が大胆で、ふてぶてしい…」

 そこには居たのは、10歳そこそこに見える、異国の少女だった。

 床まで垂れる美しい金髪は、些細な動作に流れる様に揺れ、こちらを見る碧眼は、宝石にも負けない輝きを放っている。

 フリルをあしらえた黒い、豪奢なドレスから見える肌は、陶器の様に白く、まるで彼女は、精巧に作られた人形の様に、完璧で、美しかった。

 彼女の姿を確認して、蒼は頭を掻いて、わざとらしく溜め息をついた。

 「久しぶりに会ったってのに、随分な口振りだな…それに、お前いつから日本語話せる様になったんだ?」

 「5年程前に習いましたわ。意外と簡単でしたわよ」

 「あぁ、そうかよ…つぅかよ、お前に手紙送ったの昨日だぞ?来るの早すぎないか?」

 少女は机の上に置いていた、一枚の黒い封筒を手に取った。 「黒い封筒は神の御言。何より最優先で届けられるのが、決まりですわ。

後は女王に頼んで、飛行機を用意してもらっただけの事」

 2人の会話を聞いていて、全く理解出来ない柊と時雨の事を悟った蒼が振り向く。

 「安心しろ、こいつも神の孫だ。名前は、えぇと…」

 「皆はアリスと呼んでいますわ。以後、お見知りおき下さいませ」

 少女・アリスは立ち上がり、ドレスの裾を持って、優雅に御辞儀をした。

 「あの、蒼。何故、同じ神の孫なのに、名前を御存知ないのですか?」

 時雨は小首を傾げた。

 「俺達は各国に散ってから、その地で暮らす為に、新しい名前を名乗る事にしたのさ。何千年も前に、『蒼』って漢字がある訳ねぇだろ?俺だって、今の名前にしたのは三百年位前だしな」

 次いで、柊が蒼の肩を叩いた。

 「あのさ、すげぇ、単純な疑問なんだけどよ…お前とアリスさんって、どう見ても人種違くない?兄弟なんだろ?」

 蒼は柊に振り返り、ひどく面倒そうな顔をした。さっき時雨が質問した時は、すんなり答えたくせに…柊は心の中で愚痴を溢す。

 「それは、私が答えましょう」

 アリスの鈴の鳴る様な声が響く。

 アリスはこちらへ歩み寄ると、柊と視線を合わせる。美しい、碧の宝石の様な瞳。それはまさに、太古から生きてる者のみが持つ深み…蒼とは、また違う眼力に、柊は知らず知らず生唾を飲んだ。

 「厳密に言いますと、私達は兄弟ではありませんわ。私達は、創造主・アダムに創られた者。言わば、アダムの心を形にしたものですわ」

 「…………はぁ」

 説明されたものの、正直よく分からなかった…時雨も同様らしい…

 「まぁ、詳しくは今度話すとして…アリス。お前以外の奴等はどうだって?」

 「アメリカに居る彼は来るそうですわ。確か、今はジョーカーと名乗っていたかしらね」

 それを聞いた蒼は、あからさまに不機嫌な顔になった。

 「呼んどいてなんだが、あんまり会いたくねぇな…」

 「文句は言わない事ですわ。今は1人でも多く、集まるべきですもの。それと、残りの方々については、消息不明との報告がありましたわ」

 蒼は腕を組んで、唸った。

 「3人かぁ…せめて銀狼が居てくれたらなぁ」

 「ギンロウ?」

 アリスが首を傾げて、聞き返した。

 「ファウストの事だよ。ほら、昔はイギリスに住んでたろ?」

 「あぁ、彼の事でしたか。でも、彼こそ探すのは無理ですわ。百年前に姿を消して、それっきりですもの」

 「あのさ…」

 柊が遠慮がちに口を開いた。

 「話が全然見えないんだけど、蒼は何をしようとしてんだよ?」

 蒼とアリスが同時に柊を見やる。2人の眼力に、柊は思わず、後退りしそうになった。

 「アダムの心臓を取り返すに決まってんだろ。その為には、こいつらの力が必要だ。今日の記者会見で餌は撒いた。後は、向こうが来たら、力づくで奪うだけだ」

 「力づくって…」

 2人の姿を交互に見る。どう考えても、それは無理だろうと思った。

 「全く、お前は…人を見かけで判断するなっつぅだろ?まぁ、良いがよ…只、そん時が来たら、しっかり目に焼き付けとけよ。脆弱なる人間と、神との差ってやつをよ」

 不敵な笑みを浮かべる蒼に、柊はなんだが胸騒ぎがしてならなかった。

 そして、この後すぐに、柊は知る事になる。

 人と神の差を…


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