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  作者: 柴原 椿
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第6話:東宝院

 「お前、いい加減に起きろよ!シャキッとしろや!」

 蒼が俺の肩を揺すり、終いには頭を叩いてきた。

 「勘弁してよ…昨日一睡も出来なかったんだから…」

 俺達は今、東京に着き、東宝院家が用意したリムジンに乗って移動中だ。

 ここで話しは、昨日の晩に遡る…

 そもそも、蒼と隣合わせに布団を敷いたのが間違いだった。

 この男は、寝相がとんでもなく悪かった…

 夢の世界に落ちて行った直後に、腹部に強烈な痛みが走り、蒼の方を見ると、横になったまま踵落としをしてきた。

 2発目が鳩尾に入り、俺は声も出ずに、のたうち回った。その後も、蒼の攻撃は続き、俺も必死に防いだ。

 攻防も一段落して、俺は部屋から逃げたが、その頃には睡魔は何処かに行ってしまい、結局一睡も出来ぬままに夜が開けた。

 朝になり、バスで隣町に行き、そこから新幹線で東京に着くまで、とうとう眠れず。

 今ようやっと、睡魔が帰って来たと言うのに、蒼に起こされる始末だ… 「もう着く頃だから、しっかりしろ。東宝院は結構厳しいんだからよ」 俺は諦め、ポケットに忍ばせていた、眠気覚ましのドリンクを一気に煽った。

 「ところで、東宝院ってどんな人なんだ?」

 俺は蒼に目を向け、聞いた。

 今日の蒼はストライプの黒いスーツを着ていて、普段のラフな格好とは打って変わって、厳格なオーラが滲み出ている。 「今の当主が誰かは、俺も知らん。まぁどうせ、おっさんだろ。あそこはいつもそうだ」

