第7話:神、蹂躙
現在時刻 12時53分
場所 皇居・東庭
ここ皇居は江戸城跡、東京の中央部にありながら、緑豊かな地区で、壕の周りはジョギング道として人気が高い。
また、皇居の国有財産としての価値は、2188億1000万円とされている。
青年・柊はそこで、普通なら有り得ない光景を目の当たりにして、固まっていた。
快晴の下、皇居の広い庭には、テレビでも目にした事がある大臣・国会議員。そして皇族の面々に、制服を着た警察関係者達等々、その数およそ200人。
彼らは庭の中央で、それぞれ立って、整列していた。
そして、彼らを取り囲む様に、100人程のマスコミが待機している。
彼らは、詳しい説明もされぬまま集まった様子で、口々に憶測を議論していた。
こんな顔ぶれを一度に目にする事は、もうないだろうと柊は思った。
隣に立つ時雨を見ると、不安そうな面持ちで辺りを見ていたが、やがて俺と視線が合う。
「柊さん…これ、本当に大丈夫なのでしょうか?」
「う〜ん…蒼がこうしろって言ったからには、仕方がないよ。今はあいつを信じよう」
俺は頭を掻きながら、視線を前に戻した。俺も不安だったが、時雨にそれを悟られて、不安を煽ってはならないと思った。
やがて、大臣達が整列している前に、背もたれの高い、アンティーク調の椅子が一脚とマイクが用意された。
高山総理が、マイクの前に歩み寄る。
「お集まりの皆様、静粛に」
その場に居る全員が、高山総理に注目した。
「では、これより緊急の記者会見を始めます」 マスコミ達が一斉に、高山総理をカメラで撮りだした。
辺りにシャッター音が、途切れず鳴り響く。
「では、蒼様。お願いします」
高山総理が視線を左に向け、皆も総理の視線を追った。
だが、彼らの表情はそこで固まった。
カメラマン達も、カメラから顔をずらし肉眼で目を向けた。
そこには悠然と歩いて来る1人の少年が居た。少年・蒼は、紺色のスーツを身に纏い、まるで獅子の如き威圧感を辺りに振り撒いていた。
そんな中、高山総理は冷静に、自分の立ち位置へと戻り、マイクの前に蒼が立った。
蒼はゆっくりと、全体を見回していたが、やがて静かに口を開く。
「貴様等、頭が高いぞ」
蒼の声に、一斉に皆が我に返り、深く頭を下げた。
カメラマン達も慌てて、シャッターを切る。
それは異様な光景だった。
ここに並ぶのは、紛れもなく日本を動かす人達。まさしく国のトップとも言える人達が、1人の少年に頭を下げている。
これを異様と言わず、何と言えば良いのか…
「頭を上げろ」
蒼は皆に静かに指示し、ゆっくりとマイクを手にし、椅子に腰を下ろした。
「初めましてだな、哀れなる我が民草よ」
蒼は足を組んで、煙草に火を付けた。
「俺の名前は蒼。この国で唯一、自由を許された者だ。ま、暫く政界を離れて、隠居していたがな」
蒼の発言に、集まった人々は動揺した。
「あれが蒼!?」
「実在したのか!」
「只の噂だとばかり…」 小さかった話し声は、瞬く間に全体へと広がり、辺りが騒がしくなった。
マスコミは、我先にと蒼をカメラに収めている。
「黙れ!」
蒼が椅子の肘掛けを叩いた。皆が一瞬で静まる。
「貴様等は知らぬだろうが、俺が自由を許されてるっつぅのは、この国における、陸・海・空軍、外交、警察、政治家、皇族、マスコミ、国民の一人に至るまで、自由に使い、自由に棄てる権限を持っているからだ」
「!!!」
全員の緊張が高まる。
「これが何を意味するか分かるか?つまり、俺自身、もしくは俺に許可された者は、例え人を殺めても罪には問われない」
蒼の口から吐かれた煙が、風に乗って瞬く間に消える。
「因みに、俺を法で裁く事は出来ない。別に、俺が法の外に居る訳ではなく…俺自身が法であり、この国のルールだからだ」
場の空気が徐々に重みを増してくる。
「この度、戻って来たのは他でもない。ここ最近の貴様等の不祥事には、目に余るものがあると思ったからだ。そこで、蒼の名において命令を下す。有り難く、拝聴しろ」
皆が皆、固唾を飲んで蒼に注目した。
「ここに居る者達の中には、不正を働き、違法な金を手にしている者がいる。そいつらに3日だけ猶予をやる。3日以内に名乗り出て、法に裁かれよ。出なければ、社会的に消えてもらう」
蒼の目から、今まで以上の威圧感が放たれた。
その場に居る全員が、身動き一つ出来ずにいた。
「バレないなんて思うな、逃げられるなどと考えるな…この3日で名乗り出なかった者を、俺は調べ上げ、地の果てまで追って行って……必ず殺すぞ…」
蒼の目は、見た者が凍てつきそうな程に冷たく、残忍で。柊は、身震いが止まらなかった。
「それが貴様等に与えられるべき、当然の報いだ。国民の血税を貰うだけでは飽きたらず、更に金を儲けようなんて言語道断だ。また、今後一切の天下りも禁止する。この2つを、努々忘れるでないぞ」
集まった人々は皆、このおぞましくも美しい神の威圧感に屈服し、無言で頷いた。
「んじゃ、最後に一言。先日、国会議事堂の地下にて保管していた、俺の私物が盗まれた。今から、その盗人に、俺から心の籠もったメッセージを送ろう」
蒼は妖艶な笑みを浮かべ、ポケットからある物を出した。
それはペンダント。トップに、籠の様な銀細工が施されていて、中には眩しい程の赤い光を放つ、ビー玉程の大きさの球体の入ったそれを、高々と掲げる。
「お前が血眼になって探してる物は、ここに有るぞ。俺はこれから先、逃げも、隠れもせずに、肌身離さず、これを持ち歩いている。命を棄てる覚悟がついたら、盗りに来るがよい…以上だ」
蒼は颯爽と立ち上がり、全体を見回す。
「皆の者よ、これからは民草の為に、血反吐を吐いて働け!では、解散!」
こうして一先ず、短くも、日本の歴史に残ったであろう、異例の記者会見は幕を閉じた。
そして、これを期に、柊の周囲は急激な変化を果たすことになるが、今の柊は、不安と胃の痛みにより、何も考えれずにいた…