 優しい人なら良いなぁ、と俺は甘い期待を抱いた。

 そうこうしてる内に、車はさながら城の様な屋敷の庭へと入って行った。どうやら到着したらしい。

 まさか東京の真ん中に、こんな広大な土地を持つ家があったのには驚きだ。

 車は静かに走り、大きすぎる位の玄関の前で止まった。

 玄関先に、黒スーツを着た男と、着物の女性が立っていて、男がリムジンのドアを開け、女性共々、御辞儀をした。

 「お待ちしておりました。蒼様」

 女性の凛とした声が響く。

 女性の仕草は、流れる様に美しく、無駄が無い。一目見ただけで、俺との育ちの違いがはっきりと分かる。

 そして何より、女性は綺麗だった。絶世の美女と言っても過言ではないだろう。

 「俺が来たってのに、当主が出て来ないっつうのは、どういう訳よ?」

 蒼が静かに問う。

 女性は微笑み、蒼と目を合わせる。

 「申し遅れました。私が、23代目・東宝院家当主、東宝院 時雨(しぐれ)でございます」

 女性・時雨は、再び深々と礼をした。

 俺と蒼は、驚き顔を見合わせた。

 「どういう事だ?東宝院は代々、男が当主を務めるはずだろ……?」

 「色々と事情がありまして…こんな所ではなんですので、中に入って下さい」

 時雨に先導されて、俺達は屋敷へと入って行った。

 屋敷の中は、とてつもなく広く。一人では迷ってしまいそうだった。

 俺達は長く続く廊下の奥の、五十畳はありそうな広い座敷に通された。そこはさながら、時代劇で目にする殿様が居る部屋の様だった。

 「ようこそ、蒼様」

 座敷には、車椅子に乗った初老の男が一人だけ居て、俺達に声をかけてきた。

 「まさか私が生きている内にお目に掛かれるとは、なんと運が良い」

 男は蒼の顔を見て、えらく感動していた。

 「ところで、お前は誰だ?」

 蒼に聞かれ、男は咳払いを一つした。

 「お初にお目に掛かります。私は東宝院 (つかさ)と申しまして、最後に貴方様の秘書を務めていた、東宝院 宗一郎の孫にございます」

 「ああ…つまる話が、雅之の息子か。言われてみれば、雅之に似てなくもないな」

 「父を御存知でしたか、まま、立ち話もなんですから、お座り下さい」 司に言われ、蒼は座敷の奥の一段高い所の座椅子に腰を下ろし、俺はその斜め前に正座した。

 司と時雨は少し離れ、俺達と向かい合う様な形となった。

 皆が座したところで、蒼が口を開いた。

 「ところで、司よ。この時雨は、お前の娘か?」

 「左様でございます。私の妻は、時雨を産んですぐに亡くなってしまった為、私にはこの子しか居ません。しかし、時雨は優秀で、私のたった一つの自慢です」

 時雨の事を話す司は、心底楽しそうな顔だった。

 「なるほど。見たところ、お前は足が悪いらしく、それで娘に世代交代したって訳か」

 「ええ。でも、まさか蒼様が戻って来られるとは夢にも思いませんでした」

 「俺も戻るつもりは無かったけどよ、高山まで出てきたからには、断る訳にも行くまい」

 「あの…一つ宜しいですか?」

 時雨が控え目に、蒼に尋ねてきた。

 「そちらの方はどなたでしょうか?」

 時雨が俺に視線を向けて、目が合った。なんか反射的に目を反らしてしまった。美人と目を合わせるのは苦手だ…

 「すまん、忘れてた。こいつは柊、『特命国務秘書』だ」

 それを聞いて、時雨の表情がやや険しくなった。司を見ると、同様の顔付きをしていた。

 「どういう事ですか?『特命国務秘書』は代々、東宝院の務めではありませんか?」

 時雨は真剣な眼差しで蒼を見た。

 「そうだ。だが柊を高山の傍に置く訳にはいかなくてな」

 時雨は怪訝な顔をした。

 「こいつは高山の秘書だったが、高山は俺やこいつに何か隠している。それが分からない以上、野放しには出来ない。勿論、時雨にも俺の秘書になってもらう」

 「2人で、という事ですか?」

 「そうだ。まぁ安心しろ、こう見えて柊は優秀だ。お前の足は引っ張らないだろう」

 それを聞いた時雨は、いつもの顔に戻り、微笑んだ。

 「分かりました。それが蒼様の望みならば、従います」

 俺は取り敢えず、何事もなく場が収まってホッとした。

 司を見ると、どうやら俺と同じ心境だったらしく安堵した表情だった。

 「では、柊さん。改めまして宜しくお願いします」

 時雨は俺に向かい、丁寧に御辞儀をした。

 俺も慌てて、頭を下げた。

 「んじゃ、詳しい話は追々って事で、俺は少し休む。柊も疲れてるだろうから、部屋を用意してくれ」

 「かしこまりました」

 俺達は立ち上がり、再び時雨の案内で、それぞれ用意された部屋へ向かった。

 俺に用意された部屋は、そこまで広くはないものの、縁側から庭が良く見える所だった。

 時雨は夕飯の時に、呼びに来ると言って部屋を出て行った。

  俺は暫く庭を眺めて堪能していたが、暇なので寝る事にした。

 畳に横になると、その独特の香りが心地良く、疲れもあった為か、俺はすぐに意識が沈むのを感じた。

 今度こそ安眠出来そうだ…


     *


 誰かが俺の肩を揺すってきた。

 「……ぎさん、柊さん」

 誰だろう?眠いんだから起こさないでよ…

 「柊さん」

 「駄目だ。そんなんじゃ起きねえよ」

 んん?蒼と時雨さんか?

 そう思った瞬間、俺の頭に衝撃が走り、俺は床を転がった。どうやら、頭を蹴られたらしい。

 「いってえな!何すんだよ!」

 俺は飛び起き、蒼を発見し睨んだ。

 時雨は口元を抑え、心底驚いた表情をしていた。

 「こんくらいしねぇと起きねえよ、こいつは」 蒼は不適な笑みを見せて言った。

 「あの、いくら何でも…少々乱暴では?」

 時雨は困惑した様子で、蒼と俺を交互に見ている。

 「本当だよ!起こすなら起こすで、もっと普通に起こせよ!」

 「それで起きてりゃ、こんな事しねぇよ。もう9時過ぎだぞ」

 「へ…?」

 俺は壁に掛かっている柱時計に目を向けた。確かに、9時を過ぎている。

 「夕飯はとっくのとうに終わったよ。俺はほっとけって言ったんだが、時雨が心配してなぁ。お茶漬け持って来てやったから、有り難く食らえ」 時雨を見ると、なんだか照れた様子だった。

 「あの、明日の日程の確認もしたかったので…」

 言いながら、時雨が渡してきたお茶漬けを受け取る。どうやら梅茶漬けみたいだ。

 「なんかなぁ…」

 蒼が溜め息混じりに呟く。俺はお茶漬けを食べながら、蒼に目を向けた。しかし、このお茶漬け美味いな。

 「柊が美人と馴れ合ってんの見ると、腹立つな。やっぱ茶漬けにタリウムでも入れときゃ良かった」

 俺はお茶漬けを吹きそうなった。

 「…ゲホっ…別に馴れ合ってないだろ。てかタリウムなんか入れたら、あっと言う間に御陀仏だよ」

 「大丈夫だ。優秀な死体処理業者を知ってっから、安心して死ねや」

 「だから…」

 俺は喋るのを途中で止めた。時雨が不思議そうな顔をして、俺達を見ていたからだ。

 「どうかしました?」

 「いや、その…なんと言うか、お二人はまるで友達の様ですね」

 俺と蒼は顔を見合わせた。

 「時雨。俺はな、堅苦しいのが嫌なんだよ。だから、柊にも、2人の時は敬語で話す必要はないって言ってんだよ」

 「はぁ、そうですか」

 時雨は納得した様な、してない様な、曖昧な表情だった。

 「だからな、時雨。お前も別に敬語で話さなくっても良いんだぞ」

 「そう言われましても、私は幼少の頃から、この話方が板についておりまして…」

 「ならせめて、俺に様付けは止めろ。な?」

 時雨は小さく頷いた。

 「では、それで宜しくお願いします。蒼」

 蒼も満足そうに頷いていた。

 取り敢えず、この3人なら上手く出来そうだ。不安だった東宝院の人も、こんな美人なら文句などない。むしろ、やる気が出てきた。

 問題は、明日の記者会見…

 上手くいくと良いのだが…


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